第6話 帰宅作業
「と、いう訳であの刑事にはバレとるから」
「はぁ!?」
「あー、やっぱりかー」
俺の病院食をいつの間にか食べ終え、いつの間にか病室から離れた刑事を追跡していたカエデの言葉に俺は驚き、瀬奈は納得したように声を上げる。
「瀬奈……いや、今は弥尋か。弥尋の発言で怪しまれ、ボロが出た。あと、瀬奈の態度が平常すぎて怪しまれてる。殺人鬼やサイコパスみたいだと言っておったぞ」
「え~、年頃の乙女に向かって酷~い」
「俺の身体でクネクネすんな気持ち悪いから……」
面白そうにクネクネする瀬奈に呆れるが、事態は思たより悪いハズだ。
「怪しまれてるってことは、俺ら最悪捕まるんじゃ……」
「あ、その点については大丈夫。私の権限でそれは防げるから」
「け、権限?」
瀬奈は俺の言葉に頷き、目を閉じる。すると、手に青色のオーラのようなものを右手に纏わせる。やがて右手に纏わりついた青色のオーラは細長い棒状のような形に変化し、一瞬だけ光ったかと思うと、その姿を刀として顕現させた。
「ちょっ、刀!?」
「普通に考えてさ、こんな風に刀を自由に出し入れができる人間が野放しにされると思う?」
驚く俺を他所に、瀬奈はどこか淡々とした様子で説明をする。
「弥尋はさ、エクソシストって聞いたことある?」
「い、一応は……確かヨーロッパでお化け退治をする架空の職業でしょ?」
「半分せいかーい。そんな弥尋くんにはこちらの飴玉を進呈しま~す」
「気を使わないでいいから、もったいぶらずに教えて」
先ほど……と言うより、再開した時から瀬奈は一貫してふざけた態度をとっている。その意図を察せないほど、俺は瀬奈を知らない訳ではない。
「……分かった。ちなみにさっきの答えだけど、エクソシストは架空の職業じゃない。今も実在する職業なの。退魔師は言わば、日本のエクソシストのこと」
少し驚いたような表情をした瀬奈だったが、今度は真面目な顔をして説明を続ける。
「退魔師は力を発現させたその時、普通は『退魔連合』っていう組織に所属することになるの」
「退魔連合?」
「まぁ、お化け専門の警察みたいなものなんだけど、組織的な活動を効率的にするために、当然日本の偉い所と繋がってる。だから、退魔師はある程度の武装が認められてるし、お化け関連の問題は警察の管轄から私みたいな退魔師の管轄に移されるの」
「なるほど……だからその、瀬奈の退魔師としての権限で、警察の捜査はある程度あやふやにできると……」
「そーゆーこと」
警察も常にという訳ではないが、いざという時のために拳銃の使用が認められている。退魔師の力も、それと似たようなものだろう。
「……ねぇ、退魔師の仕事って、何をするの?」
「…………」
俺の言葉に、瀬奈はどこか後ろめたそうな顔をする。
「悪霊の始末、人間界と妖魔界の境内の監視……妖怪、引いてはその影響を受けて害を及ぼすであろう人間の始末じゃ」
「ちょっ、カエデ!」
先ほどまで黙っていたカエデが瀬奈に代わって説明する。瀬奈はその言葉に慌てた様子を見せる。
「続けて」
瀬奈が一貫してふざけた態度をとっているその意図。恐らくは退魔師の仕事について、説明することを避けたかったのだろう。
「ハッキリ言うぞ。お前の友人は退魔師の仕事の一部として、殺される」
「っ!」
「…………」
カエデの言葉に、俺は言葉を詰まらせ、瀬奈は虫の居所が悪そうに顔をそらす。
「お主の話、二人の今の状態、あの刑事の話をすべて統合すると、瀬奈の仮説通りその友人は身体を乗っ取られ、人に害を与えている。それは間違いなく、退魔師の仕事じゃ」
「……そっか」
友人が自分の意志ではなく、誰かにいいように操られ、結果的に誰かに殺される。日常を生きる中で絶対に耳にしない単語だらけで、自分の精神が磨り減るのが分かる。
「……玄也が乗っ取られてるとしても、いろんな人に迷惑をかけるなら殺されても……仕方がないよね」
「弥尋は……それでいいの? 玄也……私たちに殺されちゃうんだよ?」
