第8話 敗北


~戦闘開始の数分前~


「これは……寝てるのか?」

「妖術じゃな。それもだいぶ広範囲の」


 コンビニからの帰り。俺とカエデは道で男の人が倒れているのを見つけ、介抱していた。


「妖術? まさか玄也が……?」

「いや、神社で感じた妖力と痕跡が違う。たぶん別の術者じゃな。ほっとけば直ぐに目が覚めるぞ」

「そっか……」


 俺は道で倒れていた男性をそっと道へ除けてカエデに問いかける。


「道で人が妖術で倒れてることって、普通?」

「いや、異常じゃ。今直ぐに瀬奈の所に向かおう」

「うん……」


 俺はカエデと共に慌てて瀬奈のいる病院に走って向かった。


「「っ!?」」


 道中、おぞましい殺意のような感触が肌を撫でた。


「な、何今の!? 病院の方からヤバい感じがしたよ!?」

「瀬奈の妖力じゃ……っ!」


 妖力の種類なんて俺には良く分からない。けど、カエデが言うのならそうなのかもしれない。問題は何故瀬奈がそんな殺気立っているのか。


「瀬奈の身に何かあったのかもしれない……病院へ急ぐぞ!」

「分かった!」


 俺は走って病院へ向かう。


「弥尋遅いぞ!」

「うわっ!?」


 カエデが俺の片腕を掴み、今の俺の全力疾走では到底出せない速度で引っ張り始める。


「病院が見えたぞ!」

「う、うん!」


 俺たちが病院を目視できる範囲に入った瞬間だった。


「うげぇっ!?」

「うぎゃっ!?」


 カエデが空中で何かにぶつかったかのように途中で止まり、そのせいで俺は慣性に引っ張られ、近くの電柱に激突する。


「か、カエデ……なんで止まったの?」


 鼻を抑えながら空中で急止したカエデの方を向く。


「弥尋、わしはこれ以上進めない」

「な、なんで!?」


 カエデが険しい顔をしながら空中に指を伸ばす。すると、空中で赤いオーラが電気のように弾け、それ以上の侵入を拒んでいた。


「人間は通れるが、妖怪は通れない不可視のドーム状結界じゃ。よっぽど格上の退魔師か、もしくはそれに準ずる妖怪が張ったのか、今のわしじゃ絶対に破れない」

「…………こうなったら、俺一人でも行ってくる!」


 瀬奈が危ないかもしれない。これ以上誰かを失いたくない。俺にとって瀬奈はたった一人の家族だ。絶対に失いたくない。


「分かった。ならコレをもって行くのじゃ!」


 カエデは瀬奈と同じように手に妖力を集め、手に扇を顕現させる。恐らく、何かしらの武器なのだろう。


「分かった。ありがとう!」


 俺は結界越しにカエデから扇を受け取り、病院に向かって走り出す。


「はぁっ、はぁっ……間に合え!」


 体力の配分など考えず、ただ瀬奈の元へ向かう事だけを意識して走り続けた。










 そして現在


「瀬奈!? 左手どうした!? ちょっ、焼けどが……生きてるの!?」

「ぐっ……おぉ、とんでもない美少女が目の前にいると思ったら、愛しのマイハニーじゃないですか~」

「あ、大丈夫そうだなこりゃ」


 俺の身体に入った瀬奈は左手が切断され、全身に酷いやけどを負っていた。髪も薄っすらと玄也と戦った時のように水色に染まっており、右手に握られた刀は途中で折れている事から戦闘態勢だったことは一目瞭然だ。

 だが、軽口を叩くくらいの余裕はあるらしい。


「貴方は八雲弥尋の家にいた……」

「吏狐さん……アンタ何やってんだよっ!」


 瀬奈が本来いた病室のある場所には、大きな穴が開いており、その場所には炎の狐2匹を従えた九重吏狐がいた。


「貴方の彼氏を傷つけてしまった事は後にいくらでも謝罪しましょう。ですが、私の目的の邪魔はさせません」

「っ!」


 次の瞬間、俺たちの周りにを囲うように炎の狐が現れる。


「うげぇ、2匹だけじゃなかったのかぁ……」


 瀬奈が呆れ果てたような声を出す。


「捕縛しろ」


 吏狐の合図で無数の火炎狐が俺たちに襲い掛かって来る。


「近寄るな!」


 俺はカエデから事前に渡された扇を握りしめ、目の前から駆け寄ってきた火炎狐に向けて叩き落とすように降った。


「ギャン!?」


 俺が扇を振った瞬間、今まで感じたことのないほどの凄まじい狂風が吹き荒れ、その風は俺と瀬奈を守るように周囲に展開され、火炎狐の群れを退ける。


「それは……カエデの……」

「厄介なモノを……」


 瀬奈は目を見開いて驚き、吏狐は忌々しそうに俺を睨みつける。だが、驚いたのは俺も同じだった。


(な、なんだよ今の風……いや、それよりも……っ!)


 呼吸をしようとするが、どうにも上手くできず、呼吸が不規則に繰り返されては手足が震える。


(一回コレを振っただけでエグイ程体力を使ったぞ!?)


