第4話 金欠

「あーお金が無い! お金が無いよーー!!」


 いつもの放課後。

 いつもの部室に集まった僕達は今日も元気に仕事……ではなく雑談をしていた。


「今月もか? 菱井ひしい、お前先月もそんなこと言ってただろ?」


 先月の事なんてよく覚えてるな浅香あさか先輩は。

 流石は性格以外完璧ガールだ。


「親からの生活費が月初めに振り込まれるから、月末はいつもピンチなんですよ」


 うちの学園には寮が整備されていて、実家から学園までの距離が遠い僕はそこに住んでいる。


 そのため、両親からのお小遣いをなんとかやり繰りして高校生活を送っているのだが、ま、じ、で、お金が足りない。寮で朝、晩と食事が出なかったら空腹で死んでたかも……。


「どうせ、ゲームとか、漫画でも買ってるんだろ?」


「それが一切買って無いのにお金が足りないんですよ。一体どうなってるんだか」


 僕も人並み程度にはそれらの娯楽が好きだ。しかし、高校生になってからは、金欠を理由に全く買えていない。


「うちの高校はアルバイト禁止ですから自分で稼ぐことも出来ませんよね? ご両親に言って生活費を上げてもらうしかないのでは?」


 かおるちゃんの言う通り、うちの高校ではアルバイトが一切の例外なく禁止されている。


 学校に隠れて隠れてバイトをしている生徒はいくらかいるだろうが、僕は風紀委員。自ら率先して校則を破る訳にはいかない。


「僕もそう思って、実家に電話したんだよ。

 そしたら、『なに? 生活費を上げてくれ? ……ぴー、お掛けになった電話は電波の届かない所にあるか、電源が入っていないため――』って電話を切られたんだよ、固定電話なのに」


「お、お茶目なお父さんですね」


「僕はそれでも諦めずに、今度は母さんの携帯に掛けたんだ。

 そしたら、『お父さんから事情は聞いたわ。生活費の事でしょ。それなら――ッ!? 奴らの気配ッ!? ちっ、今度は複数か! みんな今行くわ、私が行くまで何とか耐えてて頂戴! 持ってくれよ私の身体!! ……蓮? そういう事だから、お母さんちょっと世界を救ってくるわね。それじゃあアディオース!!』って電話を切られた」


「と、とてもユーモアがあって良いじゃないですか……」


 珍しく引きつった表情でそう慰めてくれる薫ちゃん。絶対思っても無い事を言ってるよね君。


「つまり、レンレンの生活費はこれ以上絶対に増え無いのに、今の貧乏生活はなんとかしないといけないってことだね!」


 前から思っていたが、万智まち先輩の僕の呼び方、パンダみたいだよね。レンレン……探せばどこかに同姓同名のパンダが見つかる気がする。まぁ、探さないんだけど。


「そういう事です」


 あの両親の反応を見て、まだ生活費が増えるかもと期待するほど僕は楽天家じゃない。


「それじゃあ、わたしたちにレンレンが今月何にお金を使ったのか教えてみて。なにかアドバイスが送れるかもしれないよ?」


 なるほど、確かに僕から見たらどれも必要な出費だが、第三者から見れば節約可能な部分というのが見えてくるかもしれない。


 よし、そうと決まれば……。


 僕は自分のカバンから一冊のノートを取り出した。そしてそれを皆に見えるよう机の上に置く。


「なんだこれは?」


「僕の日記です。毎日その日あった印象的なことを書いていて、毎日の出費もここに全て記録しています」


「蓮君って意外とマメなんですね……。宿題はよく忘れてるのに、日記は毎日欠かしていないだなんて……」


 うぐ、何故他クラスの薫ちゃんがその事を!?


「あははは、蓮君って結構有名なんですよ?」


 一体どんな理由で有名なのか気になる所だが、聞かないでおこう。絶対に碌でも無い理由だ。むしろそれしか心当たりがない。


「ねぇねぇ、早く見ようよ!」


 万智先輩は僕の日記が見たくてもう待ちきれないらしい。僕に早く早くと日記のページを開くのを急かしてくる。


 ……この人、僕のお金の使い道についてアドバイスするという目的をもう忘れてるんじゃないか? 


 まぁ浅香先輩と薫ちゃんがいるし別に良いか。


 僕は今月最初のページを開いた。




『5月1日土曜日 晴れ 

 今日は待ちに待った生活費の支給日。昨日までの貧乏生活は大変だった。来る日も来る日も学食で最も安い「野菜スティック」(80円)を一本一本大事にポリポリと食べる日々。ウサギになって永遠と野菜スティックをかじり続ける悪夢を何度も見た。もうあんな生活はこりごりだ。今月こそは計画的にお金を使って、月末まで優雅に過ごして見せる! 

 昼食 カレー特盛-730円』


「おい、こいつ金が入った途端調子に乗って特盛頼んでるぞ!」


「ま、まぁまぁ。育ち盛りの男の子ですし、一日くらいは……」


「レンレン、あの野菜スティック食べてたんだ……。学食じゃ味噌もドレッシングも塩もくれないから誰も食べてる人を知らない都市伝説級のメニューだったのに……」


 だろうね! ホントに野菜の味しかしなかったもんあれ。


 僕だってお金があれば、20円プラスして買える『大満足サラダ』を買ってたよ。あれならドレッシング付いて来るし。



『5月2日日曜日 晴れ 

 今日は何だか豚骨ラーメンが食べたくなったので、一から作ってみることにした。しかし、スーパーに行ってみるも豚骨は見つからない……。仕方ないので、ケ〇タッキーで骨付きチキンを買い、その骨を煮込むことにした。完成した豚骨ラーメンはとても麺の味がして美味しかった。 

 骨付きチキン-490円 麺-120円』


「こいつバカだろ! どこに豚骨が無いからってチキンの骨煮込む奴がいるんだよ!」


「麺の味がして美味しかったって、これきっと麺の味しかしなかったんでしょうね。作り方によって違いますが、醤油や塩、ニンニク、ショウガなど骨以外の材料を製造過程で入れた様子が一切がありませんし」


「あぁ、わたしも4才の頃にやったなぁ。魚介スープが作りたくて、夕食で出たシシャモをお湯でずうっと茹でてたことが」


 え? 骨茹でるだけじゃないの!? ど、どうりでスープが透明すぎるし味がしないと思った。


 クソ! 母さん、また騙したな!!


 てか僕の行動って万智先輩(4才)と同レベル!?



『5月3日月曜日 曇り 

 ゴールデンウィークで今日は学校が休みだ。散歩がてら商店街の方に向かってみると、地元の子供たちにカメがいじめられているのを目撃した。これは見過ごせない。カメさん待ってて、今助けてあげるから! 

 コンビニで買ったオ〇ナミンC-120円』


「その場ですぐ助けろよ! 緊急事態じゃねぇか! なに万全の体制を整える為にコンビニまで行ってオロ〇ミンC買ってるんだよ!! てめぇはそのままでも常に元気はつらつだろうがッ!!」 


「子供たちにカメがいじめられている……どこかで聞いたことがありますね」


「うぅ、カメさんかわいそう……」


『僕はなんとか子供たちを撃退し、カメさんを救出する事に成功。良かった、助けることが出来て。アバラが2、3本折れてるっぽいが、このカメさんの笑顔を守ることが出来た。それだけで僕は充分さ……』


「カメさんの笑顔って何だよ! 全部同じ顔だろアレ!!」


「蓮君、かなりの重症ですね。子供たちもそれだけ本気だったという事なんでしょうか……? これだけのケガでは歩くこともままならないハズです」


「うぉおおおおお! レンレン良くやったぁ! 正義は勝つ!!」


『為すべきことを為した僕は、その場を去ろうとするが、カメさんに引き留められた。すると驚くことに、助けてくれたお礼に僕を竜宮城へ連れて行ってくれると言う。いやぁ、こんな事もあるんだね。

 本屋で買った「サルでも分かる手話の全て」-1500円』


「手話か!? そのカメは手話でお礼を伝えて来たのか!?」


「いよいよ昔話のそれに似た展開になってきましたね。ですが商店街の付近には海はおろか、川もありません。一体どうやって竜宮城に行くんでしょう?」


「えぇぇええ!? レンレン竜宮城に行ったの!? 羨ましい!!」


『カメさんの先導に付いて行くこと3時間。ようやくカメさんは歩みを止めた。まだ商店街の中だと言うのに、こんな見るからに怪しげなバーの存在を今まで僕は知らなかった。バーの看板には『竜宮城』と書かれているので、ここがカメさんの言っていた目的地らしい。 

 知恵の輪×3-500円 カリカリ君-100円 先程の本屋で買った「カメの歩く速度を100倍にする方法10選」-3200円』


「カメの先導ってカメの後ろ付いて行っただけかよ! 3時間経ってまだ商店街の中とか、せっかくのゴールデンウィークにこいつは何してるんだ!!」


「流石に暇を持て余したのか、色々買っちゃってますね。それにしてもカメの歩く速度を100倍って、そんな事本当に可能なんでしょうか?」


「かおちゃん、無理だったから3時間も掛かってるんだよ。察してあげて? レンレンは3200円をドブに捨てたんだ」


 ド、ドブとは失敬な! ちゃんと効果はあったはずだ。


 確かに100倍の速度は無理だったけど、僕の見立てでは1.1倍くらいには早くなった気がするし、それに何より本を見る事でカメさんの後をゆっっっっくりと歩き続ける虚無の時間を潰せた! うんうん、あの本にはちゃんと3200円の価値はあったんだよ、きっと……。 


『竜宮城に入ると中はミラーボールとネオンの光が眩しくて、とても目がチカチカした。バーの女主人は僕に「乙姫おとひめ」と名乗りペットのカメを助けてくれてありがとうと、豪華な食事を振る舞ってくれた。特にコーラフロートにマグロの刺身、なめこの味噌汁は格別だった』


「竜宮城なのに刺身が出てくるのか……」


「マグロはまだ分かりますけど、コーラフロートとなめこの味噌汁も蓮君の中では豪華な食事扱いなんですね。なんか可哀そう……」


 なんか可哀そうってなんだよ!


