第5話 男は獣

「先週の衣替えで夏服に代わってから、『男子がいやらしい目付きをしてきてキモい』との意見が、部室前に設置してある投書箱に多数寄せられています」


 いつもの放課後。

 いつもの部室に集まった僕達は、薫ちゃんの言葉を真剣に聞いていた。


「ふぅ、毎年恒例だな、この苦情も」


 浅香先輩はため息を漏らしながら、イスの背もたれに体重を乗せ、思いっきりふんぞり返……っている気がする。


「去年もこのような苦情が来ていたのですか?」


「そうそう、冬服の時もそれなりだったけど、夏服になったらもう視線が胸、胸、胸で凄かったんだから。あまりにも酷いから、男子の目を指で突き刺してやろうかと思ったよぉ」


 いつもどおりの軽いノリでそんな恐ろしい事を口走る万智先輩。やめてあげて、男子の目はスイッチとかボタンじゃないんだよ!


「それに加え、夏服と言うだけあって制服の生地はとても薄い仕様だ。どれだけ対策してもブラジャーが透けてしまい、それもまた男子の視線を引き寄せてしまっていた」


 確かに。中学の時もそうだったけど、夏服ってマジで眼福――じゃなくて透けやすいから、男子も男子で夏服期間中だけは校則違反の柄物シャツを着ない様に意識していた。


「なるほど。私はまだそんな不快感を感じるほどの視線にはさらされていませんが、今後は注意した方が良さそうですね」


「そうだよぉ? かおちゃんなんて目立つから。どれだけ注意してもし足りないくらいだよ。男子はみんな獣。これを忘れないで?」


 確かに薫ちゃんは目立つよね。男子の間でもよく可愛い可愛いって話題にあがる。


 それに皆、とまではいかないが、男が獣というのもまぁ理解は出来る。出来るのだが――――


「それで先輩方。一体いつになったら僕の目隠しは外してもらえるんでしょうか? あと目隠しされてる理由も教えてください!」


 ――僕のこの悲惨な状態は一体なんなんだろう。


 僕は今日、部室に入ったその瞬間に浅香先輩に後ろから羽交い絞めにされ、身動きが取れないまま万智先輩に目隠しを装着させられた。さらには背中側でおもちゃの手錠を嵌められ両手も封じられる。


 そしてそんな状態が30分程経過したのが今、という訳だ。


 薫ちゃんも、僕のこの悲惨な状態を特に気にすることなくいつも通りだし……。一体全体どうなってるんだ!!


「あん? 菱井が目隠しされてる理由は、今散夜が言ったじゃねぇか。男は獣で、どんな対策をしてもエロい目付きをしてくる。だから発想を逆転させて、男の視界を封じてみた。喜べ、お前は実験体第一号だ!」


「喜べませんよ! なんで説明も無しにいきなり僕で実験しちゃうんですか!?」


「説明したら、お前逃げるだろ」


「そりゃ逃げますよ! こんな藍染惣〇介みたいに封印された状態になると知ってたら誰だって逃げます! 今の僕、1人でトイレにも行けませんからね!?」  


「はっはっは! こういう時良く言うだろ? 科学ノ発展ニ犠牲ハツキモノデースって」


「漏らせってか!? クソ、僕の尊厳を犠牲に一体科学のどの辺りが発展するって言うんだよ!」


 ていうか説明を聞いた感じ、目隠しさえすれば目的は達成出来るじゃんか! この手錠は絶対に先輩達の悪ノリでしょ!


「そもそも、いくら風紀委員会の権力が強いからと言って、こんな目隠し状態を全男子生徒に強いるわけにはいかないでしょう?」


「おお、それは盲点だったよぉ! さっすがレンレン、頭良いー!」


「絶対気付いてましたよね? 面白そうだからって強行しましたよね?」


 先輩達2人、特に万智先輩の方は面白いって理由があれば何でもする節がある。


「それじゃあこの実験の無意味さに気付けた所で、僕の拘束を解除してもらえます?」


 ふぅ、やれやれ。毎度毎度、先輩方のおふざけに巻き込まれると碌な目に合わない。


「いやそれは出来ない」


「何でですか!?」


 実現可能性が無いから実験は無意味。僕をおもちゃにして笑うことにも成功。これ以上拘束を継続する理由が無いじゃないか!


「ごめんね、レンレン? 今日はすっごい暑いでしょ? だから今、わたしたちは少しでも涼めるようにかなぁーり着崩してるんだよね……」


 なん……だと……!? 


「そういう事だ。私達のために我慢しろ菱井」


 目の前であの外見だけは美少女な浅香先輩、万智先輩、薫ちゃんが男の僕には見せられないような着崩し方をしてるだと……!?


 うおおおおお、なんとしても! なんとしてもその姿を目に焼き付けたい!!


「すいません、蓮君。一度この格好になっちゃったら、もうやめられなくて……」


 この格好って、一体どんな格好!? 私、気になります! 


 ちくしょう、今日この時ほど自分に透視の超能力が発現しなかったことを悔やんだ日は無い!


