第24話 A招かざる客
A招かざる客
あの人一人じゃ重過ぎる
彼女と二人も重過ぎる
彼にあいつにいっぱい来た
いつの間にやら大きな輪だ
タンポポの綿が飛んでくる。子供が吹いたものが俺の前までやってきたのだ。反射的に避けると、今度はカラスの鳴き声が聞こえてきた。びっくりしてそちらを見ると、自分の方に飛んでくる。俺は威嚇しながら逃げ回った。と、急に強い風が吹き始めた。逆風の中で一瞬前に進めない。ただ、カラスもそれは同じみたいだった。空を見ると、うっすらと月が笑っていた。そうやってようやく目的地に辿り着いた。
どの面下げて会えば良いのだろうか。どうしても逡巡してしまう。風に揺られてゆらゆらしていると、警備員の人がやってきた。苦手だ。「田原先生に呼ばれて」そう言うと君の事かって案内された。
「初めまして、だね」
「初めまして」
病室に通されると、俺はボソボソと挨拶をする。目を合わせる気にはならない。
「君がそんなウサギみたいな性格だと思わなかったよ」
「余計なお世話ですよ」
うざいが礼節を整える。前の自分と違うことをアピールせねば。
「私とも目を合わせられないのかい」
癇に障ることばかり言ってくる。
「こちらの勝手です」
うざいので拒絶した。それくらいの権利はあるだろう。
「直視をしてもらわなきゃ困るんだけどね」
強くきて、弱く終わった。身体が固まった。その通りだ。
先生の目を見ると、それは力に満ちていた。その力の先にうっすらと知るべきものが広がっている。先生のそれはまだ弱い方で少ない方なのだろうけど、情報の波が俺を飲み込んだ。まだ浅いはずなのに、溺れそうになる。
「大丈夫そうだね」
先生はそう言った。
俺は止まっていた息を吹き返す。ぜー、ぜーっとしばらく息を整えていた。
「色々、あったんですね」
俺はどうしようもない気持ちが溢れるのを言葉にしていく。
「まあね」
「もう一度見させて下さい。そして教えて下さい」
今度は裸一貫。しっかり泳ぐ準備をして臨む。
「良い覚悟だ」
そのあと先生にあらすじを教えてもらった。
「準備はいいかい」
先生が聞いてくる。どんなに覚悟を決めてもソワソワが止まらなかった。そんな俺は準備が出来ていると言えるのだろうか。
なかなか返答出来ずにいると。
「開けるよ」
先生は構わず開けた。
不思議な空間、白と黒の部屋。真っ二つに分かれている。真ん中には机といすがあり、机は部屋と同じで真っ二つで、椅子は白黒だった。椅子は二つずつある。机の上にはノートと筆記用具もあった。
扉が閉まる。
これが先生と彼が用意した空間か。彼は黒の側に座って待っていた。
「ひさしぶり」
一言一言に宿る重厚感。身体の芯を震えさせる。凍えるような言葉だった。
俺は震えそうになる身体を抑えつけて、言葉を返す。
「その節は申し訳ありませんでした」
相手の言葉の持つ物語に対しては軽い、物凄く軽い言葉だった。しかし、今の俺ではそれが精一杯だった。ついで程度にしかならないが、しっかりと頭を下げる。いつまでもいつまでも、物語の差を埋めたくて。
「いいから、座れよ」
彼がそう言った。俺は重い鈍器で殴られたかのような衝撃を受ける。もちろん、素直に従う。彼の言うことは絶対だ。ただ、座る場所に迷ってしまう。
黒い方に座るべきだと思うのだが、彼が座わっている。隣の椅子があるがさすがに並んで話すのはどうか。実際近過ぎる。
俺が行き先を決めかねていると、彼は優雅に丁寧に、片手を広げて白い方に座るように示した。少し笑顔だった。
俺はなされるがまま、白い方の斜向かいに座る。前に聞いたことがあるのだ。正面は敵対心を煽ると。
しかし、すぐに彼は俺の目の前に座り直して聞く。
「で、何が申し訳ないって」
怖い。
何が怖いのかわからない。彼が怖い。彼の言葉が怖い。いや、それだけじゃない。何かが怖い。身体の奥の震えがどうしても止まらなかった。
「あなた達にしたこと全てです」
「あなた達にしたこと―」
彼が歪んでいる。
「ヒャッハッハッハッハッハッハッハ」
そして、笑っている。ものすごく笑っている。
「何それ、当たり前じゃん。ハッハッハッハッハッハ」
ダメだ。これ以上彼を向こうに座らせてはダメだ。
「席、交換しませんか」
俺がそう言うと。笑い声が止んだ。
ガタン
彼は勢い良く立ち上がった。そして無言で移動し始めた。そして俺の目の前まで来る。
ドカッ
思いっきり殴られた。
やっと殴ってくれた。
「交換だろ。早く行けよ」
俺はのそのそと移動した。
黒い空間に入ると、不思議なもので昔の感覚が甦ってくる。捨てたはずの黒い感覚に当惑していると、
「さっさと座って、さっさと話して。メモするから」
と、無感情に急かされた。彼は既に筆記用具片手にメモを取る準備をしていた。
俺はすぐに座って、事件の事を話し始めた。
先生の未来のあらすじはこうだ。
純さんが事件を含む全てのあらましを小説にして花さんに読ませる。それで記憶を徐々に取り戻すのだそうだ。小説なら客観的に読めるし、記憶の回復を自分のペースで進められる。一石二鳥というわけだ。
もちろん、プロの作家に依頼しても良いが、それだとどうしてもフィクションが混ざりがちになる。それは今回は良くないのだそうだ。今回大切なのはノンフィクションであること、だ。
とは言え、純さんは作家ではないため、プロの作家が監修に就くことになっている。桃龍之介さんだ。華々しい実績はないが、最近プロになった新鋭の作家だ。先生の知り合いらしい。
この状況はつまり、純さんの書く小説のための情報収集だ。先生いや桃さんが聞く方法もあったが、純さん自ら自分で聞きたいと言ったらしい。
「――それで俺はゴム弾を受けて、意識が薄れゆく中思ったんです。ちっ、こいつか、こいつが呼んでいたな。ふっ、まあいい。目の前でお前の大事なものは壊させてもらった。花はもう俺のものだ。おあいこってことにしてやるよ」
何がおあいこだ。そんなわけがないだろ。今ならわかる。
「あの、そのーー」
「余計なこと言わなくていいから」
何か言い訳しようとすると、バッサリ切られた。
「それで終わり」
無感情に聞かれる。
「はい」
俺はそう言うことしか出来なかった。
「じゃあもう帰っていいよ」
彼はノートを見ていた。
「はい」
俺は言われるがまま席を立つ。
「ああ、そうだ」
彼は立ち上がる。
「念のため、録音しているけどいいよね」
初めて顔を見てくれた気がした。
「はい。先生から聞いているので」
そう言うと、すぐにノートに目を戻す。
「そう」
そして、シッシッと手を払った。俺はそのままドアへと歩いていく。
「もう二度と来るんじゃねぇぞ」
ドアに手をかけた瞬間だった。身の毛がよだつ声が聞こえてくる。反射的に振り返った。彼が黒い空間からこちらを覗いていた。とても歪んでいる。俺はすぐに頭を下げようとした。
「早く行けよ」
が、しかし、やはりすぐに出ることにした。
「ヒャッハッハッハッハッハッハッハッハ」
ドアの向こうからそんな笑い声が聞こえてきた。
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