第2話 蠢く蛇
「肝試しじゃごるぁぁぁぁぁ!!!!」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」
夜空に轟く玄也の叫び声に対抗するかのように弥尋の叫び声が轟く。
「ったく……どうしてこうなったんだよ……」
「いやぁ、まさか玄也がここまで人を集めるなんてねー、さっすが非リアの闇を体現する男。その異名は伊達じゃないって訳ね」
「アイツそんな二つ名がついてたのか……」
弥尋達の目の前には、総勢20人(俺と瀬奈と玄也除く)の男女が集まっていた。花火祭りをより楽しむために玄也の肝試し参加したのだ。ちなみに、約20人の内、6組ほどカップルであるため、玄也はそこら辺の茂みでハンカチを噛みながら涙を流し、倒れかけているのを周辺の取り巻き達に支えられていた。最初の咆哮は開始の合図でもなく、ただの断末魔だったようだ。
「全く、
「と言いつつも嬉しそうだよね、瀬奈」
瀬奈は嬉しそうに顔をほころばせる。ちなみに、瀬奈が嬉しそうにしている理由として、服装がかなり張り切っている。茶色の服の上から亜麻色のワンピースをかわいらしく着こなし、髪を下ろしている。この服を着るときは、大体良い事や嬉しいことがあったときである。
「まぁ、せっかくのお祭りだし楽しまなきゃ損でしょ?」
「まぁ、そうだよね」
楽しそうな笑顔を浮かべた瀬奈を一瞥し、弥尋は茂みで悔しがっている玄也に近づき、声をかける。
「ほら玄也、誘ったやつらのほとんどがカップルだったからって落ち込んでないで早く何をするか言ってよ」
「うっぐ……うるせぇよぉ……俺の目論見がことごとく失敗に終わってんだよちくしょぉ……」
泣き喚く玄也を起こし、次の指示を出すように無理やり促す。
「そもそも肝試しの提案したのは玄也のグループでしょうが。ほら、どーせ番号とか書いてある割り箸とか持ってるでしょ?」
「うぅ……お前ら、こうなったらプラン変更だ……俺らがお化け役になって奴らを楽しむ間も無く恐怖のドン底に……」
「落とすなって……」
呪詛をまき散らしながらも玄也は懐から番号の振られた11本の割り箸を取り出す。
「とりあえずお前最初に引いとけ。AからFまでの番号が振ってあるから同じ番号の奴とペアだ」
「…………あれ、カップル組を除いて残ってるのが8人と俺、瀬奈、玄也の合計11人だから、この組み合わせだと一人余る?」
「あぁ、最後の番号のFを引いた奴は強制的にお化け役。
「随分と悪意がこもってるな……」
「引けぇ……弥尋F引けぇ……弥尋よ引けぇ……」
「こもってるのは悪意通り越して呪詛だね」
「嫌な解説しないでよ瀬奈……」
顔を引き攣らせながら俺は割り箸を一本だけ引く。そして結果は……
「何番だった?」
「……Eだね」
「ちっ」
「舌打ち!?」
玄也の情緒が不安定すぎる……玄也に対して恨みを買うようなことしたかな?
「あ、それじゃあ次は私が引くね!」
瀬奈が次の番を主張し、玄也の持つ割り箸に向けて手を伸ばす。
「あ」
瀬奈の手が一瞬だけ、放課後の時のように陽炎のように揺れた。しかし、そのことに気が付く頃には瀬奈は勢いよく割り箸を引いた後だった。
「……やった! 弥尋と同じ番号!」
瀬奈の引いた番号を見ると、俺と同じようにEと記されている。割り箸をもってぴょんぴょんとその場で飛び跳ね、嬉しそうに飛び回っている。
「またこの2人の組み合わせかよ畜生っ!」
「へっへーんっ! 私と弥尋は運命の赤い糸で
「ねぇ瀬奈、それデカい声で言ってて恥ずかしくない?」
「……ごめん、ちょっと言ってて恥ずかしくなった……匿って……」
後ろで結っていた長髪を自身の前に持ってくる形で顔を隠し、俺の後ろにそそくさと隠れる瀬奈。さすがに言ってて恥ずかしくなったらしい、
「弥尋! テメェ絶対覚えてろよ!」
「なぁ玄也、前々から思ってたけど、お前のその俺に対する敵愾心は何なんだよ……」
「おのれ貴様よくもぬけぬけとっ! 忘れたとは言わせないぞ積年の恨み!」
「玄也、口調がおかしくなってる。それと、積年って言いつつも俺らが会ったのは高校に入ってからだから、積年って言えるほど長くないぞ」
「うるさいっ! 毎日毎日こちとらお前と紙代のイチャイチャを見せつけられて胸やけ通り越して胸が溶けるわ!」
「つまりそれって……」
「ただの嫉妬じゃん」
「うるせぇぇぇぇぇぇぇぇぇ! テメェら絶対付き合ってるだろっ!」
「「だから付き合ってないってば」」
「そういう息の合ったところだよこの野郎おぉぉ!」
まるで捨て台詞を吐くように玄也は残りの割り箸をもって残りの学生たちの元に走っていった。
「……ところで瀬奈、くじを引く時何かした?」
「さぁ、どうでしょう~♪」
玄也が去っていったタイミングで聞いてみたが、案の定はぐらかされる。
正直、瀬奈が何をしたのか分からないし、理解もできない。瀬奈が何かの不思議な力を持っているのは昔から知っているし、それが瀬奈の家計に伝わるお化け退治の力なのかはよく分からないが、ただ言いたいことは一つ。
(瀬奈、絶対何かくじを引く時に何かしたよね?)
