0005 アークエレファントを宿すメイド

 ――「アークエレファント」と言う名の魔獣の血を宿す魔術師の逸話が、かつての大戦時に世を席巻していた。


 王立魔導軍・魔導陸軍「亜人特別連隊」で数々の功績を挙げた魔導兵。


 その別称たる「クリーチャーズ」という名は、魔物をその身に宿し、「保有術」として使役するがゆえの、侮蔑の意を孕んだ名称。


 しかしながら、その魔導兵は自らに宿る「獄園の象」と畏怖されていたアークエレファントのことを軍どころか民間にも大々的に表明した。

 ……象、など。千差万別といる亜人の中でも、侮蔑に晒されるに十分な種族。あろうことか、それをとりわけ嫌がるだろう、女性の魔術師が牛偽りも無くおおっぴらに露わにしたのだ。


 その、目新しさというよりも、どちらかといえば異常性の方が強く映った表明のチャンネルは、王国内に限られて放映されていた。この時、国や軍の上層部はアークエレファントを宿す女性魔導兵を使役していることこそが醜聞を晒すなどと危惧していたが――その腐った固定観念は、他でもない、ガネシア・ホワイトリリー本人によって跡形も無く打ち壊された。


 ――恐怖の象徴であった魔物を武器として、敵軍の主力部隊を次々と薙ぎ払う怪物。


 真性の、破滅の使者。

 異名さながらの、マグマが走る黒基調の体表と、艦隊さえもミニチュアに見せてしまうような規格外の巨躯。


 妖しく紫紺に光る鋭角と怜悧な双眸から放たれる稲妻は、天地を容易く焦がし。


 咆哮一つとっても、冥府の神の名を語るに足る、まさしく力と勝利の象徴。


 そんな彼女の果敢な表明と華々しい実績があって、世の亜人に対する見方に革命が起きたと言っても過言では無く。


 ……まあ、そんな、色々な意味で行ける伝説となった彼女が、如何にして軍を辞め、自称スーパーメイドお姉さんとしてある一人の曰つきの少女に仕えることになったのかは、のちのち知ることになるだろうぜ――。


 と、過去に師匠たる飲んだくれで女好きで戦闘狂いの女が、どこか懐かしく愛おしむような眼差しで熱烈に語っていたのを一言一句欠かさず覚えていたアビスは、一キロメートルほど離れた高層ビルディングの屋上で、座標改竄(テレポート)明けのマナの残滓を煌めかせながら、目を眇めて仲間と敵のジャンボ級の戦いを見届けていた。


(一度壊した認識阻害の結界を大急ぎで張り直したとはいえ、『アークエレファント』の姿はとっくにスクープされているだろうなぁ。あのスカベンジャー・ドラゴンも『鍵』の一部として利用するために捕縛しておきたいから、今把握してあるメディア関係の人間と報道用魔動ドローン数十機……まとめて『記憶改竄』しておかないと)


 流行りのシネマのワンシーンのような巨大魔物同士のバトルを観覧する暇は無く、アビスは魔装銃に魔弾をリロードし、把握してある全ての「目撃者」に対する後始末――ある意味で口封じ――に向かうのだった。


◇◇◇


 ガネシア・ホワイトリリーは、超巨躯でマグマのような体表で覆われた象の姿でもって、「獄象術式」の行使を開始する。


『――「ラー・トリシューラ」、発動』


 太陽神を、我らが常世全ての法であり我々亜人を導く唯一神……といった具合に崇める「陽の巫女」として、一族が崇める主の再臨を志すという大層な目的が深層心理に刻まれたDNA。ガネシアはそれを良く思わないし、何なら面倒臭いとまで思っている。だが、せっかく授かったこの力、仕える愛しき主と仲間のために振るわずして何の意味がある。


『――第一の大輪、ひしめくは天より下された啓示が一節、「緑翠ノ孤光」』


 アークエレファントの長く太い、鋭利な紫紺の双角の先端。そこから発せられた緑色の雷光が、やがて一つの大きな球体として形を成す。


 しょっぱなから高威力の術式を放とうとしている脅威の超巨大な象に対し、スカベンジャー・ドラゴンもまた、既にショートしている思考回路を無理やりに突き動かして、保有術――「屍貪竜術式スカベント」を発動する。


 相手を効率よく喰うために、まずは相手を捕縛する。捕縛の段階で、確実に殺しておく。それを可能とする、瞬間的な超高濃度のショックバースト「アブソリュート・フリーズ」。


 確実に敵を仕留める術式。範囲内の生物はこれを受けると、呼吸することすらままならない。

 そして、その発動方法は、ドラゴン特有のブレスでもなければ爪や牙による斬撃でもなく──、


『──ギ、ギギア、アウ』


 極小の、たった一つの所作。そこで生じる振動を最大化させるのだ。呻き声のようなそれが、半秒も経たずに広大で強大な衝撃波となって、眼前のアークエレファントを襲う。

 互いが術式のチャージを終えた。

 だが、その刹那。


『万能メイド、舐めないことね』

『……っ!?』


 スカベンジャー・ドラゴンの黒紫色の体表に、斜め一直線の太い閃光が走った。

 斬撃痕。彼は瞬時にそうであると認識。依然、敵の頭上には射出を待ち構える翡翠色の球体。

 では、どうやって?


