第15話 A調査
A調査
あれが良くて、これがダメで
そんな人生良くないはずで
私はレールを歩いてた
このレールは誰のもの
不満が爆発する瞬間を知っている。ほんのちょっと見たことがある。あれは向かいの家の住人だった。救急車に運ばれる一瞬、騒ぎが気になった私は、彼が運ばれるのを見た。身体が動かないようだった。事実、これは後から本人に聞いたんだけど、やっぱり身体が動かなかったみたいだ。声も「あいうえお」をしっかり発声出来ない状態で、意識はあったらしいけど意思表示が出来ないと言っていた。肺の機能まで止まっている時間があったとか。裸にされて恥ずかしかったとか、不死鳥のように帰還したとか笑いながら話していたけど、一瞬でも見た者としては笑えない話だった。
小さな爆発なら私たちも経験していると思う。思春期とかなんだとか、爆発させたことはあるはずだ。一体どれくらい溜め込んだのだろう。当時の私に悪寒が走ったのを憶えている。
今私はその爆発の正体が見えてきている気がする。
危ない。
本能的にそう思ったので、早めに手を打つことにした。
「なるほど、日本が沈むほどの大きな爆発が起こってしまう、か」
とりあえずは田原先生だ。
「確かにそれは大問題だ」
よし、とりあえず受け入れてくれたようだ。
「知り合いにカウンセラーがいるからその人にも今の話を聞いてもらおうか」
と思ったのは勘違いだったみたいだ。
「ちがーーーう。そうじゃなくて、隠してること教えてくれればいいの」
そう、絶対変なのだ。絶対隠し事がある。これは女の勘である。
「隠し事。病気に関しての説明は一通りしてあると思うが、まだ何か聞きたいことはあるのか」
うわー、こういう風に冷静に応えられると困っちゃうな―。あくまで勘だからな。でも、そういうのわかっててこう言っているんだろうな。よし、負けないぞ。
「ふふーん。隠してるのはわかってるんだからね」
「だから、何が聞きたいの」
……。だから私はなんて聞けば良いのだろう。
「えっと、だから……、隠してる事」
「うーん、じゃあまあ聞きたいこと見つかったら聞いてあげるから」
くそ。敗北した。準備が足りなかった。
少しだけ整理しよう。先生から言われているのは次の通りだ。
①部分的記憶喪失である。
②記憶は段階的に回復させないと脳への負担が大きいため徐々に回復させる必要がある。
③②のため行動に制限がかけられる可能性がある。
である。さあ、穴を見つけよう。……うーんわからん。どう見ても普通だ。でも待てよ、私記憶が戻っている実感無いんだよね。ただ、これも
「そりゃそうだ。脳に負担が出てない証拠だよ。徐々に回復出来てるってことだね」
と言われてしまった。そう言われるとそうなのか、としか言えないんだよなー。でも、三年分の記憶だよね。一応もう三年以上経っているんだけどまだ回復しないのかなー。こう聞いたこともある。
「先生、私の病気はいつ回復するのかな」
「わからないな。記憶の回復はデリケートなんだ。個人差もあるし。一生かかる覚悟はしても良いかもね」
が先生の答え。うーん。やっぱり隙が無いんだよなー。よし、相手を変えてみるか。
「お兄ちゃん。隠し事してるでしょ」
「待て、俺ももう学生じゃない。お前の下着なんて盗んでないぞ」
「ちょ、盗んだことあるのか」
「何、そのことじゃないのか。悪い忘れてくれ」
「待った、逃がすか。忘れられるか、馬鹿兄貴―」
「待て冤罪だ。助けてくれー」
と、ダメだ。乗せられた。お兄ちゃんは自分のペースに乗せて話を有耶無耶にする天才だった。裏を返せば、絶対に隠し事があるってことだ。ヒットしたかも。
「何を隠してるの」
私はお兄ちゃんの後ろ肩を掴んで問い質す。
「待て、だから冤罪だ。時効は過ぎている」
グギギギっと引き攣った顔を見せるお兄ちゃんは間違いなく演技派だ。
「違う。それは嘘でしょ。隠し事してるんでしょ」
私がそう言うと、お兄ちゃんは演技をやめて真顔になる。
「あらー、何のことかな」
お兄ちゃんはあからさまに目を逸らしている。ペースを崩せばこんなもんだ。そして、絶対に怪しい。
「さあ、何を隠してるの」
顔の目の前で圧をかける。
「もしかしてー」
「もしかして」
「この歳になって寝しょんべんしたこと、怒られてるのかなー」
ひひっと笑ってまた演技をしようとしている。
「ふざけないで」
結構本気で怒ったのでお兄ちゃんの身体がビクッとする。
「ちょ、待った。勘弁してくれ。何も言えないよ」
出てきた。絶対に聞き出してやる。
「なんも言えないってどういう事」
「約束なんだ。これ以上は聞かないでくれ」
そういうお兄ちゃんはどこか力ない感じだ。
「ダメ。私ももうこれ以上我慢出来ない」
