第1話 ケモミミ少女



「ひっぐ、えっぐ……」

「な、何も泣くことないじゃろ……」


 カエデと共に矢避けの修行を始めてから数時間が経過した。空はすでに暗くなっており、弥尋はちょくちょく被弾しながらも決死の思いで修行を乗り切ったのだが……


「もうちょっと加減してくれてもいいじゃん……使った鉄パイプは粉々だし、家から持ってきたジャージもボロボロだし、体中痛いしでもう散々だよ……」

「わ、ワシが悪かったって……」


 地面でうずくまって泣き続ける弥尋にカエデが背中をさする形で慰める。

 弥尋の着ているジャージは所々破けており、まるで戦場から満身創痍で帰って来た兵士のような状態になっている。


「だ、だが思ったよりも被弾数が少なくて驚いたぞ! 弥尋、避ける方に才能あるぞ!」

「そうなんだ……」


 死んだ瞳でカエデの言葉を淡々と聞く弥尋に、カエデはやり過ぎたと内心後悔する。


「正直後200回くらい当たると思ったが、被弾数が一桁で驚いたんだぞ!」

「あんなの三桁も当たったら余裕で死ぬわ!」


 カエデの言葉にようやくまともな反応を見せる弥尋。


「てか、この惨状どうするのさ……瀬奈の封印が解けた時とか絶対驚かれるよ?」


 紙代神社の境内は、木がへし折れ、大岩が砕け、石や地面には小規模ながらクレーターが大量にできている。


「あー、それなら問題ない。修行の跡を修復してくれる知り合いを呼んだから、その内来るぞ。ついでに本格的な修行はそいつに頼めばいいじゃろ」

「へぇ、そんな事できる人がいるんだ……あれ、それじゃあ俺カエデと修行する意味ってあった?」

「ないな」


 その一言に弥尋は思わず絶句してしまう。


「そもそも人間と妖怪じゃ基本が違うんじゃ。人間はさっき説明した通り転生体てんしょうたいの力を引き出すが、わしら妖怪は元々持った力を使う。要は、妖怪が術を使うのは手を動かすのと同じこと。人間は手を動かし方をわざわざ学んで強くなってるということじゃ。だから、強くなるなら人間に教えてもらった方が良いぞ」

「……なんでカエデは俺に向けて矢を放ち続けたの?」

「……ちょっと師匠風を吹かせたかったんじゃ」

「この野郎!」


 弥尋はその場から飛び上がり、カエデに飛び掛かるがカエデは空中で身体を軽く捻るとそのまま上昇して上空に避難する。


「ふっざけんな! 降りてこい!」

「いやじゃ! 今降りたら絶対殴りかかって来るじゃろ! 女子おなごに殴り掛かるのは悪い事なんじゃぞ!」

「ジジイみたいな口調の癖に何言ってやがる!」

「なんじゃと!? というかお主信じられないくらい性格と口が狂暴になっておるぞ!?」

「知るか!」


 弥尋とカエデが言い合いを始めたその時だった。


「うわっ!? 境内がボロボロじゃん、何があったの!?」


 弥尋でもカエデの声でもない、誰かの声が神社に響き渡る。


「だ、誰……?」


 声のした方向には、今の俺……というより、瀬奈と同年代くらいのフードを被った少女が立っていた。薄っすらと赤い髪色をフードの隙間から覗かせ、動きやすそうな短パンに加え、白いパーカーとスニーカーを着こなす……所謂、スポーツ少女と表現できる少女が立っていた。


「ちょっと瀬奈! そんなダサい芋ジャージ来て何してるのさ。神社もこんなに滅茶苦茶にしてさ……栄地えいじ先輩バイトだからこれ、誰かに見られたら不味くない?」


 少し怒った様子でフードを被った少女は俺に詰め寄り、あれこれ言ってくる。


「あ、あの……どちら様で……」

「はぁ? アンタ何言ってんの? 今日は私と一緒に学校に行く約束だったじゃない。忘れた?」


 戸惑っている俺に怪しげな視線を向けながら、少女は俺の手を掴み、引っ張ろうとする。


「ちょっ、待って!」

「待ってじゃない、さっさと行くわよ!」


 恐らく瀬奈の友達なのだろうが、俺はこの少女の事を知らない。知らない人に付いて行くわけにもいかない。俺は必死に抵抗するが、少女も力を込めて俺の手を引っ張る。


「ちょっとカエデからも何か言いなさいよ!」

「っ!?」


 この人、妖怪のカエデが見えてる!?


