第5話 C破滅2

C破滅2




 これが俺が花に完全に惚れることになった出来事。一か月半くらいだったかな。ミニ合宿中だったから。花がいなければこのサークルをすぐにでもやめなければならなかった。




 本当に天使なんだ、彼女は。




 良く見ると俺と同じでスポーツ万能、顔は美形、スタイル抜群。違うのは闇があるかどうかだ け。ああ、彼女をモノにしたい。堕としたい。俺と同じ空気を吸って欲しい。いつしか俺の願望は膨れ上がっていった。




「花さん。俺。あなたのことが好きです。付き合ってくれませんか」




 告白するまでそうかからなかった。最初はちゃんとストレートに伝えた。変な小細工は無しだ。




「ごめんなさい。私、彼氏がいるので」




 その時、花に彼氏がいることを知った。迂闊だった。そういう身辺調査はある程度していたつもりだったが、どうやら詰めが甘かったらしい。付き合って三年目になる彼氏がいるそうだ。それも社会人の。




 ……。




 一瞬色々考えた。その彼氏を突き止めて陥れてやろうとか、このまま攫ってしまおうとか。だが俺は、すぐにはそうしなかった。真っ直ぐぶつかって真っ直ぐ受け入れて欲しかったのだ。何故かそんな気分だった。






「どうしても諦めきれなくて、やっぱり付き合ってくれませんか」


「ごめんね。彼氏のこと好きだから。それに鹿島君はそんなにタイプじゃないの」




 三年と聞いて驚きはしたが、倦怠期だってあるはずだ。何度も、性懲りもなくチャレンジした。もちろん結果は見ての通りだが……。




 半年。半年待った。半年だ。半年……。




 きっかけは特にない。半年経ってある日ようやく気付いた。どうして自分を見せないんだって。どうして自分らしくぶつかれないんだって。おまえは誰だって。俺はサイコパスだって。


それで花を監禁することにした。




「次は八十九番だ、花」


「はい、マスター」




 なんてことはない。こっちの方が早かった。充実した。解放された。そのままの自分を曝け出して。ぶつけて、壊すだけ。それでいい。何故もっと早くこれに気付けなかったんだろう。前の自分を呪いたくなる。




 もうすぐ花は俺のものになる。もうすぐ花は俺と同じ空気を吸う。ふっふっふっふ。笑いが止まらないぜ。はっはっはっはっ。興奮が止まらないぜ。はっはっはっはっは。




「兄貴ぃー。いつ連れて来やす」


「にゃん吉黙れ。追って指示する」




 全く空気が読めないやつだ。猫好きだからにゃん吉と名付けたが、頭も悪いから阿保にゃんとかにすれば良かった。




 さて、俺が花を監禁して一週間。俺が花に課したルールは次の通りだ。






一、百通りの命令を順番に聞けば解放する。


二、命令を受ける時は「はい、マスター」と返事を十秒以内にする。十秒を越えた場合は命令が遂行されなかったことになる。


三、途中で命令が遂行されなかった場合は最初からやり直す。


四、命令を全て遂行し、解放されるまでのリミットは十日間まで。時間にして二百四十時間である。


五、解放に至らなかった場合は、奴隷契約を結んだものとする。






 最初の二日は十通りも進まなかったな。ただ、俺も鬼じゃない。五十通りまでは辱めはない。最初の十通りなんて簡単なものだ。旗揚げゲームで勝つとか雑巾掃除するとかそんなものである。そして、三日、四日と経つとだんだん状況を飲み込んでくる。五十、六十と命令も進み、七日目にしてようやく初めて八十九番目まで辿り着いた。もうすぐ百通りだ。今花は希望を感じているのだろうか、絶望を感じているのだろうか。きっと両方だろうな。ふふっ。




「よし、其れで良い。少し休んでいいぞ」




 花は休みをもらえたというのに俺を睨み付けてくる。




「おい、阿保にゃん」


「へっ」


「お前だお前。お前は今日から阿保にゃんだ」


「あっ、へー。ありがとうございます」




 やはり阿保だ。




「あれを持って来い」


「はいさ。了解です」




 そう言って、阿保にゃんが部屋を出る。




 その様を見送って視線を戻すと、花が恥じらいもなしに突っ立っていた。ただただじっと無言で突っ立っている。しばらく二人に沈黙が訪れた。




「どうした。休んでいいんだぞ。座らないのか」




 沈黙の重圧に負けたからではないが、俺が口を開く。と、スッと一瞬で花が距離を縮めた。手が俺の頬に迫る。しかし、その手が俺の頬に触れることはない。向こうがスポーツ万能なら、こちらもスポーツ万能なのだ。叩けないとなると花はすぐに唾を吐き出してくる。さすがにこれは避けられない。




