狂想怪異譚
熱菜 蒼介
第1章 白蛇と始まり
第1話 八雲と紙代
「
凛とした声と、きれいな鈴の音だけが静かな2人だけの神社の中に響く。
「
鈴の音は不自然なほど周囲に響き、壁に対して反響して少年の耳に二度届く。その澄んだ声と鈴の音はどこか重さを感じさせる少年の肩を軽くする。
「祓い給え、清め給えと、申す事の
神社の窓から漏れる風が自身とその背後に立つ少女をなでるように吹き付ける
「
それは、悪しき者たちを祓う古い呪文。神秘的な空気を纏った巫女の少女は
「はい、お祓い終わり。もう大丈夫よ」
聞き慣れた声をきっかけに、俺こと
「全く、どうしてこう日常的に悪霊に取り憑かれるのさ」
「う~ん……目に見えないものでどうこう言われても、俺にはどうしようもないんだけどねー……」
どこか呆れた様子の少女の声に、俺は苦笑いしてしまう。
「もういっその事
「んー、お化けは嫌いだから遠慮しとく」
俺の後ろから前に顔を出すように回り込んだその少女を一瞥し、お互いに軽口を叩く。そんな何気ないやり取りをしながら座禅を止めてその場から立ち上がる。
「ま、いつもありがとね、
背後を振り向き、お化け退治の一族の末裔……巫女である幼馴染みの少女……
「私が放っておいたらアンタ、1週間で悪霊に憑り殺されるだろうし、別に構わないわよ。幼馴染みに死なれるのも目覚めが悪いし」
少し照れたのか、瀬奈はほんのり頬を赤く染めながら視線を俺から外して明後日の方向をみる。
「ツンデレ」
「うるさいっ!」
「ふげっ!?」
面白半分に呟いたせいで、俺は後頭部を神楽鈴で殴られるのだった……って、冗談抜きで痛い! ちょっ、追撃しようとしないでってば!
「なぁ弥尋! お前今日が何の日かわかってるか?」
「……花火祭りでしょ? 瀬奈の家の
「何だよ知ってんのかよ」
つまらなそうな顔をする、制服を着崩した人によってはだらしなく見える服装をしたクラスの友人……
(昨日の夕方から今日の朝方までずっとグループメールで騒がれてたら嫌でも目に入るっての……)
内心で軽く愚痴を吐きながらも、俺は目の前の男子生徒の話に耳を傾ける
俺たちが住んでいる街では、年に一度だけ、夏祭りなどの縁日とは別に、花火祭りと呼ばれるちょっとしたお祭りが開催されるのだ。もちろん屋台なども出るし、普通の縁日と大した違いはない。強いて言うなら花火が打ち上がる時間が長いくらいだろう。
「花火祭りと言えば女子は浴衣! 屋台の美味い飯! そして…………肝試しだろ?」
「せめてそこに花火への期待も入れてやれよ」
いっそ清々しいまでの下心満載の笑みに俺は苦笑いを浮かべながらツッコミを入れて玄也の肩を優しく、哀れみを持って叩く。
「あのさ、お前彼女はおろか女友達だってまともにいないでしょーが」
「ぐっ……だ、だとしてもこれを機に女子にお近づきになれれば……っ!」
「ちなみに理不尽なことに男子が女子に近づきすぎるとフツーにセクハラだからね? 俺嫌だよ? 肝試しの次の日は玄也がお縄についてるなんて」
「なんで警察に捕まる前提なんだよ!」
「悲報、同級生の女子にセクハラをした容疑で警察が男子生徒を……」
「やめろ! 勝手に警察ルートを作るんじゃねぇ!」
「あー、それなら……女子にセクハラをしたと思われる男子生徒が昨晩、遺体となって
「俺の花火祭りは警察エンドか死亡エンドしかないのか!?」
全力講義をする玄也を尻目に、俺はふと教室を見渡す。よく見れば男子も女子も耳を澄ませば今日の花火大会のことで盛り上がっている。
なんならクラス内で付き合ってる一部のカップルなどは既にデートプランを立てているらしい。