 だってフロートだよ? コーラの上にアイスが乗ってるんだよ? これが豪華じゃなければ一体何だって言うんだ!!


「そんなにいっぱいおもてなしをしてくれるなんて……レンレンもアバラを折りながら子供たちを撃退した甲斐があったねぇ」


『食事も終え、竜宮城を後にしようとする僕。すると、乙姫さんが僕にあるものを渡してきた』


「あるもの? 乙姫から帰り際に渡されるものと言ったら――――」


「きっと玉手箱ですよ! 玉手箱! 開けたら一瞬でおじいちゃんになっちゃうんです!」


「レンレンがおじいちゃんに!? ドキドキ、わくわく!」


『乙姫さんが僕に渡してきたもの。それは――――請求書だった。僕は驚く。この食事はカメさんを助けたお礼だと言ってたじゃないですか!? しかし乙姫さんはすぐさまそれを否定。私はありがとうとお礼を述べただけです。タダで食事を振る舞うなんて言ってません。それにこのカメもこうとしか言っていないハズ。お礼に竜宮城へ連れて行く、と。

 竜宮城でのお食事料金-2万6千円 ドリンク料金-3000円 席代-2000円 チャージ料金-2000円 お通し代-2500円』


「う、うわぁ。こういう事ってホントにあるんだな……。それに乙姫の口調からして、カメもグルだな。もしかすると、カメをいじめていた子供達まで乙姫の手の者だったんじゃねーか?」


「あり得ますね。助けたお礼と言われると強く断りにくいですから。人間の心理を突いた、非常によく考えられた集金方法です。私も見習わないと……!」


「高っか!! 合計で…………さ、35,500円!? ゲーム機本体が買えちゃう値段だよ!? ……もしかしてわたしもそう言うお店を開けば億万長者になれる?」


 僕の5月3日の顛末を知った3人の反応は様々。


 浅香先輩はこの悪質なぼったくり店に対してちょっと引いているが、薫ちゃんと万智先輩は何故か目を輝かせている。


 ちょっと! 大事な風紀委員の仲間がぼったくりの被害に遭ったって言うのに、なんでそんな感心してるの!? 明らかにアレは詐欺だからね!! 犯罪だよ!?


「どうです、皆さん? まだ5月3日の段階ですけど、僕のお金の使い道に何か問題は見つかりましたか?」


 驚くだろ? まだ5月に入って3日しか経っていないのにこれほどの出費。それなのに、どれも回避不可能の仕方のない出費ばかり。誰が僕の立場になっても節約など一円も出来なかったことだろう。 


「問題しかねーだろ! 多少同情できる点もあるが、何をどう考えて生きてたらここまで無駄な金の使い方が出来るんだよ!」


「し、仕方ないじゃないですか! カメを助けただけであんな事になるなんて、誰にも想像できませんよ!!」


「あはは、流石にこれは私も擁護できそうにありません。……ねぇ蓮君、時には暴力でしか解決しない問題もあるんですよ? なんならうちの若い衆を連れて竜宮城にお礼参りにでも行きますか?」


「薫ちゃんが言うと全く冗談に聞こえないよ! ……えっ? 冗談だよね? なんで携帯を持ってどこかに連絡を取ろうとしてるの? ねぇ薫ちゃん、ちょっと怖いんだけど!! 明日竜宮城に行ったら更地になってましたとか、そういう事態がホントに起きそうで恐ろしいんだけど!」


 竜宮城にカチコミをかけに行こうと企む薫ちゃんを僕は必死になって止める。


 気持ちは嬉しいけど警察に被害届は出してるし、その件はもう良いんだよ! 私刑反対!


「レンレン、面白いから次! 次行こう!!」


「万智先輩。やっぱりあなた僕へのアドバイスとか完全に忘れて、日記読むのを楽しんでますね? 僕の日記は先輩の好きなライトノベルじゃないんですよ?」


 とは言え、日記はまだまだ5月の序盤。ここからの出費にもしかしたら節約のヒントが隠されているかも知れない。


 そう思い、僕は日記の次のページを開く。



『5月4日火曜日 晴れ 

 今日は久しぶりに体を動かしたくなったので、市民公園へジョギングしに行った。すると、トボトボと歩く野良犬を発見。どうしたものかと、野良犬に近付くと野良犬はこう言った。きびだんごをください、と。 

 本屋で買った「サルでも分かる点字の全て」-1500円 みたらし団子-80円』

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