俺のどこか諦めたような言葉に、瀬奈はもう一度俺の真意を確認するかのように質問をする。
「いい訳ないよ……でも、俺にはどうしようもないし、瀬奈を止めることもできないから……」
「…………」
俺の言葉に、カエデは黙って耳を傾ける。
「……じゃあもし、弥尋が玄也を助けられるとしたら?」
「できないよ……いきなり殺すとか助けるとか言っても、俺にはどうしようもないから……」
「いいや、できるよ」
「だから無理だって……」
「できる」
「無理」
「できるできる」
「無理無理」
「できるできるできる!」
「無理無理無理!」
「何を言い争っておるのおじゃこいつらは……」
俺が無理と言うと、瀬奈はできると言い張り、そんな言い争いにカエデはあきれた様子を見せる。
「無理だって言ってるでしょうが! 俺は瀬奈みたいに刀を出すことも乗っ取られた玄也と戦うこともできないよ!」
「できるって言ってるし、刀も出せるし玄也とも戦えるって言ってるでしょうが!」
「いたぁっ!?」
瀬奈は右手に顕現させたままだった刀の波紋の部分で俺の頭を殴る。
「じゃあなんで私が弥尋の身体で刀を出せるの? なんで妖怪であるカエデの姿を認識できてるの?」
「それは……」
俺は瀬奈の疑問に対する答えを出せない。
「この際だから言うけど、玄也を乗っ取った奴の目的はアンタなの! ついでに言うなら私はクッソ弱いアンタの身体に入ったせいで弱体化してるし、アンタを今までのように守れないの!」
「ぐっ……」
半ギレ状態で現状がどれだけ危険なのを説明する瀬奈に、俺は反抗の言葉を飲みこむ。
「今の状況をどうにかする方法は三つ!」
瀬奈は車椅子に座ったまま刀を支えに椅子から立ち上がり、俺の胸ぐらを掴む。
「一つ! 弥尋を誰にも見つからない場所に監禁して安全を確保しつつ玄也の動向を探る! その場合、今の生活を捨てて刑務所に入ると思って!」
瀬奈の右手に握られていた刀が、ふとした瞬間に光の粒子となって消滅する。
「二つ! 今の私よりも強い退魔師にアンタを預ける! ふざけんな弥尋を守るのは私の役目! どこの馬の骨とも知れない輩に譲る訳ないでしょうが!」
「完全な私情!?」
「それに弥尋の事について後ろめたい事情があるのに軽々しく他人に任せられないっての! 上にバレたらどうすんのさ!」
「俺に対する後ろめたい事情!?」
オイ今この男……じゃなくてこの女とんでもない事を口走ったぞ!?
「そして三つ! アンタが私の身体を使って強くなって、自衛の手段を身に着ける! 私もその間に弥尋の身体を使って強くなって、アンタを守る! これが私の中の最善、良い!? 分かった!?」
「わ、分かったから落ち着いて! 絵面が! 絵面がやばいから!」
「え?」
さて、ここで現在の絵面を説明しよう。俺は現在瀬奈であり、瀬奈は現在俺である。俺は布団の上で、瀬奈は両足を骨折しながらも、布団の上に乗り上げ、胸ぐらを掴んでいる。
一言で言おう。絵面が完全にDV一歩前のカップルである。いや、カップルではないが。
「ご、ごめん……言い過ぎた……」
頭にきて色々口走った事を後悔したのか、瀬奈は車椅子に戻る。
「と、とにかく弥尋には自衛の手段を身に着けてほしいの。気絶する前の私の身体はあの時、戦闘状態だったから全身を妖力で強化してた。だから今の弥尋は軽傷で済んでるけど、妖力で強化してない状態だった弥尋の身体は御覧の通り大怪我」
瀬奈はギプスをまかれた両足を動かして俺に見せる。
「だから弥尋には、妖力の扱いを身に着けてほしいの」
すると瀬奈は右手に先ほど刀を生成したのと似た青色のオーラを纏わせて近場に置いてあったリンゴを手にとる
「妖力の扱いが上達すれば身体能力の向上や特殊な術が使える。弥尋は短い間でこれを身に付けて」
「うえっ!?」
次の瞬間、瀬奈はリンゴを粉々に握りつぶす形で粉砕した。自分で言ってて情けないが、俺はそこまで力のある方ではない。リンゴを握り潰すなど以ての外だ。
「とりあえず、案その一とその二は却下ね。私の気持ち的に納得いかないから」