「さて、弥尋も俺たちと同じように縁日を男だけで回るという世界の闇事情に巻き込まれるであろうことは分かっている。とりあえず、そこら辺の女子に片っ端から声をかけて肝試しの人員を確保するぞ」
一度深く一息吸い込むと、玄也は「分かってる、お前絶対
「あ、ごめん俺今日は瀬奈と回るから勝手にそっちで集めといて」
「……っ!?」
一瞬驚いたような顔をする玄也。しかし次の瞬間、驚きの顔から段々と憎しみの顔に歪み始め、涙目で俺の胸ぐらを掴む。
「テメェ裏切ったな!?」
「裏切ってないです」
「あの日一緒に誓ったじゃねぇかよ! 俺より先に彼女作ったりしないって!」
「誓ってないです。それに瀬奈は彼女じゃないです」
「お前のあの日の言葉は嘘だったのか!?」
「どの日だよ」
机をドン! と叩いてありもしない過去を捏造する玄也に苦笑しながらツッコミを入れる。
「む、昔から瀬奈との約束なんだよ……縁日とか花火とか、人の集まる時は一緒に居ようって」
「なんだテメェら付き合ってんのか! やっぱそうなのか! 幼馴染みが彼女とかどんなギャルゲだあ゛ぁ゛!?」
「付き合ってないってば! 全国の幼馴染みの彼女持ちに謝れっ!」
激昂した玄也が俺の胸ぐらを再び掴んで思いっきり揺さぶる。おえっ、朝に瀬奈の家で食べたトーストが……
「テメェ俺のことをなんだと思ってやがる! アレか? やたらと女子の情報に詳しい主人公の親友役かなんかだと思ってんのか!?」
「やたらと女子の情報に詳しい馬鹿野郎とは思ってる」
「正解だこの野郎!」
(だめだこいつ……もう手遅れだ……)
揺れに耐えながらそんな事を考えていると教室の外……だいぶ離れた位置の廊下からドタバタと騒がしく大きな音が近づいて来るのに気がつく
「あー、後ろに一歩下がった方がいいよ?」
「は? なんでそn……ぐへぇっ!?」
玄也がそれを言う前に突如横から飛来した黒い物体が顔の側面に凄まじい音を立てて直撃し、玄也が吹き飛ぶ。俺は玄也の顔に直撃した物体に向けて手を伸ばし、地面に落ちる前にキャッチする
「あっぶなぁ! もう少しで遅刻するところだった! よし、私セーフ! 私ナイス! 私偉い!」
明るく長めの茶髪を荒げながら、今朝方見た少女……紙代瀬奈が軽快なステップで教室に入って来るのが目に入る。よく見れば先ほど玄也にぶつかった物体は今時の女子らしく多くのアクセサリーやキーホルダーをあしらった通学用の鞄だった。
ちなみに、瀬奈が遅刻しかけた理由としてはなんでも、以前先輩から借りていたアニメのDVDをさっさと返せと言われたらしく、まだ未視聴のDVDを見てから行くという事で、俺とは別々の時間になっている。
「し、紙代! お前少しは俺の顔を労われよ!」
顔に触れながら地面から這い上がり、瀬奈に抗議の声を上げる玄也
「お? うーん……大丈夫! 顔面を窓に強打してより玄也の男らしさが増したよ!」
「え、マジで!?」
「な訳ねーだろばーか」
「あぁ!? 弥尋お前今なんて言った!?」
鬼のような形相で俺を睨む玄也。
「というかこっちに到着するの早かったね。タクシーでも使った?」
「え、ちょっ、スルーすんの?」
「あー……うん、そんなところ。おかげでアニメあんまり見れなかったけど」
「あ、やっぱし無視ですかそーですかい……」
玄也をの意見を完全に無視しつつ、お互いに簡単な談笑を続ける。そんな風にやりとりで時間をつぶしていると、学校のチャイムが鳴り、俺たちも会話を止めて各々の席に着く。
「それじゃあ、朝のショートホームルームを始めるぞ〜。日直、号令」
