第8話 勝利

「さぁ、どっちかが死ぬまで戦おうか!」


 全身を妖力で強化し、俺は概装の刀……草薙クサナギをより強く握り締め、崩れかけの廃墟にて立つ、鵺の悪霊の悪霊を見る。


「はっ!!」 

「グッ!?」


 俺は力任せに地面を蹴り、まるで跳躍をするかのように空へ向かって飛び、一気に鵺の悪霊との距離を詰める。

 流石に突然距離を詰められて驚いたのか、鵺の悪霊は一歩だけ後ずさり、迎撃の構えを取るかのように腰を屈める。だが、多少怯んでもらえたのなら好都合だ。


「このままぶった斬るッ!!」


 俺は草薙に妖力を込め、空中で身体を回転させながら跳躍から落下までの勢い、俺の全体重を込めた渾身の一撃を鵺の悪霊に向けて真っ二つにする勢いで振るう


 ガキンッ!!


 しかし、鵺の悪霊の尻部分から伸びる蛇の尾が俺と鵺の悪霊の間を遮り、火花を散らす。


(コイツ、思ったよりも硬い!?)


 しかし、そんな事でいちいち止まってはいられない。栄地先輩との修行で教わった事……それは、闘いにおいて攻撃の手を緩めない事。


「ふっ!」


 俺はそのまま刀を使って尾を軸に前転のように空中で回転すると、鵺の悪霊の尾の付け根に狙いを定める。


「まずはその邪魔な尻尾から削ぎ落してやるよ!」


 刀をくるりと逆手に持つと、妖力を刀身に流し込む。それにより、刀身がより蒼く輝く。


「『天注あまそそぎ』!」


 刀を突き刺すように振り下ろす。今度は斬撃から突きへと攻撃を切り替えたことにより、ドスッ! と、黒い液体をまき散らしながら刀が突き刺さる。さらに妖力を込めた一撃は鵺の悪霊の体内に入った瞬間、まるで体内をズタズタに引き裂くように妖力が刀身から斬撃状に放出され、一気に大ダメージを与える


「グアアアアアッッ!?」

「どうだ、スサノオの力は痛いだろ!!」


 これがスサノオの力。身体能力は並みの退魔師を遥かに上回るほどの上昇をし、妖力により形成される変幻自在の斬撃。

 強化と斬撃。この2つの系統においてスサノオは他の追随を許さない。だから、戦闘は未だに素人である俺でも、多少は戦えるのだ。

 例えるなら……操作方法は詳しく知らないが、高いレベルの装備を所持して敵に挑んでいるのと同じ感覚だ。


「ギャウッ!!」

「なっ!?」


 俺がさらに妖力を流して鵺の悪霊を内部から斬り刻もうとした瞬間、突然鵺の悪霊の尾……蛇の部分が4本に分裂し、一斉に俺を睨みつける。俺は嫌な予感がし、直ぐにその場から飛び退こうとするが、どういう訳か


「まさかこの蛇……っ!?」


 元の一本から分裂した4匹の蛇は、目を赤く光らせて俺の方を文字通り睨みつけている。この蛇が4匹に分裂し、俺を睨みつけた瞬間から俺の身体は動かなくなった。恐らく、この蛇が原因だろう。そして、この隙は戦いにおいて致命的だ。


「や、やばい!」


 鵺の悪霊が軽く胴体を揺らしたことで、硬直中の俺の身体は何もできずにそのまま空中へと放り出される。

 当然、その隙を相手が見逃すはずがない。


 ゴツッ!!!!


 生々しい衝撃音と共に、無防備な俺へ向けて虎の腕が、まるで床に叩きつけられるように直撃する。


「ぐうっ!?」


 俺の身体は直撃と同時に凄まじい勢いで床に叩きつけられ、ただでさえ半壊している建物の床を一気にブチ抜き、最下層にまで周囲の瓦礫に埋もれながら落ちる。

 元から全身を妖力で強化していたことが幸いし、生身の強化無しの肉体よりも格段に頑丈になっていた。それにより即死は避けられたが、もちろん無傷とはいかない。


「いってぇ……」


 俺は草薙を支えに瓦礫を退けながら、自分よりも上の階層で佇んでいる鵺の悪霊を睨む。心なしか、こちらを舐めているように感じる。


「クッソ……思ったより重い一撃だ……」


 先ほどの頭の傷も一気に開き、顔は血まみれで巫女服までもが血で滲む。さらには全身に軋むような激痛が走るが、その程度でこの闘争心と殺意は止まらない、止められない。


「いつまでも頭上で笑っていられると思うなよ」


 俺は刀を握りながら周囲を見る。


(この場所、もう長くはないな……何もしなくても勝手に崩れそうだ)


