第9話 紙代瀬奈として


「…………」


 布団の上から上体を起こし、周囲の景色を確認する。見慣れた畳に、見慣れた天井。だが、ここは自分の家ではない。瀬奈の家だという事が分かる。

 手元を見れば、見慣れた自分の男子高校生特有の少し大きな手ではなく、華奢で小さな手が視界に移る。


「起きたか」

 

 顔を横に向けると、近くの壁に寄りかかって漫画を読んでいるカエデの姿が確認できる。


「瀬奈……じゃなくて、弥尋。良いニュースと悪いニュースがあるが、どっちから聞きたい?」


 漫画を閉じ、俺を真剣な目で見つめながら語り掛けてくる。


「……悪いニュースからお願い」

「瀬奈が封印された」


 端的に。言うなれば機械的に感情を押し殺して告げる。


「封……印?」

「これじゃ」


 カエデは懐から巻物のようなものを取り出し、俺の目の前に広げる。


「爆……与……封呪?」


 巻物の文字は難しい感じで、ほとんど読めない。だが、辛うじて読める文字があり、目に入った単語を口にする。


「妖怪の里に伝わる禁呪。対象の魂に昏倒術式を……まぁ、分かりやすく言うと……昏睡状態になり、目が覚めるような事や術が解けることがあれば、被術者を爆発させる呪いじゃ」


 巻物には床に倒れ伏し、瀬奈の身体に浮かび上がった紋様と同じような形のモノが浮かんだ人間、そして、バラバラに壊れた人間が墨で書かれた絵が載せられている。


「この術式が瀬奈を蝕んでいる。下手に解術しようとすれば瀬奈は二度と目覚めない。解術するには、術を仕掛けたあの着物女を……」

「殺すしかないってこと?」

「っ」


 カエデがどこか、驚いたような表情を見せる。

 妖術云々は正直全く分からない。だが、カエデの様子を見る限り、瀬奈を助けるには吏狐を殺さないといけないらしい。


「随分と落ち着いとるな」

「うん。ホント、こんな事態になってるのにどうしようもない程冷静でいられる自分が気持ち悪く思うよ」


 自分で自分の事が気持ち悪く思う。正直、気持ちが悪いくらい冷静だし、思考も一周回って吐きそうになるほど冴えている。


「恐らく、瀬奈と入れ替わった影響じゃな」

「そうなの?」


 カエデは俺の様子を見てどこか納得したような表情すら浮かべている。


「瀬奈の記憶や精神、そういったものが弥尋の精神と混ざり合って結果的に瀬奈の退魔師としての経験が今の弥尋を落ち着かせているんじゃろ」

「そういうモノなんだ」


 何はともあれ、俺は結果的に瀬奈にまた守られてるのか。


「それじゃあ、良いニュースってのは?」

「2人の入れ替わりの術を戻す方法が見つかった」


 カエデは先ほどと同じような巻物を取り出すと、説明を始める。


「二人の中身を入れ替えた術は『反魂術式』と呼ばれる禁術。特定の生物2体の魂を入れ替え、新しい能力を持った人間を生み出す術じゃ」


 カエデは巻物を読みながら説明を始める。


「2人の人間の魂と魂を分割し、お互いの魂を入れ替える。これは使い方によっては永遠の命を手に入れられる危険な術じゃ。」

「永遠の……命?」

「ボロボロの肉体から健康的な肉体に入れ替わり続けける。宿った肉体が朽ち果てる前に、別の肉体に移るのじゃ。何より危険なのは、この術は退魔師と一般人を入れ替えた際に起こる弱体化。どんなに強い退魔師も戦えない事はないが、一般人と入れ替われば流石に弱体化する。」

「なるほど……」


 戦えない事はない。だから瀬奈は病室で俺の身体で刀を出したり、空を飛んだりできた訳か。


「恐らく、瀬奈を狙った妖怪や退魔師がこの禁術を使ったんじゃろ」

「瀬奈を狙った?」

「以前言ったじゃろ。戦闘において瀬奈は日本の中でも上位の退魔師じゃ。特に近接戦においては右に出る者がいない。だが、その強すぎる能力故に、民間人が近くにいれば間違いなく被害が出る。お主、生身の肉体で至近距離でソニックブームを起こされて生きられるか?」

