第2話 初陣とは名ばかり

「ここよ」

「夜の学校……うへぇ、気味悪い……」


 俺がみしろ出会った後……俺たちはカエデに言われて夜の中学校に来ていた。


「言っとくけど、私の邪魔はしないでよ」

「けっ、誰がするか」


 みしろの言葉に、俺も悪態を吐く。


「「はぁ……なんでこんな奴と……あぁ!?」」


 見た目は少女。だが、俺たちの会話はとても同年代の少女とは思えない。


「ほら、さっさと行くわよ」

「分かってるよ」


 俺はみしろの背後に続き、夜の相乗効果も相まってより不気味になった校舎へと入るのだった。







~数刻前~


「「はぁ!? なんでコイツと一緒にお化け退治に行かなきゃいけないんだよ! ……真似すんな!!」」

「お主ら、実は仲良いじゃろ」


 カエデは二人揃って同じ文句を言う弥尋とみしろに呆れたような声を出す。


「そもそも、今回の依頼は簡単な任務。弥尋を守りながら成功させるくらい、訳ないじゃろ」

「そりゃあそうだけど……」

「じゃあ問題ないな」

「普通に嫌よ! いちいち素人を連れて任務に行ける訳ないでしょ!? 危ないのよ!?」


 みしろがカエデに抗議をする中、弥尋は居心地が悪そうにしながらも喋る。


「俺だって、出会って数分後には斬りかかって来る野蛮な女と一緒にいたくないね」

「何よ、文句ある?」

「まぁ、さっきのはみしろが悪いじゃろ」

「ぐっ」

「出会って間もない人間に斬られそうになって蹴られたら誰だってキレるぞ」

「そりゃ……まぁ、悪かったけど……」


 流石に言い返す言葉も無いのか、みしろは口を渋らせる。


「それとみしろ、弥尋の事で言っておくことがある」

「何よ」

「弥尋はあっちに言っとれ。乙女の密談じゃ」

「……分かった」


 カエデは手招きをしてみしろを呼ぶと、耳元でこっそりと話し始める。


「封印される前に瀬奈が連絡したはずだが、瀬奈と弥尋を入れ替えた者……そして九重吏狐とやらの目的は弥尋じゃ。瀬奈は封印で留まっているが、万が一にもこの情報が外部に漏れたら弥尋が封印……最悪殺されるぞ」

「…………ちょっ、それって!?」

「あぁ。最悪の場合、瀬奈の封印を解除する手立てもなく、両者ともに死ぬ。だから瀬奈は弥尋に自衛の手段を身に着けさせようとしたが、封印されてしまったからの。最悪……つまり瀬奈と弥尋両者の死亡に備えて稽古を付けさせる必要がある」

「そりゃあ……理由は分かったけど……」

「何が不満じゃ?」

「じゃあ、アレが自衛の手段を身に付けられると思う?」

「は?」


 みしろに言われてカエデが弥尋の方を見る


「うわっ、なんだこいつ!?」


 弥尋の方では、小型の虫のような悪霊が弥尋の周囲を飛び回っており、弥尋は持っている鉄パイプを振り回す。


「クソッ! 避けんじゃないっての! いだっ!?」


 乱暴に振り回している内に、地面に落ちていた石ころを踏み、盛大にコケて頭を強打する。あまりの痛さに頭を押さえてのたうち回っている。ハッキリ言って間抜けである。


「……戦闘中に口が悪くなるところは瀬奈に似てるわね」

「その……頑張ってくれ」

「……はぁ~~~~」


 深い、それはもう深いため息を吐くとみしろは、弥尋の近くを飛んでいた虫の悪霊に向けてナイフを投げる。


「グギャッ!?」

「うわっ!?」


 ナイフは虫の悪霊に深々と突き刺さり、一撃で絶命させる。みしろはそのまま歩き、痛みで苦しむ弥尋の近くに向かう。


「八雲弥尋。行くわよ」

「いたた……行くってどこに……?」

「この街の山にある中学校では、どういう訳か生徒教員共に体調不良者が増えている」

「……?」


 突然始まった説明に戸惑いを見せる弥尋。そんな事に構わず、みしろは淡々と語り続ける。


「さらには学校内で行方不明者が出る始末。一応、行方不明から数日後に警察が発見したけれど、意識不明で酷い人は廃人一歩手前の状態だった人が数名」

「え……?」

「また、その学校では深夜に学校にイタズラで忍び込んだ生徒2名が後日、遺体となって発見されるという事件が約十年前に起きている。死因は刃物による心臓の損傷。けれど、二人以外に校舎に立ち入った形跡はない。事件は結局、警察の手から離れてしまった」