 天井からはパラパラと石片がちょくちょく落ちており、時間経過で崩れるだろう


(あの柱……あれだ。アレを崩せば……)


 周囲が瓦礫の山と化している中で、唯一無事である柱が目に留まる。柱とはそもそも、上の階を支えるためのものだ。崩れかけの建物で、上の階を支える柱がなくなったらどうなるのか……そんなの、小学生でも分かる事だ。


「今直ぐ同じ目線にまで叩き落してあげる……」


 俺は刀身に妖力を流し込むと、抜刀の構えをとる

 使う能力は身体強化2割と斬撃能力8割。

 身体強化で強引に刀身の妖力を押し出し、目に付いた柱に向けて振るう。


「『風巻しまき』っ!!」


 刀身に込めた妖力を強化した腕力で強引に放出し、離れた位置にいる相手を攻撃する中距離攻撃……風巻しまき

 飛ばされた妖力は鋭い斬撃へと形を変え、俺が狙った柱をまるで巻き上がる風のように軌道をなぞりながらバラバラにする。


「グウッ!?」

「降りて来なよ。サル、トラ、ヘビの部分ごとに解体して明日の朝食にしてやる」


 俺が柱を壊したことで、建物の完全な崩壊が加速する。天井は崩れ落ち、下の階から順に凄まじい速度で落下を始める。鵺の悪霊は足場を失ったことで一気に上の階から俺のいる階に向けての落下を始める。


(ここで決める……っ!)


 俺は落下中の瓦礫と瓦礫の間を掻い潜る様に高速で移動し、鵺の悪霊が落下するであろう予測位置に向かう。


「空中じゃあ空でも飛べない限り、逃げ場はない!!」


 俺は刀身にありったけの妖力を込める。

 妖力の割合は身体能力9割、斬撃1割。妖力のほとんどを瞬間的身体能力に回したことで、瞬間の移動速度は音速を軽く超える。音速の一撃に、妖力を込めた一撃をぶつける。


(瀬奈の記憶で見たこの技。瀬奈の記憶から見て最も染み付いた、今の俺が出せる最高の技!)


 タイミングは鵺の悪霊が落下する少し前。奴が地面に着陸して体勢を整える前に勝負を決める。

 鵺の悪霊があと少しで地面に落下する。身体がネコ科のトラだからなのか、すでに着地の体勢を取ろうとしている。

 なぜだろう。目に移る全ての光景がゆっくりと、スロー再生をしているかのように流れていく。恐らく、極限状態の闘争本能からなる一種の覚醒状態なのだろう。だが、今の状況なら、確実にこの技が出せる。


亜閃光あせんこうッ!」


 鵺の悪霊に向けて一歩を踏み出した瞬間、踏み込んだ地面が大きく陥没し、俺の妖力が蒼い電流のように漏れ出る。周囲の空間が軽く歪むと同時に俺は一気に鵺の悪霊へと向けて距離を詰め、胴体を真っ二つにする勢いで斬り付ける。


「う゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!!!」

「グガアアアアアアアッ!?」


 獣のような咆哮を上げて鵺の悪霊に迫る。しかし、鵺の悪霊を真っ二つにすることはできない。だが、刀身は深くめり込んでいる。俺はそのまま鵺の悪霊の身体を壁に叩きつけて、身体を刀身で強引に抑え込むように体を固定する。


「まだまだっ!!」


 俺は残っていた妖力の全てを一気に刀身部分へと注ぎ込み、先ほど以上に威力を上げる。


「グアウッ!!」

「う゛っ!?」


 最後の抵抗なのか、鵺の悪霊は俺の首元に勢いよく噛みついてくる。それにより、肩から大きく血が噴き出る。

 苦しい。逃げたい。逃げたくない。戦いたい。戦いたくない。スサノオの代償による闘神スサノオとしての闘争本能と、八雲弥尋としての死にたくないという生存本能。相反する二つの気持ちに心が壊れそうになってしまう。