(知らないよ~♪)
目で訴えても同じように目ではぐらかされる。
まぁ、こちらとしても、余り関わりのない人と組むよりかは一番お互いを知った仲でもある瀬奈と組んだ方が安心できる。そのこともあり、それ以上言及するのは止めることにした。
「あああああ!!!! なんで俺がFなんだぁぁ!」
俺たちから少し離れた位置で、玄也の絶叫が耳に届く。どうやら言いだしっぺである玄也がFを引いたらしい。
「ちくしょぉ……なんで俺がお化け役に……」
「安心しろ玄也、俺たちも一緒にお化け役を手伝うぜ!」
「あぁ、俺たちで協力してカップル共を驚かすんだ!」
「お前だけ一人にはしない……」
「お前だけ行かせはしない!」
「お、お前らぁ……」
落ち込んでいる玄也の周囲に、特に玄也と仲の良い4人の男子が自然と集まり、一緒にお化け役を宣言して手を差し伸べる。その事に感動したのか、玄也は涙しながら男子たちの手を取る。どうやらあの男子4人、ペアを引いたのは良いものの、男子同士の組み合わせで一気にテンションが下がった組らしい。
ちなみにここに追記しておくと、残った4人は全員女子であり、普通に組んでる。
「よっしゃあ! お前ら! お化け役として、罠の設置に行くぞ!」
『押忍っ!』
もはや熱気すら放って目的地である墓地への雑木林へ突撃していった玄也達漢衆。
「ま、玄也達から合図が来るまで、ここで待ってよっか」
「そうだね」
玄也達なら仕掛けを終えるまでは大体10分もあれば十分だろう。俺たちは玄也からの連絡を待ちながら、適当に駄弁るのだった。
「おい玄也! こっちは仕掛けの設置終わったぞ!」
「分かった! そっちの仕掛けの方はどうなった?」
「こっちも準備完了だ!」
雑木林で仕掛けの準備を始めて十分弱。玄也達はほぼすべての仕掛けを終えていた。
玄也は男子たちに大まかな指示を出す形で少し離れた位置から全体的な仕掛けの様子を確認している。
「よし、それなら弥尋達にメールしておくか」
玄也はポケットからスマホを取り出し、メールアプリを起動する。
「『準備終わったからさっさと来いやカップル共』っと……」
カップルへの怨念を込めたメール文を打ち終わり、玄也がスマホをポケットにしまった瞬間だった。
「イテッ!?」
突然首筋に正体不明の激痛が走り、思わず声を漏らしてしまう。
「いってぇ、何かに噛まれたのか……?」
首を触ると生暖かく、ヌルヌルとした感触がする。どうやら少し血が出ているらしい。
「なにかいるのか……?」
首を抑えながらもう一度スマホを取り出し、懐中電灯の機能を起動して周囲の地面を照らす。
「うわっ……結構血が出てるじゃん……けほっ……」
試しに手に光を当てると、思っていた以上に血が出てる。激痛で顔を歪ませながらも周囲の探索を続けていると、不自然な物体を見つける。
「なんだこれ……白い……蛇……の抜け殻?」
地面に生えている雑草に紛れて巨大な白い蛇の抜け殻のような物が落ちていることに気が付く。
「うわっ、結構デカいな……げほっ……」
光を抜け殻に当てる。抜け殻は見たところかなり長く、全長が確認できない。
「うわぁ……こんなに長いとなんかキモイな……」
(失礼な男だな。仮にも私の元依り代だぞ)
「え? ……お゛え゛っ!?」
突然、玄也の頭の中に低い誰かの声が響いた瞬間、強烈な吐き気が彼を襲い、思わず口から大量の体液を吐き出してしまう。
「おえっ! げほっ! ごほっ!? な、なにが……?」
大量の体液を吐き出し、困惑する玄也。恐る恐るスマホのライトで吐いた場所を照らすとそこには白い蛇の抜け殻と、その白を汚すかのように周囲にまき散らされた大量の血液が広がっていた。
