第21話 A一人じゃない2
A一人じゃない
早速私は彼と連絡を取ることにした。
〈お久しぶりです。田原です。月風花の治療についてご報告があります。つきましては直接お会いして話せればと思います。開いているお日にちと時間帯の候補を三つほど上げて頂ければと思います〉
一応出勤前のはずだから、早めに確認は出来ると思う。と、早速返信が来た。
〈いつでも構いません。会社、休みますので。今日でお願いします〉
彼らしい返信だ。時が経っても想いは変わらず……か。
〈ありがとうございます。因みに今日のお仕事は何時までですか〉
ある意味では彼ら二人には冷静に見てくれる第三者のような人がいないとダメそうだ。
〈……一八時までです。でも大丈夫です。本当に〉
(私も仕事がありますので。では二〇時に以下の場所に来て下さい)
最近は政策の意向で医者の勤務も残業がほとんど無くなった。とは言え、少しくらい残業はあるかもしれない。もちろん、向こうも。お互い少し冷静になる意味でも、これくらいの時間設定が適当だと思われた。お互いというのは、私も私で朝っぱらからメールをし、返信し、鼓動がドキドキと脈打っているからだ。
ふふっと笑いがこぼれる。
私も随分毒されているものだな、と青空を見上げた。
青空が夜空となり、星の瞬きが……都会だと見えない、か。それでも月は見える。月の輝きとは実は強いもので、昼でも薄っすらと見えるのだが、やはり夜の方がしっかりと見えて美しい。弥生の頃合いはこの時間帯でも真っ暗だから、月もくっきりだ。
店に入ると、純君がキョロキョロとしているのが見えた。慣れない場所で落ち着かないわけではないのはわかっている。その視線が入口の方に向いた時、彼は背筋を伸ばして座り直した。さながら戦闘態勢と言わんばかりの面持ちだった。
「久しぶりだね。元気でやってるかな」
私は柔らかい調子で席に座る。
「お久しぶりです。それで花はどうなっているんです」
彼は本当にわかりやすい。第三者が冷静にならねば、な。
「それなりに元気だよ。君が心配するほどじゃない」
医者の私が言ったからか、彼の肩に入った力が少し取れる。
「仕事はどうなんだい。順調かい」
高額の買い物のツケがまだ残っているはずだ。私としてはかなり心配しているところではある。因みに返金は出来ない。治療は一応やっているし(経費がかかっている)、闇サイトの条文に返金不可能なことは書いている。彼はそこに同意している。
「ええ、まあ」
反応から見るにまだ三分の一と言ったところか。まあ、利子もあるしそんなところか。
「花が大丈夫なら何が問題なんです。基本的に二度と会うことはないと思っていました」
これは闇の暗黙のルールだ。闇の住民は通常、交流を行わない。
「ああ、うん。そうだね。ただ、今日は月風花の主治医として来ているから」
ま、これなら言い訳が立つだろう。
「やっぱりどこか悪いんですか。治療がどうのって言ってましたが」
「そう急かさなくても大丈夫だ。急を要する話ではないから」
彼の眉間のしわが取れるまで見つめ返す。
「……わかりました。じゃあ、何です」
不満たらたらという感じだな。
「この場所に見覚えはあるかな」
高級レストランの基準がいくらからなのか定かではないが、少なくてもここは誰でも入れるファミリーレストランではない。基本的にコース料理で底辺価格は五〇〇〇円+税だ。
「やっぱり知ってて選んだんですか、この店」
ラ・フルール。この辺りでも評判の店だ。
「まあね。それで憶えているのかな。それともあまり憶えていないかな」
こういうのはどこまで憶えているかが大切だ。
「はっきりと憶えていますよ。またいつか花とって思っていたのに、まさかあなたとなんて思いませんでした」
言い終わると彼はどこか遠くを見つめだした。
「そうか。まあそれなら話は早い」
ここで私は一呼吸置いた。彼もこちらに戻ってきた。
「もう一度月風花に会いたくないか」
彼の瞳孔が、口が開いていくのがわかる。
「どういうことですか。やっぱり何かあるんですね。おかしいと思ったんだ。あなたがここに呼び出すなんて。やっぱりあのゲームでのやり取りに何か問題があったのか」
ん。ゲームでのやり取り……。そういえば月風花は携帯ゲームをやっていて、確かジュンという知り合いと……。まさか。
「君は携帯ゲームで月風花と知り合っているのか」