 まるで全力疾走をした後のように体力が削られた。


「貴方、それをどこで手に入れたんですか……?」

「…………」

「答える気はありませんか……」


 質問に対して黙っていると、吏狐は軽くため息を吐く。


「扱いに慣れていないのか、無駄に妖力を使ったようですね。使える回数はそんなに多くないでしょうね」


 おまけに体力を今のでだいぶ失ったのも見抜かれている。


「後ろの男を渡してください」

「絶対嫌だ!」


 体感的にあと同じ風を起こせるのは死ぬ気で頑張って2回。それ以上は絶対に無理だ。だったら、一か八かでやるしかない。俺は瀬奈の耳元で思いついた作戦を伝える。


「瀬奈、今から同じ風を起こすから、移動できる?」

「……少しだけなら抱えて空飛べる」

「……その怪我で?」

「あれ、空飛べる事に関して驚かないの?」

「カエデから陸海空を制する超人ってことは聞いた」

「実は宇宙もこの後制する予定なのです」

「おっけ、いけるってことね」

「あのさ、ジョークに少しくらい反応してくれても良いんじゃない?」


 小声で作戦を立て、瀬奈が悲しそうな声を出すが無視である。


「貴方たちが何をしようと無駄です」


 俺は扇を構えなおし、吏狐を睨みつける。


「行くよ!」

「うん!」


 俺は今の瀬奈に抱き着くと、片手で扇を振った。


「わっ!?」


 2度目の狂風で俺たちは上空へ吹き飛ばされる。


「逃がしません」


 上空へ吹き飛ばされた俺たちを追撃しようと、吏狐が手に炎を纏わせて跳躍する。


「ぐっ……!?」


 しかし、瀬奈が折れた刀を飛んできた吏狐に向けて投げつける。咄嗟の事で反応が遅れたのか、折れた刀の先端が吏狐の左手に深々と突き刺さり苦痛の声を漏らす。


「しっかり捕まっててね!」

「了解!」


 俺は瀬奈にしがみつく腕に力を入れる。すると瀬奈が空中だというのに、凄まじい速度でより上空に向けて加速する。


「うわっ、マジで飛んでる!?」

「全然トップスピードじゃないけどね!」

 

 だが、それでも車で走るよりはるかに速い速度で空を飛んでいる。体感だから細かくは分からないが、時速200キロ以上は出ているんじゃないだろうか? 


「この程度で逃げられると思うな!」


 しかし、吏狐は丁寧な口調から一変して声を荒げて俺たちに追随して空を飛び追いかけてくる。そして、その声に呼応するかのように左手に刺さった刀が燃え、灰になって消滅する。


「げっ、想像の10倍くらい強力な炎じゃん! よく左手一本で済んだな……」

「ちょっ、あの炎食らったの!? 左手それ治るの!? 治るよね!?」


 空中で喧嘩を始めている俺たちだが、その実余裕がある訳ではない。瀬奈一人なら逃げ切れたのかもしれないが、俺を抱えている以上減速してしまう。

 

「『炎陣葬送』!」


 次の瞬間、巨大な九つの炎玉が吏狐の背後に出現する。


「こんがり上手に焼けたくなかったら後もう一回同じ風出して!」

「わ、分かった!」


 瀬奈が必至に叫び、俺も反射的に返事をする。


「最後の……一撃だっ!!」


 俺は今一度扇を強く握り、最後の力を振り絞り狂風を生み出す。


「ぐ……うへぇっ!?」


 想像を絶する脱力感に、吐き気すら感じてしまう。


「お疲れ様。後は私に」


 ふと、背筋に凄まじい悪寒を感じる。力無く瀬奈を見ると、瞳がいつの間にか青から血のようなへと染まっていた。


 悪寒や震えが止まらない。生き物としての本能が恐怖を告げていた。

 俺に向けられた殺意ではない。なのに、震えが止まらない。


「任せて」


 瀬奈が短くつぶやいた瞬間。右手に小さな、それでいて絶対的な圧力を感じる小さな紅玉を作り出す。妖術関連の事に未だ疎い俺でも分かる。瀬奈は何か、やばいことをするつもりなのだろう。


「くそっ、いったい何を……!?」


 俺が生み出した狂風によって俺たちに近づけなかった吏狐が瀬奈を睨みつける。

 そして、瀬奈が邪悪とさえ表現できる凶悪な笑みを浮かべて右手で生成した紅玉をまるで捨てるかのように手放す。重力に従うかのように紅玉は下に落下し、吏狐の近くに向かったその時だった。


「ぶっ飛んじゃえ」


 次の瞬間、視界を赤い光が埋め尽くし、凄まじい轟音と衝撃を感じる。


「うわっ、すっげぇ威力……」

「いや分かっててやったんじゃないの!?」


 瀬奈が何気ない気持ちで行った悪戯イタズラが大惨事を招き、ビビっている子供のような声を漏らす。


「いや、初めて使った技だし、あんな威力が出るとは……ねぇ?」

「ねぇ? じゃないよ危ないってば!」


 下を見ると吏狐の姿は見えなくなっており、黒煙が広がっている。

 もしアレに巻き込まれていたと思うとシャレにならない。


「てか、カエデはどうしたの?」

「あー、なんか妖怪だけに機能する結界? ってのが張られてるらしくて入ってこれないって……」

「結界? なんでそんな……っ!?」

「っ!?」


 瀬奈が何か言おうとしたその瞬間、突然が俺と瀬奈に向けて飛来し、俺たちは成す術もないまま空中から地面に叩きつけられる。が、瀬奈は地面に落下する直前に体勢を大きく変え、背中から俺を庇うように落下する。


「いったぁ……」

「瀬奈!?」


 いったい何が起こったのか分からない。だが、突然巨大な何かに攻撃されたという事はすぐに分かった。


「な、なんだよアレ……」

「あはは……まさか本当に化け物だったなんて……」


 瀬奈が苦笑を漏らしながら、フラフラと立ち上がる。

 未だ黒煙に紛れているため全貌は掴めないが、黒煙に紛れて九つの煙よりも遥かにドス黒い尻尾のようなものが見えた。

 尻尾の一本一本はさることながら、その体躯も煙に紛れて全貌は掴めないが、少なくともそこら辺の一軒家よりも遥かに大きい。


「九尾の……バケモノ……」


 思わず、そんな言葉が漏れる。巨大な九つの尾を持つ怪物が、黒煙に紛れて俺と瀬奈を睨みつけていたのだ。


「アアァアアァァアアアッッッ!!!!」


 絶望の咆哮が、周辺を震わせる。

 九尾の化け物は片手を大きく振り上げるような動作をする。

 無理だ。アレは避けられない。俺の身体と入れ替わり、不調な上に負傷した瀬奈、体力を使い果たしてまともに動けない俺。どうしたって避けられるハズがない。


「弥尋!」

「ぐっ!?」


 九尾の化け物が腕を振り下ろし、俺たちに衝突する直前で瀬奈が俺を攻撃から庇うかのように抱き着き、凄まじい勢いで俺たちは吹き飛ばされる。


「ぐふっ!?」


 吹き飛ばされながら瀬奈は口から大量の血を吐き出し、その一部が俺の顔に飛び掛かる。家をぶち抜き、ビルをぶち抜き、どこまで吹き飛ばされるのかも分からない。

 だが、そんなぶっ飛びもすぐに終わることとなった。それもとして。


「ぐぁっ!?」

「うわっ!?」


 突然、何もない空中で拒むように何かに弾かれ、勢いが止まり、俺は瀬奈の懐から吹き飛ばされ、地面にそのまま転げ落ちる。


「ま、まさか……結界!?」


 カエデが通れなかった現象と酷似していることから、すぐに何が起こったのか分かる。だが分からない。カエデの話ならこれは妖怪を通さない結界。それなのになんで瀬奈は通れなかった?

 だが、俺だけが結界の外に放り出された。それはつまり、瀬奈がまだ九尾の化け物のいる結界内にいる訳であり……


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!!」


 最悪の未来が、訪れようとしていた。


「せ、な……ぁっ!」


 大きな声を出して呼びかけようとするが、声がうまく出ない。

 瀬奈は結界の端で倒れたまま動かない。

 直ぐそこまで迫った九尾の化け物が、瀬奈の近くに寄ったその時、突然黒いオーラが九尾の化け物を包み込む。


「手こずらせてくれましたね……」

 

 黒いオーラが霧散すると、その中心には九重吏狐が立っていた。


「そこまでしている貴方なら、この程度で死にはしないでしょう」


 多少息は荒くなっても、落ち着いた様子で吏狐は倒れる瀬奈に近づく。


「やめ……ろっ!?」


 声を出そうとするが、声が上手く出せない。それどころか、少しずつ意識も薄れ始めてくる。


「貴方はそこで気を失ってなさい。それ以上邪魔をされても目障りです」


 吏狐が俺に向けて片手を向けている。恐らく、何か妖術を使ったのだろう。尋常ではない程の眠気がやってくる。


「八雲弥尋。貴方に罪はありません。恨むのなら恨めばいい。私は当然地獄に落ちるでしょうし、そこで倒れる彼女にも恨まれるでしょう」


 ですが、と言葉を続けて吏狐は倒れる瀬奈に触れる。


「私には、譲れないものがあるのです」


 次の瞬間、瀬奈の全身に黒い解読不能の文字のようなものが大量に浮き上がり、全身を蝕むかのように蠢く。


「『爆与封呪ばくよふうじゅ』」


 まるで肌に溶け込むかのように黒い文字は瀬奈に同化する。

 一連の作業を終えたのか、吏狐は瀬奈から手を離し、突然黒いオーラが全身を包んだかと思えば、その場から忽然と姿を消す。


「せ、な……っ!」


 周囲に未だ立ち込める黒煙。壊れたコンクリートに、崩壊直前の建物の数々。そのどれもが現実味がないのに、倒れ伏す瀬奈の姿が現実だと告げていた。

 俺はもう、瀬奈の名前すら満足に呼ぶこともできず、そのまま意識を落としてしまうのだった。





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