0008 加速×消失=神速
改竄魔術の範囲に選んだのは、アビスを中心とした一○メートル四方の範囲、その地面。
そよ風に靡く草花が白い光に覆われて、巨大な槍のような棘を備えた薔薇へと書き換わる。
【「草」→「ランスローズ」】
ランスローズは、通常の薔薇の茎にある棘が何倍ものサイズに肥大化したもので、花は元の大きさを保っていながらも、その下に生える槍のような棘はダンジョンによくあるような「針地獄エリア」を彷彿とさせるという危険な植物だ。
このランスローズが、元の草花の数だけ咲き誇り、アビスの周囲で巨大な棘の絨毯を広げていた。
「さて、どう出――」
「どうもしないわよ、卑怯な覗き魔術師野郎」
耳朶に、少女の鈴のような声音が響いた。
濃い薔薇の匂いに混じって、香水のいい香りが鼻腔に届く。
――少女の刃が、アビスのうなじに迫っていた。
「めちゃくちゃ速いっすね!」
「ありがとうそして死ね!」
烈風撒き散らす旋回と共に、振り返る魔も無く少女の回転斬りが死を運んでくる。
この窮地で、アビスは。
右手で目にも留まらぬ速さで回転させ、逆手に持ち直した魔装銃で――己を、撃ち抜いた。
万物の構造を書き変える光が少年を包み隠した時、黄金の刃は白亜の残滓を切っていた。
その影響で、幾本ものランスローズが織り成す槍の絨毯が、時間差で綺麗にみじん切りに。
幾多の薔薇の花弁が空を舞うのを尻目に、少女は己が持つ双剣の剣身に映る自分自身を見て、ポツリと呟いた。
「……消えた。私と、同じ系統の術式……?」
「――魔術、ではなく『術式』、ですか」
「っ!」
黄金の刃に、純白の灯りを纏って再臨した少年が映った。
赤い双眸を光らせて光のカーテンから姿を晒す様は、まるでアネモネの花びらから姿を降ろした妖精の様で。
「インチキ魔術ね!」
少女は勢いよく振り返り、グッ、と脚に力を入れて舞い、双剣の切っ先を煌めかせてアビスに突撃する。
再び、空中戦が始まる。
迫る少女に対し、アビスは二発の弾丸を撃ち込んだ。
しかし、少女は、左右の手が別々の生き物であるかのような動きで双剣を振るい、弾丸を斬り落としてしまった。
だが、その際、改竄魔術を孕んだ弾丸は双剣に「被弾」してもいる。
その証拠に、黄金の双剣は真っ白の波動に覆われ――、
「まじ、すか」
――双剣が「木の枝」に改竄される寸前に、双剣ごと少女が消えたのだ。
まるで、高速で氷が溶けていくかのように。これが「存在そのものの消失」である場合、対象を失ったということなので改竄魔術は適応されない。
このような対策を打たれたのは始めてかもしれない。そうした場違いな感慨に耽る一方で、アビスは寸前に目で捉えていた出来事を反芻する。
少女が消える前に、双剣の柄の部分にある小さな鎌の刃を四枚重ねで搭載した旋刃……それが、「回転」して風を巻き起こしていたのだ。
マナないし人工マナ物質である魔粒子を動力として送り、風を生む機械。その扇風機というありふれた機能を、彼女は攻撃のためではなく、純粋に「風を起こすという目的」で柄の旋刃にマナを送り、回した。
そこまで反芻し、分析したことによって、この〇・一秒以内の空白でアビスはある仮設を立てた。その答え合わせをすべく、アビスは戦略を組み立てる。
と、思い立った矢先、やはり少女はアビスの出鼻を全力で挫くために風と、碧色に荒れ狂う雷光と共に再臨した。
今度は真下から、縦回転で、さながら「魔動ノコギリ」の要領で。
「その汚いイチモツごとぶった斬ってやるんだから!」
「結構、根に持っていらっしゃる!」
男としての生命そのものに危機が迫っているともなれば、さしものアビスであっても普段の飄々とし
たテンションではいられない。
そう焦る一方で、少女が自在に空を舞っているという事実に、ある種の確信を得る。
しかし、ゆっくりと答え合わせに耽る暇は当然無く、アビスは己の股間に死の一撃を喰らわせようと迫る少女に対して、まず魔弾を連発するというアクションをとった。
パラァン、というマナが魔弾を装填する音と、空気を裂くような静かな銃声が続けて響く。
白い光も連なって生じ、そのどれもがやはり
【「双剣」→「木の枝」】だった。
――ただし、改竄の内容が手抜き一辺倒であることからも分かるように、アビスはここで「改竄魔術による双剣の無力化」に全力を注ぐつもりは無かった。
改竄魔術は、内容の変化の度合い――「※魔導指数」によってコストが変わる(※その魔術が起こす事象の実現の確立)。
故に、人をドラゴンに変えればそれなりのフィードバックが来る。
あくまで「囮」目的で改竄魔術を使いたい今の状況にとって、恐らく正規ルートだと手に入らないであろう魔装(?)であるあの双剣を木の枝に改竄することは、アビスにとって一〇〇メルトル走をジョギング程度の強度で走り切ることと大差ない。
予想通り、少女は再び柄の部分で旋刃を回し、風を吹かせると共に姿を消した。
(やはり、風を浴びると姿を消す仕組みになっている……)
速度は音速よりやや上。
この時点でアビスでさえも容易には目で追えないレベルであったが、それでも慣れれば対応できるも
のであった。
だが、この風を浴びて起きる「消失」が加わることにより、話はガラリと変わってくる。
認識を超えた速度と消失。
それを可能とする双剣――いや、アビス同様、あくまで保有術を「付与」しているだけだとすれば、「風を起こして対象を消す」ことを実現できれば、なにも武器は双剣だけでなくともいいわけだ。
さらに、宙を自在に舞うことが出来る術式――。
これらが相乗して、初めて「神速」という超常が出来上がる。
その、件の少女は。
アビスの斜め上より、黄金の刃を振り下ろした。
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