「どうも、顔が近くで見れて嬉しいよ」


「変態、最低、人でなし」




 花の最大の抗議。良いよ。今君は俺と同じ空気を吸い始めている。




 「あれっ、何してるんですか、兄貴」




 空気の読めない阿保にゃんが戻ってきた。






「キスしてくれようとしたんだよな」




 そういうとサッと手を振り払って花は距離を取った。




「あれっ、兄貴顔汚れてますよ。拭いてあげましょうか」




「黙ってあれを渡せ」




 この阿保にゃんめが。




「さて、花。命令もあと十一だけだ。そして次は記念すべき九十番目。そこで俺もご褒美がてら楽な命令をしたくなってな。次はこれを飲むだけでいい」




 俺は阿保にゃんから受け取った錠剤を花に渡そうとする。水は阿保にゃんが持っている。花はなかなか受け取ろうとしなかった。




「次は九十番目だ、花」




 そう言われてビクッと花の体が反応する。勢いで錠剤を受け取る。しかし、口に運ぼうとしない。




「十、九、八、七……」




 俺がそう言い始めると、またビクッと体が動き出す。




「はい、マスター」




 そう言って花は錠剤を水で流し込んだ。少し急ぎ過ぎて咽てしまっている。




 さて、実は九十番目からが本番と言っていい。九十番目からはその個人に合わせた最高のプログラムを用意している。花の場合はこれだ。見てればわかる。




「さて、九十一番目の前にさっきの錠剤の説明をしてやろう。通称MDMA”表向きは開発中の新薬だ。聞いたことあるかな。日本では麻薬なんかとも言われている。だがまあ、安心しろ。身体に害はない。身体的依存度もそんなに高くはない。あくまで開発中の新薬だからな。

 効果は簡単に言うと、媚薬と一緒さ。身体の感覚が敏感になり、相手への共感が高くなる。それだけだ。もうそろそろ身体が熱くなってきただろう。心拍が上がっているのがわかるはずだ。そして、うずき始めるはずだ。ほら」




 俺の言葉通り、花は息を荒くし、手をもぞもぞと動かし始める。




「我慢するのは大変だろう。すぐに楽にしてやるよ。ほら、91番目だ。その男に跨って自分で腰を動かせ」




「はい、マスター」




 冷静を装いながら無感情な返事をするが、残念ながら言葉の端々に待ちきれないというニュアンスが伺える。どんなに表に出そうとしなくても、我慢しても、体は素直だ。反応が出る。あたかも薬なんか効いていない素振りは見せているけれど、どうしても端々で自らが求めているのがわかる。ゆっくり動かしているようでも、その速度は上がってしまう。




「今だ。連れて来い」




 阿保にゃんがそそくさと手際よく出ていく。俺はにやけ顔が止まらなかった。花は順調に動いている。




 もうすぐだ、もうすぐ堕ちる。




 そして、メインが運ばれてきた。




「花、ご褒美だ。ちょっと早いが連れてきてやったぞ」




 花がメインを見た瞬間。花の動きは止まった。目を見開き。口を開いて手が震えている。




 メインが何かふごふご言っているが気に留めることはない。




「さ、もういいだろう、花。自分の役目に戻るんだ。成長した自分の姿を見せるんだ」




 と言って、花が動くはずはなかった。目が開かれたまま固まっている。




「はあ全くしょうがない奴だ。さあ、92番目だ。続けろ」




 そう言うと、花がビクッと動く。しかしまだちゃんと動けていない。




「十、九、八、七……」


「ああ……、あああ」




 そう言いながら、今度はビクッと再動し始めた。涙を流しながら、首を横に振りながら、メインからは目を逸らして。




 ああ、わかるぞ花。自由にならなければいけない。そのためには命令を聞かなければいけない。でも目の前の男を前に命令を聞くことなんか出来ない。でも、聞かなければまた振り出しに戻ってしまう。薬のせいでどうしようもなく体が疼く。従いたくない、従わなければならない。続けたくない、続けなければならない。見られたくない。見られている。動きたくない。動かなければならない。動きたい。違う。命令が、解放が……。




破滅への輪舞だ。




 ふっはっはっはっはっは。混乱はそのまま形となる。体だけがゆっくり動き始めるんだ。少しずつ早くなり、視線は逸らされ。涙が宙を舞う。




 そして、果てる。




「ああーーーーーーーーーーーーーーー」




 激しく、激しく果てた。




「残念だよ花。最初からだ」




 花が目をカッと見開いた。その目でこちらを見る。ものすごく憎々しげな目だ。ふっ、そそるねえ。




「なんで、言うことは聞いた」




 そう言うと思ったよ。




「ああ、惜しかった。非常に惜しかった。返事を忘れてるぞ花。返事は大切だ」




 こういう時、怒りでやけを起こす奴がいると思う人もいるだろう。いや、違うんだな。少なくても女は違う。絶望する。なんたって、口惜しさと背徳感の中での出来事だから。




「いや、いや、いやーーーーーーーーーー」




 ほら、堕ちた。




 今彼女は俺と同じところで息を吸っている。




「はっはっはっは。はっはっはっはっはっはっはっはっは」




 俺は抑えていた笑いを花の叫び声に被せて響かせる。果たしてどっちが大きな声だったやら。




「そこまでだ、全員手を挙げなさい」




 笑い声をかき消すように、扉が蹴破られ、続々と人が入ってきた。




「誰だ、俺のパーティーを邪魔する奴は」


「警察よ。観念してお縄につきなさい」


「うるせい」




 暴れ回る俺に、数発のゴム弾が炸裂した。




 ちっ、こいつか、こいつが呼んでいたな。




 ふっ、まあいい。目の前でお前の大事なものは壊させてもらった。花はもう俺のものだ。おあいこってことにしてやるよ。




 それだけ思って、意識が途絶えた。

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