第3話 闇夜の白蛇
「『準備終わったからさっさと来いやカップル共』……だから俺と瀬奈はカップルじゃないって……」
「もういっその事付き合う? そうすれば玄也は同じ文句は言えなくなるよ?」
「…………冗談でもそんなこと言うなよ」
「冗談じゃないけど?」
「え?」
「…………」
お互いの顔を見合わせ、そのまま固まってしまう。よく見ると瀬奈の顔は薄暗いこの場所からでも分かるほど顔が真っ赤になっている。その場の空気のせいか、俺も言葉に詰まり、顔が少しずつ熱くなっていくのを感じる。
どうすんだよこの空気……
「ま、まぁ! 玄也から合図が来たんだし、早くみんなに伝えて肝試しを始めよっか!」
瀬奈はまるで何かを誤魔化すように声を少し荒げて周囲のペアに玄也達の準備が完了したことを伝えに向かう
「…………」
「よかったじゃん弥尋くん、彼女さんとお幸せにね」
「だ、だから彼女じゃないって……」
俺と瀬奈の会話を聞いていたのか、近くにいた女子生徒が祝福をしてくる。
「弥尋ー! 私たちの番は5番目だって!」
「う、うん! 分かった!」
瀬奈の報告に返事をしつつ、俺は先ほどの瀬奈の発言がどういう意味を含んでいたのか理解しつつも、困惑してしまう。
結局、肝試しの順番が回って来るまでその事で頭がいっぱいだった。
「ほら弥尋、行くよ」
「う、うん……」
順番が回り、俺を迎えに来た瀬奈の声で、ようやく意識が思考の中から現実に戻る。俺は瀬奈に付いて行くように肝試しのスタート地点に向かう
「う~ん……おかしい……」
スタート地点に着いたところで、周辺に待機していた女子生徒が困惑の声を上げている。
「どうしたの?」
「いや、林の中に4グループ入ったけど、悲鳴の一つも聞こえないし、それにそろそろ1グループくらい戻ってきてもいいと思うんだけど、戻ってこないんだよ。どっか脱線でもしたのかな?」
「墓地に行くまでにそんな迷子になるような複雑な道はなかったと思うんだけど」
女子生徒の疑問に瀬奈が簡潔に答える。確かに、瀬奈の家であるこの紙代神社の周辺は森のようになってはいるが、人が迷子になるような複雑な地形ではない事は俺も良く知っている。
「まぁ、とりあえず私達で迷子になったグループがいないか、ついでに探してみるよ」
「うん、よろしくね瀬奈ちゃん」
肝試しと同時に人を探すことにもなった。
「行こっか、弥尋」
「うん」
こうして、俺たちは神社から離れ、私物の懐中電灯だけを頼りに神社の近場の墓地へと向かい始める。
「お、矢印の看板だ」
しばらく進んでいると、木の枝に掛けられた矢印の看板が目に入る。
「……玄也達がこんな仕掛けをして道を誘導してるんだったら、普通迷子にならないよね? …………瀬奈? さっきから黙ってどうしたの?」
「……………」
自分の考えを話し始めた辺りで、ふと瀬奈から返事がない事に気が付く。
隣を見るとそこには、懐中電灯で照らされた暗闇……その奥をいつもの明るい立ち振る舞いからは考えられないほど殺気立った瀬奈が虚空を睨みつけていた。
そのただ事ではない様子に、俺もそれ以上は言葉を続けることができなくなってしまう。
「…………っ! 走るよ弥尋!」
「え?」
何かに気づいた瀬奈は俺の強引に掴み、とんでもない速度で俺の返事を待たずに走り出す。
「ちょっ、瀬奈!?」
「喋んないで! 舌噛むよ!」
「うわっ!?」
瀬奈に引っ張られ、懐中電灯で先を照らす余裕すらない。だというのに、一寸先の暗闇でも瀬奈は何の障害物にもぶつかることなく走る。だが、それ以上に信じられないことがある。
(は、速すぎる!? 人の出せる速度じゃない……!)
瀬奈の出す速度は人が出せる速度の限界を明らかに超えていた。車と同等以上の速度で加速する瀬奈に驚愕してしまう。
知っていた。瀬奈が普通の人間には理解の及ばないナニカを会得しているのだと。だが、これはあまりにも予想を遥かに上回る異能だ。
「止まるよ」
「ちょっ!?」
何の前触れもなく瀬奈が止まり、俺は思わずコケそうになるが、瀬奈に支えられる形で未然に防がれる。
「…………手遅れだった……」
「せ、瀬奈?」
悔しそうな声を出す瀬奈に困惑しながら、俺は懐中電灯で瀬奈が向いているであろう方角を照らす。
「…………は?」
少し遅れて、ようやく間抜けな声を出す。
目の前にある光景に開いた口が塞がらない。
周囲に満ちる濃密なその錆びた鉄の匂いに吐き気すら込み上げてくる。
今直ぐにでもその場から地を這ってでも逃げ出せと、本能の警鐘が止まらない
「な、んだよ……これ……人!?」
俺たちの目の前には……周囲の木に飛散った生々しい鮮血。一部が拉げた木。そして……恐怖で顔を歪ませ、胸の部分がごっそりと抉られた見知った顔の少年少女の遺体が無造作に捨てられていた。
「伏せて弥尋っ!!」
「っ!?」
瀬奈の悲鳴に近いその声に、思考よりも先に本能が俺の身体を動かした。全速力で地面に倒れるように伏せる。その瞬間、顔のすぐ近くで何かがとてつもない勢いで通り過ぎたのを音で感じる。しかし、伏せた際の衝撃によって、懐中電灯が壊れてしまう。
「弥尋に寄るなっ!」
「ちっ」
瀬奈の怒声。それに紛れて小さな舌打ちが聞こえる。
「弥尋、絶対にそこから動かないで」
「わ、分かった!」
何が起こっているのか理解できない。だが、暗闇に紛れてこの惨状を引き起こした誰かが俺を殺そうとしたのだけはかろうじて理解できた。
「ハアッ!!」
瀬奈の勢いの良い掛け声と、硬い金属同士がぶつかった際に発生する火花が周囲に飛ぶ。
(火花!? 何が起きてんだよ……っ!)
