第19話 C告白2
C告白2
「ごめん。待った」
まるで遅刻してきた彼氏のごとく僕は登場した。妹さんは困った顔して待っている。
「お兄ちゃんが『もう心折れた。悪かったのは認めるよ。お詫びにここの勘定は払うから』って」
妹さんも少し混乱しているようだ。あった出来事を羅列してしゃべっている。
「私も帰るって言ったんだけど、純さんが来るからここで待っててくれって。そう言えば、純にも詫びを入れなきゃならないから、これ(一万円)でどっか連れて行ってやってくれって」
どうやら武志の計略にハマっているみたいだが、それより何より。
「良かった。寂しくはなかったんだね」
僕が連絡を聞いて一番心配だったのはそれだった。
「えっ……、あっ、はい」
その反応を見てハッとする。この歳になって寂しいとかあるはずないか。
「あっ、その……当たり前だよね」
そうやって、はにかんで誤魔化した。
「いえ、その。ありがとうございます心配してくれて」
彼女も少しはにかみながらそう言った。
恥ずかしくて上手く目が合わせられない。話す言葉も見つからない。そんな微妙な間が広がった。
「行きますか」
沈黙を破ったのは彼女の方だった。
「えっ」
この間をどう埋めようか考えていた僕はその言葉の意味がすぐにはわからなかった。
「ここでも良いですけど、会計済んでいるみたいだし」
彼女が僕の方へ目配せしているのがわかり、振り返ると、ウエイトレスがすごい形相で突っ立っていた。僕はここ一番のはにかみを浮かべて、彼女の方へ向き直る。
「うん、行こうか」
そうして僕と彼女はその店を後にした。
予算が一万円もあったので、ちょっと良いところ行こうかって話になる。まあ完全に武志の術中な気がするが、やつが一万円以上かけて作った作戦を一蹴りにするのは親友として抵抗がある。
……妹さんを一人にするのも、ね。
とそこで、急に連絡が来る。
〈ラ・フルールって店予約してるからな〉
武志である。やつめ。いけしゃあしゃあと。
「どうしたんですか」
妹さんが聞いてきたので、そのまま画面を見せる。
「お兄ちゃん。一体どういう……。あっ、また謀ったな」
妹さんもどうやら武志の策に気付いたらしい。
「ああ。どうする。やめちゃう」
一応聞いてみる。
「ううん。お店の人に悪いし、今帰ったら一万円返さなきゃだし、使ってやりましょ。全部」
ははっ。意外と肝が据わっているというかなんというか。ちょっと安心した。
「そういえば名前、何て言うの」
ずっと妹さんじゃバツが悪い。
「あっ、花。月風花って言います。いつも兄がお世話になっています」
花さんか、ぴったりな名前だな。
「僕は輪島純。純でいいよ」
「はい。私も花で良いです」
「遅くなったけど改めて宜しくね」
「はい。宜しくお願いします」
やっと、自己紹介を交換出来た。ったくそれもこれも全部武志のせいだ。もっと普通に紹介出来ないのかよ。心の中で悪態をつく。
その後僕らはラ・フルールに行き、お互いの情報もそこそこに武志の悪口が始まった。まあ当然の流れだね。
「お兄ちゃん、いっつもからかってくるんだよーでも決まってそういう時は変な作戦の時が多いの。見破れる時と見破れない時があってさ。本当に気さくというかなんというか」
しゃべってみてわかったが、花さんはかなりおしゃべりだ。
「わかる。まあ悪気があるものはほとんどないんだけどね」
「そう。紐解いてみればほとんどお兄ちゃんの好意だってわかるんだけどね」
「「強引」」
二人の息が揃ったので目が合う。もう何度目かで慣れていたのもあって、「ふふっ」って笑い合うだけだった。
「ね、すごく強引だよね」
「まあ、冗談が混じるから冗談出てきたら警戒するようにしてるんだけどね」
「なるほど、そうすれば良いのか」
何やら花さんは、武志攻略の糸口を掴んだらしい。
「まあでも、今回はやられたよ。冗談って感じじゃなかったし」
「ああ、うん。緊急事態。だもんね」
まあそれも、スーツと絡めれば冗談に見えなくもないけど、僕、生真面目だからな。ちょっと自分の欠点を見直してしまう。
「僕はそんな感じだったけど、花さんは何て言われたの。何か変なこと言われたんでしょ」
ちょっと気になったので聞いてみた。
「ああ……、いや……、それは……」
と、急に花さんがもごもごし始めた。
「うん、どうしたの」
あれだけおしゃべりだったのが急に止まったので、違和感を覚える。