「無理」

「そういうことじゃ」


 結局、俺が瀬奈の足を引っ張りっぱなしだったという事実だけが残っている。


「瀬奈がそれだけの力を持っている以上、悪さをする連中からしたらひとたまりもない。だからお主といて、祭りの空気に紛れて入れ替えたんじゃろ。一時的とはいえ、弱体化もするし、対処方法はいくらでも出てくる」

「……じゃあ、なんで俺と瀬奈を入れ替えてすぐに殺さなかったの?」


 普通なら入れ替えた瞬間、殺されてもおかしくないハズ……だが、目を覚ますまで俺と瀬奈は生きていて、結果的に病院で目を覚ました。


「それは……分からない。だが、術を使った直後は、妖力が間違いなく枯渇する。そんな状態では、トドメを刺そうにもさせなかったのかもしれん」

「…………」

 

 本当にそうなのだろうか。だが、瀬奈が狙いだろうが、そうでなかろうが、俺が瀬奈の足を引っ張ったことに変わりはない。


「さて、話が逸れたが……わしの実家に、この禁術を使える爺がいる。本当なら、瀬奈の骨折の治癒を待ち、里に二人を連れて行って元に戻す算段じゃったが……」

「瀬奈が封印されちゃったから、それもできないと」

「そうじゃ。それに、退魔師として瀬奈にしかできない任務もある。だから……弥尋には……その……」


 カエデが気まずそうに言葉を濁らせる。まぁ、大方予想はついている。


「戦ってほしいんでしょ? 俺に、紙代瀬奈として」

「……」


 カエデは視線をそらして黙る。その沈黙が肯定の合図でもあることが分かる。


「まぁ、フツーに考えてつい先日まで民間人してた俺にいきなり妖怪やらと戦え……とは、言い辛いよね。断ったとしても責任も義務も、それこそ誰に非難される謂れもない」

「……っ」


 カエデが申し訳なさそうに俯く。


「しかも幼馴染みや友達だって、みんながその妖怪やら退魔師に封印されたり殺されたりした……訳わかんないよもう」


 冷めきっていた思考は今の現状を冷静に分析し、その思考と同じように冷めた言葉が口から綴られる。


「こんな事を頼むのは酷じゃが、どうか……戦ってもらう事はできないか? 瀬奈が抜けた穴は多すぎる。それに、日本の退魔師は数が多い訳ではない……だから……」

「いいよ」


 言葉を遮るように放たれた俺の言葉に、カエデは驚いた目を向ける


「いいよ。俺が瀬奈の代わりに戦えばいいんでしょ?」


 なんでこんな言葉が出たのか、もう自分が何を考えているのかすら良く分からなくなってくる。冷静なのか、それとも正気の沙汰ではないのか。スラスラと出る言葉に対して、思考は思ったよりもぐちゃぐちゃに変化を続ける。


「俺が、瀬奈の代わりに妖怪と戦う。瀬奈の封印だって解いてみせる」


 なんでこんな、できるかどうかすら分からない事を平気で言ってしまうのだろう。それはつまり、玄也の皮を文字通り被った化け物と、弱体化したとはいえ、陸海空を制する超人の瀬奈を一方的に痛めつけた吏狐と、本物の殺し合いをするということだ


「瀬奈を封印したあの女だって、殺せば瀬奈が助かるんでしょ? じゃあ殺すよ。玄也の身体を使って好き放題してる男だって、元を言えば俺がいなければ瀬奈が倒せたんでしょ? だったら俺が玄也だって殺す」


 あぁ、こんな風に言葉がでるなんて、さっきまで冷静だと思っていたのは錯覚だったらしい。


「俺は、瀬奈の幼馴染みとして、紙代瀬奈として……退魔師として戦う。それが、正しい事なんでしょ?」


 こんな事を平気で言えるんだから、きっと俺は…………どうしようもなく、狂ってしまったのかもしれない。








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