第18話 C告白1

C告白




 あれが良くて、これがダメで


 そんな人生良くないはずで


 私はレールを歩いてた


 このレールは誰のもの




 急に呼び出されたから何のことかと思ったけど、いたのは武志と若い女の子。いや、武志だけならいいんだよ。たぶん真剣な話だろうから。しかし、女の子を侍らせているとなると、真剣な話ではないのだろう。大方、武志の性格を考えると、彼女が出来て、その自慢がしたかっただけなのだろう。武志のやつずっとにやにやしているし。




 はぁ。




 溜め息が出る。「緊急事態だ。早く来てくれ」と連絡が来て、だいぶ急いで来たのに、その結果がこれだもの。溜め息の一つや二つは出てしまうというものだ。




「で、何の用だ」




 とりあえず、掘り炬燵に足を入れて腰を落ち着かせる。




 ついでに、すっかり死んだ魚のような目で武志の彼女であろう女の子を見た。なるほど、相当な美人だ。どことなく武志に似ているような感じもするな。少し若さを感じるのでたぶん年下。大学生くらいかな。そしてかなりおしゃれだ。自分に合う服をよく知っている。と言っても、僕はおしゃれには疎い方で、あまりよくわからないけど。あと、スタイルが抜群に良い。




 ……。武志にはもったいないんじゃ。




「どうだ。どうだ。美人だろ。綺麗だろ。最高だろ」




 武志がいつの間にかその女性にくぎ付けになっていた僕を見て、せっつくように話を盛り立てる。なんか無性に腹立ってきた。




「おっ、顔が赤くなってきたな。惚れたか、惚れただろ」




 プツンっと、音がするのがわかった。




「お前ふざけんなよ、ほんとに」


「お兄ちゃんやめてよ。恥ずかしいから」




 こっちが心配して駆け付けたのに、こいつはとことん能天気に。




 ……ってあれ。お兄ちゃん。




「おっ、わりぃ。二人とも。しかし息もぴったしだな」




 あははと悪びれた様子もなく笑う武志はやっぱりムカつく。が、しかしそれよりもお兄ちゃんという言葉だ。そう言えば、武志には五つ下の妹がいたな。会ったことはないが、この子ってことか。




「からかわないで。私帰るよ。そんな感じなら」


「おっ、まだ名前も言ってないのにか」


「もうそういう雰囲気じゃないじゃん」


「でも、ダーリンはお前にぞっこんみたいだぞ」




 と、急に武志がこっちを見た。妹さんも釣られてこっちを見る。僕はというと二人が兄弟だと信じられなくて、呆気に取られて二人を見ていた。二人がこちらを見たので現実に戻ると、二人の会話がやっと頭に入ってくる。って




「「ダーリンじゃない」」




 妹さんと二人で叫んでいた。




「しかし、息はぴったりだ」




 武志はうんうんと頷いている。




「「からかうのもいい加減にしろ(て)」」




 また息が合ってしまった。




「お前らやっぱ最高だな」




 そんな僕らを武志は腹を抱えて笑っていた。




 息が合った拍子に妹さんの方を見ると、目が合ってしまう。恥かしくなって二人で伏せてしまった。一瞬見えた妹さんの赤らめた顔がものすごく可愛くて、僕の顔は茹蛸みたいになっていたと思う。しばらく顔が上げられなかった。




「ってかお前。スーツじゃないのな」




 武志がひょうきんな調子でそう聞いてきた。実は「緊急事態だ。早く来てくれ」の後に、「緊急事態だがスーツは必要だ。スーツで来てくれ」と連絡が来ていたのだ。集合場所が家までの通り道だったことと、居酒屋だったこと、家まで取りに帰る手間が惜しかったという理由でスーツは断念した。




「当たり前だろ。親友の一大事にそんな悠長なことしてられるか」




 大声を上げる結果となってしまった。スゲー心配してたことや、来てからのギャップとか、今までの鬱憤が全て出る形になったのだ。




 さすがに二人ともびっくりしている。言い過ぎたかも。




「でも、まあ何ともなくて良かったよ」




 一応自分でフォローしてみる。妹さんは呆気に取られているようだ。目が合ったのではにかむと、数度瞬きして武志の方を見た。




「お兄ちゃん。何て言って呼んだの」


「いや、まあ。お前は知らなくていい」




 明らかに武志が動揺している。何か反撃のチャンスを掴んだ気がする。




「お兄ちゃん。携帯見せて」




 妹さんもそれを感じたらしい。語気が強い。




「これにはプライバシーが詰まっているーー」


「いいから。見せて」


「俺のところだけでいいから、見せるべきだ」




 僕もこれでもかっていうくらい冷たい言い方で追い打ちをかけた。




「……はい」




 そして武志が折れた。してやったりだ。




「へぇー、緊急事態。何が緊急事態なの」


「えっと、今―、かなー」




 武志は怖いのか、妹さんから目を逸らしている。




「これは自分が蒔いた種だよねー。ね、そうだよねー。こっちを見なさい」




 最後の一言が殊更強い語気だった。端から見ても怖さが伝わる。女を怒らせると怖いんだな。




「なあ純、緊急事態だ。今。助けに来てくれたんだろ。な、助けてくれよ」




 武志が藁にも縋る勢いで僕に助けを求めてきた。




「知らない。スーツでも取りに行くかな」




 そう言えば、緊急性が少なかったらスーツを取りに行く算段だった。




「じゃあ、また後で」


「頼む純。行かないでくれー」


「兄弟仲睦まじく、ね。どんなスーツにしようかな」




 僕は後ろ髪惹かれることもなくそのまま去った。ここから自宅までは電車で二駅ほどだ。往復でも四〇、五〇分もあればスーツを取りに行ける。妹さんのあのおしゃれに合うのは確かにスーツしかない。三人での会食ということだろうから、僕もそれなりの恰好しなければならない。場所が居酒屋というのが気がかりだが、まあ武志のことだからフランクに行こうということなのだろう。




 スーツを着て、電車に乗ったところで一つの連絡が来た。




〈後は頼む〉




 えっ、〈後は頼む〉ってまさか。何度も見直してしまう。僕は電車から降りるとすぐに走り出していた。急いでさっきの居酒屋へと向かう。人を掻き分け、信号を無視して、店員さんも無視して。緊急事態だ。真っ直ぐ、他のことは考えずに向かった。


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