 それでも、諦めるなんて考えはスサノオにも八雲弥尋にも、最初からありはしない。


「殺せると思うなよ……」


 地獄の底から響いたかのような、憎悪の声が口から漏れる。なぜこんな声が出たのか、分からない。


「俺は、お前なんかに負けない……!」


 身体が痛くて苦しい。だけど、逃げる訳にはいかない。代償なんて関係なしに、俺は心の底から叫ぼうと声を絞る。


「瀬奈を助ける……それを阻む奴がいるんだったら、悪霊だろうが妖怪だろうが関係ない……全て捻じ伏せる……」


 鵺の悪霊をもう一度力強く睨みつけ、魂を震わすかのように、心の底から叫ぶ。


「お前程度が、俺を殺せると思うなよ!!」


 バキッ!!


 次の瞬間、鵺の悪霊の身体が刀により大きく裂けて黒い血飛沫があがる。それにより、鵺の悪霊の内部が顕わになる。しかし、それと同時に鵺の悪霊の身体を切り裂いた刀は途中で折れてしまう。だが……


(見つけた……悪霊の核!!)


 黒く、全体的に靄が入ったような内部の中に、たった一つだけ赤く光る球体のような部分を見つける。

 悪霊を倒す方法は幾つかあるが、その中でも特に有効とされるのが核の破壊。全ての悪霊は核を破壊されない限り、妖力が続く限り永遠に再生を続ける。倒すには、再生不可能なレベルの傷を与えるか、核の破壊以外ない。しかし……


(クソっ! 決め手がない……だったら素手で!!)


 刀が壊れてしまった事で、決め手に欠けてしまう。俺は強化した身体能力に任せて核に向けて拳を振るう。しかし……


「なっ!?」


 核を殴ろうとした次の瞬間、核そのものから黒い蛇が大量に生え、俺の拳を妨害する。さらに核から現れた蛇が俺の身体に巻き付き、俺を引き寄せる。


(ま、まずいっ、このままじゃ!?)


 打つ手がなくなる。妖力も亜閃光の発動にほとんど使ってしまった。このままでは身体強化が解けてしまい、この蛇型の触手に取り込まれる。

 策が尽きかけたその時だった。


「弥尋、こいつを使え!!」

「っ!?」


 背後から男の声が聞こえ、振り向くと凄まじい速度で黒い物体が飛んできていた。俺はまだ蛇型の触手が絡まっていない左手でソレを受け取る。


……っ!?」


 なぜこんなものが飛んできたのかは分からない……だが、これならっ!


「俺の勝ちだ!」


 残った僅かな妖力と、身体強化の際に使用した妖力の残滓を拳銃の中にある弾丸に込め、核に向けてトリガーを引く。


 ドンッ!!


「う゛ッ!?」


 一発弾丸を撃ったことで俺の腕に凄まじい衝撃が走り、腕の骨が粉々に砕けたのがわかる。身体に残ってた全ての妖力を拳銃に回し、俺の身体は生身と変わらない状態となったのだ。そんな状態で妖力で強化した拳銃なんて使えば腕の骨くらい折れる。

 だが、至近距離で放たれた弾丸は核を打ち抜いて完全に破壊する。

 鵺の悪霊はやがて呻き声すらなく前のめりに崩れ落ち、形を失うかのように身体が黒い煙を上げて蒸発を始める。


「いってえ……」


 鵺の悪霊が完全に沈黙すると同時に俺はしりもちをついて天井を見上げるように倒れる。


「はぁ……はぁ……なんとか勝った……」


 心の底から、安堵と達成感と言う名の悦びを感じる。負けていたら発狂死、勝利すれば凄まじい快感。


(これから殺し合って、勝つたびにこの感覚が……)


 まるで麻薬だ、と思ってしまう。戦えば逃げることも負けることもできない。下手に強い力を使って敗北すれば精神が壊れてしまう。しかし、勝利を掴めばそれに等しい快感。


「あっははははははは!!」


 思わず笑みがこぼれてしまう。俺が高笑いをしている間にも、天井がガラガラと音を立てて崩れ落ちる。絶体絶命。妖力をすべて使い、まともに身体を動かすことはできない。だが、それでも焦りはない。