「……秘密」
ガクッと心の中で転ぶ。秘密ってなんで今更。一緒に武志の悪口を言い合っていた仲じゃん。花さんの理由を種にもう一丁いきましょうや。
「えっ、教えてよ。またひどい嘘みたいなこと言われたんでしょ」
「嘘は……言われてないから」
「えっ、本当。じゃあ何て言われたの」
意外だった。武志の策略にある程度耐性のある花さんを嘘無しで引っ張って来れるとは。やっぱり武志はすごい奴なのかもしれない。なんだったら花さんは僕と違っておしゃれをばっちり決めていたわけで、それを自然にさせる魔法の言葉があったに違いない。……何だろう。
「有名人に会わせるとか、言われた感じ」
これならなんかわかる気がする。ただ、まあ、嘘ではあるけど。
「ああ、うん。そんな感じです」
何とも煮え切らない返事だ。まあ、全部花さんが事実を言っいるのなら、有名人に会わせる系で、嘘じゃないってことだ。嘘じゃない有名人だから、花さんや武志の知ってる人に会わせるってことだろう。それに乗っかったわけだ。花さんは。おしゃればっちり決めて……。
「あっ」
僕の声に花さんがギョッとこちらを見る。何かを恐れているような感じで僕を窺っている。僕は雰囲気でそれがわかるだけで、簡単に目が合わせられない。
いや……、つまり……、該当する人物が一人だけいるのだ。彼ら兄妹の中で有名人で、花さんが会いたいと思っていたらしき人物が一人。しかしそれはきっと相当……そうとう……。
花さんのコーデを確認する。若い子に似合うような僕好みのミニスカ系ドレス。自分の名前が花だからか、花の模様があしらってある。大人なイヤリング。おしゃれなネックレス。化粧はうるさくなく、ナチュラルな感じで好感が持てる。やばい。鼓動が大きく早くなってくる。伏目がちな姿が、ちょうど上目遣いのようになっている。
その目を見て、僕は二度瞬きをした。目が合っている。
心臓の鼓動が大きく地平の果てまで飛び出した。戻ってくると体中に心が感じたものが押し広がっていく。あっという間に脳までいっぱいになり、それでも溢れそうになった。いや、溢れた。
「僕も好きです」
僕「も」とか言っている。変だってわかっている。彼女の一つ前の言葉は「ああ、うん、そんな感じです」だ。会話になっていないのは百も承知だ。でも今は関係ないんだそんなもの。だって溢れてくるものが言葉になっているだけだから。そもそも会話なんてしてないんだ。
「一目見た時から好きでした」
溢れるままにここまで言って、少し我に返る。我に返ってから引き戻れないことがわかる。もうやけだ。だったら感じたもの全て伝わっちまえ。
「花さん、貴女は僕にとって理想の人です。理想の女性です。誰にも渡したくない。一生傍にいて欲しい。こんなに愛が溢れたのは初めてです。いきなり何言ってんだ。一生とか。まだ初めて会ったばかりなのに。わかります。わかってます。わかっているけど止められない。貴女への想いを止められない。大好きなんです。愛してるんです。心から。だから……、だからだから。付き合って下さい」
お願いしますとは言うまい。そんな気持ちじゃないのだから。
花さんの口が半開きのまま、しばらく時間が経っていった。時間が経つと冷静になる。冷静になると、今自分がやったことが恥ずかしい。何だったらまあまあ大声を出してしまっている。周りが皆見ていた。そして何故かその中に武志がいるのを確認する。親指を立ててグーっとやっている。何がグーだ。もの凄く恥かしい。
もう一度恐る恐る花さんの方を見た。まだ半分口が開いている。目を開けたまま失神しているのではないか。そんな不安が過ぎるほど固まっていた。念のため、瞳孔が開いているか。確認する。じっと見つめて確認すると、きゅーっと動くのが確認出来た。
「はい」
開いた口が塞がりながら言葉が出てきた。肯定的な言葉だったので、ビクンと身体が跳ねる。
「是非、お願いします」
その言葉が聞こえた瞬間僕は「やったぁ」と叫んでいた。ただ、それは一つだけでは響き渡ることはなく、「よくやった」「よかったな」等が混じっていた。少しずつ始まる拍手が、レストランの中を支配していた。僕はすぐに伏せてしまう。そうなってやっと花も周りに気付き、僕と同じに伏せてしまう。
一生忘れないだろう二人の想い出だ。
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