第6話 なぜ知っている

(面倒なことになった……)


 俺は心の中でとても、それはもうとても深いため息を吐いていた。


「「…………」」

「えっと……生きてるよね、これ?」


 俺の目の前には物言わぬ死体……ではなく、しっかりと意識を失った見張りの男が2人いた。


(迂闊だった……他にもやりようはあったのに……)


 さて、何故見張りの二人が伸びているのか説明しよう。その理由は単純明快。この男らが胸に手を伸ばしてきたのだ。最初は普通に避けようとしたのだ。それは間違いない。間違いないのだが……


(なんか身体が本当に勝手に動いて……大分キツイのを一発……)


 そう……俺はただ避けようとしただけなのに、触られそうになった瞬間、見張りの男を無意識に殴って気絶させてしまったのだ。一応、もう一人は仲間を呼ばれる前に、今度は自分の意志で殴って気絶させた。


「そういえば瀬奈の奴言ってたな……知らない男に身体を触られそうになると、ほぼ無意識にに殴りたくなるって……」


 その言葉通り、ほぼ無意識に殴ってしまった。


「思えば昔っから喧嘩ばっかしてるよな瀬奈って。口よりも先にほぼ間違いなく手が出るんだもん……手を出す速度なら世界とれるぞきっと」


 なんなら小学生の時、瀬奈と喧嘩になって敗北した男子小学生たちが打倒瀬奈という目標の元に大勢集まり、自称連合軍を結成したこともあるほどだ。その中には当時の上級生も混じっていた。まぁ、案の条全員返り討ちにあっていたのだが。


(今思えば、その頃から転生体てんしょうたいの代償とかが出てたのかな……)


 過去の瀬奈の凶悪性に妙な納得を抱きながらも、俺は気絶させた男2名を担ぎ上げ、人目に付かない場所まで階段を下りて運び込む。普通なら持ち上げることは難しいが、妖力を自身の全身に纏わせ、身体能力の強化をしているため、簡単に持ち上げることができた。


「よし、ここら辺に寝かせておけば誰にもバレないよね……っと、その前に確認しとこ」


 俺は地面に置いた男の一人の胸元やズボンのポケットを探り、入っているものがあるか確認する。そして案の定、ポケットの中に財布が入っていた。俺は財布を開けて中身を確認する。


「うおっ、お札が沢山入ってる……ちょっとくらいなら盗っても……って、それじゃあただの強盗じゃん……」


 財布の中に入っていた諭吉さんの多さに、よこしまな考えが働いてしまうが、何とか思いとどまる。


「おっ、あったあった、定期券っと」


 俺は財布の中に入っていたカード型の定期券……正確には、身分証明に繋がるものを見つけ、内容を確認する。


「…………はぁ、この人大学生か……」


 定期券に記載された年齢を見てため息を吐く。


(うぅ……年上相手にこの場所から立ち退いてもらうとか、すげぇ言い辛い……それに、この二人だって気絶させちゃったし、どうしよう……)


 そもそも、この場所に来た目的は喧嘩ではなく、悪霊の調査。積極的に人間と喧嘩をしに来たわけではないのだ。年下なら、俺も瀬奈もこの街に長く住んでいるから、どこの学校かは直ぐに分かる。だから学校にチクるぞとでも脅してしまえば移動させることはできただろうが……


(年上の不良って怖いんだよなぁ……)


 ただでさえ、同年代の不良にすら歯向かうほどの勇気はないのに、年上相手に喧嘩を売れるほど俺のメンタルは強くない。


「はぁ……本当にどうしよう……」


 心の底からため息を吐きながら俺は男の財布を元の位置に戻す。


(とりあえず元の場所に戻って来たけど……どうしよう、まだ何人か中にいるし、どうにかして追い払わないと……)


 しかし、上手く追い出す方法が分からない。追い出し方が思い浮かばず、扉の前で悩んでいたその時だった。


ガチャリ


「あっ」

「あ?」


 突然扉が開き、そこに立っていた人物と目が合う。


「お前だれd」

「せいやッ!!」

「ぐおつ!?」


 何かを言われる前に腹部に微量な妖力を込めた蹴りを入れ、相手を吹き飛ばす。


「あ、やっべ」


 扉から出てきた男に蹴りを入れたことで男は大きく吹っ飛び、扉の奥へと勢いよく転がり、その衝撃で気絶する。が、問題はそこではない。


「なんだテメェ!」

「なんでこんな場所に女がいんだよ!」

「良くも仲間をやりやがったな!」


 扉の奥に吹っ飛ばしたことにより、中にいた仲間にバレてしまう。


「い、いや、俺……じゃなくて私、道に迷っちゃって……」

「道に迷って俺らの連れを蹴り飛ばしたのか? そんな言い分が信じられると思うか?」


 ごもっともです


「い、いや……その……えっと」

「オイ、相手は一人、それも女だ。全員で掛かって責任を取らせるくらいの事はしなきゃだよなぁ?」


 金髪の柄の悪い男が俺を見てニヤニヤと笑いながら、近場に立て掛けてあった金属バットを取り出す。


「オラァッ!!」

「わっ!?」


 金属バットを装備した男が殴り掛かって来たことで、俺は慌てて避ける。この人容赦ないな!? 俺一応見た目は女だぞ!?


