第3話 前編・二人
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幽霊には名前があった。
ありふれた名前、名前と言えるものなのかは微妙だが確かにあった。今はそれも覚えてはいない。
電車を降り駅をでると、幽霊は相変わらずの細い声で「着いた?」と。
「剣、さっきスマホに来てた子に会いに行こうと思ってね。心配させたし」
「そう。どうしてあんなところに来たの?」
「……分からない」
「そう」
駅の外には建物がいくつもあり、看板広告がいくつもある。その三割程度がAZ《エーゼット》という企業の看板。AZは犬神市から生まれたネット物流・配送の会社であったが、今は事業の拡大化が進み犬神市のあらゆる事業を行っている。特に近年熱いのは人工知能、AI、ロボットなどを駆使した事業。昔からこれらの分野には力を入れていたみたいだが、最近になって神力を応用した、それらを作ることに成功したと噂である。それどころか、神力を使わせることも可能になったという噂もある。
神力をロボットに使わせる。古くから考えられていたこと。
神力は一人に一つしか宿らない神の力。
ロボットを神力は人と認識するのだろうか。人の定義とは何なのだろか。
「シュウヤ、あとどれくらいで着く?」
「あと10分くらい。剣の家、僕の家と駅が一個違うんだ。剣は家もすごい近い訳でもないのに、小学校のときからいっつも電車に一緒に乗って帰ってるんだ。僕なんかと一緒にいなきゃ、あんなに可愛いんだから今頃彼氏くらいいたんだろうけどね」
「シュウヤ、一人で喋ってるみたい。喋らなくても私を思って話せば通じる……シュウヤ、剣の話、楽しそう」
(そっか、僕一人で話してるように見えるのか。これで聞こえる? えっと……)
「名前。名前覚えてない。シュウヤが……つける」
(僕? 僕がつけるの? たぶんセンスないよ)
「いい。シュウヤがつけて」
終夜の名付けセンスは悪い訳ではないが、凡人レベル。そしてこんな状況下で唐突な名付けとなると、
(幽霊だからレイとか)
「やだ、もっと考えて」
終夜は考えるもぱっとする名前は思い浮かばない。彼は人どころか、動物にも名付けたことはない。ゲームをするときは普通にシュウヤ。匿名アンケートはシュウ。小学生の頃、剣に誕生日でもらった頼んでもいない犬のぬいぐるみにすら名付けしたことはない。
(思いつかないよ。とりあえず思いつくまでユウかレイじゃ駄目?)
「……分かった。じゃあユウレイの最初と最後をとってユイでいい。でも近いうちに名前、決めて」
(分かった、約束するよユイ)
-1-
剣のいる家。道場の中では稽古をしている人がいる。それを見てユイは目をキラキラとさせている。
「シュウヤ、竹刀を見るとなんか懐かしい」
(ユイは生きてた頃に剣道してたのかな?)
「分からない。シュウヤは剣道しないの」
(僕は……)
二人は稽古を見ながら待っていると、道着を着た剣が来る。ここまで道着が似合っているのは男ですらなかなかいない。終夜は本当にかなわないと感じた。
「終夜! どうしたんだ? もしかして剣道でも習いに……」
「いや、ちょっと用事があって、帰り道だし会いに来たんだ。あと心配させてごめん」
「そうか」
終夜と剣の話そっちのけでユイは稽古を見ている。
じーと稽古を見ていたユイは、彼の肩をちょんちょんと人差し指で突き、「やってみたら」と。
(やらないよ。僕、剣には悪いけどあんまり興味ないんだよね)
「そう」
ユイは稽古の方を再び見る。無理に終夜にやれと言う訳ではなさそうだ。
(ユイ、そろそろ帰るよ)
「ツルギとはもういいの?」
(うん、一言かけたかっただけだし)
終夜は剣に別れを言って道場を過ぎ去った。
家に帰ると終夜はベッドに座りスマホでAZのサイトを開く。竹刀と彼は検索する。
(竹刀って結構高いなぁ)
終夜は剣道を習いたいわけではない。ユイが剣道に、竹刀に興味がありそうだからなんとなく調べてみただけ。それを見てユイは嬉しそうにこちらを彼を見つめている。このユウレイは本当にらしくないユウレイだなぁと彼は思った。
(買ってほしい?)
「うん。でも無理には言わない……買って欲しい、どうしても」
(無理に言ってるじゃん……てか、買ってもユイ使えないんじゃいの? 幽霊だから触れないでしょ)
「大丈夫。シュウヤに憑依すればいい」
(憑依ってそんなことできるの? それって僕の意識はどうなるの?)
「立場が一時的に逆になるだけ。大丈夫」
(勝手にしないでよ?)
「しない」
(憑依できるってことは誰かしたことあるの?)
「ない。なんとなくできると思っただけ、たぶんできる」
終夜が「たぶんって」と思うとユイは食い気味にできると返してきた。ちなみに犬神市ではユウレイは証明されていない。ただのオカルトと思われている。彼はオカルトなどを信じないが、目の前にいるものは信じるしかないというスタンスで生きている。彼にとって触れなく、自分以外に見えない彼女が何かか分からない以上、オカルトとして納得するしかないのだ。
(……買ってあげるよ。でも僕はやる気はないから一目のつかない場所でちょっと振るだけだよ? 体乗っ取られるのも気分よくないし)
「分かった……乗っ取るわけではない、借りるだけ」
話がつくと終夜は。AZの買い物リストに竹刀を入れて、購入の手続きをした。
-2-
ユイに会ってから翌日午後8時。
夕食を食べながら終夜とユイはテレビを見ている。
この日は終夜にとっては刺激的だった。ユイと学校に登校をして、授業を受け下校。途中で彼にちょっかいを出す彼らに、不満そうにしてはいたが終夜が気にするなというから彼女は我慢していた。その気になったら勝手に憑依して言い返すことくらいはできたが、彼女はしなかった。
終夜は料理ができない。野菜をいためたり、パスタを茹でる程度はできるがたいしたことができないので、常にコンビニ飯だ。
そんな終夜が今は豪華な手料理を食べている。憑依というのは便利なものだ。ユイに憑依させて作らせたのだ。体を貸すことに乗り気ではないが、おいしい料理が食べれるなら別。寮食堂に最近行っていなかった彼にとっては久しぶりの心を感じられるご飯だった。
(案外、体を貸すのも何ともないな)
「そう。ならまた貸して……これ振りたい」
(ここで振るのは危ないよ。狭いしさ、今度誰もいない広いとこ見つけるから)
「何で人に見られるのが、嫌なの?」
(剣にばれたら勧誘されるからだよ。僕は
「
(
「ごめん。話したくないなら話さなくてもいい。分かんないけどシュウヤ辛そうだから、話さなくてもいい」
(話すよ。でも今じゃなくてもいいかな)
「うん、私待ってる。シュウヤが昔のこと話してくれるまで。だから焦らないでいい」
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