第九話 乙女の胸には…
「ジェーニャ嬢、この報酬は本当なのかい?」
カルラが驚きの声をあげる。
「
そんなカルラに、サラリと答えるジェーニャ。
「随分と椀飯振舞だね。
「ええ、私が服用目的以外で使用する事は御座いませんのでご安心なさって下さい、と言いたいところですが、一つ条件を追加致します」
ジェーニャとカルラの二人の問答に、マリアの目が“私も欲しい”と訴えているのが伺えたが、ジェーニャは“同志”をないがしろにする訳もなく続けて一部の変更を口にする。
「私以外にも服用を許可して頂きたい女性が一人おりますの」
そう告げると、真っ直ぐにマリアへ視線を送り“同志、貴女と私で宿願を達成するのよ”と優しい眼差しとマリアの“願い”にコクリと頷く。
「ジェーニャ嬢以外にもう一人・・・・・・ああ、何となく分かっちまったよ。ここまでの報酬だ、それはジェーニャ嬢の判断に任せるよ」
「有難く、存じますわ。もう一人の方は私の“同志”ですから、カルラさんの承諾を得られてホッと致しました」
「同志ねぇ・・・・・・まぁ、いいさ。只、一つ言っておくけど、YBNBの効果が確実に出る保証は出来ないよ? それは、お前さんが一番解るはずさ」
含みを持たせたカルラの物言いにジェーニャは“その点は理解しています”とばかりに首肯する。
薬の効果に“絶対は無い”個人個人で体質が違うのは“常識”で、
だが、ジェーニャの場合は“体質の差”でYBNBの作用外の身体かも知れないとカルラは言っているのである。
レポートに提出された結果から鑑みれば万人に効果が現れると言っている様なモノなのだが、ジェーニャが“迷い人”であるからして、そこにレポートに書かれている変化の補償は出来ないのは先に述べた通り。
カルラはマリアをチラリと見て、ジェーニャに“解っているのなら問題はないさ”と返事をし、内心“マリアには効果が出るのは間違いないけどね”と思いつつ、もしかしたら結果次第で天国と地獄・・・・・・天使と悪魔の形相した極端な表情の二人を想像してしまい苦笑い、最後に一言付け加える。
「材料集めが大変だが必要な量が揃えられるなら、この依頼前向きに考えてよう」
“なにせ、報酬が報酬だ”だと笑みを浮かべ、ジェーニャに右手を差し出した。
「快諾して頂き、感謝いたします。材料の件はギルドに“指名依頼”は無理そうですから、そこはカルラさんに一任しても宜しくて?」
「ああ、そこは、ここにいる二人の冒険者に頼むつもりでいるよ。なぁ、イデア、マリア、あんた達二人でも充分熟せるだろう?」
「マリアと二人でなら。多分、大丈夫かな」
「大船に乗ったつもりでいてよ、私は何としてでも集めてみせるから」
「それなら、私もご一緒させて頂きますわ。座して持つは苦手でして」
おほほ、と笑うジェーニャとマリアの瞳はメラメラと燃えている様だったと、後日メリッサが言っていた。
因みにだが、九歳のメリッサは彼女達よりも少しだけ大きく、その事は現段階でイデアとメスト家以外の人間はしらないのは幸いだったのかもしれない。
万が一、この事実を知った同志達は驚愕の真実に暫く立ち直れなかっただろうだからだ。
そんな中、カルラは示された『報酬書』に再び視線を落とす。
提示された成功報酬は以下の通り。
『この世界にない薬剤知識』
『異界の薬剤の製法』
『異界の
ポーションや治癒魔法での治療不可、又は困難とされる怪我や病気の特効薬の種類及び、その生成技術の提供項目が記されている。中には難病と言われる疾患の治療法までもが含まれていた。
特級
因みにだが、錬金術師も魔導師同様に滅多な事では俗世に関与してこない。引き籠りの研究狂者の殆どは『目的の為には他人の心身は利用するが、自分は他人に一切利用されたくない』がモットーで魔導師と並び「知識の宝庫」である錬金術師は
しかし、学者、学士も変人的な人物は多く、自尊心も高い為に彼等彼女等と独自契約を結べる者は「ほんの一握り」の特権階級と認識されている。
恐ろしいと形容出来る内容の報酬に、何度目かになる溜息を吐くカルラである。
◇
ここで少し、ジェーニャが提示した報酬についての補足と、それに付随する情報の説明をしよう。
彼女が今回の報酬として、いの一番に思いついたのが技術提供で“この異界の技術が地球の技術に匹敵するには、少なくともあと百年は掛かるであろう”とジェーニャは判断し、それを交渉材料に選んだのである。
若干、十九歳の少女が工学や化学の粋を極めている訳ではなく、早い話が“
それは、彼女に加護を与えた“存在”が多大な影響を及ぼしていると云え様。
迷い人ジェーニャを加護するのは、四亜神。
名を、
コンスタンチン・アンドレーエヴィッチ・トーン。
ワシーリー・スリコフ。
イワン・クラムスコイ。
ヴァシーリー・ヴェレシチャーギン。
ロシアでは超が付く程、有名の面々であり、正教会の大聖堂を設計した者達で、彼等は死後、その功績が魂の輝きへ変化し超越した存在へと昇華させたと彼等は言っていた。