恐怖と混乱。その二つの感情が弥尋を苦しめる。
ドンッ!! ドンッ!! ドンッ!
瀬奈と何者かによる戦闘。その戦闘にまるで待ったを掛けるかのように周囲が光り、遅れて花火の爆発音が響く。
あぁそうだ。そもそも今日は花火祭りの日だ。
打ち上げられた花火によって、弥尋達のいる場所が数秒の間だけ照らされる。
「げん、や……?」
花火によって照らされた目の前の光景。そこにのは、どこから取り出したのか分からい、実物としか思えないほどリアルな作りをした刀を持ち、綺麗な黒髪が青く変色し、いつの間にか青と白を基調とした巫女の装束を纏った瀬奈と、同じように刀を構えた玄也だった。
「ちっ、厄介なモノが打ち上げられたな……」
「おい……誰だテメェ!!」
俺は全力で玄也の姿をしたソイツに向かって怒鳴る。
「何を言ってる。お前の友人の三倉玄也だ」
玄也の声で、玄也の身体でソイツはしゃべりかけてくる。だが、本能が、思考が、心がアレは自分の知る人間ではないと警告をする。
「ふざけないで。貴方の目的は何? 食事にしては随分行儀が悪いわね。斬り殺される覚悟はある?」
「いやいや、粗野な育ちをしたものでね。食事のマナーについては疎いのだよ」
「あっそ。それなら私が躾けてあげよっか? 手始めにそのテーブルマナーのなってない両腕を切り落とそ?」
「おぉ怖い、今『退魔師』を敵に回すのは得策ではないし、このまま逃がしてくれないかな?」
「やだねっ!」
連続的に花火が打ち上がることでかろうじて周囲の様子と2人の掛け合いが確認できる。
だが、2人の戦う様子を視認することはできない。
(クソっ! 何が起こってんだよ! アイツは一体何なんだっ!)
周囲に再び、花火の爆発音に加えてお互いの持つ刀と刀がぶつかっているのが分かる。
「逃げんなっ!」
「これはこれは、随分とおっかない女だ」
「目的を言いなさい! その身体で何をするつもりなの!」
「いや、君と同じだよ。むしろ共同戦線を張っても良いんじゃないのかな?」
「ふざけんなキモイ!!」
攻撃的な瀬奈の声と玄也の声が響く。
「やれやれ、残念だよ……フッ!」
一瞬、玄也が俺に向けて何かを飛ばすのが見えた。
(や、やばいっ!)
「させないっ!」
俺が危険を感じた瞬間、だいぶ離れた位置にいるはずの瀬奈がいつの間にか俺の目の前に立っており、男の攻撃をガキンッ! と片手に握った刀で弾く。
しかし、一難去ってまた一難というべきなのか、突然強い衝撃を背中に感じる。
「なっ!?」
「ど、どうなってんだ!?」
今起きている現象だけでも信じられないのに、さらに立て続けに超常の現象は起こり続ける。
「なんで死体が動いてるんだよっ!」
「このっ!!」
心臓を抉られ、死んだはずの死体がいつのまにか動き出し、地面で伏せていた俺と、俺の目の前に立っていた瀬奈に勢いよく飛び掛かったのだ。
俺は夢でも見ているんじゃないのか。そう思えた方がまだ救いがあった。だが、周囲の血の匂いと2人の殺意と殺意ぶつかり合うその空気が現実だと無慈悲に告げていた。
(クソっ! どんな馬鹿力してんだこいつ等!)
「弥尋!」
俺に飛び掛かって来た心臓の無い遺体を払いのけようと
「その男を連れてきたのは失敗だったな」
声の方を見ると、俺と瀬奈に向けて手のひらを向けた玄也の姿が映る。
「『反魂の儀』」
「ぐっ!?」
「うっ!?」
男が呪文のような何かをつぶやいた瞬間、俺と、その近くにいる瀬奈に得体のしれない謎の圧力が掛かる。
「『肉体の枷から外れ、空の器へと成り替われ』」
男の周囲が、放課後やくじを引く時の瀬奈のように、陽炎のように揺れる。瀬奈の時と違う点があるとすればそれは、明らかにそれが瀬奈の時よりも強力な力が宿っており、その悪意が自分たちに向けられているという事だろう。
男の呪文が続けられるにつれ、意識は次第に薄れてゆき、自分の中の何かが剥がれるような感覚に襲われる。瀬奈も同じ苦痛を感じているのか、苦しそうに声を漏らしている。
「さて、こちらも余裕と時間がないのでさっさと終わらせて立ち去るとしよう……『魂よ、己が肉体と決別せよ、己が器へ宿りたまえ』」
男が最後の呪文の句の詠唱を終えた瞬間、俺は強い衝撃を感じるのと同時に完全に意識を失ってしまうのだった……
「さぁ、これで役者は揃った」
その場に立つ者は、男以外誰もいない。だからこそ、俺は知らなかった。
「八雲弥尋……簡単に死ぬことは許さんぞ」
これから始まる恐怖を。
「さぁ、手助けはしてやった。あの女から逃げ切って見せろ」
まだ見ぬ、絶望への一手が進んでいることを、俺たちは知らない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます