第9話 代償との向き合い方

「ちょっ、待て待て待て! そんなぶっといものを俺に入れてどうしようっていうんだ!?」

「安心するのじゃ弥尋。痛みは一瞬じゃ……直ぐに気持ちよくなって痛みも忘れることができるぞ」

「無理無理無理! そんなもの入れたら絶対に壊れちゃうって!」

「なぁに、怖がることはないぞ……わしに全て任せればいいんじゃ……」

「ま、待って……せ、せめて優しく……いやああああああ!!!!」


 まだ太陽の上っていない、早朝の時間帯。そんな時間にも関わらず紙代神社の寝室から聞こえる元気の良い悲鳴。その悲鳴をきっかけに目覚めたみしろは、ため息を吐く。


「うるさいわね……たかが注射で大袈裟な……」


 みしろは近くに置いてあったイヤホンを耳に嵌め、もう一度眠りに落ちるのだった。








「えっぐ……ひっぐ……優しくしてって言ったのに……」

「ほらほら、アンタ男でしょ? さっさと泣き止みなさいって」

「なんか前にもこの絵面を見たことがあるのお……」


 俺は現在、紙代神社の寝室の布団の上にて、休息をとっていた。


「というか、あの注射はなんだったの!? 体中が痛いんだけど!?」

「あれはわしが作った代償を軽減するための薬じゃ。おかげで体や精神への負担が軽減されとるじゃろ? まぁ、一種の麻酔とでも覚えておけばいい」


 カエデが用意した注射を強引に入れられ、全身が筋肉痛のような症状があらわれている。動けないことはないが、進んで動こうとは思えない程体中が痛い……


「にしても、一回の戦闘でそこまで代償が現れるなんて、どんだけ荒い戦いをしたのよ」

「だ、だって実戦なんて初めてだし、まだ細かい操作ができるわけじゃないんだよ……出力としては1%、次に50%、最後に100%ってとこ」

「それで、状態を見るに100%で戦い続けてダウンってとこかしら? 無様ね」


 みしろの発言に、俺は顔をしかめる。


「言っとくけど、結構強い悪霊だったし。俺も結構頑張ったし」

「へぇ、言うじゃない」


 みしろは完全に舐めた口調で嘲笑ってくる。


「私ならその悪霊、3秒もあればズタズタよ」

「ぐぬぬ……」

「お主らさっきから何を言い争っておるのじゃ……」


 適当にカエデやみしろ達と会話をしながら、俺は今一度自身の体の状態と向き合う。

 カエデが投与した薬のおかげで代償はかなり軽減したが、それでもまだ精神的に負担はある。多少負けず嫌いに変化してるのもそのせいかもしれない。


「まぁ、初期的な代償ならある程度制御はできるし、今後は代償の制御や克服も視野に入れることね」

「はぁ……代償が発動するたびに、こんな状態になるのか……微妙に闘争心が強化されてるせいでちょっと気持ち悪いよ」

「私はそういうのはあまりわからないわね」

「へぇ……ねぇ、みしろはどんな代償が出るの?」


 みしろに最初にあったと時は、尻尾と耳が生えていたけど……


「私は、【狼化】ね。体が少しずつ、狼男のように獣へと変質して最後には完全な獣人のようになって、人を襲うようになるってさ」

「うわぁ……」

「私と同じ狼男の転生者てんしょうしゃが、そうなったって。まぁ、それは代償の末期症状ね。私は末期症状が出るほど戦ってないから、その段階にはまだ至ってないわ」


 代償が進めば人を襲うようになってしまうのか……そう思うと、戦うのも大分勇気がいるな。


「まぁ、初期症状だけなら嗅覚や聴覚の過剰強化とか、味覚の変化くらいよ。日常生活に軽い支障が出るくらいで、問題はないわ」

「へぇ……」


 代償といっても、いろいろなものがあるらしい。


「はぁ……退魔師って大変だなぁ……」

「中にはアンタや瀬奈、栄地先輩みたいに死ぬ代償もあるからね。私のはジワジワ響いてくるタイプだし」

「え、栄地先輩も俺と同じように、コロッと死ぬタイプの代償なの?」