「ち、ちょっと待ってくださいよ! 私はちょっとこの場所に探し物をしに来ただけなんです!」


 攻撃を避けながら頭に思い付いた適当な言い訳を述べる。というか、栄地先輩との修行のおかげだろうが、攻撃を完全に見切れてることに内心驚く。


「ん? ちょっと待て、あの女どこかで…………ああああっ!!!!」

『っ!?』


 突然聞こえた悲鳴にも近い叫び声に俺も金属バッドの男も、周囲の男たちも叫び声をあげた男の方向を向く。


「お、おおお前、紙代瀬奈じゃねぇか!」

「え?」


 男の叫び声に、俺は戸惑う。


(この人瀬奈を知っているのか?)


 まるでその疑問に答えるかのように男が俺の方を指し、叫ぶ。


「アイツだよ! 前に話しただろ!? 小学生の時、バケモノみたいな後輩がいるって!」

「ば、バケモノって……」


 どうやら話の内容的に、俺と瀬奈がいた小学校の先輩らしい。というかバケモノって……


「な、なんで紙代瀬奈がここにいるんだよ!? お前はっ!?」

「…………は?」


 今の俺の姿を見て取り乱した男が、そんな事を口走る。


「おい、なんでそれを知っている?」


 その情報を一般人が知っている訳がない。瀬奈が消えた事を知っているのは俺とカエデ、みしろや栄地先輩を除いて…………俺と瀬奈に危害を加えた者、もしくはそれに連なる者ということになる。


「今だっ!」


 ゴンッ!


 いつまで経っても動かない俺にチャンスだと思ったのか、金属バットを持っていた男が強い勢いで俺の頭部に一撃入れる。


「オイ、なんで瀬奈がいなくなった事を知っているんだ……誰からそれを聞いた……」

「なっ!?」


 頭部を殴られた影響で頭皮が大きく裂け、そこから出血したことで血まみれになる。だというのに、床に倒れるわけでもなく、苦痛に声を出すこともない俺の様子に金属バットの男が怯んだ声を出す。


「な、ならもう一度!」


 男が力任せに金属バットを振ってくる。


「邪魔すんなよ」


 しかし、今度は攻撃を受けないよう素手で金属バットを掴み、今度は俺が力任せに指に力を込め、握り潰す。ちょっと力を込めただけなのに、空き缶みたいに簡単にひしゃげる。


「ひっ!?」

「失せろ、捻り潰すぞ」


 バッドを持っていた男の頬に、ビンタをするように一撃を入れる。妖力を込めた攻撃という事もあり、相手の身体は仰け反るどころか凄まじい速度で吹き飛び、壁に激突して意識を失う。


「ひいっ!?」


 俺が金属バットの男を一撃で昏倒させたことにより、集団全体の戦意が削がれる。

 それにより多くの人たちが逃亡を図るが、俺は先ほどと発言した男の元に向かって歩く。相手が腰を抜かしているおかげで、逃げる様子はない。


「その事を誰に聞いた?」

「は、はぁ?」


 俺は腰を抜かしてその場から動けない男の胸ぐらを掴み、怒鳴りかけるように問い詰める。


「誰から瀬奈が消えたっていうその情報を聞いたのか教えろ! そいつの見た目は!? 声は!? なんて言ってたんだ! 答えろ!」

「わ、分からないっ! 20代くらいの男と、高校生くらいのガキが言ってたんだよ! てか、紙代瀬奈はお前だろ!? なんでそんな事を聞くんだよ!」

「……玄也か……っ!」


 20代くらいの男というのが誰かは分からない。だが、高校生くらいのガキ、そして瀬奈が消えた事を知っている人物となると、可能性は高い。


「その高校生の奴は今どこにいる! 黙ってないでなんか言えよ!」

「ちょっ、待て、ぐるじ……ぃ……」


 腕に力を込め、俺は必死の形相で叫ぶように質問を飛ばす。


「少し落ち着け、紙代瀬奈……いや、八雲弥尋」

「っ!?」


 突然、背後から肩を掴まれ、投げかけられた言葉に思考が冷静になる。


「ほぉ、その反応……やっぱりお前ら中身が入れ替わっていたのか」

「…………なんでアンタがここにいるんだよ、


 俺の肩を掴んだ人物……瀬奈入れ変わったばかりの時に病室で出会った強面の刑事……美島壮介が立っていた。


「お前の神社の賽銭箱に依頼を書いた紙を入れたのは俺だ。お前に話を付けるためにそれらしい廃墟の場所を書いてこの場所に呼び寄せた」

「何のために? それ以前に、どうしてオ……じゃなくて私が弥尋だと思ったの?」

「……その前に、殺人罪で逮捕されたくなけれりゃその男を離してやれ。酸欠で死ぬぞ」

「え?」


 よく見ると、俺が胸ぐらを掴んで問い詰めた男が泡を吹いて気を失っている。


「あ、ごめんなさい……」

「ったく、さっきまでの勢いは何処にいったのやら……」


 突然軟化した俺の様子に、刑事さん……美島壮介はどこか呆れたような声を漏らすのだった。

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