第2話 有体に書くということ
今回は少し難しい話になります。
物事を有体に描く。これは、全ての物書きにとって永遠の課題かもしれませんね。
起こった事を見たままに、正確に描写する。個人的な観念など、余計な物はさし挿まない。
有体に書くとは、つまりそれだけの事です。
で、小説で有体に書くとは、「無駄な物をそぎ落とす」事をいいます。
例えば、物書きは、一度書き始めると言いたい事が溢れて溢れて、収拾がつかなくなってしまうことがあります。
僕にも覚えがあります。だから、無駄を切り捨てる辛さも理解しています。
では、無駄とは何でしょうか?
それは、読者や物語にとって必要のないことを指します。もっと簡単にいえば「ストーリーとは関係がない要素」です。
〝観念、説明、ストーリーと関係がない無駄な描写や会話〟などが、これにあたります。
例えば、作者が主人公に自分を投影している場合、主人公に様々な事柄を代弁してほしくなります。
ですが、それは往々にして、物語の本筋とは関係がなかったりもします。
今回も実例を上げましょう。
まず、仮に、肉体労働に勤しむフリーターが主人公の話をしましょう。
設定上、彼は物書きを目指しています。彼は仕事を終え、部屋に帰宅します。そんな彼が外出するまでの出来事です⬇️
自宅の部屋で一人ぼんやりしていると、鬱々とつまらない事ばかり考える。
日本は資源の乏しい国だから、人が何かをして何かを変え、国を動かさなければならない。
当てになる資源は人間の技術と才能だけだ。それなのに、日本には人を育てる仕組みが不足している。もちろん、大学や専門学校のような機関は少なくはないが、そういった場所に通える金銭的余裕を持った人間だけが才能のある人間とはいえない。
国益を左右する問題に直結しているから、人を育て、活かす事にもっと必死になるべきなのに、多くの人間が無駄に才能を持て余したまま、日々の生活に追われ続け、擦り切れて行く。
これは、明らかに国家戦略に失敗している。学の無いフリーターでもそんなことは解るのだから、世の多くの国民がその事に気が付いていて、とっくに世の中が変わってもおかしくはない筈なのだか、どういうわけだか日本は何十年も相変わらずの様相を呈している。
そして、これが民衆の力で世の中を良くしていける筈の民主主義国であるという。だが、俺がそんな事を考えていても仕方がないのだ。馬鹿で、ろくに努力もしないで不満ばかり言う夢見がちなフリーターなのだから。
ご覧の通り、疲れきった馬鹿が部屋に篭っているのはあまり宜しくない。精神衛生上良い訳が無い。そこで、世の多くの人は気晴らしをせずにはいられなくなる。
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読むに堪えない内容ですね。では、これを物語に必要な要件だけを残して書き換えると、以下のようになります⬇️
帰宅したのは夜だった。
俺は、シャワーを浴びると夕食も食べず、ノートパソコンを開いた。詩人君に触発されて、数か月ぶりに作品を書こうと思ったのだ。
書いた文章は、日々、こき使われることへの不満ともいえる内容だった。解ってる。これで良い筈がない。だが、書き直す気分にもなれなかった。
過去、俺は映像系の専門学校に通った。
そこで、とあるシナリオライターから物の書き方を教わった。その経験に照らせば、この夜、俺が書いたものは駄作に他ならない。
読み手は、俺の不幸や思想に興味はない。だから不満など述べず、もっと客観的に、無駄のない切り口で作品を書くべきだ。だが、どうにもそれを実行できない。
俺自身が俺の苦痛から眼を逸らし、これまでの孤独や悲しみを切り捨ててしまったら、それは俺自身を裏切る行為ではないだろうか?
そんな葛藤が、迷いとして文章に表れていた。俺はまだまだ弱い。人としても、物書きとしても。
天井を見上げて溜息を零す。
疲れきった馬鹿が部屋に篭っているのは宜しくない。精神衛生上良い訳がない。そこで、世の多くの人は気晴らしをせずにはいられなくなる。
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不要な要素を切り捨てて書き替えると、このようになります。最初の文章は、主人公の思想や思考が脳内で展開されているだけの文面となっていますね。
それに対し、書き換えた方の文章からは、主人公の立場、行動、置かれている環境、過去、触発し合う相手がいること、彼の物書きとしての葛藤やレベルに触れています。
つまり、主人公(作者)の思想や観念が、丸々そぎ落とされているのです。物語の進行上、必要な情報に書き変わっているのです。
とはいえ、書き直した文章もまた、僕的には酷い文だと思えます。一文一意が身についていなかった頃に書いた物ですし、まだまだ無駄が多いです。
因みに、この文章は小濱作品からの抜粋ではあるのですが……事情があって、その作品はまだカクヨムには上げていません。切り札なので。読みたいと思った人はすみません。
無駄な描写や観念で文字数を稼げば、何かを描いた気にはなります。ですが、それは読者にとって重要ではありません。一言でいうと〝くどい何か〟です。
まずは、ちゃんとストーリーを展開させましょう。それは人によっては、とても辛い作業です。情熱溢れる作家さんほど、切り捨てる辛さと向き合うことになるでしょう。
この点に関しては、天さんはまだ、切り捨てる葛藤をする段階に到達していないと思われます。
書けるようになればなる程、切り捨てる戦いをする事になると思います。それは物書きであればほぼ全員が通る道なので、覚悟はしておいてください。
「有り体に書く」とは、上記のような観念を排除して、ストーリーとは関係のない描写、セリフ、説明を排除した絵的な表現をいいます。
わかりにくいかもしれないけど重要なので、ご理解いただけたらと思います。
ここからは有り体な描写についてです。
例えば、一人称視点は、カメラの位置は主人公の眼です。主人公になりきって、主人公から見える映像だけを、忠実に切り取って下さい。厳しく厳密に行ってください。それを魅せる描写に高めて出力する物が小説です。魅せる描写や引き込む為の演出については中級以上になるのでここでは割愛しますが、リクエストがあれば書くかもしれません。
一度、アクション、セリフ、体感(五感)、情景描写。それらの組み合わせだけで物語を書いてみることをお勧めします。
心理描写とか、観念的な要素を排除した作品を書いてみろということです。それこそ、徹底して排除してみてください。
「絵」で語る作品であり、しかも面白い。まずはそこを目指してください。
では、ここで、究極に無駄のない有体な作品とは何か? について話しましょう。
それは実在します。
究極的に無駄がなく、徹底的に有体な文章。それは「シナリオ」です。
これは、僕が映像系専門学校のシナリオ科で学んだ書き手だからいえる事なのですが、シナリオという文章表現には、一切の無駄がありません。
無駄が許されない構造となっているのです。
次回は、シナリオ文体について掘り下げようと思います。
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