「えぇ。詳しくは聞いてないけど……ダイダラボッチなら、大地に関連する代償だと思うわ。味覚と体はもう変化しちゃったって言ってたわ」


 あの人もすっごい苦労してるんだな……


「ま、面倒な話はこれくらいにして、アンタはまず回復術を覚えなさいよ」

「ぐっ……」


 鵺の悪霊と戦った際の負傷で両足が骨折し、片腕とあばらにヒビが入っている。一応、体の切り傷に関してだが、……なんと栄地先輩が直してくれたのだ。

 妖力を体の細胞部分に流して細胞分裂を促進させ、細胞を複製をする回復術……ということらしい。


「というか、どうして栄地先輩は骨折も直してくれなかったのさ……俺が目を覚ますころにはまたバイトに行っちゃったし」

「自分の体を治せるようにした方がいいから練習しろってさ。他人の体よりも自分の体を治す方が楽だから、まずは自分の体で練習しろってことでしょう?」

「だよなぁ……」


 一見、俺は布団の上でみしろと話しているだけのように見えるが、実際のところ、妖力を骨折した箇所に流して回復しようと必死に練習中なのだ。


「他人の体を修復するよりははるかに楽なんだから、さっさと頑張りなさいよ」

「…………そういうみしろは、できるの?」

「当たり前でしょう?」

「本当に? 実はできないのを誤魔化してるだけなんじゃないの?」

「なに、アンタ私が怪我を治せないと思ってるの?」

「いやいや、そんなことないよ~。ただ、このストーカー犬が嘘を言ってるだけじゃないの? って思ってるだけで、全然そんなことないよ」

「誰がストーカー犬よ!」


 いや、だってお前瀬奈の記憶からみたものだけど、おもいっきりストーカーしてたじゃん……

 しかし、どうやら俺のあからさまな挑発にみしろはうまい具合に乗ってくれたらしい。これなら……


「まぁ、そんなことはどうでもいいとして、怪我を治せるんだったら俺の骨折も直せるんじゃないの?」


 怪我を治せると言っていた以上、可能性はある。そう考えながら聞いたのだが……


「……自分の切り傷や骨折ならともかく、アンタの怪我を治すことはできないわ」

「え? やっぱり嘘だったの?」

「そうじゃない。いいから話を聞きなさい」


 みしろはさっきまでの挑発に乗った状態からは一転し、落ち着いた様子で説明を始める。


「この世にはさ、生物学的に考えてまったく同じ人間なんていないのよ。妖力を使った回復術ってのは、わかりやすく言えば細胞の複製。他人と自分じゃ、細胞から血液まで何もかもが違うのよ」

「他者に関する回復術は難易度が高いからの。まぁ、兄弟や親などの血の繋がった者同士なら、多少は難易度が下がる。だから昔の退魔師は兄弟親子間などでお互いに大怪我を負うほどの戦いをして、お互いに回復術をかける訓練もあったくらいじゃ」

「怖っ!?」


 カエデの説明に、思わず考えていたことが口に出てしまう。


「まぁ、他者に対する回復術はそれだけ難しいんじゃ。分かったらさっさと回復に集中せい」

「はーい……」


 カエデの一言で、俺はもう一度集中しようと目を瞑る。


(というか、栄地先輩は俺の傷を治せるくらいには技術が高いのか……あの人なら、乗っ取られた玄也を倒すこともできるのかな……だとしたら、俺がわざわざ出しゃばって傷を負ってまで戦う必要ってないよね……)


 悪霊1体を倒しただけで、これだけ負傷してしまったのだ。それに、部分的に思い出した瀬奈の記憶を辿ると……


「はぁ……俺ってつくづく役に立たないなぁ……」

「あら、今更気が付いたの?」

「ひどくね?」


 目の端にちょっとだけ涙を浮かべながら、俺は回復術に専念するのだった。


 

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狂想怪異譚 熱菜 蒼介 @Zoemaru

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