まさかそんな奇跡があるというのだろうか。あの時はジュンという名前に反応しているかどうかだけ気になっていたが……。
「はい。あなたの中国娘というゲームです。どうやら一緒のゲームをして、一緒のサーバーで、一緒の連盟にいます。この前は相談も乗りました。少しバレそうになりましたが、大丈夫です。誤魔化したはずです。でも、ダメだったのかな」
「少し詳しく教えてくれないか」
思わぬ事実が拾えたものだ。私は彼から詳しい事情を聞いた。そして、天井を仰ぎ見る。なるほど、そういうことか。施術に手応えはあった。このまま何も無ければ記憶の封印が解かれることは無い。確信はあった。しかし、元々あった綻びから話は広がる。まず、月風花に不信感を持たれたこと。そして奇跡のような出来事だが、月風花と純君がネット上でだが再会したこと。更に純君がその月風花を特定出来てしまったこと。これは綻びのせいだな。そうした要因が偶然にも幾つも重なって、記憶の封印が揺らいでしまったのだ。純君を責めることは出来ない。綻びが無ければ特定は出来なかっただろう。綻びを作ったのは私だ。つまり、責任は私にある。
以上を踏まえて純君に説明した。
「花の記憶が戻ってきているって大問題じゃないですか。すぐにまた施術をお願いします。また同じ額で大丈夫ですか」
話の腰を折って純君が身を乗り出す。
「まあ落ち着いて。今日は闇の住民として会いに来たわけではないと言ったろ」
「じゃあ、どうしろって言うんです。主治医としてどんな治療をするって言うんですか」
純君の興奮は収まらなかった。
「主治医は患者と家族の声を聞いて治療を行う。患者も家族も(私も)一致している。記憶をゆっくりと戻す」
「ふざけないで下さい。また花を昏睡状態にしようって言うんですか。また花に同じ苦しみを味合わせるつもりですか」
純君が机を叩いて抗議する。
「皆、承知の上だ」
純君の気持ちも理解は出来る。
「僕は納得出来ません。あなたに、闇医者にもう一度施術を依頼します。そうすればあなたは断れない」
確かに、ある意味ではそうだ。しかし、
「残ながらこの件が終わるまでは休止しててね。終わった後なら受け付けるよ」
「そんなーー」
「つまり月風花の記憶が戻った後ということだ。まあもっとも、条件付きで予約は入っているけどね」
「予約」
そこでようやく純君が収まった。まあもっとも台風の目と言ったところか。場合によってはまた嵐になる。
「月風花を含む、家族全員からの予約だ。君にも参加して欲しいとは聞いている。ただし、、ここからは花君の託だが」
私が一呼吸置くと、彼は息を飲む。
「君が記憶を戻すのを手伝ってくれたらだそうだ。そしてこうも言っていた。手伝わなかったら、一生相手にしてやんないって」
返答の間を見届けてから、私は目を逸らした。そういえば、月風花もそんな感じで私に話していたように思う。
「なんだよそれ」
私に言っていないな。独り言のようだ。いや、それとも違うような気もする。
「なんなんだよそれ。散々相手にしないでおいて、手伝わなかったら、『はい、さよなら』かよ。綺麗に記憶が戻っても、『はい、さよなら』かよ。無理やりやっても『はい、さよなら』で、失敗しても『はい、さよなら』で、俺損ばっかじゃん。協力して、また元の関係に戻れるのが一番いいじゃん。それしかないじゃん」
私は彼を見ない。こういうのは見るものじゃない。
「くそ、ばか、あほ、くそー。大好きだよ。大好きだから。愛してるから」
……ここの装飾はかなり豪華だ。シャンデリアがある。やはり高級レストランということでいいのだろう。
「それで、何をすればいいんです」
見られているのに気付いて、私は彼に視線を戻した。
「――」
「その前に、勝算はあるんですか」
なるほど、勝算か。
「ある。今、月風花の容態は非常に安定している。記憶をゆっくり戻せば客観的に事件を捉えることが出来、主観的感情が流れてきても耐えられるはずだ」
理論上、勝率五割だ。試す価値はある。
「はず、ですか」
10割でないことはさすがに引っ掛かるか。
「もっとも、皆が協力すればの話だが」
愛の力を信じようじゃないか。
「……いいですよ。わかりました。教えて下さい」
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