第5話 依頼


「ふぅ、ようやくフード外して外に出られるわ」

「もう耳も尻尾も完全になくなったね」

「一応、みしろも完全復活じゃな」


 カエデが焼き鳥にされかけた次の日。俺と出会った時にみしろに生えていた獣耳も尻尾も、今では綺麗に引っ込み、ゆったりと空を流れる雲のように穏やかな時間が続いていた。


「あれがあると風呂に入って体を洗う時とかにすっごい邪魔なのよね」

「そんなもんなんだ」


 そんな平和な現在、俺はみしろの話をなんとなく聞き流しながら境内を竹ほうきで掃除している。


「あ、そういえば駅前に喫茶店が出来たらしいけど、客足が伸びなくて結構大変らしいわね」

「駅前ともなれば人は多いのに何故じゃ?」

「ほら、弥尋の所の高校とかで起きた殺人事件の影響とかよ。保護者側が子供等の外出を止めて、観光客もこの街に寄りつかなくなったからだわ」

「なるほど……むっ、この喫茶店のぱふぇ、なかなか美味そうだぞ!」

「あ、ホントね……」


 なにやらチラシや町の新聞紙を仲良く見ながら話し合うみしろとカエデ。その様子は仲の良い女友達同士の会話そのものである。まぁ、みしろの話している相手が妖怪カエデではあるが。


「……みしろよ、分かっておるな?」

「……アンタも分かってるじゃない」


 二人仲良く立ち上がり、チラシを握り締めるみしろとカエデ。


「「今なら人がいないから安定してパフェを食べれる!」」


 二人のその決意を妨げる害も不穏もそこにはなく、俺は地面を掃きながら常々思う。


「…………平和だなぁ……」


 はたして、これでよいのだろうか。











「ねぇ、退魔師って暇なの?」

「何をいまさら、悪霊なんて人に害を成すほどのヤバい奴は私と封印前の瀬奈で大規模な悪霊狩りをしたから数は激減しているし、後は妖怪の案件だけど……今年は比較的少ないわね」

「な、なるほど……」


 みしろの説明に納得する。どうりで、俺とみしろが出会った時点でみしろの代償が発動していたわけか。


「というか、退魔師の収入源ってどうなってんの?」

「まぁ、基本は退魔連合からの依頼ね。悪霊や妖怪の規模によって支払われる金額は増える。後は……一般人からの依頼」

「依頼?」


 一般人からの依頼って……どういう事なんだろ。


「そっか、説明してなかったわね。ちょっとこっちに来なさい」


 みしろは神社の正面……賽銭箱の近くに行くと、俺に向けて手招きをする。


「賽銭箱になにがあるのさ」

「一部の神社だけれど、賽銭箱にはね……あった」

「これは……紙?」


 みしろが賽銭箱を開けると、中にはいくつかのお金に交じってノートの切れ端のような紙が入っていた。


「神社に伝わる言い伝えとして、こんなのがあるのよ。願いを書いて賽銭箱に入れるとそれが叶うって。まぁ、そんなのガセで根も葉もない噂さなのだけれど」


 説明をしながらみしろは賽銭箱から出てきた紙を読み始める。


「随分とまぁ、汚い筆跡ね……でもま、依頼が来たわよ」

「一般人からの依頼って……賽銭箱のそれ?」

「稀に悪霊関連の依頼も混じってるから、それを退魔師が解決した影響で噂は広がる。だからこうして一般人の依頼が混じるの」

「なるほど」


 その話なら瀬奈に聞いたことがある。賽銭箱に願い事書いて入れてくる人がいるって。


「うわ、汚い字ね……廃墟にお化けが出ていて、毎晩呻き声が聞こえます。夜道で下校する際に、怖いので、廃墟のお化けを退治してほしいです。……まぁ、こんな感じで依頼が入ってるのよ」


 賽銭箱から取り出した紙をヒラヒラと見せびらかすと、俺に紙を渡してくる。


「それで、これをどうしろと?」

「アンタ、行って来て」

「はぁっ!?」


 俺一人で行くのか!? 実戦だってまだなのに!?


