第9話 C代償1
C代償
回る回る貴女は回る
僕の周りを笑顔が回る
あまりに踊って回り疲れて
僕は貴方を立たせて消えた
隔離病室。社会のしがらみから極力隔離して治療に当たるための部屋。医療関係者ですらめったに訪れないその部屋で、私は今日最後の仕事をしている。記録付けだ。正直、細かい記録などは看護師に任せればよいのだが、この患者は特別なのだ。今は面会する人もいない寝たきりの少女。少女と言っても年齢はもう二一歳だ。四か月前に犯罪集団に拉致されて監禁。拷問を受け発狂。この病院に運ばれる。目が覚めている間はずっと発狂しており手に負えない。結果、投薬により昏睡状態を保つことにした。今日も昏睡状態を維持している、と。
患者の名前は月風花。
私の患者だ。今のところの回復の見込みはない。それが私の見立てである。とても美人で可愛らしいうら若き乙女だというのに、可哀そうである。しかし、現代医術の、いや医術の限界というべきなのだ。心の病は。私たち普通の医者がどうこう出来る代物ではない。
時間だ。病室を後にし、病院を出る。外は雪が降っていた。予報があったので厚手のコートがある。私は構わず帰路を進んだ。
と、バタバタ。
雪の中、鳥が羽ばたく音がしたようで不思議に思って振り返った。すると、見たことある青年がそこに立っていた。雪の中にいるには少々薄手に感じた。傘も差していない。
「お久しぶりです。先生」
月風花の彼氏だ。回復の見込みがないことは伝えてある。ようやくそれを受け入れたのだろうと思っていたのだが、どういう風の吹き回しだろう。
「純君と言ったかな。久しぶりだね。どうしたのかな。申し訳ないが面会の時間は終わっているよ」
社会人になる青年だったが、恋人のお見舞いに毎日のように来ていた。本来なら家族以外の面会は遮断なのだが、彼は特別だ。
「すみません。どうしても花に会いたいんです。会わせてくれませんか」
「申し訳ありません。花さんは症状が思わしくなく、面会はご家族のみの対応となります」
「どうしても、どうしてもダメですか。どうしても会いたいんです」
「……申し訳ありません」
「どうしたんだ、純」
「武志……。花に、花に面会したくて」
「あれ、なんで入れないの」
「すみません。面会はご家族のみなんです」
「あっ、そうだったんだ」
「なあ武志、どうにかならないか」
「ああ。あの、家族の許可があってもダメなの」
「はい。主治医が許可しない人は入れない決まりになっているので。申し訳ありません」
「そっか。じゃあ田原先生呼んでくれない」
「先生は勤務中ですので。他の患者さんもいますし、難しいです」
「それなら大丈夫。もうすぐ俺と話すことになっているから。ここで話したいって言ってくれればいいだけ」
「……」
「なっ、お願い」
「わかりました。お伝えします」
「ありがとう、武志」
「まだわからないぞ。田原先生次第だからな」
「ああ」
「どうしました、月風さん。デリケートな話ですので中でしたいのですが」
「まあ、それはそうなんだけど。その前にちょっとお願いがありまして」
「お願いーー」
「はいこいつ。こいつ、花の彼氏なんですが、こいつを花に会わせて頂けるようにしてくれませんか」
「いや、それはーー」
「事情は両親から聞いて知っています。でも今は昏睡状態なんでしょう」
「昏睡状態なのか」
「事情は後で説明するから。えっと、ガラス越しなら大丈夫だと思います。それにこいつほっとくと、こいつも頭おかしくなって入院するかもですよ」
「お願いします。会わせて下さい」
「……わかりました。少し書類を書いてもらうことになりますが」
「はい、構いません」
「ご両親のサインも必要なので、面会は一週間後になりますよ」
「でもすぐそこにーー。いえ、大丈夫です。わかりました」
「ではまた一週間後に。月風さんはこちらへ」
「これが俺の限界だ。また後で事情も様子も連絡すっから、今日は仕事に戻れ」
「ああ……。ありがとう、武志」
ご家族総意の許諾と嘆願が出ている。特例中の特例だ。しかしそんな彼も一週間前から姿を見せなくなった。それが正解だ。まだ若いのだから、他を探すべきなのだ。と、思っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます