第6話 キャラ付け

「わたしたち、このままじゃダメだと思うの」


 いつもの放課後。

 いつもの部室に集合した僕達に、万智まち先輩は真剣な表情をしてそう言った。


「ふむ、つまり今の風紀委員会の活動規模では、校則違反する敵を根絶やしに出来ない……そう言いたいんだな散夜ちるよ?」


 流石は親友。僕には理解できなかった万智先輩の言葉の意味を、浅香あさか先輩は容易く代弁して見せる。


 どうやら万智先輩は風紀委員会の活動の現状に疑念を抱いていたようだ。と言う事は今日の議題は今後の活動についてか。ふぅ、長い一日になりそうだぜ。


「ううん。違うよ?」


 ……と思ったら、違ったらしい。幼稚園以来の大親友でも言いたいことの全てを理解し合っているという訳では無いようだ。


「じゃあ一体どういう意味なんです? まさか将来のためにもっと自分を見つめ直せとか言うんじゃないでしょうね?」


 高校生にもなると、将来の自分というのがぼんやりとだが見えてくるものだ。自分の時間はただ遊んでいれば良かった子供の頃とは違い、受験勉強、資格試験、セミナーやインターンシップと将来のために時間とお金を投資していく必要が出てくる。そんな教師や親が口を酸っぱくして言っている『今という時間の重要性』を万智先輩は僕達に伝えようとしているんじゃないだろうか?


「違う違う。わたしが言いたいのはそんな意味分かんない事じゃなくてぇ、キャラ立ちだよキャラ立ち!!」


 いや意味分かんなくは無いでしょう。


 流石は刹那的享楽至上主義の万智先輩。自分を見つめ直すという言葉すら理解していなかった。 


「キャラ立ち? それは一体どういう意味なのですか、散夜先輩?」


 万智先輩の言っている意味が分からなかったのはどうやら僕だけじゃなかったらしい。かおるちゃんも可愛く首を傾げながら、万智先輩に対して疑問を呈する。


 それに対し万智先輩は、やれやれとアメリカ人みたいな大袈裟なリアクションを取りつつこう言った。


「わたしたちのね、キャラって全く立っていないと思うの! これじゃあ全校生徒にわたしたちの事を覚えてもらえないよぉ!」 


 えぇ……? 何だよその理由……。


 現実に生きている人間に対して、濃いキャラ立ちを求めるのなんてこの人くらいじゃなかろうか。


「これまで生きて来てキャラが立ってないなんて初めて言われたな。……というか、全校生徒に私達の事を覚えてもらう必要ってあるのか?」


 生徒会ならば、その全ての会員が選挙で選出される関係上、少しでも生徒に顔を売っておく必要があるのは分かる。


 だが僕ら風紀委員は現風紀委員の推薦さえあれば誰でもなれるし、風紀委員長だって委員同士の話し合いで決定されるから、顔を売る必要なんて一切無い。


「いやだなぁ。みんなに覚えてもらえれば人気者になれるんだよ!? せっかく風紀委員会という目立つ組織に居るんだから、このチャンスを不意にするわけにはいかないじゃん!」


 人気になるために無理やりキャラ付けするのって、それはそれでむなしい気分になる気がするんだけど……。


「まぁ一理あるっちゃあるな。風紀委員が生徒に覚えられれば、それだけ活動もし易くなるし、その影響力も自然と大きくなる。仕方ない、今日はそのキャラ立ちとやらを考えてみるか!」


 えぇ!? 万智先輩の案、採用しちゃうの!? 絶対この人、風紀委員会の事なんて考えないで喋ってるよ!? なんなとく楽しそうとかそんな理由だよきっと!!


「さっすがシズ! 話が分かるぅ!!」


 という訳で、今日の僕達は自分達の個性について考える事となった。





「でも、浅香先輩はもう既にかなりの有名人ですよね? キャラも立ってますし……」


 浅香先輩は校内で知らない人がいないんじゃないかと思えるほどの有名人だ。ハッキリ言ってその知名度は生徒会長よりも上。


 傍若無人な性格も、見た目とのギャップから周囲に彼女の印象を強く与えるのに一躍買っている。


「ダメダメ。シズも良い線いってるけど今のままじゃだめだめだよ」


 しかし万智先輩にとっては浅香先輩でも及第点に届いていないらしい。


「でも、しず先輩に今よりも強い個性を追加するなんて、一体どうすればいいんでしょう?」


 そんな薫ちゃんの質問に、万智先輩は待ってましたとばかりに食い気味に返答する。


「かおちゃん、それは簡単だよ! 語尾や笑い方を特徴的にすればいいの!」


「語尾や笑い方を特徴的に?」


「うん、例えば笑い方が『うひょひょひょひょひょ』なんて人が現実にいたら超印象深いでしょ?」


 薫ちゃんは渋い顔をしながら、現実にその人がいた場合を想像する。


「それは……確かに印象深いですね。印象深すぎて通報しちゃうかも」


 うん、そんな笑い方の人がもし現実にいたら、僕もその人とは10m以上距離を空けなきゃ不安で不安で仕方ない気がする。なんかいきなり奇声を上げながらブリッジして走り出しそうだし。


「語尾はねぇ、『~でござる』とか『~だワン』って感じて常に言葉の最後にその人お決まりのモノ付けていれば、皆すぐにあ! あの人だなって分かってくれると思うの」


「いや漫画とかラノベのキャラならそれは分かりますけど、現実でそれをやるとだいぶイタい人ですよ?」


 というか絶対に万智先輩、昨日『ワンピ〇ス』と『とあるシリーズ』読んだでしょ。言ってることが明らかに影響受けた人のそれだよ!


「ふむ、そういう感じにキャラ付けをしていくのか。なら一人称を変えても良いんじゃないか?」


「おお! それ採用! 一人称も『オラ』とか『拙者(せっしゃ)』とかだと生徒達に人気が出易いかもね!」


 色んな意味で有名にはなるだろうけど、絶対に人気は出ないと思う……。


「あ、そういう方向性だったら、暗い過去とか凄い血筋っていうのを付け足しても良いのではないでしょうか?」


 この謎のキャラ付け議論に浅香先輩だけでなく、ついに薫ちゃんまで参戦してしまった。


 あれ? もしかしてこの雰囲気に乗れてないの僕だけ? 


「それも有りだね。『実は子供の頃に一族全員皆殺しにされてました』とか『実は宇宙からやって来た戦闘民族でした』とか。なかなか個性が出て人気が出るんじゃないかな!?」


「さっきから思ってましたけど、個性を人様の作品から持って来過ぎですよ! せめてオリジナリティを出しません!?」


 ドラゴン〇ールにナ〇ト、るろう〇剣心などなど。超人気作からアイディアをパクり過ぎだ。


「ちっちっち。分かってないなぁレンレンは。そういった『個性』に著作権は発生しないんだよ? たまたま被っちゃいましたぁとか言ってればそれで許されるんだよ?」


「黒い! この先輩、考えてる事が真っ黒だよ!」


 まさか全てわかった上での発言だったとは。


 万智先輩、一体どこでそんな悪い考えを仕入れて来たんだろう……。


「よぉし。と言う事であらかた意見は出揃ったね? それじゃお待ちかねの実践タイム! 今から白い紙にそれぞれ面白いなと思う個性を書いて、この箱に入れてね? 四回くじを引いて出た個性が今からみんなの個性だよ!」


 これはカオスな事になりそうだ……。



 


 何度かくじを引き直しつつ、ようやく皆の個性が確定した。


 話してみるまでは他の人の個性が分からないというルールだから、他の皆が一体どんなヤバいキャラに変貌を遂げているのか今からドキドキだ。


 ちなみに僕の個性はこんな感じ。

・一人称 吾輩  

・語尾  無し     

・笑い方 無し

・特殊  オカマ HP1の虚弱体質 巻き込まれ体質    



「よぉし。それじゃ今から皆個性通りに行動してね? はい、スタート!」


 ついに始まってしまった、個性盛り盛り体験。


 しかし、万智先輩の元気の良いスタートの合図が部室に響き渡ったものの、皆恥ずかしがっているのかそれとも何かを警戒しているのか、一向に口を開こうとしない。


 し、仕方ない……。ここは僕が会話の糸口を提供しよう。


菱井「万智先輩は個性を手に入れて有名になったら、どんな事をしたいのかしら?」


浅香「げっ、菱井きめぇ……」


菱井「ちょっと! 浅香先輩もちゃんと個性を出しなさいよ! ルール違反よ、全く……」


 僕だってこんな喋り方はしたくないよ! 誰だよ特殊設定にオカマとか書いた人は!!


万智「わらわはそうじゃなぁ。幼き頃に夢見た世界征服を成し遂げたいでやんす」


 幼き頃に夢見た世界征服? それって設定? それともリアル? うーん、万智先輩ならどっちでもおかしくないな。 


菱井「有名になる事と世界征服の因果関係が全く不明だけど、その語尾のせいでまるで成し遂げられる気がしないわね」


万智「げほっげほっげほっ。そう言って貴様は現実から目を背けていればいいでやんす。世界征服に向けて、既に計画は進行中でやんす」


 最初の咳は何!? 笑い声!? まさか笑い声なのか!?


浅香「閣下。商店街の制圧、完了いたしました! 反抗する者は全て鎮圧し、リーダー格の女も連れてまいりました!」


 万智先輩を閣下と呼んだ浅香先輩は、縄跳びでグルグル巻きにした薫ちゃんを連れて僕らの近くにやって来た。


大道寺「くっ、このような場所に連れて来てどうするつもりだ? おいどんは、おいどんは決して屈さぬぞぉおお! まぁ嘘だけど」


 嘘なの!? 


 いやぁ、随分と濃いキャラに仕上がったね薫ちゃん。かつてのおしとやかで笑顔がチャーミングな薫ちゃんの面影は一切無くなってしまってるよ。


万智「げほっげほっげほっげほっ。笑わせてくれるでやんす。わらわの野望を邪魔する者は、もう世界でお主とそこのオカマしかおらん。そんな状況でどうやってわらわに抗う気でやんすか?」


 あの咳やっぱり笑い声だったんだ! 


 てか僕もいつの間にか、反抗勢力に数えられてるし……。


浅香「そういう事だ。諦めてこちらの軍門に降ったらどうだ、このメス豚が!!」


 メス豚!? ちょっと何!? 何が起きてるの!? 浅香先輩がこんな汚い言葉を吐く所なんて初めて見たよ!? 


 ちくしょう、一体どういう個性を引いたらそんなぶっ飛んだ性格になるって言うんだ!


大道寺「言ったであろう? おいどんは屈さぬ。側近の貴様だけでも道連れにして、あの世に行くでごわす。まぁ嘘だけど」


 やっぱり嘘なの!?


 せっかく良い感じに、最後まで自分の意志を貫き通すカッコいい人みたいになってたのに、全部台無しだよ!


浅香「わ、私を道連れに、だと…!?

  …………くっ、殺せ」


 いやおかしいでしょ!? 早い! 浅香先輩諦めが早すぎだよ!!


 ちょっと脅されただけじゃん! さっきまでメス豚とか言ってた浅香先輩はどこに行っちゃったのさ! 豆腐メンタルすぎる!! 


大道寺「よし、それではオカマ殿。おいどんと一緒に悪魔大臣あくまだいじんアサカと小魔王しょうまおうマチと戦い、世界の平和を守ろうでごわす! まぁ嘘だけど」


菱井「さっきから薫ちゃんの言ってることがまるで信用できないのは吾輩だけなのかしら!?」


 てか悪魔大臣ってなに? 小魔王ってなに? 


 次々と新ワードが飛び出して来て、まるで付いていけない。皆これホントに打ち合わせ無しでやってんの!? 僕がいない所でこっそり世界観の共有とかしていないよね!?


万智「げほっげほっげほ。お手並み拝見といくでやんす。もし悪魔大臣に勝てたらわらわが直々に相手してやるでやんす」


 小魔王マチ。さっきから笑い声の咳が止まらなくて重病人みたいになってるな。もしかしてこれ放っておけば勝手に世界は平和になるのでは?


浅香「そ、そんな……。この私が1人でウジ虫共の相手をしてあげなくちゃいけないなんて……。くっ、殺せ」


菱井「さっきから情緒不安定すぎだよ悪魔大臣! せめて少しは戦ってから諦めようよ!」


 流石は悪魔大臣。恐ろしい程早い罵倒とくっころの応酬だ。


 とは言え、これで小魔王マチへの挑戦権は手に入れた。後は彼女を倒すだけ。


大道寺「油断してはダメでごわす、オカマ殿。安心するのは息の根をしっかりと止めてから……。とどめは任せた。おいどんは何かあった時のカバーをするでごわす。まぁ嘘だけど」


菱井「吾輩絶対に囮にされてるわよね!? 何かあった時もカバーする気なんてさらさら無いわよね、薫ちゃん!」


 一向に僕を味方として信用してくれない薫ちゃん。完全に僕の扱いが肉壁とかそんな感じだ……。


 しかし薫ちゃんに逆らっても仕方ないので、僕はとどめを刺そうと浅香先輩に近付く。

 

 だがその時――――


菱井「あっ」


 誤ってテーブルの脚に小指をぶつけてしまい、僕は死んだ。


 くそっ、特殊条件のHP1がまさかこんな所で効果を発揮するとは……!


 僕は自分が死んだことを周囲にアピールするため、床にうつぶせで倒れ、シャーペンで「てーぶる」とダイイングメッセージを残す。


 これで僕の虚弱体質設定を知らない皆にも、何とか僕の死因を伝えることが出来るだろう。


大道寺「オ、オカマ殿が……死んだ!? 一体何が起きたでごわすか!?」


 僕の突然の死に驚愕する薫ちゃん。


 うんうん、意味分かんないよね? まさかテーブルの脚に小指をぶつけて死ぬ人間がいるなんて想像もできないだろう。


大道寺「まぁしょうがないでごわす。人間いつか死ぬもの……。オカマ殿、お主の名前は生涯忘れないでごわす。まぁ嘘だけど」


 しょうがなくないよ!? もうちょと僕の死に関心を持って!!


 それと別に僕の名前はオカマじゃない! 名前変更の設定なんて僕には無いから! 勘違いしたまま一生記憶しようとしないで!!


万智「よくぞ、悪魔大臣を倒したでやんすな小娘。約束通りわらわが貴様の相手をしてやるでやんす」


 そして再び現れる小魔王マチ。


 え? 僕は浅香先輩にとどめを刺す前に死んだんだけど、浅香先輩も死んでるの? 何故?


 不思議に思い、死んだ演技を続けながらこっそりと浅香先輩の方に目を向けると、浅香先輩も僕と同じように床にうつぶせで倒れていた。そして右手付近にはダイイングメッセージで「蚊」。


 浅香先輩アンタ蚊に刺されて死んだんですか!?


 蚊に刺されただけで死んだ事から察するに、どうやら浅香先輩も僕と同じ虚弱体質設定だったようだ。


 だからあんなにちょっとしたことで生きることを諦めてくっころ言ってたんですね……。


 そしてそんな僕ら虚弱体質組とは違い、健康体の万智先輩、薫ちゃんは世界を懸けた最終決戦を始めようとしていた。


万智「小娘! 最後の警告でやんす! 今手を引くと言うのなら世界の半分をくれてやるでやんす。しかし引かないと言うのなら、わらわの48の殺人技が火を噴く。さぁどうするでやんすか?」


大道寺「おいどんはそんな誘惑には屈しないでごわす。まぁ嘘だけど」


万智「嘘? と言う事はわらわの提案を飲むということでやんすか?」


大道寺「嘘じゃないでごわす。さっきのは本当のおいどんの気持ちでごわす。まぁ嘘だけど」


万智「どっち!? さっきのは嘘だけど、嘘じゃなくて、でも本当の気持ちで、と言っても結局嘘で……」


 薫ちゃんの語尾のせいで万智先輩は大混乱だ。


 そしてその隙を逃す薫ちゃんではない。


 全力で万智先輩の元に走り寄り、拳を繰り出す薫ちゃん。


 それに一拍遅れて気付き、こちらも拳で迎撃しようとする万智先輩。


 ぶつかり合う拳と拳。



 果たして結果は――!?




「引き分け……だな」


 勝負の結果を判断するため、死体の振りをやめた浅香先輩が状況を見てそう断ずる。


 僕も何が起きたのか気になったので、死体の振りをやめ、床から起き上がる。すると、万智先輩、薫ちゃんは共にうつぶせで床に倒れてダイイングメッセージを残していた。


 万智先輩は「はらへった」で薫ちゃんは「ひと」。


「これは……一体どういう事なんでしょうか?」


 ダイイングメッセージを見ても、彼女達が倒れている理由が全く推測できない。彼女達に何が起きたというのだろう?


 そんな僕の疑問に浅香先輩は訳知り顔でこう答えた。



「設定を盛りすぎても碌な事にならない。つまりはそういう事だ」





~~~~~~~~~~~~~


 ちなみに菱井以外の皆の個性はこんな感じでした。

 浅香先輩

・一人称 無し

・語尾  無し

・笑い方 一切笑わない

・特殊  言葉攻めの得意なドS くっころ女騎士 HP1の虚弱体質


 万智先輩

・一人称 わらわ

・語尾  やんす

・笑い方 ごほっごほっ

・特殊  少しでも空腹を感じると倒れる


 薫ちゃん

・一人称 おいどん

・語尾  ごわす まぁ嘘だけど

・笑い方 無し

・特殊  超人見知りで長時間知らない人と一緒に居ると気絶する

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