第4話 戦う理由

俺と栄地先輩が出会ってから1週間が経過した。


「はぁっ!」


 俺は掛け声とともに全力で助走を付け、栄地先輩に向けて飛び蹴りを放つ。


「遅い。足に妖力が込められてない。それに蹴りを放つまでの動きが分かりやすい。フェイントをもっと入れろ」

「ぐっ!?」


 丁寧な解説と共にギリギリで避けられてしまい、首根っこを掴まれて投げ飛ばされてしまう。


「はぁっ!」


 投げ飛ばされた直後に受け身をとると同時に境内の砂利を掴み、立ち上がる。俺はそのまま身を低くして突進を始めると同時に、栄地先輩に向けて砂利を投げ、視界を潰そうとする。

 しかし、栄地さんが手を軽く振ると空中で砂利が止まってしまったのだ。


(クソっ、妖術か!)


 しかし、俺は突進の速度を緩めずにそのまま栄地先輩に向けて渾身の右拳を撃つ。


「はぁっ!!」

「拳にも全然妖力がこもってない。目潰しはいいアイデアだったが、俺には効かな……」

「今だっ!」


 栄地さんが俺の右拳を受け止めた瞬間、俺は左手に渾身の妖力を集中させ、瀬奈と同じように刀を顕現させ、全力で栄地先輩に向けて振るう。


「左手に妖力を集中してるのがバレバレだ。もっと偽装するんだ」

「え!?」


 しかし、振るった刀は栄地先輩にで受け止められた。


「それと、攻撃が止められたら避ける準備もしといた方が良い」

「あ」


 次の瞬間、俺が顔を上げれば、すぐそこまで栄地先輩の拳が迫っていて……


「うあっ!?」

「あ、やばっ」












「いたた……」

「おう、起きたか」


 目を覚ますと、俺は部屋で横になっていた。頬には湿布が貼られている。恐らく、栄地先輩が張ってくれたのだろう。


「悪い、思ったより強く打ち過ぎた」

「いえ、大丈夫です」


 あの時、刀を不意打ちで顕現させる事が出来たと思ったんだけどなぁ……


「あんな風に不意打ちをするなら妖力の操作に慣れてからか、もしくは最初から慨装がいそうを顕現させて攻撃した方がまだマシだ」


 ちなみに、栄地先輩の言っている概装がいそうというのは、退魔師が顕現させた装備の総称を言うらしい。今までの例で説明すると、瀬奈の巫女服や刀、みしろの短剣だ。


「妖力の操作……難しそうだなぁ……」

「まぁ、一部例外を除いて妖力の操作は一朝一夕で身に付くものじゃない」

「一部例外?」

「人から聞いた話だが……瀬奈は修行を開始してからその日に妖力の操作をほぼ完璧に身に付けたらしいぞ。一部では、文字通りの神童とか言われてたな」

「さっすが瀬奈……」


 初陣を終え、俺は栄地先輩と共に直ぐにでも修行を始めていた。栄地先輩は教えるのが上手いようで、修行を開始してから瀬奈と同じように刀を出せるようになった。まぁ、服装が突然巫女服に変わったり、髪が黒から青に変色する程の変化はまだできないが。

 だが、修行を始めて改めて感じる瀬奈との差。身近な人物だったはずなのに、手の届かない人になりつつある気がするのは何故だろう。


「あーでも、クレープが食べたいとか言って修行はいっつもサボってたな。10回中8回はサボってたぞ。後は、世界を救いに行ってくるって言ってゲームをやったたりもしたな」

「……さっすが瀬奈」


 どうやら、瀬奈は俺の知る瀬奈だったらしい。


「それじゃ、俺はバイト行ってくるから」

「バイト? 今朝帰って来たばっかじゃないですか」


 栄地先輩はいつも朝早くに神社に来て、俺と一緒に修行をすると直ぐにバイトに行ってしまう。とうか、あってから一週間も経ったけど、この人がバイトに行ってない日を見てない気がする。