『象の大きく長い鼻は、時としてこういう使い道もあるのよ』


 未だ容姿不明なメイドが言う。


『鼻腔から獣式パルスを凝縮させたエネルギーをサーベルとして噴出する。居合のような即効性と、鞭のような強靭で強力なしなり具合』


 ガネシアが言った通り、長大な鼻の先から生じているサーベルが、スカベンジャー・ドラゴンの巨躯を形作る皮膚から骨までを、まるで釣針に引っ掛けられた魚の如く抉り取っていた。


 一拍、いや、二拍も遅れて衝撃波が波紋。


 緑色の血を吐きながら、ドラゴンはそれでも尚、食い下がるように鋭い眼光を超巨躯の象に向け――、


『改めまして、「ラー・トリシューラ」第一節、射出ファイア


 視界一面が、己が吐いた血よりも鮮やかな色に染まる。翡翠に侵された世界。遅れてやってくる、業火に身を焼かれるような感触。


 荒れ狂うその灼熱は、やがて胴体を貫いた。

 それと同時に、放出は止んだ。


『対象を貫き終えるまで止むことのない閃光……、案外、中々苦労させられると思っていたのだけれど、実際は腑抜けたものね』


 敵対者の酷評に、しかしスカベンジャー・ドラゴンは何も言えぬまま前のめりになって倒れ行き、ついにはその身が灰と塵と化し、生ぬるい風に吹かれて消えていく。


 敗者が勝者に宣う言葉はない。


 その点、弱肉強食の魔物界で生き残ってきた彼はよく知っていた。弁えていた。

 死に際の悲鳴さえも上げないまま、ドラゴンは主の命を成し遂げられなかったという悔いを噛み締めて、灰と塵、形無きものへ。


『……けれど、相手が別格だと最初から気付いていながら最後まで逃げずに抗ったことについては、賞賛するわ。せめて、あなたのご主人様は火葬で弔ってあげるよう、手配してあげる。極悪人であっても、彼にも親族は居ると思うから』


 ガネシア・ホワイトリリーはそう言い終えると、アークエレファントの形態を解いて高層ビルディングの屋上に静かに降り立った。


 風に靡く栗色のロングヘアは白黒基調のメイド服のフリルと共に舞い、アーモンド色の瞳が見据える群青色の空の向こうには、恐らくかつての戦友が棲む秘密基地。


「その前に、まずはあの女好き自称星乙女に会って、ミーティングをしなきゃね」


 跳躍と同時に豊かな胸が弾み、やや丈の短いスカート丈が太ももを妖しく晒す。とはいえ、上空、殆ど目撃者の居ない道中。そのメイド衣装の麗人は両手の指に嵌められた二つの指輪のうち、左手の指輪だけを外して、亜人としての力のみを部分的に解き放つ。


「見た目は乙女殺しだけど、性能はいいのよね、象の脚って」


 足裏で遠距離の物事も感知できるし、それを狙撃時の座標演算にも応用できるし……、と呟く頃には既に、彼女は太陽と重なって影を作り、目的地近くまで来ていた。


「情報操作の方はアビス君が何とかやってくれているわよね。それと、イーリャ様のほうも」


 明確、というまでではなくとも、それなりに信頼はしている。同期の女の愛弟子。そして帝国ご自慢の軍隊をたった一人で陥落させた超弩級の魔導兵。

 かつての自分と戦友、そして今の主たるお姫様と同じく。


 ――己の境遇、過去、全てに蝕まれてただ一つを憎悪する哀れな存在。


「一応、陽の巫女として、あなたの幸福を祈っておくわ」


 およそ崇拝とは程遠い、信仰と祝詞を軽んじるような口調で「後輩」を案じたガネシアは、「空間断絶」の成された結界へと入り、庭園へと降り立つや否や、星の形をした真っ白な巨大建築物へと入っていく。


 いざ、ティータイムへ。


◇◇◇


 そして、改竄使いの少年といえば……、


「さて、情報操作が一通り済んだことだし、お姫様が待つ『アールヴ城』へと向かうか」


 マーキンを始末した超高層ビルからやや離れた場所にあるラブホテルの屋上にて、アビスは己のこめかみに魔装銃の銃口を向け、


「座標改竄」


 射出――、転移。


 数度の瞬きののち、景色が変わる。


 広大な草原だった。


 事前にガネシアから伝えてもらっていた座標が間違いなければ、件の場所はここの筈。


 見れば、目の前には広大で壮麗な城だ。


 ……いや、その間に一瞬、なにやら見てはいけないものを見てしまった気がした。


「まさか」


 アビスはゆるゆると首を振り、今一度、目の前を見据える。


 濡れた金髪が裸体に張り付く美少女の姿が、そこにはあった。


 水浴びをしていたのだろう。


 何はともあれ、


「僕は変態認定されてしまうのだろうか?」



 ガーディアン認証試験が始まろうとしている――!

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