「ひゃっ!?」
瀬奈は俺の頭の上に優しく……まるで少女漫画に出てくる男のように、俺の頭の上にポンッと手を置く……そう、リンゴを軽々と握り潰したあの
「もちろん、三の案に賛同してくれるよね? ね?」
「うわぁ……」
果たして、これほどまでに胸キュンとは程遠い頭ポンがあっただろうか。少年は自分の私情で少女にリンゴを握りつぶせるくらいにはなれ、と言外に伝え、従わなかった場合はこのまま頭を潰すと言っているのである。カエデもその様子にドン引きしている。
これに対する俺が出せる答えなど、決まっている……
「分かりました……」
俺はそう、顔を引き攣らせながら答えるのだった。
「はぁ……面倒くさい……」
「しかし、お主にとっては意外とうれしい展開ではないかの? 女子と身体が入れ替わり、その身体と私物を我が物顔で好き放題……」
「どこの同人誌だよそれ……第一、瀬奈の身体事態に興味ないし」
「まさかお主そっち系という奴か!?」
「ざけんな」
近場でふよふよと空中で浮くカエデの発言に、俺は冷たく言い放つ。
俺の身体に入った瀬奈の脅迫から1日。俺は病院から退院し、自宅に向かっていた。俺は瀬奈曰く、入れ替わりが起こる前に身体を妖力で強化していたため、軽傷で済んでいた。よって、簡単な検査を受けただけで退院できたのだ。
ちなみに、服装は病院服から瀬奈が肝試しの時に着ていた服装を着ている。どうにもヒラヒラが落ち着かない。
「にしても、翌日退院できるとは思わなかった……」
「代わりにお主の身体に入った瀬奈は両足骨折してるからまだ入院じゃがな」
そう、瀬奈は俺の身体に入っているため、現在も入院中。担当の看護婦さんの話では退院まで最低でも2か月はかかるらしい。よって、俺は現在、瀬奈のために下着などの衣類、暇を潰すための道具を取りに自宅に向かっているのである。
「なんか、自分の下着とかを他人に渡すために帰ると思うとすげぇ複雑な気分……」
「だが逆にお主は瀬奈の下着を好きにできるんじゃぞ?」
「そんな趣味無いよ。だって瀬奈の下着も裸体も見慣れてるし」
「え゛」
俺の発言にカエデは空中で静止する。器用だな、綺麗に静止している。
「言っておいた私が言うのもなんじゃが、お主ら二人はどういう関係なんじゃ?」
「……幼馴染みだよ。祓い、祓われる関係のね」
「お主の悪霊体質か。随分と難儀しておるようじゃの。現にお主の右肩に一匹取り憑いとる」
「え!?」
慌てて右肩を見ると、気持ち悪いゾンビのようなボロボロの手が肩に憑いていた。よく見ると肘までは見えるが、それ以降は千切れていて存在しない。
「き、気持ち悪っ!?」
「~~~~~~っ!!」
俺の発言を理解したのか、ゾンビのような腕は俺の肩を握る手を強める。
「さ、触んな!」
力づくで腕を引きはがし、壁に向かって投げる。
「~~~~!」
「キモイキモイキモイキモイ!!!!」
ダメージを受けた様子を見せず、手首を動かす形で這い上がって来るゾンビの腕のような悪霊に全身の鳥肌が止まらない。
「ちょっと待っておれ」
手荷物を抱きしめながら悪霊にビビりまくる俺を見かねたのか、カエデは地面に降り立ち、ゾンビの腕の悪霊を両手で掴む。
「『竜巻』」
カエデが短く何かを呟いた瞬間、緑色の超小規模の竜巻がカエデの手の内で発生し、ゾンビの腕の悪霊を切り刻んだ。
「す、すげぇ……」
「ちなみに、瀬奈はもっとすごいぞ」
「そ、そうなの?」
「瀬奈ができることとしては、山をぶった斬ったり、海の上を生身で爆走したり、空を飛んだりじゃな」
「なるほどなるほど……今普通におかしいのが混じってなかった?」
陸海空すべてを制してるじゃん。それもう怪物じゃん。ホントにそんな事できるの?
「あ、その顔疑っとるじゃろ!」
「そりゃあ、まぁ……ねぇ? 第一、そんな身体能力があるんだったら玄也の身体を乗っ取った奴にも勝てるでしょ……」
単純に玄也の身体を乗っ取った奴が強かったんだと思ったんだけど、違うのかな?
