第7話 激戦

「ひまー、ひまひまひまー、ひーま、ひーま、ひまぁっ!」


 病院にて。弥尋の中に入った私、紙代瀬奈は病室で暇を持て余していた。

 正直な話、妖力の使った治癒の強化ブーストを行えば、こんな怪我は数秒で治る。しかし、突然骨折が治れば怪しまれるし、なによりも弥尋の身体が妖力にまだ適応できてないのだ。


(う~ん……弥尋と入れ替わった影響なのか、妖力が上手に錬れない……あの寄生野郎の目的はたぶん……というか間違いなく弥尋。でもなんで私と弥尋を入れ替えたんだろ?)


 寄生野郎とは、言わずもがな玄也の身体を乗っ取った者の事である。


(とりあえず、弥尋の護衛としてカエデを付けたけど、あの寄生野郎に勝てるかな? ………いや、難しいか。念のためあの2人を呼んでおこっと)


 私はスマホを取り出し、信頼のできる退魔師の仲間に連絡をする。


「さーてと、私も自主練しておくか」


 いつまでも病院のベッドの上でジーっとしてるなんて性に合わない。だったら少しでも鍛錬を積み、早期回復して弥尋の元に向かいたい。


「う~ん……30分くらいかな? それ以上は顕現できそうにないし、身体が突然の妖力に抵抗してる感じかな?」


 私は刀を5分ほど顕現させた後、人に見られる前に霧散させる。以前の私なら、24時間以上は刀を顕現させ、戦うことが出来た。しかし、それが体感で30分しかできないという時点でどれだけ弱体化しているかは明白である。

 ある程度の確認ができたことで、身体の中で妖力を錬り、流し、纏わせ、霧散させを繰り返す。妖力を使った簡単な訓練である。

 

(弥尋の事もあるし、今後はあんまり無茶はできないか……)


 正直かなり面倒くさい。弥尋の事に関していえば、私の事情でが多すぎるのだ。それこそ、退魔連合に知れたら首が飛ぶような事情だってある。

 だから極力退魔師側の事情には巻き込まないようにしてたのに、数日前の件である。これからどうやって上に報告するか、私が頭を悩ませていたその時だった。


「八雲弥尋、ですね?」

「っ!?」


 突然、病室の入り口から声が聞こえた。

 扉の方を見ると、見覚えのない長身の着物を着た黒髪の女が立っていた。


「……誰なの、アンタ」


 扉の方に立つ女性に対して、私は無意識に妖力を右手に集め、刀を顕現させて臨戦態勢をとる。

 一見、ただ弥尋を訪ねてきただけの客人だ。それだけなら問題ないが、どういう訳か嫌な予感がする。

 この女は明らかに危険だ。

 明らかに私に……弥尋に敵意を持っている

 少なくとも話し合いでどうこうできる気はしない。


「……聞いてた話と違いますね……何故貴方が妖力を扱えているのですか?」


 私が妖力で顕現させた刀が視界に入ったのか、着物女は敵意をより強くして私を睨みつける。


「実は使えるようになったんだよ。おねーさんこそ、俺に何の用? 悪いけど俺、心に決めた子がいるからそんな熱烈な視線を向けられても困っちゃうな~」

「御冗談を」


 私が軽口を叩くが、着物女は私のジョークを無視して己の肉体に内包された膨大な量の妖力を開放する。その圧力に、天井は軋み、窓ガラスに大きな亀裂が走る。


「貴方を永久封印します。痛い目を見たくなければ無駄な抵抗をしないでください」

「あはは……人、来ちゃうよ?」

「ご安心を。半径一キロ以内の人間は全員妖術で眠らせ、結界も張ってあります」

「用意周到だね~。おねーさん何者?」


 どうしよう、思ってた以上にこの人は化け物だ。逃げることもできそうにない。


「答える義務はありません」

「まずはお互い自己紹介してからだってのに……」


 私が愚痴った次の瞬間、着物女は手のひらに赤い炎を顕現させた。


「『狐火きつねび』」


 術の名前を口にした着物女の髪の色が、黒から薄い茶褐色に変化する。さらには手に纏わせていた炎は大きく膨張し、巨大な尾を持つ2匹の狐の姿に形を変え、私を威嚇する。それに合わせて、私も顕現させた刀に妖力を込める。


「行け」


 着物女が火炎で形成された狐に指示を飛ばした瞬間、2匹の火炎狐は私に向かって飛び掛かる。


「ふっ!」


 一匹は私の首元めがけて、もう一匹は私の足元めがけて噛みつこうと突進してくるが、私は動じずに腰を屈めて刀を構え、足に噛みつこうとした火炎狐に向けて神速の突きを入れ、頭を貫通させる。急所を突かれたせいか一瞬で霧散するが、次の瞬間には私の背後で形を形成している。


「はぁっ!!」


 残っているのは首に噛みつこうとしている火炎狐と背後から現れた火炎狐。

 私は突きの構えのまま刃を上へ向け、そのまま弧を描くように首元の火炎狐と、背後から襲いくる火炎狐を一撃で真っ二つにする。

 しかし、2体同時に始末しても、今度は左右に新しい火炎狐が現れる。

 死んだ瞬間に即座に新しい火炎狐が出てくるのは厄介だが、2体しか出せないのか、それ以上出てくる気配がない。これならまだ対処でき—―――


「私もいることをお忘れなく」

「ぐっ!?」


 左右の火炎狐から距離を取ろうと、後ろに大きく跳躍するが、空中に飛んだタイミングで着物女は私の目の前にまで急接近し、刀を持った私の手をガシッと掴む。


「『炎拳烈波えんけんれっぱ』」


 着物女は拳に赤い炎を纏わせ、私の心臓めがけて拳を飛ばす。


「ぐあっつ!?」


 私はすぐに左手で炎の拳を止めるが、あまりの熱に苦痛の声を漏らす。


「『炎上』」

「っ!?」


 着物女のその言葉に嫌な予感を覚えた私は、全力で着物女に蹴りを入れ、壁を背中で体当たりをするかのように強引に突き破り、距離を取る。

 壁を突き破ったことで私は病院の外に出てしまうが、地面に激突する前に私の妖術を発動させ、空中で静止する。


「女性に蹴りを入れるなんて、随分と酷い殿方ですね」


 着物女が大きく穴の開いた病室から出てくるが、大してダメージを受けた様子はなく、蹴られて汚れた部分の着物を軽く払う。

 そしてよく見れば、先ほどまで私が着物女の攻撃を防いでいた左手には、着物女による火が纏わり付き、着々と私の左手を焦がそうとしてくる。


(妖力による呪いの炎……消えないし回復もできない)


 恐らくかなり強力な呪いの炎なのだろう。炎自体が消えないし、焦げた箇所に回復術を使おうとするも、回復できない。


(弥尋、ちょっとごめんね。あとでちゃんと治すから)


 私は心の中で弥尋に謝罪すると、右手に持っていた刀で燃えている左手を切り落とし、足に巻き付いた包帯を外して、切り落とした左手首に巻き付け、応急止血をする。


「若いのに、大した度胸ですね」

「その言い方だと、おねーさん見た目の割に歳とったババアなの?」

「それ以上言ったら普通に殺しますよ」


 着物女は眉をピクリと動かし、どこか怒気を孕んだ瞳で私を睨む。


「『炎陣葬送』」


 次の瞬間、着物女の周囲に大きな炎玉が9個出現する。一つ一つに膨大な妖力が秘められており、以前の私ならともかく、今の私では防ぐのは難しそうだ。


「結局殺す気なんじゃんイジワル」

「今の貴方なら瀕死で済むでしょう?」


 着物女が軽く腕を振った瞬間、九つの炎玉が私に向けて飛んでくる


「『亜光閃』っ!」


 私は片手だけの不格好な形の居合の構えを取り、過剰なまでの妖力を込めた神速の居合術で炎玉を一つ、二つ、三つと斬撃を飛ばして一度に切り裂くが、切り裂いた三つの炎玉が連鎖的に爆発を起こし、膨大な熱に身を焦がされながら吹き飛ばされ、地面に叩きつけられる―――――――はずだった。


「あっぶねぇっ!!」


 しかし、どういう訳か私が感じたのは固い地面の感触ではなく、誰かに抱き留められた時の柔らかい感触だった。


「無事かせ……ちょっ、俺の身体で何してんの!?」

「や……ひろ……?」


 私の目の前にいたのは、荷物を取りに帰宅したはずの私……の姿をした八雲弥尋だった





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