「この状況で笑い声をあげるとはまぁ、余裕そうだな」

「あはは……バイトはもう終わったんですか、栄地先輩?」


 俺は首を動かし、拳銃を投げてよこした人物……どういう訳か某宅配ピザで有名なお店の制服を着た栄地先輩に向けて、苦笑を浮かべる。


「あ、そうだ……この拳銃、どうしたんですか?」

「さっき、人を担いでこの場所から反対方向に逃げる刑事に遭遇してな。事情を話して借りた。危険だから今は外で待機中さ」


 そう言うと栄地先輩はコツコツと俺に近づき、右肩に乗せるような形で俺を担ぎ上げる。


「俺今女子ですよ? お姫様抱っこくらいしてくれても良いんじゃないですか?」

「軽口叩けるならここに置いて行っても問題ないな?」

「イエ、スミマセンデシタ」


 栄地先輩は軽くため息を吐きながら、左手を地面に添える。


「『樹体降臨じゅたいこうりん』」 


 緑色の妖力が崩れ落ちるこの廃墟を覆うように広がる。そして次の瞬間、地面からコンクリートを突き破って大量の樹木が広がり、天井から落ちてくる瓦礫の山々を防ぐ。


「すげぇ……」

「瀬奈やみしろの能力と比べて、俺のは随分と分かりやすいだろ。この間にずらかるぞ」


 こうして、俺は栄地先輩によって廃墟から無事に立ち去るのだった……











「オイ、さっさと俺の拳銃を返せ」

「えぇ、助かりました。ご協力感謝します」


 栄地は瀬奈……ではなく弥尋を担ぎながら、美島刑事の元へと向かっていた。

あの瞬間、弥尋に投げて渡した拳銃を美島に返却するためである。


「あの悪霊とやらは?」

「彼……彼女? ん? どっちだこいつ……まぁ、弥尋が無事に討伐しました。お騒がせしてすみません」


 栄地は頭を下げて謝罪の意を示す。


「八雲は無事なのか?」

「えぇ。まぁ、疲れて気を失ってますが」


 先ほどから話していても弥尋に反応がないのはそのためである。耳をよく澄ませると、うっすらと寝息が聞こえる。どうやら完全に脱力しているらしく、だらしなく栄地の制服に涎のシミが出来ている。


(こいつここら辺に捨てて行こうかな……)


 しかし、今この場に捨てて行ったらそれはそれで問題になる。よってなんとか思い留まる。


「……色々と話を聞きたいところだが、どうせ話せないんだろう?」

「えぇ、ご理解感謝します。壊した建物についてもガス爆発で処理されるとは思いますが……過度な詮索は避けてもらえると助かります」

「…………悪霊だの妖怪だのと人知れず戦うなんて、まるで絵に書いたような正義のヒーローだな」

「そんな大層なもんじゃないですよ」


 そう言って、栄地はポケットから拳銃を取り出すと、美島刑事に手渡す。


「ん? これは……?」


 よく見ると拳銃と一緒に小さなメモ用紙が挟まっている。


「刑事さんには今回の殺人事件から手を引いてもらいたいんです。代わりと言っちゃなんですが、このメモ用紙に書かれた事件を調査して欲しいんです。どうしても俺だけじゃあ時間と権限の関係で限界があって……」

「刑事を顎で使うとはまぁ、良い度胸だな坊主」


 美島刑事はポケットにメモ用紙と拳銃を入れる。


「俺はこの後ピザの配達と新聞配達があるので、失礼します」


 そう言うと、栄地は弥尋を抱えたままその場から立ち去ろうと歩き始める。


「……お前は一体何者なんだ?」


 美島刑事のその一言に、栄地は立ち止まる。


「んー、そうですね……俺は社畜じみたバイト戦士で、ただの大学生で、弥尋や瀬奈達の上司で、ただの退魔師ですよ」


 それだけ告げて栄地はその場から去っていった。

 こうして、弥尋の最初の悪霊退治は幕を下ろすのだった。




















  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る