第7話 B輪舞
B輪舞
回る回る貴女は回る
僕の周りを笑顔が回る
あまりに踊って回り疲れて
僕は貴方を立たせて消えた
春の青空がスーッと広がる。視界に映るのは木の端と白い雲。花びらがひらひらと舞い込んできた。鳥が鳴き、風が吹く。花びらがふわりと風に乗り輪を描いた。
「良い天気だね」
空を見ながら隣にいる彼女にそう言った。
「うん、気持ちいい」
彼女がグーンと背伸びするのが目の端に映る。僕も男だな。彼女の胸が輪郭を帯びるのが生理的にわかって、彼女の方を向いてしまう。一番上に引っ張られた彼女と目が合って。ふふっと二人で笑った。
「今夜は満月みたいよ」
彼女は今は見えない月を空の中で探すように上を見た。
「うーん、一緒に見れたら良かったのにね」
僕も一緒に月を探しながら、寂しい気持ちでそう言った。
「習い事なんだっけ」
彼女がふいとこちらを向いたのがわかる。
「まあ、うん、そんな感じ」
僕も彼女をの方を向くが、思った以上に僕のことをしっかり見ていたのでびっくりする。彼女の目に突き動かされてしまう。
「親子の時間なんだよね。習い事って言うか」
「親子の時間」
首を傾げる彼女が可愛い過ぎると思うのは、ぞっこんし過ぎだろうか。
「うん。両親が地域の社交ダンスの会長やってるって話しあったでしょ」
「ああ、うん。言ってったね」
「時々それに参加しててね。昔から。もう知り合いも出来ちゃったし、簡単にやめるのもなって、うだうだとまだやってる感じ」
「あー。そうだったんだ」
彼女の目がキラキラし始める。彼女の目の中が夜空のようだ。満月があるんじゃないかと深く探してしまう。
「花もやってみたい」
あっ、今満月が見えた気がした。
「うん」
「やった」
見えた。満月だ。満月が見える。一緒に見れる。満月を一緒に。早く花に知らせなきゃ。花に……。あれっ……。
「この服装で大丈夫かな」
「大丈夫だと思うけど、ってあれ。今一緒に行くって言った、俺」
「うん。ダメなの」
ああっ、真っ黒な夜空になった。ダメだ。
「いや、大丈夫。大丈夫だよ。親に電話しないとなって」
「良かった」
これで本当に一緒に満月が見れるようになった。花の瞳の魔力とでも言おうか。とりあえず親に電話すると嬉しそうに快諾してくれた。とても不吉な予感がしたが。
とにもかくにも僕たちは時間が来ると進路をダンス会場(公民館)に向けた。春の道はどこを歩いても気持ちが良い。道端に花が咲いている。コンクリートだけじゃない世界が心地良い。
「ゲームで使う名前って決めてる」
夜の花見を楽しんでいると、花が話しかけてきた。
「ゲームで使う名前。あーうん。なんとなくは」
僕の場合はあまりこだわりがないから自分の名前を使うことが多い。
「どういう名前」
「ジュンだよ。そのまんま。花は」
この話題を振るからには何か拘りを持っているのだろう。
「私は花鳥風月って名前をよく使ってるの」
「へぇー、花鳥風月か。なんかおしゃれだね。ゲームの必殺技とかに出てきそう。どういう意味」
花って名前もついているし、確かにおあつらえ向きだ。
「風流とされるものを集めた言葉だって」
なるほど、意味があるようでないようであるやつだ。
「花の蜜を吸う鳥が、風を起こして飛び立つと、夜空に浮かぶお月様が、花を照らして輝かす。巡る巡る自然は巡る。美しく巡って見る人癒す。いつまでも巡るその中で、たくさんのドラマがあるのだけれど、それらはみんな風流なもの。やっぱりおしゃれだね。花みたい」
「そんな言葉が思いつく純ちゃんがおしゃれだよ」
花がふふっと笑う。
いずれは結婚を考えたい相手。ふとそんなことが頭に浮かぶ。そりゃそうだ。もう三年目になるのだ。付き合ってから。
「ダンス。楽しみだな」
花はずっとこの調子だ。僕はいつも笑顔で応えるが、ちょっとした懸念があったりする。
僕らは今ギリギリになる時間で動いている。僕がそう仕向けたわけだが、つまりはその。冷やかしの対象になるのを極力避けたいのだ。地域の交流会ということで年輩者が多いこの会は、平均年齢が七〇を超える超高齢交流会なのだ。九〇越えてる人もいたな。そんな中に若人二人。しかも付き合っているときた。冷やかされないわけがない。内心でははぁ、と溜め息を吐くことも。
「そう言えば、ダンスってどういうのがあるの」
半分踊りながら歩いている花がこっちを向いてそう言った。
「ああ、ワルツとかタンゴとかかな」
「なんか聞いたことある。どう違うの」
「違いか、違いね。あっ、ロンドってのもあったな。って違いだよね」
正直、違いなど気にしたことがない。つい考え込んでしまう。ちらっと、花を見ると興味津々だ。
「まあ、細かいこと言えば色々あるんだろうけど、僕が知ってるのはワルツが四分の三拍子で、タンゴがなんか、めっちゃノリのいい奴。歯切れが良い感じ。つまり曲調に違いがあるのかな」
「うんうん、なるほど。ロンドは」
と、ついと口に出したものも突っ込まれる。
「うん。それがよくわからないんだ」
「じゃあ調べよう」
花の探求心というものがものすごいなと思った。僕は携帯を使って調べる。
「ああ、うん。へぇー。漢字だと輪舞って書くんだ。輪っかに舞うで」
「そうなんだ。それでそれで」
「うん……、これはAメロってことかな。えっと、AメロBメロAメロCメロみたいにずっと続いていくのが輪舞なんだって」
「ふんふん、なるほど。続いていく感じか」
何やら興味を示したみたいだ。
「よし、花、今日輪舞踊りたい」
花が決意を込めた口調で言った。
「まあ、いけるかな。その日踊る曲はその場で皆で決めるんだけど、皆もう踊り慣れてるから大した意見も出ないし」
「そんな感じなんだね。じゃあ純ちゃんも手を挙げてね」
冷静に考えると、初めての場所でガンガンに攻める花ってすごいなと思う。
「もちろんだよ」
そうして僕らは会場に着いた。
そして僕の読み通り、全員に冷やかされる羽目になったわけだけど、花の楽しそうな顔を見てたら、そんなことどうでもいいなって思えてしまった。
ダンスの後に見た満月も美しかった。
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