第25話 C悟り

C悟り




 あの人一人じゃ重過ぎる


 彼女と二人も重過ぎる


 彼にあいつにいっぱい来た


 いつの間にやら大きな輪だ




「兄貴、ジュース買ってきました」


「そういうのいいから」




 僕のこの病院での名前は名づけのドン。変な名前でしょ。名づけとかドンとか。やくざじゃいっつ―の。それでも皆が僕を敬い、尊び、愛称ってことで収まっている。まあ親切なのはわかるけど、普通の入院生活させてくれないかなって思う。




 特に彼はやり過ぎ、兄貴兄貴って、どけどけって、だからやくざじゃないっての。ま、新人さんにたまにいるんだけどね。覇権が欲しくて近づいてくる阿保な子猫が……。




「そこは兄貴の席だ。どきな」


「誰の席とかないから。あんまりやってると阿保にゃんって呼ぶよ」


「うっ」




 さすがに阿保にゃんは嫌みたいね。これで大人しくなってくれればいいけど。




「でも兄――」


「兄貴もダメ」


「じゃあドン。ドンは何でそんなに弱腰なんですか。ドンの一言で皆動くっていうのに。こんなところ皆扇動して脱走しちゃいましょうよ」




 ほらやっぱり、尻尾出した。




「あーのーねー脱走したければすればいいと思うけど。僕を巻き込まないでくれる。僕は普通に療養したいの」


「見損なったぜドン。ドンっていうからどんな奴かと思ったが、ただのへっぴり腰じゃねぇか」




 へっぴり腰で、結構ケッコウ、コケコッコーだ。あっ、僕今すんごいつまんないこと言った。……はあ。しょうがない。やるか。




「えーと。君の情報は鹿島大樹二一歳B型、精神検査のための一時的措置入院。合ってる」


「なんでお前がその情報を……」




 鹿島君が驚いている。まあ普通驚くよねー。これはちょっとした仕返し。




「さあね。新人さんが入って来ると、警察がいつも教えてくれるんだよね」


「お前らグルか」




 あからさまに鹿島君が警戒する。まあーやっぱり、というか絶対白だ。この子。




「そうかもね」


「ちっ、やってられるか。二度と話しかけんな」




 ああー無理なんだよな。一度始まったら。




「な、なんだてめえら」


「忘れたの。一応僕ここのドンだから」




 自分で言うの恥ずかしいんだけどね。




「ちっ、てめえら全員グルかよ」




 と一瞬、彼は諦めたふりをする。




「うらぁ」




 そして暴れようとするが、四俣を抑えられて無理矢理座らせられるのだった。




 うんうん、わかりやすいねこの子。




「君サイコパスじゃないよ、絶対」




 さっさと終わらせようとして結論から入ることにした。




「お前何言ってんだ」




 ふむふむ、僅かにみられる動揺、強い虚勢、その奥に潜む安堵感ね。君の物語が見えるよ。




「俺はサイコパスだよ。正真正銘の」




 思い込み。思い込まされ。絶望。失望。反転……、か。わかりやすいわけだ。




「全然違うね。君サイコパスが何かわかってるの」


「ったりめぇだ。俺の事だよ。俺がサイコパスなんだよ」




 中学生くらいの出来事かな。




「ははっ、それ、答えになってないよ。君、中学生なの」


「ッ……、てめぇ、ふざけんじゃねえ」




 ビンゴ―。今日調子良いかも。




 さてと、これだけだと可哀そうだから、施術もしてあげるか。




 僕が合図を送ると、ムキムキマッチョマンたちが静かにいなくなる。




「起こるのはいいから。君のサイコパスを言葉で説明してみてよ。君が正しいかもしれないんだから」


「ふん。簡単だ。冷酷で残忍無慈悲。人の皮を被った悪魔さ」




 よくある一般論だね。




「ぶっぶー、残念、不正解。だと思うよ」


「じゃあてめぇの答えを教えて見ろよ。俺が採点してやるからよ」


「ふふっ、いいよ。人の皮を被っているのに、人の感情を持たない者。人の感情を持たないのに、人の感情にはともかく敏感である。利己的な特徴が指摘されることが多いけど、本質はそこではない。自分の特異性にその鋭敏な性格からいち早く気付き、世界に対して自分を試しているだけ。自分がどこまで世界に対して影響し得るのか。何が出来るのか。鋭敏な性格は人の感情に左右されやすい特徴があり、成育環境が悪いか、当人がそればかりに注目すれば、悪の道に入ることが多い。正常に成長出来ない、可哀そうな人種。それがサイコパスかな」


