第26話 A光と闇1

A光と闇




 あの人一人じゃ重過ぎる


 彼女と二人も重過ぎる


 彼にあいつにいっぱい来た


 いつの間にやら大きな輪だ




 コンコンコン。




 ドアのノックが鳴る。僕はノートを閉じて筆記用具を閉まった。そして白い方へ行ってからこう言った。




「どうぞ」




 扉を開くとそこにいたのはやっぱり先生だった。




「だいぶ詰めてるね。調子はどうだい」




 先生は入って来ると迷わずにスッと白の方に来る。




「ええ。ただやっぱり他人の事だとなかなか。それでもかなり助かってますが、この部屋には」




 僕が笑いながらそう言うと、先生も笑って応えた。




「この部屋は私が闇サイトを作ってから用意した私専用のオフィスだからね」




 本当によく考えたものである。真っ二つの空間。光が当たるのはほとんど白の部屋だけである。黒の奥の方は壁を見れば真っ暗な世界そのものだ。実際は身体が移動しているのに、まるで心の中を移動しているみたいになれる。




「あの、ここで書いてみていいですか」




 この部屋に入ってからずっと聞いてみたかったことを聞いてみる。




「えっ……。あっ、うん。まあ構わないけど。君が闇の住民だから使わせているだけで、桃のやつはここへは呼べないよ」




 まあ確かに、一般の人が入る世界ではない気がする。




「桃先生は別にいいですよ。基本的に今は細かい部分の添削と訂正だけなので、出来たものに赤ペン入れてもらえればそれでいいんです」


「そうか、どれくらい使うのかな。と言うのは私も使うからね」




 あっ、そっか。ここはオフィスなんだっけ。




「ああー、一緒に使うってのはどうですか。椅子二つあるし」




 ダメもとで聞いてみる。先生は顎に手を当てて考えている。




「普段は仕事終わりに来るんだよね。ここに着くのは何時ごろかな」




 ああーそういうことか。自分で言ってみたものの、あまり黒の空間での自分は見られたくないものね。




「えっと、一九時半頃かと思います。で、たぶん終電までは作業するかと。あっ、ご飯食べて来るので、二〇時一五分とかですかね」


「なるほど、なら問題ないよ。日勤の時は一人で使えるし、夜も一時間以上一人で使えそうだしね」




 考えてみれば、先生は医者だから、個人情報がどうだってことも大変なんだった。




「ありがとうございます」


「いいよ。君の進捗状況も聞けそうだしね」




 先生はにっこり笑ってくれた。




「今日もこのまま使っていい、と言いたいところなんだけど、二時間だけ空けてくれるかな。整理したい書類があってね。原稿用紙とかパソコンとか食事とか、色々済ましてくるといいよ」




 そうだ、僕は今日は休みだからいいけど、先生は仕事中なんだ。今は一五時か。




「取って来たり、食べたり時間かかりそうなんで、三時間で良いです」




 僕はそう言って、すぐに荷物をまとめて出ていった。




「あっ、タイトルは決まってるのかい」




 扉の所で先生に呼び止められる。




「はい、想いは彼方へ、です」




 少し悲哀の混じったタイトルだが、そのくらいの方が良いような気がした。僕の気持ちを全部出しきれる気がしたから。




「想いは彼方へ、か。良いタイトルだね。期待しているよ。芥川賞候補」




 先生がからかってくる。




「別にそう言うの目指していませんし、どこにも出さないですから」




 そう言ってから頭を下げて、僕は出て行った。




 三時間とは言ったものの、正直、取りに帰って来て夕食を摂るだけなら、二時間もいらないと思った。家でゴロゴロしてても良いのだけど、今日は何かしていたい気分である。




 少し、病院の敷地をうろうろしていると、併設されているカフェがあった。カフェの名前は「憩いの集い」だ。ちょうど三時だし、入ってみることにした。カランカランッと音が鳴った。


店内はこじんまりとした三〇席くらいの店だった。空いてる席をざっと探す。と、中央の方が良く空いていたのでド真ん中辺りに座った。ちょうどカウンターと入り口の真ん中でもある。注文はカウンターでするみたいなので、結構楽なポジションだ。とりあえず、ホットケーキを頼んでみる。そう言えば、久しく食べていない気がしたからだ。




 席に戻って座わると、またカランカランッと音が鳴る。誰かが入ってきたのだ。目の前ということもあり、反射的にそちらの方を見た。




花だった。




 心臓が止まりそうになる。まだダメだ。まだ会っちゃダメなんだ。隠れるところを探した。……、が無い。ある訳無い。こんな店のど真ん中で。




「純」




 向こうもすぐにこちらに気付いてしまう。終わった。バレてしまった。会ってしまった。




 しばらく二人して呆然としていた。




 先生の言葉を思い出す。




「花君の記憶はあれ以降、進展はないようだ」


「それは良いことなんですか、悪いことなんですか」


「どちらとも取れるな。まあ、記憶をゆっくり戻すということではぎりぎり悪い、か。おそらくだがこれ以上の記憶の復帰は、脳に、身体に大きな負担が掛かるのだろう。それで強いロックが掛かっている。無理矢理ロックを外したり、ロックが外れる事態になったら危険かもしれない。だからまだ君と花君を会わせることは出来ない。理解してくれ」






 僕は急いで立ち上がり、外へ出ようとした。一応、お金は千円置いている。だけど、花が入り口を塞いでいるので、出るに出られなかった。いや、この際強行突破だ。身体を横にしてすれ違おうとする。




「すみませーー」




 ガッ




 あくまで他人を装う形ですれ違おうとするが、手首を掴まれてしまう。小さく弱い手だったが、どこかとてつもなく力強い手だ。




 僕は拘束されてしまった。




「大丈夫みたいだから、話そ」




 そう言われた。




 拘束されているからか、久しぶりに花の声を聞けたからか、「大丈夫」と言われたからか、




「わかった」




 僕はそう返事をして、元の席に戻っていった。


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