「ちなみに、瀬奈は日本では大分強い方だぞ。それを踏まえたうえで説明すると、瀬奈の使う妖術は強すぎるのじゃ。周辺に被害を出すなんて当たり前だし、その実力に付いてこれる退魔師なんて数えるくらいしかいない。だからこそ誰かを庇いながらの戦いなんて、経験がなかったんじゃろ」
「……ごめんなさい」
「その言葉は瀬奈に言ってやれ」
単純にあの場に俺がいたから負けたのだろう。周辺を巻き込む妖術とやらを使った場合、間違いなく死んでいる自信がある。
「っと、着いたよ」
「…………普通じゃな」
「逆に何を期待してたんだよ。ただの一軒家だよ」
目の前に建っているのは普通の一軒家。黒い屋根に白い壁。一般的な一軒家である。まぁ、そこそこ広さはあると思うけど、
「ただいま~」
「…………? 誰もいないのか?」
俺が返ってきても家から返事が返ってくることはない。そのことに疑問を抱いたのか、カエデが聞いてくる。
「まぁ、父さんも母さんもいないからね。」
「じゃあ一人暮らしをしてるのか?」
「うん、そうだよ。といっても、瀬奈の家にいることの方が多いから、家は台所と風呂、寝室しか使わないけど」
カエデの質問に俺は知っている情報を開示する。
「とりあえず必要な物って何があるかな? 服と下着とお見舞いの品と本……いや、瀬奈は本読まないから、ゲームの方が喜ぶか」
俺は瀬奈に必要であるモノを言え中からかき集める。ぶっちゃけた話、自分の家よりも瀬奈の家にいることの方が多いから、こうやって改めて自分の家を漁るのは何処か新鮮な気持ちだ。「っと、こんなもんか」
一通り今の瀬奈……俺の肉体に必要であろう物資を揃え、ひと段落した時であった。
ピンポーン、ピンポーン
「おい、チャイムが鳴っとるぞ」
「うん。でも誰だろ……この家に来るのなんてだいたい配達員とか新聞の人ばっかりなのに。何か注文したっけ?」
基本、両親不在のため、この家を訪ねてくる人間はいない。いたとしても、俺がネットショッピングで注文したものを配達する人達くらいだ。しかし、ここ数週間で何かを頼んだ記憶はない。
「はーい、今出まーす」
俺はいったん荷物を放置して玄関へ向かう。
「……すみません、八雲弥尋さんのお宅で間違いないでしょうか?」
「あの……そうですけど……誰ですか?」
玄関の先にいたのは配達員でもなければ、見知った知り合いでもない、初めて出会う女性が立っていた。黒く、鮮やかな色をした長い髪に、花火祭りから数日が経過したというのにどういう訳か和服の着物。そして、今の俺……というより、瀬奈の身長よりもはるかに高い背丈が特徴の大和撫子という言葉が当てはまる女性である。
ちなみに追記しておくと、瀬奈(俺)の身長が145センチであるのに対し、この人は頭一つ高い。恐らく170センチはあるんじゃないだろうか。ちなみに本来の俺も一応、170センチはある。
「あぁ、すみません、申し遅れました。私、
なんというか……丁寧な物腰だからなのかもしれないが、表情が読めない人だった。
「あ、あの……弥尋は今入院してるので……よかったら私が用件を聞きましょうか?」
ぶっちゃけ、この人とは間違いなく面識がない。しかし、今現在起きている入れ替わり状態。もしもこの人が今の俺、もとい瀬奈の元に行った場合、瀬奈が何をしでかすか分からない。最悪の場合、ヤクザみたいにケンカを売るかもしれない。だからこそ、今ここで用件を聞いておきたい。
「いえ、本当に大した用事ではないので、大丈夫ですよ。ちなみに、彼は現在どこの病院に?」
「歩いてすぐの病院ですよ。なんだったら私も行くので、ご一緒しましょうか?」
「…………いえ、大丈夫ですのでお構いなく」
そういうと、吏狐は礼儀正しく一礼をして、その場を去っていった。
「誰だったんじゃ?」
「いや、知らない人」
「……浮気か?」
「まず浮気じゃないし、俺は誰とも付き合ってない」
いったいこの天狗はどこからそう言った言葉が出てくるのだろう。
「まぁ、とりあえず荷物もまとめたし、コンビニでも寄って行こうか」
「あ、わしコンビニスイーツが食べたいぞ!」
「一個だけならいいよ」
「イチゴの乗ったやつ!」
「はいはい」
「おぉ、瀬奈よりも気前がいいな!」
「そりゃどーも」
こうして、俺とカエデは荷物をまとめ、コンビニへと向かうのだった。
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