第5話 刑事との攻防
「はぁ……えっと……瀬奈……でいいんだよな?」
「せいかーい。やっぱり弥尋はそっちの身体に入ってたんだね」
弥尋は瀬奈の身体で、瀬奈は弥尋の身体で、お互いが向き直り現状の確認を始める。
「あ、一応聞くけどこのちんちくりんの天狗の姿は見えてるんだよね?」
「ちんちくりんとはなんじゃ! ちょっ、離せ瀬奈!」
「あ、うん」
瀬奈が天狗の少女……カエデの頭を片手で掴み、弥尋に確認をとるように目の前に突き出す。
「その……説明……お願いしても大丈夫?」
「まぁ、カエデ達が見えるようになった時点で話すべきだよねコレ……」
「おい瀬奈! わしの頭を離すのじゃ!」
「アンタは弥尋の病院食でも食ってなさい」
パっと手を離し、カエデはそそくさと逃げるように弥尋の隣に置いてある病院食の元へ駆け寄る。俺のなのに……
「まぁ、分かりやすく言うと私が悪い妖怪退治をする『退魔師』って仕事をしてて、カエデはそのお手伝い。弥尋と私はあの玄也の姿をした妖怪に襲われて、妖術を掛けられて中身が入れ替わった。今ここ。OK?」
「ざっくりしすぎだなオイ」
瀬奈の簡易的な説明についてツッコミを入れてしまう弥尋。
「まぁ、私の家がお化け退治の一族だってことは知ってるわよね?」
「うん、まぁ一応」
「私たち紙代の一族は『退魔師』っていう仕事をしてて、大体は古来から妖怪を退治するための何らか力を持って生まれるの。私としてはアンタを悪霊体質から守れるから良かったんだけどね」
「じゃあ、俺たちを襲ったアイツは……?」
弥尋は瀬奈の言う退魔師について、多少思うことはあったが軽く頷き、最も聞きたかったことを聞く。
「……正直、玄也がどうしてあんな風になってるのかは分からない。玄也は紛れもない一般人。私みたいに退魔の力を持っている訳でもないし、あのバカで救いようのない変態は、間違いなく玄也の素よ」
「うん……とりあえず酷評なのは分かった……」
「だから考えられる限り最も可能性の高いのは……外部からの乗っ取り」
「乗っ取り!?」
瀬奈の予想に弥尋は思わず素っ頓狂な声を上げる。
「ちょっとカエデ、アンタ心当たりないの? 玄也の身体を乗っ取った妖怪について。あの妖怪の妖力ならアンタの里の知識にありそうだけど……」
「……あるにはあるが……」
カエデは瀬奈の質問に対し、一度だけ箸を止めて
「ちょっと、なんで渋るんだよ……」
弥尋がカエデに対して文句を言おうとしたその時だった。
「失礼します」
コンコンコン、とノックが鳴ったかと思えば扉が開くと同時に低くて聞き覚えのない男の声がそれぞれの耳に届く。
扉の方を見ると、黒いコートを着た中年の男、その背後に灰色のスーツを纏った若い男の二人が立っていた。
「あ、病室に行ってもいないと思ったら八雲くん、こんな所にいたんだね」
灰色の長いスーツを着た少し若く見える男が、弥尋……というより、弥尋の姿をした瀬奈を見つけて呟く。
(おい、お前まさか病室抜け出して……)
(しょうがないじゃん、私にも事情ってもんがあるんだし。それより、こっからは話……というより、お互いになりきって話を進めるからぼろ出さないでよ。私が主導して話進めるから弥尋は必要最低限ね)
(了解)
「お主らそれで意思疎通ができるのか……」
カエデが何か言っていたが状況が状況なので無視し、お互いにアイコンタクトで意思疎通を図って作戦を立てる
「初めまして、八雲弥尋くんと紙代瀬奈ちゃんだね? 僕は警察署の刑事をやってる
灰色のスーツを着た男……桧山幸太郎が2人に優しく語り掛ける。その一方で後ろの黒いコートを着た男……美島壮介はその様子をじっと黙って見ていた。
「ど、どうも、や……紙代瀬奈です」
うっかり本名を喋りそうになった弥尋だが、ギリギリで留まる
「ふっ、我が名はやぐ……いだだだだっ!!??」
