第12話 B就活

B就活




 あれが良くて、これがダメで


 そんな人生良くないはずで


 私はレールを歩いてた


 このレールは誰のもの






 大学四年生の春。私はようやく日常生活に戻ることが出来た。出来た……が、それは地獄の始まりだった。




「就活って免除にならないんですか」


「聞いたことないな。観念して取り組みなさい」




 先生は主治医のくせに冷たいというか、関心がないというか。




「先生が紹介して下さいよ」




 愚痴っぽく先生に訴えかける。




「紹介業は特にやってないんでね。他を当たってくれ」


「ケチ」




 正直、就活を四年の春から始めるなんて絶望的だ。既に大手の企業は内定を終えているところばかりだ。中小も良いところはほとんど面接受付が終わっている。ブラック企業か小さい会社のみ。既に就活は失敗したようなものなのだ。




 あー、ホントやだ。誰か助けて―。




「志望動機を教えて下さい」




 そんなんねぇーよ。あー言いたくない。




「貴社の将来性に魅力を感じたからです」


「うちの将来性」




 小さい会社過ぎて言葉ラフだぞ、おい。




「はい。介護業界はこれから繁忙期に入っていきます。団塊の世代が介護を必要とする時代が来るからです。現段階では世間の介護に対する評価は低く、とある就職紹介会社の調べでは年収四一九万を平均とされていますが、こと年代や、役職、勤務経験で考えると年収が先の四一九万の六割も貰えないヘルパーが多いです。対して重要度は需要の拡大に伴い増えていきます。いずれ見直され、拡大され、国からの支給が図られると思います。つまり給料のベースアップが起こると考えています。私は介護にそういう将来性を垣間見ているわけです」




 3Kで低賃金なんてマジ働きたくないよー。




「なるほどー、素晴らしい考察ですね。では、既往歴などはありますか」




 うおー、絶対聞いて欲しくなかったやつー。




「はい……。実は去年の秋に大きな事故に遭い、先月まで入院していました。今も通院中です」


 とりあえず毅然とした態度で堂々と答えてみるけど、絶対にマイナスなやつだぁー。




「ほぉ、そうなんですか。大変ですね。見た感じ怪我などは見当たりませんが、何か動かし辛いとかあるんですか」




 まあ実務的に影響あったら困るって話だよね。




「特に無いですね。奇跡的に怪我はほとんど無かったみたいなんです」


「そうですか。しかし何故それで半年近くも入院に」




 来たぁー、絶対聞かれたくなかったやつー。




「えっと、怪我はあまりしてなかったんですが、ちょっとした記憶障害に……」


「記憶障害。名前を忘れるとか」




 お願い―、突っ込まないで―。




「えっと、三年分。ちょうど大学に入ってからのことを忘れたみたいです」


「大学生活を……。大変ですね。それで半年もってことなんですね。しかし、思い出すことが出来て良かったですね」




 か、勘違いされている―。




「あっ、はい」




 説明するの面倒臭くって、嘘吐いちゃった。




「よくわかりました。今日はありがとうございます。合否は追って連絡致しますので」




 終わった。




「ありがとうございました」




 一〇社くらい押し問答してここまで辿り着いたけど、なんかめっちゃやり損ねた感があるのは何故だろう。一応これまでの実績を言うと、就活する前に必ず田原先生に言わなきゃいけないんだけど、先生に大手会社系は全部蹴られた。就活の斡旋はしないくせに文句を言うとか本当に最悪なんですけど。何度文句言おうかなって思ったことか。因みにそれは一〇には入っていないです。それ以外で事務とか秘書とか軽作業とかもチャレンジしてたんです。だけど、全部どうしても病気の話になって、私嘘吐けないから話しちゃって、結局落ちるみたいなことが続いていたんです。