「我慢か、我慢させているのか……」
お兄ちゃんはギリギリ聞き取れるかってくらいのポツリとした言葉を落とす。
「もうどうにかなっちゃいそうなんだよ。みんなが何か隠しているみたいでき。気持ち悪くて気持ち悪くて……」
「そうか……」
もう少し、もう少しで教えてくれる。
「でもダメだ。こればっかしは教えられない。全部お前のためなんだ。でもごめんな、ごめんな、ごめんな……」
お兄ちゃんは膝をついて後は「ごめんな」と呟くばかりだった。
さすがにこれ以上は追及出来ないと思った。ただ、皆が私のために何かしてくれている。それだけはわかった。そうか、何かしてくれているのか。そうなのか……。私は本当にこの何かの正体を掴むべきなのだろうか。お兄ちゃんの姿を見て、さすがにわからなくなってきた。
さて、どうしよう。とは言え、日本が爆発するのも困る話で、腑に落ちないままにしておくのは出来ない。しかし、私の周りにいる人に無理矢理聞けば、お兄ちゃんみたいになってしまうだろう。
ふむ。
そういえば、ジュンちゃんが進捗とか言ってたな。まああれは彼氏とのことだと思うけど、何か意味深だったしもしかしたら……。いや、やっぱ変かな。変だよな。いきなり。でもジュンちゃんもいきなり変なこと聞いてきたし、おあいこってことにならないかな。
花鳥風月:ハロー。ちょっと相談事があるんだけどいいかな?
あっ、ああーーー。聞くか聞くまいか文章作りながら色々考えたら、送っちゃった。三〇分しても来なかったら、もう大丈夫って言おう。来るな、来るな……。
ジュン:うん?どうしたの花さん?
来たぁー、来ちゃったぁー。でもちょっと安心した自分がいる。ジュンちゃんが良ければ、洗いざらい聞いてもらおう。
花鳥風月:いきなりごめんね。私生活の事なんだけどいいかな?
ジュン:私生活?秘密のやつだね。いいよ、僕で良ければ
花鳥風月:うん。秘密でお願い。ありがとね。実はーー
このあと三時間くらいかかって今までの経緯を話させてもらった。ジュンちゃんは根気よく、真剣に聞いてくれている。「時間大丈夫」って途中で聞くと、「今日は暇だから」と言ってくれた。本当ジュンちゃん神、最高。
ジュン:そっかぁ、大変だね
ジュン:そんなことになっているんだぁ……
花鳥風月:ジュンちゃん真剣に聞いてくれてありがと
花鳥風月:なんか少し気持ち晴れたよ!!
ん。そこまで言って少し違和感を覚える。何か変だ。
ジュン:そう!気が晴れて良かったよ。何か僕に出来れば良いんだけど
花鳥風月:ううん。大丈夫だよ。何かしてって言っても無茶過ぎるし
ジュン:まあ、そうだよね。でも僕も相談してくれて良かった。嬉しかったよ
んん。何かやっぱり気になる。
花鳥風月:こんなに付き合わせてごめんね
ジュン:ううん。嬉しいんだって、また花さんの相談乗れて
んんんん。やっぱりジュンちゃん何か変だ。
花鳥風月:また?前もあったっけ?
ジュン:あっ、ううん。打ち間違い。気にしないで
まあ、そうだよね。打ち間違いだよね。でもさっきから変なんだよな……。ちょっとチャットを見直してみる。普通の発音だけの会話じゃないからこういうこと出来るのが強みだ。
ここだ。「そんなことになっているんだぁ……」と、「嬉しい」、そして「また」。何でもないようだけど、全部繋がっている気がする。なんか元々私のこと知っているような、相談乗っただけにしては大げさなような……。ジュンちゃんが私のリア友(現実の友達)ってこと。そんな馬鹿な。思い当たる人物なんて一人もいない。そもそも私がこのゲームやってることは、先生くらいしか知らないはず。現実世界では。じゃあ先生ってこと。そんな感じは一ミリもない。じゃあ誰。カマかけてみるか。
花鳥風月:ジュンちゃんって私の知り合い?
ジュン:違うよ違う。そんなわけないじゃん
ジュン:急にどうしたの?さっきのは打ち間違いだよ。
うーん。めっちゃ焦ってる。でもある意味わかりやす過ぎて逆に怪しくない。どっちだ。
ジュン:なんか僕変なこと言っちゃったかな?そうだとしたらごめんね
花鳥風月:いやいやそんなことないよ。たぶん私の杞憂だから
花鳥風月:こっちこそごめんね。気を使わせちゃって
ジュン:いやいや、じゃあまたね
花鳥風月:うん。またね
そうは言っても七〇%以上は他人の相手だ。ほぼ気のせいだろう。一応、今日の日記には書いておくけど。まさか、本当に先生じゃないよね。思えばあの先生は昔から掴みどころ無いようなところあるし、先生の演技、かな。そもそも先生ってどんな人だっけ。
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