「先輩は大学生だって聞いてたけど、大学はいかないんですか?」

「まぁな。大学の方は今日は元々休みだ。だが、この後はファミレスのバイト。それが終わったら新聞配達のバイトをして、深夜帯はコンビニで夜勤。それから新聞配達だな」

「あなた幾つのバイト掛け持ちしてるんですか!?」


 スケジュールの多忙さに驚いてしまう。


「う~ん、確か5個だな。退魔師を除いた場合だが」

「なんでそんなにバイトしてるんですか……」

「そりゃあお前、バイトをする目的なんて金以外にないだろ」

「は、はぁ……」


 親指と人差し指で円を作る先輩に、驚きを通り越して呆れた声しか出てこない。高1の時にバイトをしたことはあるが、流石に5個もできる気はしない。


「というか、退魔師だって極論を言えば金目的だぞ。意外と儲かるんだよ。悪霊退治

や悪質な退魔師の撃破に捕縛。それだけで多額の報酬が退魔連合から支払われる」

「へぇ……」


 多額の報酬か……俺も強くなれば多少は稼げるのかな? まぁ、最優先は金よりも瀬奈だけれど。


「ってそうじゃない!」

「ん?」


 栄地先輩の退魔師として働く理由よりも気になったコトが一つ。


「先輩って一体いつ頃寝てるんですか?」

「寝てないぞ」

「……ブラックバイト戦士……」

「まぁ、否定はしない」

「いや、否定してくださいよ……」


 流石に寝ないで丸一日仕事はヤバいでしょ……


「何徹してるんですか先輩……」

「う~ん……大体1500徹くらいか?」

「は?」


 今、絶対にオカシイ数字が聞こえたぞ? 1500徹って……


「カエデやみしろからについては聞いただろ?」

「一応は……」


 転生体の力を過剰に使うと代償が現れる……といった話だったはず。


「大体4年くらい前にかなりの無茶をしちまってさ。それ以降、身体の機能が一部、人間を辞めちまったんだよ。飯を食っても味は感じないし、睡眠も必要ない。水だけ飲んでれば普通に生きていける。ま、これで済んだのは運が良かったな。下手すれば死んでたし」


 特に気にした様子も見せずに栄地先輩は代償の説明をするが、思わずその内容に恐怖を覚えてしまう。


「みしろの一時的な代償と違って俺のは、代償が現れてもずっと戦い続けた。だから肉体は人間としての機能失い、バケモノに成りつつあるのさ」

「…………」


 どう答えていいのか分からず、黙ってしまう。


「ま、睡眠が必要ない身体になったおかげでバイトもやり放題、退魔師として体力もあるから金は稼ぎ放題! 下手すれば死ぬような代償が発現する場合もあるけど、俺のは運が良かったんだし、頑張って前向きに働いた方が良いだろ!」

「アンタ逞し過ぎるだろ!?」


 この人のメンタルが強すぎる……


「それじゃあ、俺はバイトに行ってくるから。最初に教えた簡易的な妖力の訓練、概装がいそうの顕現訓練、体術の簡単な反復練習をしとけ。あ、休憩も忘れんなよ」

「分かりました」


 そう言うと先輩はそのまま立ち上がり、近くに置いてあった荷物を取って玄関へと向かう。


「明日になれば2時間くらい時間が空くから、その時にまた訓練の成果をみる。」

「了解です」


 こうして、俺は栄地先輩との修行を一時、終えるのだった。








「お金のため……か……」


 ふと、栄地先輩の言っていた理由を思い出す。


(瀬奈は……なんで退魔師なんてやってたんだろ)


 だが、その当人に聞くことはできない。


「聞くためには封印を解くしかない……か……」


 そんなことを考えながら布団から起き上がった瞬間だった。


「いやあああああああああああああ!!!!」


 突然、部屋の外からみしろの悲鳴が聞こえた


「な、なにごと!?」


 俺は慌てて扉を開き、声のした方へ走っていく。


(声のしたところは……たぶん台所だ!)


 俺は台所へ繋がる廊下へと走り、入り口の扉へと手を掛ける。


「だいじょう……ぶ……か?」


 台所への扉を開くとそこには……


「嘘だ……なんで……こんなことに……」

「み、みしろ? 一体何があった……?」


 どういう訳か、冷蔵庫の前で落ち込んで膝を着くみしろがいたのである。


「無いのよ……私がここに来た時に置いておいた……プリンが!」

「…………俺、ちょっと栄地先輩との修行のおさらいしておくわ」


 悲鳴上げるから何事かと思ったじゃん……このままほっといても大丈夫そうだし、このまま戻るか。


「ちょっと待ちなさい! 八雲弥尋、アンタ私のプリン食べた!?」

「食べてないです」


 何故だろう……中学校に言った時点では凄まじい速度で、凄まじい力で、凄まじい戦闘をしていたというのに……このケモミミ女は……

 あれだ、瀬奈と同じ実力はあるのに変な所でポンコツや面倒ごとを持ってくるタイプだな。


「ということはカエデか……あのロリ鳥! どこに逃げた、焼き鳥にしてやる!」


 ロリ鳥って……酷い言いようだな。あ、そういえばカエデの奴……俺と栄地先輩が修行してる時にプリン食ってたな……

 しょうがない、俺が作るしかないか


「じゃあみしろは適当なところで座って待ってて。俺が作るから」

「え? アンタ料理できるの?」


 俺の一言にみしろが驚いた声を出す。


「い、いいわよ! 作らないでいいから! やめて! お願いだから!」

「ど、どうした……?」


 俺がプリンを作るといっただけでみしろは恐怖し、よく見れば耳も尻尾も震え、下がっている。

 そういえば、みしろがこの神社に居候をしてから1週間。食事の時に一度も、みしろの姿を見ていない。どうやら全て外食で済ませているようだが……


(あぁ、そういえば確か……瀬奈の料理ってクソ不味かったっけ)


 ふと、今の自分の姿が八雲弥尋ではなく紙代瀬奈であることを思い出す。


「あー、流石に瀬奈ほど料理は下手じゃないぞ?」

「そ、そうなの……?」


 みしろは台所への進路に立ち塞がり、概装ナイフを顕現させて台所への侵入を阻み、俺に対して威嚇するような体勢を取っている。

 いったいみしろは瀬奈に何を食わされたんだ……まぁ、ケチャップと間違えてデスソースを、醤油と間違えてコーラを、料理酒と間違えてウイスキーを入れるような奴の料理なんて食ったら、当然か……


「大丈夫だって。見た目は確かに瀬奈だけど、中身は八雲弥尋だよ? 流石に、瀬奈みたいに酷い料理は作らないって」

「そ、そうかもだけど……その姿で台所に立ってる姿を見るだけで私は……うっぷ」


 みしろは顔を青くしながら口元を抑え、何かに耐えるように苦悶の声を漏らす。


「えっと……トイレはあっちだよ?」

「っ!」


 次の瞬間、みしろはわき目も降らずに俺が指を指した方向……トイレへと駆け出していく。

 ドタドタと騒がしい足音がやんだ直後、遅れてみしろが何かを吐く音が小さく聞こえる。


「さて、こっちはこっちでプリンを作っておくか」


 俺はキッチンの近くに掛けてあったエプロンを装備し、プリンの調理を開始するのだった。






「お、おいしい……いつかの日に食べた瀬奈のジャリジャリと音がして銀のスプーンが黒く変色して食べただけで病院に搬送されるようなプリンじゃない……ッ!」

「それ本当にプリンか?」


 みしろが俺の作ったプリンを食べて涙すら流している。そういえば瀬奈を台所に立たせたことはあまり記憶にないな。

 一度瀬奈の手料理を食べて、俺も病院に搬送さて以降、瀬奈に代わって俺が料理を作った記憶しかない。


「ごめん弥尋……私アンタの事を誤解してた……アンタはきっと良い退魔師になるよ」

「プリン一つで俺への評価どんだけ上がってんだよ……」


 俺が呆れている間にも、みしろはバクバクと素早くプリンを食べている。


「ふぅ、ごちそうさま。美味しかったわ」

「そりゃよかったよ」


 調理器具を流し台で洗いながらみしろに返事を返す。


「……ねぇ、なんでアンタは退魔師なんてやってるの?」

「……前にも言ったでしょ。瀬奈に掛けられた封印を解くためだよ」


 封印された瀬奈を解放する。それ以外の目的なんてない。


「封印を解いたその後は?」

「俺と瀬奈の入れ替わりを治して、最後に玄也……俺の友達を止める」

「…………」


 淡々と答える俺の様子に、みしろは何かを考えるかのように黙っている。


「そういうみしろは、なんで退魔師なんてやってるの? やっぱり命がけなんでしょ、この仕事って」

「別に、ただ憎んでる奴がいてぶっ殺したいから、成り行きで退魔師になっただけよ」

「ぶっ!?」


 あまりにも物騒な言葉に思わず手を止めてしまう。


「あら、アンタだって嫌いな人間の一人や二人いるでしょう? 私の場合はそれが特定の一人の人物に向いていて、殺意を募らせてるだけよ」

「復讐……ってこと?」

「ま、そうとも言うわね」


 復讐……そういう理由では俺もみしろも同じなのかもしれない。瀬奈を封印した九重吏狐に玄也を乗っ取った何者か。俺はそいつらを許せる程聖人でもないし、だからといってこのまま指を咥えて眺める程、薄情者でもない。


「アンタも私も、根本的な部分では同じ人間なのよ。許せない誰かがいる。それが自分であれ他人であれ、何かを原動力にしないと退魔師なんてやってられないわ」


 みしろが強くスプーンを握り締める。それだけ強い思いが現れているのだろう。


「ただいまなのじゃ~、弥尋~、お腹空いたのじゃ~」

「あ」


 突然、俺とみしろのシリアスな雰囲気をぶっ壊す声が玄関から聞こえる。


「そういえばもう一人、私が復讐しなきゃいけない相手がいたわね……」

「ちょっ、みしろ!?」


 みしろは黄色い妖力オーラを全身に纏わせ、ゆらりと椅子から立ち上がる。


「弥尋、プリンご馳走様。悪いのだけれど、今日は夕飯をここで食べるわ。メニューは焼き鳥にしてくれないかしら?」

「い、いや……今日はすき焼きにしようと思ってたんですけど……」


 あまりの気迫に気圧されているとみしろは、あははっと口から乾いた笑みを漏らし、告げる


「大丈夫、食材は私が狩ってくるわ」

「ちょっ、待っ」


 しかし、こちらが止めるまでもなく、みしろは玄関に向かって歩き出す。


「すまん、カエデ……俺の力ではみしろを止められなかった……」


 その数秒後。


「いやああああああああああああああ!!!!」


 カエデの悲鳴が轟いたのは、言うまでもないであろう。



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