「そんなん嘘吐きゃいいんだよ。どうせバレはしないんだから」




 お兄ちゃんに相談すると軽い感じでそう返された。




「それが出来ないから困ってるんだよ」




 私は半泣きになりながらそう言う。




「嘘なんて簡単じゃん。今から聞く内容全部〇×で答えて」


「えっ、うん」




 意味は分からなかったけど、とりあえず話に乗ってみる。




「あなたは女性ですか」


「〇」


「あなたはお酒飲めますか」


「〇」


「あなたはタバコ吸いますか」


「×」


「あなたの胸はCカップ以上ですか」


「まr……。って、ちょっと」




 私は恥ずかしくなってお兄ちゃんを叩いた。




「あっ、ごめんごめん。冗談だよ」




 ったく油断も隙も無いんだから、悪びれもなく笑いやがって。




「これ、何の意味あんの」




 不平不満を思いっきりぶつけてみた。




「まあまあ、これからこれから。さて、今度は同じ質問するからさっきと逆で答えて」


「えっ、うん」




 それは……、簡単だけど……。




「あなたは女性ですか」


「×」


「あなたはお酒飲めますか」


「×」


「あなたはタバコ吸いますか」


「〇」


「あなたの胸はCカップ以上ですか」


「……×」


「なるほど、花は貧乳で悩んでるっと」


「ちょっと、ふざけないで」




 私はもう一度お兄ちゃんを叩く。




「冗談冗談。でもほら、出来たじゃん」


「当たり前でしょ、反対の事言えばいいんだから」




 こんなの幼稚園生だって出来る。




「そう、当たり前だよな。でも、これと面接で嘘吐くのと何が違うんだ」




 そんなの




「全然違うじゃん」


「だから何が違うんだ」




 えっ、いや、改めて言われると……。




「えっと、そんなの……」




 私は黙ってしまった。




「病気の話になるのわかってるから予め準備して嘘吐くだけだよな。病気の話が嫌なのはわかる。でも胸の話も嫌な話だったろ。嘘吐けなかったのかお前」




 り、理論武装だ。確かにその通りだと思ってしまう。いや、お兄ちゃんの事だから理論に託けて胸の話を正当化しているだけだ、きっと。騙されないぞ。




「うーーー、やっぱり全然違うよ。会社に入るって生活の一部を預けるってことでしょ。そこに嘘吐いたら、生活の一部に嘘を吐くことになるんだよ。嘘ばっかの人生なんて嫌だよ」




 そうだ。絶対おかしい。




「ははははは。バレたか。お前真面目なのな」




 やっぱりー、騙されなかったからな。




「嘘ばっかの人生なんか嫌か……。良い心がけだ。ともかく応援してるから頑張れ」




 結局、お兄ちゃんに相談しても解決しなかった。まあ、結果的にさっきの面接では嘘吐いてしまったんだけど……。お兄ちゃんの理論に縋りつきたい気分だ。




「おや、合格したのに辞退するのかい」


「はい、なんか行く気になれなくて」




 まあ、もうそんなの四の五の言ってる場合じゃないんだけど。もう夏になっていよいよ受け入れてくれる場所がブラック企業一色になりつつあるから。




「ま、私は構わないけど、君が構わないなら」




 この先生、やっぱり私の事診る気ないんじゃないかな。薄情である。




「ええ、辞退します」




 ムッとして応える。万が一にもアドバイスが貰えることを期待した私が馬鹿だった。




「じゃあ、次はここ受けてみたら」




 私は目が丸くなった。先生が私に渡してきたのは就活の情報誌であった。この先生なんだかんだでやってくれる。嬉しさ半分で目を通すと、驚くべきことがもう一つ出てくる。今いる実家から一〇分の距離なのだ。その会社は。




「えっ、うちの近くじゃん」


「うん。実家から通えるし良いと思うよ」




 何食わぬ顔で言っているが、正直卒業後は一人暮らしするつもりだった。




「ああ、ありがとうございます。私の症状ってまだ家族の下にいた方が良いやつですか」




 わざわざこんな勤務先を紹介するってことはそういうことなのだろう。




「ああ、うん。そうだね。その方が思い出せる可能性が高いから」




 ああ、なるほど。そういうことか。正直身体はピンピンだし、生活に支障はないから気にしてなかったけど、ちゃんと私の病気の事考えているんだ。っていうか、そう言えば受けていいって言ってた場所、実家から通いやすい場所だ。なんだよ。早く言ってよ。そういうのあるんだったら。




「わかりました。受けてみます」


「はい、じゃあ、これ」




 そう言って先生が渡してくれたのは推薦状だった。




「病気の事全部書いてあるから話す手間省けるよ」




 あっ、と思った。たぶんお兄ちゃんだ。お兄ちゃんが先生に話したのだ。




「ありがとうございます」




 今度食事でも奢ってあげよう。そう思った。

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