瀬奈が片手で顔を覆い、指の隙間から両眼を覗かせ、一人称を「俺」ではなく「我」に変えて自己紹介をしようとするが、瀬奈がポーズを構え始めた辺りで警戒心を高めた弥尋によって腹の肉を思いっきり抓られ、悲鳴を上げて自己紹介を中断する。
「八雲弥尋17歳! 現在高校2年生の童貞彼女募集中です!」
「お前いちいち余計なことを口走るなっ!」
「あ、あははは……」
「…………」
瀬奈の挨拶に弥尋は悲鳴を上げ、桧山は苦笑いを浮かべる。が、桧山は眉一つを動かさずにその様子を観察している。
「さて、さっそくで悪いけど……昨日の事件について詳しく聞かせてくれないかな?」
「昨日の事件……」
「うん。もう誰かから聞いたかもしれないけど昨晩、紙代神社の付近で男女の高校生たちが襲われる事件が起きた。被害者14名の内、12名は死亡。1人は軽傷で1人が足の骨を折る重傷って状態なんだけど……」
落ち着いた様子で桧山は昨晩の被害を説明する。
「といっても、俺達も知っていることなんてほとんどないっすよ。刑事さんならほかの生存者に聞いてるかもだけど、俺たちが肝試しで順番で森の中に入って、そこで俺は足を折って瀬奈は気絶。それだけっす」
瀬奈が主導して話を進める。弥尋は妖術云々以前にあの時あの場で、何が起こっていたのか瀬奈程理解しているわけではない。その事もあり、自然と弥尋は瀬奈に託す形で話させていた。
「なるほどなるほど……」
桧山がメモ帳に瀬奈の発言をスラスラとメモする
「ちなみに、肝試しに参加した生存者の内、一人だけ音信不通の行方不明者がいるんだけど……」
「……玄也……ですか?」
恐る恐る弥尋が確認をとる。
「うん……三倉玄也くん……彼だけが未だ連絡もつかず、行方不明なんだ。警察の方針としては、彼を重要参考人として捜索中なんだけれど、二人は何か知らないかな?」
「いやー、知らないっすね」
「お……私も知らないです……あれから何度か連絡したんですけど、やっぱり連絡が付かなくて……」
「……あの日の夜、怪しい人物はいなかったのか? 遺体はすべて大型の刃物で切られたかのように心臓をくりぬかれていた。周辺に怪しい刃物や荷物を持った不審者は?」
ここにきてようやく傍観に徹していた美島が口を開く。
「ちょっと美島さん、落ち着いてください」
食い気味に質問をする美島を窘めるように桧山が美島の声を遮る。
「う~ん……あ、怪しい人物と言えば、全身黒ずくめのいかにもって感じのやばい人には遭遇したっすね。声をかけたんですけど何も言わずに逃げちゃって。俺と瀬奈はいきなり不意打ちで攻撃されたので、真犯人かは誰か分からないですけど」
「…………」
美島は弥尋……もとい、弥尋の姿をした瀬奈を疑うように睨む。
「ちょっ、美島さん怖いですって。子供相手に怖すぎですよ」
ゴホン、と軽く咳ばらいをしてから桧山はそのまま瀬奈を中心に質問を始める。どうやら何も言わない弥尋を見て、大した情報は得られないと判断したらしい。もともとあまり口が達者ではない弥尋にとって、今の状況は実に好都合だった。
(それにしても、よくこんなにペラペラと嘘が出てくるな……)
半ば呆れたように内心ため息を吐く弥尋。
「…………」
その様子を、美島壮介はただじっと、黙って見つめているのだった……
「いやぁ、ほかの生徒よりもかなりの情報を得られましたね、美島さん。やっぱり今回の事件の唯一の被害者にして生存者に聞き込みをして正解でしたね」
一通りの質疑応答を終え、病室を後にした刑事2人。
「お前、あの2人……いや、八雲弥尋の供述をアテにできると思ってんのか?」
「そりゃあ、多少の誤差はあるでしょうけど、何もないよりかはマシでしょう?」
「違う、そうじゃない」
「え?」
美島の発言に、桧山は疑問を浮かべる
「さっきの質問で八雲弥尋はほとんど真実を喋っていない。呼吸、視線、言葉の抑揚。どれをとっても平常だった……いや、平常すぎだ」
「ん? それがなんで彼が真実を喋ってない事に繋がるんですか?」