「みしろよ、お主瀬奈から連絡がなかったか?」

「スマホこの前家と一緒に無くなったよ! だから支給待ち!」

「そういえばそうじゃったな。お主今ホームレスか」

「言い方ってもんを考えなさい!」


 ……話を聞く限り、この人は瀬奈から連絡を貰ったが、スマホを紛失して連絡が届かなかったのだろう。家がなくなったというのは本当に意味が分からないが。


「そやつは瀬奈の姿をして居るが、中身は別人だぞ」

「はぁ?」

「栄地から何も聞いとらんか?」

「あの人バイトばっかで最近顔も見てないわよ」

「彼奴め……あの一件以降よりたくましくなったな……」

「…………ま、なんにせよ事情も聴かずに連れ出そうとして悪かったわね瀬奈……じゃないのか」


 未だ俺に怪しげな目を向けながらも、少女は俺の手を離す。


「それで、アンタは誰なの? 瀬奈じゃないの?」

「えっと……その……俺、弥尋って言います。瀬奈の幼馴染みです」

「弥尋? ……あぁ、瀬奈がよく話してた悪霊に取り憑かれやすいっていうあの幼馴染み?」

「その幼馴染みです」

「それで、なんでその弥尋ってのが瀬奈になってるワケ?」

「それは……」


 俺は、自身が知っている限りの情報と、現在までの経緯を少女に話した。


「瀬奈が封印された!?」

「うん……」

「それってヤバくない?」

「マジヤバなのじゃ」


 フードの少女は目を見開いて驚く。


「どうするの? 私と瀬奈、今日は学校に行く約束をしてたんだけど……」

「あぁその事じゃが、瀬奈の代わりに弥尋を連れて行ったらどうじゃ?」

「はぁ? コイツを?」

「…………」


 ……当然っちゃ当然だけど、ひっどい反応だな


「まぁ……元々私一人で充分だし問題はないけど……邪魔にしかならなくない? 足手まといよ」

「あ、あの! さっきから俺の目の前で悪口言うのやめてもらえません?」


 確かに足手まといにはなるだろうが、それを直接目の前で言われると腹が立つ。


「事実でしょ。アンタに何ができるの?」

「まぁ、今の弥尋にできるのは避けるだけじゃな」

「ふ~ん……」


 フードの少女は一度俺の顔をジッと見つめる。

 何を考えているのか分からない……俺がそう思った次の瞬間だった。フードの少女から凄まじくを察知する。


「ふっ!」

「うわっ!?」


 嫌な予感がした次の瞬間、俺は慌ててフードの少女から距離を取ろうと身体の上体を後ろに反らしていた。そのおかげで、俺はフードの少女のを避けることが出来た。

 フードの少女は俺の顔目掛けて凄まじい勢いでいつの間にか握られていたを横に振っていたのだ。あと少し避けるのが遅れていたら間違いなく頭部を斬られていた。


「ぐえっ!?」


 しかし、ナイフを避けた次の瞬間にがら空きになった胴体に、蹴りを入れられてしまい、俺はそのまま一気に吹っ飛ばされる。

 攻撃の際に大きく動いた影響か、少女の被っていたフードが外れる。


「げほっ、げほっ……い、いきなり何すんだよ!」

「初撃を避けられたのは驚いたけど、追撃への対策がなってないわね。やっぱり足手まといじゃない」


 俺は咳込みながらも立ち上がる。


(あのナイフ……たぶん、前に瀬奈が見せてきた刀を出すのと同じだ。近づくのはナイフがの間合いに入って危険……クソっ、どうにかして一撃……を……っ!?)


 冷静に状況を分析し、どうにかして反撃の一手を与えようと少女の姿をもう一度みたその時だった。俺は少女の姿を見て、言葉を失ってしまう。


「な、なんだよそれ……」

「ん? あぁ、この前のお化け退治で無茶しちゃって、その影響だよ」


 少女の被っていたフードは、先ほどの攻撃で外れている。それにより、少女の顔の全貌が明らかになる。

 腰の辺りまで伸びた長く、薄っすらと赤い色をした髪。その髪と同じように赤みを帯びた瞳。そして……


「あんたは一体……」


 少女の頭には大きく、とても作り物とは思えない……どうみてもホンモノとしか思えないが生えていた。


「そいつの名は犬飼いぬかいみしろ」


 カエデが俺の背後に立ち、フードの少女……みしろについて説明する。


「瀬奈と同期の……狼男の転生者てんしょうしゃじゃ」


 みしろは驚いてその場から動かない俺に近づき、一言。


「八雲弥尋……アンタじゃ絶対、瀬奈の代わりにはなれない」





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