「アンタ、栄地先輩から聞いたけどもう慨装がいそう展開はできるのよね? それなら簡単な除霊ができるはずよ」

「いや、できるけど……」


 俺が栄地先輩との修行で最初に覚えさせられたことは妖力の操作である。妖力を全身の筋肉に浸透させるように操作をすることで身体能力は飛躍的に上昇し、悪霊を祓う力が生まれる。つまりは、退魔師の必須技能である。


「なら問題ないわね。一人で行ってきなさい」

「ま、待ってよ! 概装を顕現させられるようになったのは昨日の事だし、そんな直ぐに実戦なんて……」

「……昨日?」


 俺の発言に、みしろは怪しげな目を俺に向けてくる。


「まだ栄地先輩と修行してそんな日は経ってないわよね……なんでアンタ、たったの数日で概装展開なんてできるのよ」


 概装展開。文字通り、概装をその手に顕現させる妖術である。俺や瀬奈の場合は刀、みしろの場合は短刀ナイフである。

 ほとんどの退魔師が会得している基礎的な妖術の一つだが、決して一朝一夕で身に付くものではない。もっとも、俺の場合は概装を顕現させることはできても、粗が目立つ上に顕現時間は3分が限界である。それ以上は集中力の問題で難しい。


「私だって概装を展開できるようになったのは1週間は掛ったのよ……なんで数日で身に付けられてるの?」

「その……なんていうか……

「頭に?」


 俺はコクリと頷き、説明を始める。


「妖力の操作の修行をしている時にさ、いきなりイメージが頭の中に流れたんだよ。こうすればできる、これをすればできるって簡易的なイメージが突然湧いたんだ……」

「恐らく、それは瀬奈の影響じゃな」

「「瀬奈の?」」


 会話に入って来たカエデの言葉に、俺とみしろは首をかしげる。


「人の記憶とは、身体の二か所に保存されるもの。一つは脳。ここはまぁ、現代の医学から分かるな。そして、もう一つは魂」

「あ、そういうことか」


 みしろが何かに気が付いたように声を出す。


「え、何か分かったの?」

「つまり、瀬奈の脳からアンタが記憶を受け取って、その影響で妖術の扱い方が分かったのよ。アンタの魂に刻まれた八雲弥尋の記憶、紙代瀬奈の記憶、この二つが一つの肉体にあるからこそ、頭に突然湧いたのよ」

「ほ、ほへぇ……」


 難しい話になって来たぞ……


「まぁ、魂に関する妖術は希少で、まだまだ分からないことが多すぎるからの。理解も難しいじゃろ」

「ぐっ……」


 こんな見た目小学生の妖怪カエデに言われると、なんか敗北感が……


「まぁ、あんたの異常な成長能力は納得したわ。フツーにそれズルよね、それ。今時流行りの強くてニューゲームってことでしょう?」

「嫌な言い方するなよ……こっちだって苦労してるんだからさ……」


 妖力の扱い方が分かったが、まだ十分に扱えるわけではない。なんというか……いきなり使い方の分からない機械を前に、今までは手探りだったが、突然説明書を渡されたような感覚だ……


「それに……見たくもない記憶もたまに頭に浮かぶんだよ……」

「「見たくない記憶?」」


 俺の言葉に二人が首をかしげる。


「あぁ……例えば、みしろの家に行った瀬奈とカエデが楽しみに取っておいたシュークリームを勝手に食って、その罪を栄地先輩に擦り付けた記憶とか……」

「げっ!?」

「へぇ……」


 次の瞬間、みしろから黄色の妖気オーラが溢れ出る。おっと、片手に概装ナイフを顕現させたようだ。


「あー、他の記憶だと……誰だこれ? みしろの……好きな人? うわっ、お前マジか、同級生の男子をストーキングしてたのかよ……」

「ちょっ!?」

「ほぉ……」


 顔を真っ赤にして上擦った声を上げるみしろ。その傍からニヤニヤとするカエデ。


「い、今直ぐにその記憶を消しなさい!」

「あ、待てその調子だと他のイタズラもバレてるのか!? 弥尋、今直ぐ記憶を消すんじゃ!」

「ちょっ、待てって、そんな都合よく記憶を消せるわけないでしょ!?」


 みしろとカエデが慌てて俺に掴みかかって来るが、ほうきを持ったまま俺は逃げ動く。


「安心しろ! 記憶を消す妖術なら存在するし、瀬奈はしょっちゅう都合の悪い記憶は消していたぞ!」

「今直ぐ妖術を会得してその記憶を消しなさい!!」

「無茶言うな!?」


 結局、俺VSカエデとみしろの逃亡劇はお昼時まで続くのだった……









「みしろめ……結局俺が一人で依頼に行くことになったじゃん……」


 俺は一人心細く、深夜の道を一人で歩いていた。え、みしろとカエデはどうしたのかって? ……なんか、昼間にお腹いっぱいにスイーツを食べたせいで、現在進行形で二人仲良く布団で眠りこけてる。栄地先輩はまだバイト。


