第2話 幼馴染の女、そして幽霊。
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掃除が終わり学校を出ようとすると玄関で少女が立っている。
この黒いポニーテルの髪が綺麗で誰もが美しさ、溢れ出る凛々しさに目を奪われそうな少女の名前は千葉
「遅いぞ、
小走りをしながら少年、終夜は「掃除してて」と。
剣も今回だけではないので、掃除が長引く理由を知っている。元から終夜がいじめられているわけでもなく、夏休み後からそうなってしまったのを知っている。
剣の性格上、本来弱いものいじめは許せない。だが、状況が状況。終夜がいじめるられる状況も、終夜をいじめる心情も分からなくはないのだ。
そして終夜は……弱くはない。ここで出た言葉は遠回り。
「どうだ? 私の家で剣道の稽古でも見ていかないか? どうせならこの際、習ってみたらどうだ?」
剣は名前と見た目の通り剣道をしている。家が道場ということもある。
剣道と言っても犬神市の剣道、武道全般は能力を使わなければ基本何でもありだ。そもそもが犬神市の武道・武術は神力者に対抗するためのもの。外の世界とはルールも違えば型も違う。
「いや、いい僕は……何かごめん」
「そうか、終夜がそういうなら私はいいが……そうだ、私はそろそろお父様から神域の指導を受けようと思っていてな」
神域。武道・武術のみで完全に並み程度の神力を制圧できるほどの域までいくこと。簡単なことではない。武では神力を超えられないと考えられているこの世界では異端な話。
神域というとむしろ、神力の域を超えた神力。異常なまでに強力で、利便性の高い神力を指すことが多い。しかし彼女の指す神域は武の神域のこと。普通の人なら笑ってしまうか、頭がおかしい人扱いをしかねない話。
「剣、剣はなんでそこまで強くなろうとするんだ? 別に神力だってあるし、女の子だしさ。そこまで強くならなくてもいいだろ」
剣は少し沈黙をしてから、閉じた唇を開けたかと思えば、「まだ」と一言。
日差しが彼女を紅く染める。やはり残暑だ。
剣の「まだ」を最後に会話は終了。半ば無言のまま、彼らは帰宅した。
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家に帰ると終夜は一人だ。
犬神市では孤児の子供が学生寮で一人暮らしするのは珍しくない。ほとんどの虎児はある年齢を境に寮生活となる。寮には食堂もあり、一人で若くから生活するのは難しくはない。学生同士の仲も悪くはない。
寮の食堂など、この状況で行ける訳もないが。つまりはコンビニ飯である。
飯を食べて、スマホを触るとチャットアプリに剣からのメッセージがある。
「今日はごめん」と。
他には仲のいい寮の友人から数件。誹謗中傷などの文字はなく、終夜の心境を思った言葉や他愛もない話。
スマホをベッドに投げ、テレビをつけると放火事件のニュースをしている。
「また、これか」
落胆すると、ニュースは最後の事件現場を映している。俺が最後に巻き込まれた場所。どこにでもありそうなビル。その三階は小さなバッティングセンター。他はビリヤード、ダーツ等ができる場所。二階はチェーン店のファミレス、一階もチェーン店の牛丼屋。彼は当時ここで疲弊した心を紛らわせるために、バッティングセンターにいた。
ふと思う。もしかしたらここに何かあるんじゃないかと。犯人の手がかりがあるのではないかと。終夜は探偵でもないのでそこから犯人を見つけるなど夢物語だ。だが、人は疲弊したときこそ夢を見る。絶望しているときこそ希望を、夢を抱く生き物なのだ。底の底まで絶望しきっていなければという一文はあるが。
さて、行く場所は決まった。あとはこの飯か残暑のせいか重たい体を動かすのみ。
財布をポケットに入れ、投げたスマホを拾う。
乗り気なのか乗り気じゃないのか分からない心を動かし、玄関の扉を彼は開けた。
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軽く電車を乗り継ぎ、某地へ着く。
犬神市は電車は無料であり、市民に優しい。無料でなければわざわざここに来ることもきっとなかっただろう。途中、電車の中でまた事件が起こるのではないかと彼は思ったが、そんなことはなかった。
誰もいない通路の前でビルを見る。それにしても誰もいない。こんなこと思い出したくないからだろうか。
ビルの残骸がまだ、片付けられていない。ここまで粉々に燃やせるのは流石に神力ということだろう。
「僕の炎はここまで強くはない」
そう誰かに言い聞かせるように呟くと、彼は周りを再び見渡す。このビルだけが燃えていて、隣の建物は燃えていない。
完全に範囲指定型の炎系能力に違いない。
そう考えると彼の神力と似ていいる。彼の神力も範囲指定型の炎能力。範囲も威力も比べられないほど小さいが似ている。
範囲は竹刀一本分くらい、威力はそこそこあるがコンクリートを崩壊、溶かすほどの熱量ではない。
もしかしたら未来の僕なのかもなと考えるとふっと疲れた笑みが彼からでる。
神力は成長する。極度のストレス、環境、精神状況、身体の成長、さまざまな要因で成長・進化する。能力の方向性が変わることはないが、成長・進化はするのだ。
今の彼は、極度のストレス状態、最悪の環境・精神状態、身体は特に成長していないが、これだけあれば神力も強くなっているかもしれない。
「バカみたいだ、僕にできるわけない。これじゃバカだ」
彼はこの巨大な神力を自分の力と比べて、虚しさがでた。ここまで自分は大きくないと。もっとちっぽけでくだらない存在に自分を感じたのだ。
帰ろうと後ろを向くと人だ。
女の人。髪は黒く、剣のポニーテールを下ろして伸ばした感じ。そして謎のメイド服。20代前半、中半くらいだろう。
「……」
彼はなんとなく分かった。この女が人、生者でないことを。もしかしたら、ここで燃え死んだ人かも知れない。そう思うと彼は泣いていた。
「大丈夫? 私、霊。泣かないで」
半無機質さを感じる声で彼女が。
幽霊に心遣いされていることに、霊という挨拶に、涙が止まる。
「名前は?」
「
幽霊は半無機質にマイペースに
「覚えてない」
「名前は?」
「えっ……と、ぜ……んぜん思いだせ……ない」
「そっか」
話すことがない。物静かで落ち着いた霊とも静かな時間。
ちょっとすると霊が「スマホ」と。
終夜はピカピカ光っているスマホを出して、通知があることを確認する。電話とチャットアプリの通知。メッセージを見ようと彼がすると幽霊がぬッとスマホ見るために近づく。
メッセージには「私は終夜の味方だから」と。剣からのメッセージだ。
「彼女?」
「いや、幼馴染だよ。学校一緒なんだ」
「そう、羨ましい。友達」
「友達いないの……って、記憶がまずないのか」
「ない。記憶も友達もレイ。レイだけに。」
終夜は笑った。彼は人生でこんなつまらないダジャレで笑ったことは一度もない。だが、これはまた別。暖かい幽霊の寒いダジャレ。
「僕がなろうか……友達に」
「ついていっていいの?」
「僕、男子学生寮だよ? それは無理だよ」
「どうせ他の人は見えないから大丈夫」
「そっかなら来る?きっと来る?」
「何それ、古い。でも行く、一緒に行く」
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