 うおおおお、見えろ! 見えてくれぇぇ!


 僕は全神経を研ぎ澄まし精神を集中することで、身体の奥底に眠る全てのパワーを目に注ぎ込む。


 人間死ぬ気になればなんだって出来るものだ。だから僕だって、死ぬ気になれば目隠しを透過することだって出来るし、桃源郷のような光景もきっと見れるハズ!


 見えろ、見えろ、見えろ、見えろ、見えろ、見えろ――……


「ちょ、ちょっとなんかレンレンの様子がおかしいんだけど……? 体の周囲から闘志が湧き出てるような?」


「おい菱井、まさか良からぬことを考えてるんじゃないだろうな?」


 あ、やば。気合を入れ過ぎたせいで僕の企みが勘付かれそう。


「ま、まままままさかそんな。僕は風紀委員ですよ? 良からぬこと事なんて考えてるわけ無いじゃないですか」


「そうか? ……なら良いんだが。いや、私はてっきり菱井が私達の胸でも見ようとしてるんじゃないかと思ってな」


「胸? ははは、まさかぁ! だってみんな超ド貧乳で見る胸が――――」



「「「あ゛あ゛?」」」



「嘘です、ごめんなさい、なんでもありません!」


 あ、危なー。誘導尋問に掛けられてつい本音が飛び出す所だった。


 毎日放課後顔を合わせているだけあって、僕は彼女らの事を良く知っている。


 好きな食べ物だったり、好きな色、得意科目に家族構成。


 この高校に入学して早二か月。彼女らが僕の事を少しずつ理解してきたのと同様に、僕も彼女達のことを理解してきているのだ。


 そんな僕の観察眼によると、彼女達の胸の大きさは全員ド貧乳(AA~Aカップ)。万智先輩だけは制服の上からでもすこーしだけほのかな膨らみが確認できるが、浅香先輩、薫ちゃんはそれすらも全く見られない。まさに絶壁。


 その事をよく理解しているこの僕が、彼女達の胸を見ようとしている? はっはっは、笑止。


 僕がこうして死ぬ気で見ようとしているのは彼女達のまるで成長が見られないまな板なんかじゃない! 美しく、それでいてしなやかで芸術的な太ももだ!!


 太ももは凄い! 太ももは、骨格、本人の脂肪量、さらには日々の運動量、運動方法によって人それぞれ全く違う形に変わる。頭を載せたら気持ちよさそうなぷるるんとした弾力! 場所が場所だけに普段はじっと注視することが出来ないあの高貴さ! そして極めつけに、海水浴や日サロにでも行かない限りその持ち主の生来の肌の色、艶、きめ細かさを強く映し出す鏡のような素直さ!


 ここまで解説すれば分かると思うが、つ、ま、り、太ももこそが最も女性的らしさを感じる場所であり、太ももこそが世の中の全男性が愛してやまない人間における最高の、そして至高の部位なのだ! 異論は一切認めない。


「うーん、絶対によこしまな事を考えてると思うんだがなぁー?」


「じゃあこうしましょう。沢山質問攻めして余計な事を考える隙を無くしちゃうんです!」


「おお! いいじゃんいいじゃん、楽しそう!」


 あぁー、僕はどうすれば目の前に広がる太ももパラダイスを目にすることが出来るのだろうか。


 太ももは1人に付き2つ装備されている。ここにいる美少女は3人。つまりは数学的所見から考えるに、この部室には合計して6つもの至高の太ももがあるという事になる。という事は、その太ももが――――(深い思考に入る)


「それじゃあまずは簡単な質問から。蓮君の好きな食べ物は何ですか?」


「太ももしか考えられない」


「……太もも? あぁ、お肉の部位ですね。私も焼き鳥はももが一番好きなんですよ。気が合いますね」


「好きな食べ物でいきなり部位を言ってくる奴なんて初めて見たぞ。どんだけもも肉が好きなんだよこいつ」


 ――という事から、太ももの筋肉量でその良さを推し量ることは誰にも出来ないのだ。必要最低限の筋肉しかついていないのも良し。大腿四頭筋が発達し、本来は柔らかい印象を持つ太ももが、一転して力強さを見せつけてくれるのもまた良し。加えて――――


「次わたしね。レンレンは自分の体のどこに一番自信を持ってる?」


「大腿四頭筋だな、間違いない」


「そんなに自信あるんですか!? これまで蓮君とは結構仲良くしてきたつもりですが初耳です!」


「こいつ、何気に筋肉あるからな。自分を鍛えるのが好きな奴ってのは、一部の筋肉に過剰な自信と信頼を持ってるもんだ」


 ――と、太ももには正面、裏側、外側、内側と計4つの顔がある。どれも甲乙つけがたいほどの素晴らしさだが、もしも就活の最終面接で『あなたが最も好きな太ももはどこですか?』と訊ねられたら僕はこう言うだろう。