「それが、サイコパス……全然わからない」


「普通の人間には理解出来ないよ」




 そう、サイコパスのことはサイコパスにしか理解出来ない。研究者だって理解出来ないんだから。




「何点だった」


「ッ、〇点だよ、〇点。お前は何もわかっちゃいねえ」


「はは。〇点か。そりゃ残念だな。どこが悪いのさ」


「全部だ、全部。お前は何もわかっちゃいねえ」


「ふーん。ね、教えてよ具体的に。何がわかってないんだろ」


「ふんっ、じゃあ教えてやるよ。サイコパスって言うのはな」


「サイコパスって言うのは」




 ほんのちょっと言葉に詰まる。よねー。サイコパスじゃないからわからない。




「冷酷で、残忍で、無慈悲で、悪魔だ……」




 ずっとそうだって信じてきた。そうなろうとしてた、か。




「聞いていいかな。君は何でここに送られてきたの。何をしてここに来たのさ。直前の事件だけでいいよ。教えてくれる」




 この辺からは向こうのペースに合わせなければ、ね。




 彼はここに来るまでのいきさつを話してくれた。




「君は結構温かくて、優しくて、慈悲があるんだね。僕には天使とまでいかなくても、堕ちたての堕天使くらいくらいに思えたよ。悪魔じゃなくて」


「温かい……、優しい……、慈悲……。何のことだ」


「まず君は恋愛をした。半年も、真剣に一般で言う悪い手口を使わないで。この行為はとても温かいと思う。そして、一〇〇の命令のうち一〇はありふれた行為で五〇まではほとんど辱めを行わなかった。とても優しいような気がするよ。そしてちゃんと解放の条件を付けているし、達成すれば解放するつもりだった。慈悲以外の何物でもないね」




 目が少し潤んでいる。誰かにわかって欲しかったんだね。




「そうか。そうなのか」


「君は中学生の時、サイコパスだと言われ始めた。たぶんネットとかにあるテストでそこそこ点数取ったから。そこから周りが自分から離れ始めた。何か事件があったのかもね。人の裏切りに関する事件があったのかな。因みにそれまでの君は成績優秀、温かくて優しい人格者だったはず。ともかく君は迫害され、絶望し、周りに失望した。そして開き直って、周りの言うサイコパスになりきることにした」




 涙をポロポロ流している。辛かったんだね。自分を偽るのが。




「何で、何でわかんだよ」


「僕がその、サイコパスだからさ」


「お前がサイコパス……。確かに全然違うな、俺と。




 あれはお前の言う通り中学生の時だった。俺は学業優秀。スポーツ万能。友達も多かった。なんとなく友達同士で受けたサイコパス診断で、仲間の中で一番高い点を取った。確か三,四点だったと思う。ただ、それだけならただの笑い話だ。その時は誰も信じちゃいなかった。あの事件があるまでは。俺は嵌められたんだ。女子の下着泥棒の犯人にされた。一緒にサイコパス診断を受けた奴だった。 そう、すぐに嵌めたやつがわかったんだ。そこで俺は作戦を練って、徹底的に仕返した。徹底的に……。それが周りをドン引きさせた。まだ下着泥棒の冤罪も証明出来ていなかったから、悪者は俺になった。そして、サイコパスの噂が流れる……。最初は皆信じていなかったのに、いつの間にか皆信じていた。だから俺は思ったんだ。俺はサイコパスだって」




「君が受けた苦しみは大概のサイコパスも受ける苦しみさ。そういう意味では君は社会からサイコパスとして扱われたのは事実。君が自分をサイコパスだと思うのも無理ないよ」


「……ありがとう」




 ポツリと彼が呟いた。




「苦しみの中で、器だけは成長していく。君はどこかで満たされない自分に気付いて、そこから脱却したいと考え始めた。それが月風花という存在だった。その人がどういう人かは知らない。ただ一つ言えるのは、彼女ならこの苦しみから解放してくれる。そんな気がした。だから君は半年間、普通の男としてアプローチした。全部振られてしまったが。でもたぶんそんな人だから嫌な気分はしなかったんじゃないかな」


「よくわかるな、そんなこと」


「一応、ここのドンやってるから」




 また自分で言っちゃった。




「ただ君はどうしても試したくなった。月風花が本当に自分を救えるのか。それで監禁することにする。彼女に与えた条件は、きっとこれなら自分が解放されるだろうと思う条件で、フィフティフィフティの命令は君の中での天使と悪魔の鬩ぎ合いみたいなものかな。月風花の向こう側にずっと自分を観察していたんだね」


「ああ、その通りだな。悪いことしちまったな。許されないことやっちまったんだな……」




 施術はこれで終わりかな。




「ね、反省する気ある」




 少し上を見上げていた彼が驚いたようにこっちを見た。




「ああ、しっかり謝罪したい。あいつらだけじゃない。全部に。罪を償いたい」




 この期に及んで嘘は無し、か。合格。




「じゃあサイコパスって報告しておくよ。その方が罪、軽くなるし」




 彼の目が丸くなる。すっげー面白い顔。




「えっ、いいのか」




 いいから言ってんじゃん、ねえ。なんつって。




「うん」


「……ありがとう。いや、ありがとうございます」




 こうしてまた一人の舎弟が増えた。って、自分で言っちゃいけないやつー。




「じゃあ、入院生活は穏便に頼むよ」




 僕はこれを納得させるためだけにやったのである。




「はい。……あの」




 ん。不吉な予感。




「まだ何か用」


「舎弟になって良いですか」




 って、お前も言うんかーい。

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