「えーと……依頼に書いてある廃墟って、ここだよね?」


 賽銭箱に入っていた依頼書を頼りに、俺は歩き続けていた。やがて、街の中央から少し離れたところにある廃墟を見つけた。

 外装はすべて剥げており、窓ガラスは割れて所々植物が生えている。だが、それよりも目に付くのは、黒く焦げた壁である。


「へぇ、元はホテルだったけど火事で焼けたんだ……」


 スマホで検索を掛けると、案の条ヒットした。


(10年前に従業員の不手際で大規模な火事が発生。家族旅行中の宿泊客の夫婦や従業員が焼死体となって発見される。重傷者も出てて……うわぁ、ネットでボロクソに叩かれてら)


 ホテルの評価は……10年前で止まっているが、酷い評価をされている。


「ま、それが今では近所の不良の溜まり場になってるって訳か……」


 廃墟の方に耳を澄ませると、小さくだが誰かが騒ぐ声が聞こえる。恐らく、近所の中学生か高校生だろう。それに、よく見れば小さくだが明かりが漏れている。懐中電灯でも持っているのかもしれない。


(うわぁ……どうか、相手が中学生でありますように。同年代の柄の悪い不良相手に喧嘩とかすっごく嫌だ……相手するなら年下、喧嘩するなら年下で)


 心の中でそんな事を願いながら廃墟へと足を踏み入れる。


「うぅ……お化け出ませんように、同年代出ませんように、年上出ませんように……」


 廃墟へと足を踏み入れたことで、コツコツと俺の足音が反響する。ゆっくりと、明かりの見えた階までの階段を上り続ける。


「お? お前こんな所で何してんだ~?」

「こんな時間に一人でいたら危ないじゃ~ん、良かったら俺らと一緒に遊ばない?」


 階段を上がったところで、入り口の近くで待機していた柄の悪い高校生らしき男2名に発見される。だってしょうがないじゃん……人がいるであろう階に繋がってる階段でばっちり目と目が合っちゃったんだもん……


(や、やばい……どうしよう……)


 今更ながら、ここに来たのを後悔する。


「ねぇねぇ、あっちで俺らの仲間居るからさ、よかったら君も遊ばない? ちょうど女子少なくて退屈してたんだよね~」

「あっ、お前ずるいぞ!」

「しらねーよ、早い者勝ちだろ?」


 一人が俺の肩にそっと腕を回そうとしてきて、それをもう一人の男が妨害する形で言い争いを始める。


(ど、どうしよう……これじゃあ悪霊の調査なんてできっこない……というか、ナンパされる女子の気持ちって……)


 俺の元の性別が男だからか、余計に気色悪く感じる。いや、人によるだろうが、見ず知らずの男にナンパされていると思うとちょっと鳥肌が……それに、ちょくちょくこの男2人の視線が俺の胸に向いてる。瀬奈の胸って意外とデカいからな……修行の時、何度邪魔で切り落とそうと思った事か……


(い、いや……今はそれよりもこの不良2人をどうしよう……瀬奈だったらどうしてるんだろ……)


 対処法に迷った俺はふと、以前瀬奈と街に買い物に出かけた際の出来事を思い出す。


(たしか、瀬奈が大学生くらいの男の人にナンパされて……俺は怖くて瀬奈を連れて逃げようとしたけど、瀬奈がそれを拒んで……)


 その時、まるで電流が走ったかのように当時の出来事を思い出す。


(そ、そうだ! 瀬奈がナンパしてきた大学生を追い払ったんだ! えっと、確かそのときに言ってた言葉は……)


 俺はその日の瀬奈の言葉を思い出す。


『失せろチャラ男。ママのお腹の中から男と人生やり直して来な!』


 そう、瀬奈が大学生に言い放った直後にのだ。


(ダメだあいつ全く参考にならねぇ!?)


 そもそも、比較的平和主義な俺に対し、瀬奈はやられたら倍返しするどころか2乗返しくらいの事は平気でする女だ。元より参考になるワケがない。


(どうしよう、この状況……)


 俺は、今更ながらこの場所に一人で来た事を後悔するのだった。


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