第2話 B理想の人

B理想の人




 回る回る貴女は回る


 僕の周りを笑顔が回る


 あまりに踊って回り疲れて


 僕は貴方を立たせて消えた




 「ハロ。お待たせ」




 つば広の麦わら帽子を被った花柄ワンピの女性が現れる。女性は軽く挨拶するとそのまま僕の斜向かいの席に座ってニコニコしていた。




「さっき終わったばかりだからそんなに待ってないよ」




 僕は読んでいた本を置いて、彼女に対して笑顔で応えた。




 ここは繁華街のカフェだ。打ち合わせが早く終わりそうだったので、彼女である花を呼び出してみたら「行くー♪」と返事が来たので、そのままカフェに居座ったのだ。打ち合わせが終わったのは三十分前だけど、さっき終わったことにする。デートの提携文句だ。




「可愛いねその服、花に似合ってるよ」




 白生地に花が何種類か生けてあるかのように束になっている。ひまわりの咲き方が美しいおしゃれなワンピースだ。つば広の麦わら帽子といい全体としてもおしゃれに纏まっている。黒髪のロングがふわっとなびくと、お花畑にいるような気分になる。




「ありがと。どれくらいいられるの」


「六時ちょっと前に戻れば問題ないから、一時間半くらいかな」


「そっか。一時間半じゃどこにも行けないね」


「うん。まあしょうがないよ。急だったし。っていうか、一応仕事中だから、今日は」




 外行く気が無いことをほんのりと伝える。さすがに仕事中に遊ぶのは気が引けた。まあ、デートはしているけど。僕の中ではこれはオッケーだ。今日のノルマは終わっているから。




「そうだったね。じゃあ話そ」




 会話を聞いてもらったからわかると思うんだけど、僕と花は社会人と大学生のカップルだ。僕の親友の武志がたまたま……、いや、意図的に、五つ下の妹と引き合わせて、それで二人で武志の愚痴を言いながら仲良くなった。いや、まあ、その話はいい。




 この当時、花は大学二年生。俺はストレートだったので、社会人三年生だ。このあとは一時間くらいとりとめもない話をしていた気がする。お互いに近況(と言ってもよく会ってるけど)とか、差し障りの無い範囲での仕事の話とか。花の方がおしゃべりなので、彼女がほとんどしゃべっているけど。




 「そういえば、何の本読んでたの」




 一通り話し終わって、微妙な間が生まれたところで彼女が聞いてきた。




「ああ、諸葛孔明って本だよ」


「しょかつ……、なに。どういう本」




 ああそうか。知らないのかと思う。それもそうだ。中国の歴史なんて普通の女子が興味あるわけないよなって思う。特に諸葛孔明の時代は戦国だ。




「えっと、中国にいた天才軍師の話だよ。諸葛孔明は人の名前」


「あっ、そのしょかつなんとかって人の本なんだ。で、ぐんしって何」




 なるほど、そこからか。内心頭を抱える僕がいた。




「しょかつこうめいね」




 僕は本を掲げてゆっくりと強調する。




「おお、なるほど。諸葛孔明君か」




 彼女はすごく納得したように軽く何度か頷いた。




 って君って。




 まあいいや。




「で、軍師っていうのは、戦いの時に作戦練る人の事」


「ふーん。天才ってことはすごい人なんだー」




 むっと僕は思った。彼女の言い方がこれ以上興味はないという口調だったからだ。僕としては中途半端に説明させられて煮え湯を飲まされている。




「うん。因みに三国志って知ってる」




 当然知らないだろうけど、関係ない。




「うーん。なんか聞いたことあるかも」


「うん。中国が三つの国に分かれた時代の前後の話」


「それがどうしたの」


「僕の尊敬する諸葛孔明はそこで活躍した人なんだよ」




 尊敬しているを強調しといた。




「ふーん。そうなんだ」




 彼女は笑って応えるが、言葉尻は次の話しをしようよと訴えかけていた。負けるものか。




「諸葛孔明の逸話はいっぱいあるんだけど、やっぱり最初は三顧の礼かな」


「うん……」




 彼女は半ば嫌々頷く。それでも僕はお構いなしに話を進めた。




 「で、三国が成立したわけ」


「へぇー」




 正直、興味を無くした時の花の態度は癇に障る。特に今回はお前から話し始めたんだろって言いたくなる。もちろん無理矢理押し進めた自覚はあるからそこまで強く当たるつもりはないけど。それに、全く興味を失った状態ではないらしい。全く興味が無い時はそっぽを向いて返事だけをするからだ。今はまだこちらを向いて返事をしている。




「つまり、諸葛孔明先生は僕の理想の人なんだ」


「へえー理想の人」




 彼女は何か感慨深げに話に耳を傾けた。




「そう」




 そんな彼女を見て、少しの不満も吹き飛んだ。自分らしい優しい笑みを見せることが出来る。




「ねね、その孔明さんって結婚してないの」




 急に前のめりに聞き始めたのでびっくりする。だけどやっぱり嬉しいものだ、自分の興味あることに興味を持ってもらうというのは。




「ああ、いるよ。確か三国成立した後だったかな」


「どんな人」


「うん、実はここにも逸話があってね。孔明の伴侶は月英って人なんだけど」


「月英さん」




 彼女が伴侶の名前を復唱する。僕は構わず話し続けた。




「月英って人は村八分にあってたんだよね。理由は色々あるんだけど、ちょっと変わった性格だとか、変なものを作っているとか、罪深き罪人だとか。でもそういうのはただの悪口みたいなもので、本当の理由はたった一つ。金髪だったことが原因みたい」




「金髪」




 彼女がまた復唱する。




「当時、人と違うことって相当嫌われたみたいね。特に月英のいた村ではそうだった。金髪の人


なんてまずいなかったからさ。そこに孔明が現れて月英を救い出したのさ。良い話でしょ」




「うん。良い話だね」




 彼女が少し夢見るように何かを想像している。




 「あっ、もう時間だね。出よっか」




 ふと時間を見るとちょうど一時間半経ったようだ。




「あ、うん」




 二人でそそくさと準備して出る。そしてとりあえず駅まで歩く。その間も彼女は何か考えているようだった。




「ま、そういう優しさで人を救い出すところなんかが一番目標としたいところかな。どう、これから孔明って呼んでもいいよ」




 半ば冗談っぽくそう言ってみる。




「何それ」




 彼女はそれを聞いてふふふっと笑った。僕は彼女のこういう笑顔が一番好きかもしれない。




「じゃあまた明日」




 彼女はそう言って改札に入っていく。




 明日も会うのかって思われるかもしれないけど、元々明日が予定のデートの日だ。今日のは臨時のデートに過ぎない。




「うん、また明日」




 バイバイとお互いに手を振る。また明日会える楽しみを携えながら。






 翌日、僕は驚きを隠せなかった。彼女が珍しく先に待っていたとか、何故か昨日のコーディネートとほとんど同じだったとかそういうことではない。




「金髪にしたんだ」




 そう、金髪になっていたのだ。僕は最初何が彼女にそうさせたのかわからずに混乱していた。




「純が孔明なら、花は月英って呼んでね」




 そう言われてハッとする。やってくれるぜ、この女は。ふふって笑いがこぼれた。




「では、月英さん。本日は宜しく御願い致します」


「はい、孔明さん」




 そうして二人の一日が始まった。


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