 みしろは虫の悪霊に突き刺さったナイフを引き抜き、地面で転がっていた弥尋を見て、告げる。


「退魔師の仕事……見せてあげる」


 悪霊の血が付いたナイフをちらつかせながら、みしろは笑うのだった。

 ふと思ったことだが、瀬奈といいこの女といい、退魔師とやらは武器を相手に近づけないと交渉できないのだろうか……








「ねぇ、結局その事件の犯人って誰なの?」

「はぁ? そんなの私が知る訳ないじゃない」


 俺たちは現在、校舎に入り不気味なまでに静寂に満ちた廊下を歩いていた。


「退魔師の仕事は悪霊と妖怪の退治であって、犯人探しじゃない。生徒がなんで死んだのかは知らないけれど、今のこの学校に悪霊がいることは確かよ」

「そんなものなんだ……」

「そもそも古い学校なんかは陰湿な悪感情が溜まりやすい。新しい学校でも、イジメとかが流行はやってると当然悪感情が溜まる。そこには、悪霊が溜まりやすいのよ」

「へぇ~」


 なるほど、素行が悪い割には説明が丁寧だこの人……


「悪霊はそういった類の悪感情をエサに生きてる。強い悪霊ほど、多くの悪感情を喰らい、人の精神を狂わせる瘴気をまき散らすの。」

「厄介なもんだな……」


 素行の悪さとは別に説明が丁寧なおかげで、俺でも簡単に理解できる。


「……ねぇアンタ、さっきから私の事馬鹿にしてない?」

「とんでもない、バカにするわけないじゃないっすか~」

「してるわよねその口調!?」


 何やら抗議しているが、俺は忘れない。


「初対面でナイフを使って俺を斬り殺そうとするほど素行の悪い割には、説明が丁寧だなって思っただけだよ」

「ほぉ、ならもう一回やってあげようか? 今度は確実よ」

「さーせん、調子乗りました」


 悪霊について犬飼に教えてもらいながらも、俺たちは夜の学校を徘徊する。

当然ながら人の気配はなく、静まり返った校舎がとても不気味さを醸し出している。


「……なぁ犬飼」

「みしろでいいわよ。中身がどうであれ、その姿で犬飼って呼ばれると、なんかキモイわ」

「…………なぁみしろ、一つ聞いていい?」

「なに?」


 みしろは、パーカーとショートパンツの間から生えているを揺らしながら、不機嫌そうに応える。


「その……みしろって人間なの?」

「私の事を妖怪かなんかだって言いたいの?」

「いや……だってその尻尾とか耳……」


 どう見たって作り物ではない、本物だ。


「ん? あぁ、これね」


 みしろは何かに気が付いたような声を出すと、自分の頭部に生えたケモミミを触る。


「これは転生体てんしょうたいの力を過剰に引き出した代償だいしょうよ」

「代償?」

「あれ、カエデから何も聞いてないの?」


 少し呆れた様子を見せると、みしろはピクピクと耳を動かしながら説明をする。


「そもそも転生体てんしょうたいは、既にこの世にない存在。現世にない力を引き出そうとすれば、当然ノーリスクとはいかないの。私のは戦い過ぎて勝手に生えてきた」


 勝手に生えてくるものなのか……


「少し使うだけなら代償は酷くはならないし直ぐに治るけれど、過剰なまでに力を使えば戻れなくなるほどの深い代償が現れるの。私と瀬奈の仲間に、そのせいで肉体が変質して、普通の生活ができない人がいるし」


 説明をしながら、みしろは耳や尻尾を動かす。ちゃんと感覚もあるらしい。


「それって……戻るの?」

「しばらくしたら引っ込むわ。まぁ、それまで人前に出れないから戦った後は必ず休息をとってるし、外に出るときはパーカーを被ったりしてるの」

「え、でも今からお化け退治なんでしょ? それって大丈夫なの?」

「そうね、誰かさんが入れ替わったせいで、今日は私メインで戦うわ」


 随分と嫌みの籠った言い方だが、こればっかりは俺と瀬奈が悪い。


「ごめん……」

「謝らないで。その姿で謝られると気味が悪いから」

「ご、ごめ……」


 うっかりもう一度謝りそうになり、みしろに睨まれて言葉を飲み込む。


「分かった」


 俺たちが一通りの会話を終えたところで、今度は先頭を歩いているみしろが突然足を止める。


「そこの廊下を曲がったところ、悪霊が何体かいるわ。気色の悪い呻き声がちょっと聞こえる」


 みしろはそれだけ告げると、無言で二振りのナイフを手元に顕現させる。


「アンタはそこでおとなしくしてなさい」

「ちょっ!?」


 こちらが何かを言う前にみしろは身を低く屈め、とてつもない速度で加速し、悪霊の元へ向かう。当然、普通の人間が出せる速度ではなく、秒でみしろの姿は見えなくなってしまう。