「な、何なんだよこれ……っ!?」
(騒がしい男だな。アレに接近する上で貴様の身体を使うだけだ。邪魔をするな)
「は、はぁ!? ちょっ、なんなんだよアンタ!」
周囲からは聞こえない。だが、確かに頭の中に響くその声に玄也は混乱を隠しきれず、恐怖心からその場を立ち去ろうとするが、どういう訳か身体に力が入らない。いや、それどころか身体が動かせない。玄也の身体はそのまま制御を失ったかのように地面に倒れる。
「あっ……がっ……なっ……!?」
ついには声すら満足に出せず、呻き声だけが彼の口から漏れる。
(な、何が起こって……身体が動かない……あ、あれ……感覚もなくなってる?)
怖い。何が起こっているのか。この声は何なのか。そんな疑問ばかりが浮かび、今直ぐにでもその場から全力疾走で逃げたくなるが、身体の権利が全て奪われたかのような感覚に、心が壊れそうになってしまう。
「あ、あー……ふぅ、やはり妖力を持たない人間の身体は掌握が楽でいい……妖力無しで乗っ取れるおかげで、奴の探知に引っ掛からずに済む」
(っ!?)
ついには声すら、自分ではない何者かに奪われる。倒れた身体を玄也の姿をしたソレはゆっくりと起こす。
「おい玄也! お前何してんだー?」
(や、やばい……こっちに来るな! これは俺じゃない!)
ふと、近場から男子生徒の声が聞こえる。どうやらいつまで経っても確認作業から戻らない玄也を心配したのか、男子生徒の一人が玄也……否、玄也の姿をした何者かに近づく。
「うおっ!? お前その血どうしたんだよ!? あ、もしかして血糊かなにか溢した?」
口元に大量の血液を付着させた姿を確認し、男子生徒が驚いた様子をみせるが、それが血糊だと思い、近づく。
「……エサは……4匹か……」
「え、エサ? お前なんか変なモノでも食っ……がっ!?」
玄也の姿をしたソレは、近づいていた男子生徒の首を勢いよく掴む。
「がっ……や、やめっ……ぐるじ……」
ゴキッ
わずか数秒もしないうちに、首の折れる生々しい音が聞こえ、首を掴まれた男子生徒は泡を吹いて絶命する。
(な、なんだよこの怪力……し、死んじまったのか……俺が……ころ……した?)
自分の意志ではないとはいえ、目の前に突然広がった絶望に玄也の心が徐々に壊れ始める。
「まぁ、そう悲観するな。ただの食事だ」
(ふ、ふざけんなっ! 俺の身体で何してんだよお前! 今直ぐソイツから手を放せ! 早くしないと死んじまう! 早く助けないと!)
「ふむ、おかしなことを言うな。こいつはもう死んでいる。もう助からないぞ」
まるで発狂したかのように叫ぼうとする玄也だが、やはりというべきか声を発することができない。
「まぁ、食事の度に騒がれても面倒だ」
玄也の姿をしたソレは男子生徒の身体を適当な場所に投げ捨て、短く言葉を発す。
(テメェ! 俺の友達に何してんだ! 俺の身体を返せ!)
「黙れ」
(ふざけんじゃ……あ……れ?)
何者かが黙れと言葉を発した瞬間、玄也の意識はそこで途切れる。
「おーい! そろそろ一組目が来るぞー!」
今度は少し離れた位置から別の男子生徒の声が聞こえる。
「さて、近づいてきている個体もいるようだし、さっさと残りの食事も済ませよう」
ソレはゆっくりと立ち上がり、声のした方角へと、朱く変色した瞳を光らせながら、食事をするべく歩み始めるのだった。
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