「私の番だな。人を一言で表す時、社交的とか、陽気、優しいなんてことをよく言うが、菱井は自分がどんな人だと思ってるんだ?」


「もちろん裏側です!!」


「裏側って何!? もちろんって言われてもこっちには意味が全く伝わってこないよ!?」


「裏……? ……つまり、自分は既に裏側の人間、蓮君そう言う事なんですね!? やだもう、私と同じじゃないですか! やはり私の目に狂いはなかった! 一目見た時から蓮君はこちら側の人間だとそう思ってましたよ!! これからも仲良くしましょうね!」


「なんてことだ。裏側ってそういう意味かよ! ちくしょう、清廉潔白で規律に厳しい風紀委員会にどんどんアウトローが増えていきやがる!!」


 ――と、ここまでは一般的で共通的な太ももの魅力について語って来たが、ここからは僕個人の考える太ももの素晴らしさを語るとしよう。まず第一に、僕個人の理想とする太ももはと言うとだ――――


「それじゃあ最後の質問です。れ、蓮君の理想とする女性はどんな人ですか?」


「水を弾くような滑らかさ!」


「肌のことかなぁ? 女性の肌で理想を語る男子って結構珍しいね」 


「そして白い!」


「し、白いだと? 色白って事か? それとも白人? いやいや腹黒じゃないという意味にも考えられるな」


「プルルンとした弾力!」


「プルルン? 蓮君、それは巨乳? 巨乳ってことなんですか!? そうなんでしょう!?」


「うーむ。これらの情報をまとめると、菱井の理想の女性は……」


「理想の……」


「女性は……?」


「牛乳プリンだな」


「「牛乳プリン!?」」


「あぁ。これらの情報が全て完璧に当てはまるのは牛乳プリンしか無いと、私の高性能な頭脳は判断した。間違い無いだろう」


「なぁんだ。レンレンの理想は牛乳プリンだったのかぁ。びっくりだねぇ」


「えぇ、万智先輩それで本当に信じちゃうんですか? そもそも、それ理想の女性っていう質問から外れてるじゃないですか」


「シズがそう言うだもん。まず間違いないよぉ。いやー、騒いでたらまた暑くなってきちゃったよぉ! もうストッキングも脱いじゃえ!!」


 ――して、出会ったのがそう太ももだったのだ。そんな運命の邂逅を果たした僕達――――って、え? ストッキングを脱ぐ? 今万智先輩はストッキングを脱ぐとそう言ったのか? という事は今の万智先輩は生足!!?  


 うおおおお、このチャンスを逃して堪るかぁぁあああ!!


 手錠がなんだ! 本物じゃなく、ただのおもちゃじゃないか! こんなもの、僕の鍛え上げられた筋肉があれば破壊するなど造作もない!


 ピキ


 よしよし、いけそうだ。


 手錠を壊してからは時間との勝負。手錠を壊したその瞬間、皆はその事実にすぐさま気付き、僕が目隠しを外すのを全力で妨害してくる事だろう。しかし、間違いなくそこには若干のタイムラグが発生する。


 皆は今、僕が完全に拘束されていると考えてだいぶ油断している。


 今この状況なら、手錠を壊してからすぐに目隠しを外せば一瞬ではあるが、僕はエデンをこの目に焼き付けることが可能!


 さぁ、迷っている時間は無いぞ僕。


 今こそ決行の時!!


 ガチャン


 まずは手錠を壊すのに成功。ここからは先輩達の妨害が早いか、僕の手際が早いかの勝負。


 手錠を手首から速やかに外し、すぐさま目隠しに触れる。後は簡単。これをずらして視界を確保するだけ――。


 さぁ、目を見開け。これが全太ももニストが待ち望んだ、夢のような絶景だ!!



「――……って、あれ?」



 おかしい。僕は今、この絶景を生涯覚えていられるようにと、瞳孔を普段の二倍くらい見開いているのだが、何故か――


「不思議か、菱井? 私達がちゃんと制服を着ているのが」


 そう、何故か僕の視界には、普段通り文句の付けようが無いほどキッチリと制服を着こなしている皆の姿。


「蓮君。ホントに目隠し外しちゃったんですね。先輩達の言った通りになりました……」


 えっ? えっ? どういう事? 言った通り? 


 僕には薫ちゃんの言っている意味がまるで理解出来ない。


「いやー、驚くくらい予想通りだったよ。

 お前は私達が制服を着崩してると思ったんだろ? 散夜がストッキングを脱いだと思ったんだろ? はっはっは、そんな訳が無い。私達は風紀委員だぞ? 例え教師の目が無いからと言って校則を破るような真似をするものか。

 これでようやく証明されたわけだ。男子には目隠ししても無意味だってことが。な? 実験体第一号君?」


 ぼ、僕は騙されていたのか! あんなに僕が目隠しを外したくなるような事を散々言っていたのに、それが全部罠だったなんて……。


 ショックだ。


 皆の太ももを見れなかった事もショックだが、それよりも自分の本能に理性が勝てなかったことがもっとショックだ。


 かつてないほどに落ち込む僕。


 そしてそんな僕を一瞥し、万智先輩は薫ちゃんに向かってこう言った。



「ね? だから言ったでしょ? 男はみんな獣だって」

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