「速すぎだろアイツ……っ!」


 俺も慌てて走って追いかける。

 みしろが姿を消した廊下の曲がり角へと向かい、俺はそのまま走りながらスピードを起こさずに曲がった。


「なっ!?」


 角を曲がって俺の視界に移った景色に、思わず絶句してしまう。


「フッ!」

「グガァッ!」


 俺の目の前では……みしろがナイフを持って、廊下と言う一面を埋めているようにしか思えない程の大量の触手が生え、あちこちに目玉の付いた異形の悪霊を相手に、目にも留まらないスピードで切り刻んでいたのだ。


「はあっ!」


 みしろの持っているのは二振りの顕現させた刃渡り30センチにも満たないナイフ。だが、刃には黄色の妖気を纏っており、まるで豆腐を着るかのように悪霊を切り裂き、たった数秒で多くの触手を切断し、目玉を切り裂いてく。

 天井や壁、床などを縦横無尽に動き回る獣のような動きはみしろの転生体てんしょうたい……狼を彷彿とさせた。


「グアアアアアッ!?」


 気色の悪い叫び声を上げながら斬られ続ける悪霊。触手を伸ばし、全身を包み込んで身を守るかのような動作を取り始める。


月牙繚乱げつがりょうらんっ!」


 しかし次の瞬間、みしろの持つナイフが黄色に輝いたかと思えば、無数の斬撃を生み出し、大きな悪霊を粉々に切り刻んだ。


「ふぅ……終わりよ」

「は、速い……」

「そもそもアンタ、今日はカエデに言われた通り見学でしょ? 余計なことしないでさっさとカエデの所に報告に行くわよ」

「り、了解……」


 こうして、俺たち……というより、みしろの単独戦闘により、無事中学校の悪霊退治を終えるのだった。


「というか、今回俺本当に何もしてないな……」

「カエデは初陣って言ってたけど、そんなの名ばかりのただのお荷物よ」

「ぐっ……ち、ちなみに瀬奈が戦ってたら……どうなってた?」

「そうね……」


 みしろは悪霊の死骸の方に目を向け、考え始める。


「今回の悪霊は図体だけで中身の伴ってない雑魚だったし、瀬奈なら一撃で払ってたんじゃないかしら?」

「アレを……一撃……」


 死骸をもう一度見る。今でこそ原型を留めず、バラバラになっているが、元はそれなりに大きいサイズだった。それを一撃となると……


「やっぱり凄いな、瀬奈は……」


 思わず、眠ったままの幼馴染みがどれだけ優れていたかを思い知る。


「ま、アンタじゃ絶対に瀬奈のようにはなれないし、せいぜい私たちの邪魔だけはしない事ね。正直、私がアンタに助けられる未来が浮かばないし」

「ぐっ……」


 言い返したい。が、当然反論の材料もなく、俺は黙る事しかできないのだった……











「いやぁ、流石にこの地区の退魔師は優秀ですね……」


 弥尋とみしろの様子……すなわち、中学校の様子を遠くから観察する人物がいた。


「八雲と紙代をって言ってたけど……本当に意味なんてあるんですか?」


 二人の様子を眺めていた人物が、背後に立つ者……弥尋と瀬奈を入れ替えた。玄也の姿をした何者かが笑みを浮かべて立っていた。


「まぁな。だが、花火祭りとやらの日に、目的の一つは達成している。だからこそ今は身を潜め、今の紙代が成長するのを待るべきなのさ」

「へぇ……今のあの子が強くなったって、大して使えなさそうですけどね」

「言ってやるな。奴が惨めだろう。それより、例の悪霊を解き放つ準備をしておけ」

「りょーかいです」

「解放の際、お前自身が贄となってもらうが、問題はないな?」

「えぇ、心得ておりますとも」


 気軽に、言うなれば日常会話をするかのように話を進める二人。


「さぁ、八雲弥尋。お前の活躍の場を与えてやる。存分に踊ってくれよ……」


 月明りさえない薄暗い闇の中。玄也は、心底愉快そうに笑うのだった。



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