「起立、礼、さようなら〜」
「勝手に帰ろうとすんな三倉!」
「さーせーん」
日直の玄也のふざけた挨拶にクラスからクスクスと笑う声が聞こえるが、何はともあれ朝のスタートが切られ、授業が始まる
そして、放課後を迎え、さっそく教室内はお祭りムードに包まれる。そんな中俺はというと、授業の疲れからなのか他の外部的要因からなのか、肩が異様に重くなっていた。
「おっしゃあ! 弥尋、今すぐメンツ集めだ! 他の学年と他校の男子メンツは集め終えた! お前も来い!」
そんな中、授業の疲れなど感じさせない様子で玄也が俺の目の前に駆け寄ってくる
「だが断る」
「なん……だとっ!?」
秒で断られ、玄也が引き攣った顔をする。
「ざんね〜ん! 弥尋は私が先に予約してるからアンタは血肉滾る男祭りにでも参加してさい!」
「ぐ……このっ…… !」
背後から瀬奈がドヤ顔で現れ、俺と肩を組む形で玄也を挑発する。ちょ、瀬奈さん? 玄也がまた鬼の形相になってるってば。玄也をおちょくるのが好きなのは良いけど流石に人に見せられないような顔になってるってば。
「べ、別に羨ましくなんかねぇし! 俺だって本気を出せば彼女の1人や2人、3人だってできるし! 嘘じゃねぇし! ホントだし!」
「「いや2人以上はアウトでしょ」」
真顔でツッコミを入れる俺と瀬奈。
「良いもん! 俺たちは俺たちで血肉滾る男祭りを楽しむもん! 羨ましいだろ!」
「ごめん全然」
だって全然うれしそうじゃないし。目に涙が浮かんでるし。教室のド真ん中でバカみたいに大きい声出してるからクラス中から憐みの目で見られてるし。果たしてこの男に羨ましがる要素があるのだろうか? 否、断じてない。
「見てろよ! 今日の肝試しはクラスの連中全員巻き込んで恐怖のドン底に叩き起こしてやる!」
「玄也、それを言うなら叩き落すだ。起こしてどうする……」
謎の炎を燃え上がらせ、玄也はそのまま敗北した悪党のような捨て台詞を残して廊下へと向かって爆走して行ったのだった……
「いやぁ、ごめんね弥尋、ホントは玄也達みたいな男友達とかと一緒に花火大会に行きたかったでしょ?」
「いや全然」
「あ、そう?」
瀬奈は軽く一息をついて俺の目の前の席に座る。
「アンタのその悪霊体質がなければ、普通に生活できたんだろうけどね。」
「……気にしてないよ、別に。」
「…………」
ふと、瀬奈がなんの前触れもなく俺の顔に向けて手を伸ばす。
窓から差し掛かりつつある放課後の夕日に照らされた瀬奈の手が一瞬、
「悪霊退散っと」
「いてっ」
瀬奈が軽く俺の頭を叩いた瞬間、静電気のようなものが走ったかと思うと、ふいに肩が軽くなる。
「やっぱり、お祭りとかの人が集まる日は特に酷い」
「……もしかして、また憑いてた?」
瀬奈の一撃を食らった瞬間、肩から不自然な重さが消え、さらには瀬奈の手が一瞬ブレた。そうなれば、必然と彼女が何かをしたのだと気が付く。
「うん、そこら辺の野良猫級の悪霊が一匹、かじりついてたよ」
「そこら辺の野良猫級って何!?」
思わずツッコミを入れてしまい、あははと、瀬奈がおどけた様子で席から立ち上がる。
「ま、超絶カワイイ巫女の幼馴染みの私でよければ、一緒に花火を見てあげるよ」
「相変わらずスゲェ自画自賛だな」
「そりゃまぁ、事実ですから~♪」
「はいはい、そーだな」
呆れつつも、俺は席から立ち上がり、通学鞄を持って教室を後にするのだった……
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