「馬鹿が。同級生が大勢殺されて、その事に関して警察が二人来てみろ。普通はどこかしらに違和感があるはずだ。それなのに八雲は日常会話のように通常通りに会話をしていた。普通の高校生がこんな状況で平常通りに喋れると思うか?」
「それは……」
反論しようにも、美島の言葉にはどこか確信に近いものを感じ、もしも自分が同じ状況だったことを想像すると、絶対に平時を完璧に装う事など不可能だと思ったからだ。
「で、でもそれだけで……」
「それからもう一つ。他の学生に聞いてた八雲と紙代の印象が全く違う」
「美島さん、俺がいない間に何を聞いたんですか……」
自身の上司の周到さに言葉が続かない桧山。
「2人の友人から聞いた話だと、八雲はもともと口数が多い方ではなく、落ち着いた印象の男子、紙代は常に明るく天真爛漫な女子。それが俺の聞いたあの二人だ」
「な、なるほど……ん? それって変じゃないですか?」
「あぁ。さっきの二人、まるで中身が入れ替わったかのように印象と態度が真逆だ」
「そんな事……」
「もちろん、そんなファンタジーな事が起こっているとは思えない……それともう一つ、情報が信じられない根拠がある」
美島は懐からビニール袋に入った赤いスマホを取り出す。
「これは三倉玄也のスマホだ」
「はぁ!? ちょっ、美島さん勝手に持ち出したんですか!?」
「んなことはどうでもいい。それよりこれを見ろ」
美島はスマホの電源を押し、待ち受け画面を表示する。待ち受け画面にはおびただしい数の不在着信通知が表示されており、充電の残量はかなり少なくなっている。
「うわっ、結構な数の着信がありますね……」
「よく見ろ、ここに八雲と紙代の着信や連絡はあるか?」
「…………あれ、どこにもない?」
待ち受け画面に表示されている着信を見るが、どこにも2人着信履歴はない。
「これがもう一つの根拠。連絡をしたと、紙代瀬奈は嘘を吐いた」
スマホをもう一度仕舞い、美島はため息を吐く。
「なぜ2人は嘘を吐いた? 嘘を吐く必要はあったのか? ほかにも根拠はあるが、主な理由は以上の3つだ」
「な、なるほど……って、それじゃあ全然捜査が進まないじゃないですか! もう一度聞き込みを……!」
「待て」
慌てて病室に戻ろうとする桧山を美島が止める。
「どうせ無駄だ。それよりお前、『子供相手に』って言ってだだろ? アレ、八雲弥尋に関しては一応訂正しとけ」
「え?」
美島の言葉の真意をつかみきれず疑問の声を上げる。
「アレは子供なんかじゃない……」
美島はふと、二人のいた病室の扉に視線を向ける。
「多くの身近な人間が殺されて、法的圧力を持った人間が来たにもかかわらず平然と、それもあそこまで鮮やかに嘘を吐く」
桧山と会話をしていた様子の八雲弥尋の姿を思い出す。
「そんなことが出来たのは俺が今まであった中で、大量殺人鬼のサイコパスなんかの異常者だけだ」
「あ、あんな素直そうな子が……?」
先ほどまで話していた少年の異常性にようやく気が付いたのか、桧山は背筋に嫌な感触が伝うのを感じた。
「今回の花火祭り大量殺人事件……思ってた以上に面倒だぞ」
廊下で会話をしながら、刑事コンビ2人はその場を一旦立ち去る。
「あれ、なんだこれ……?」
「どうした?」
「いや……なんか病院内にカラスでも入ったのか、黒い羽が落ちてて……」
ふと、桧山が廊下に一枚の黒い羽が落ちていることに気が付く。
「そこらへんに捨てとけ」
「分かりました」
桧山の方を一瞥もせずに桧山は近場に設置されたゴミ箱に、落ちていた黒い羽を捨てる。
「ふぅ、人間相手の追跡は楽でいいな……普通に近づてもバレはしないしな」
それまでの一連の会話を、不可視の黒い翼を持った天狗の少女に聞かれているとは、刑事は知る故もないのだった。
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