ところが、ジェーニャを加護する亜神の彼等は“一人きりでは寂しいだろうから、慣れる迄は、この異界でサポートする” と云う名目で何かに連れ彼女に関与してくるのだ。それは少々、いいや、かなり過保護過ぎていたと言わざるを得ない。
元設計者と元芸術者の亜神達はジェーニャを孫娘の様に愛でていたが、その慈愛にはジェーニャ本人の感情は無視されていると云えた。
『気持ちは非常に嬉しいのですが、構うのは程々にして欲しい』とお願いをしても“我らこそ、ジェーニャの好々爺であ~る”と訳の分からない宣言と共に彼女へ超過剰なくらいの協力という名のお節介を惜しみなく注いでくるのである。
祖父が孫娘に嫌がられているシチュエーションと同じ行為をしているとは微塵も思っていない四神の爺莫迦亜神からの“
コンスタンチン・アンドレーエヴィッチ・トーンからは、現在の地球の建築工学の知識。
ワシーリー・スリコフから工業技術の知識。
イワン・クラムスコイは
ヴァシーリー・ヴェレシチャーギンは、何と薬学知識であった。
『これくらいの知識さえあらば、生活に困る事はないぞい』
異界に転移と云う「次元空間移動」の際に、言語学習向上能力と身体能力値上昇、魔力発現及び成長値補助が起こる。
これは人間の持つ『環境適応能力』が彼等亜神達の手により最大限に発揮された結果で、地球の人類が如何に「幸運に恵まれた種族」なのかを物語っていると、加護を得た時に亜神達から教えられたのだった。
『うぬが思うが儘に生きればよい』
異界に降り立ったジェーニャの耳に聞こえた守護神達の手向けの言葉は、正直、彼女にとって嬉しくもあり、孤独と戦うにはこれと無い発奮材料ではあるが「過ぎたるは猶及ばざるが如し」となるのは必定で、異界に慣れてきた所為もあってか日増しに過保護になっていく亜神達の存在に対して尊敬はするものの、あれもこれもと関与してくる事へ段々と煩わしく思う気持ちが膨らんできてしまい、今では亜神相手に、ぞんざいな態度を取ってしまっているが、こうでもしない限り、彼等の甘やかしは自分に取っても良くないと思い“ツンデレ”の様な言葉使いや振る舞いをする様になっていた。
とは云え、相手は“亜神”である。ジェーニャの思考なんぞ駄々洩れなので余計に可愛く思ってしまうのは致し方のない事。人間に近い心情を持つ存在達は極度な接触機会を減らしたものの、彼女の安否は常に注視していた。
それもジェーニャは知らぬ素振りを決め込むのだから、案外、似た者同士の“遊戯”なのであろう。
そんなジェーニャがこの地に来訪して、最初に取った行動は「後ろ盾を得る」だった。
荒野や街道等で群がってくる魔銃や、街中で襲って来る悪漢らを彼女の能力で殲滅することは容易いが、人との関わりに飢えていたので「なるべく穏便に生活していく方法」を模索した結果が「
そのスレイ・アビリティで得た情報を小出しにして、フューチャーログ商会グループの会頭へ、
その言葉通りなのだろう、彼女が身に着けている衣服のすべてが、フューチャーログ商会グループ会頭自ら作り上げた逸品ばかりであった。
そして、会頭レンディー・ヴィレッジフィールドからの紹介でドゥプルフ・ヴァン・ネスタリア=オルネーオ公爵に拝謁。
貴族的な挨拶をし、談笑を交えながら場を和めて本題に入ると自分の有用性を説き、ここの領主である公爵を筆頭に、公の寄子である貴族達の後ろ盾も手に入れた。
その場に同席した公爵夫人と一人娘の二人から大いに気に入られたのも後押しされた影響もあり、それ以来、公爵家では寄子の貴族令嬢達を招待したお茶会やロシア伝統のコサックダンス、バラライカの楽器演奏会が催しされ、更なる絆を構築していったのは別の機会に語るとしよう。
常識的に能力だけで
悪い例を挙げるとしたならば、二年前に現れた迷い人“リュウジ・ヤスダ”と“ミカ・モリヤマ”の両名であろう。
彼等は性格と素行の悪さが具現化したかのような人物で、訪れた国々で重犯罪を重ね、追放、又は入国拒否の対象になり、
手配後、五日もしない内に捕獲されたが、彼等は悪態と暴言を吐きながら『自分達はjkとdkで、未成年だから“少年法で守られている”から直ぐに釈放しろ』と聞いたことのない身分と『法律』を口にしていたと言う。
彼らの言い分は、この世界で通用しないものなのは言わずもがな。後に彼らは重犯罪者として法の元で公正な判決が下され、斬首刑に処された。
しかし、刑を執行された後の彼らの亡骸は丁重に扱われ、共同墓地の一角に埋葬されたのである。
『元罪人でも、刑を全うし罪を償ったのであれば、罪人に非ず。故に丁重に埋葬するのは一般人への当たり前の配慮だ』と云うのがネスタリア王国の理念。周辺諸国も似た様な法律があるので、処刑された国での葬儀は慎ましやかではあったが、死出の旅路をするには充分な葬儀であったと云う。
以上の様な事例と比べるのは極端すぎて参考にはならないのだが、結論から言えば一般の領民が権力者や有識者からの信頼を得る事は難関中の難関なのだ。だからこそ、それらの後ろ盾と協力を得たジェーニャたる人物は
後ろ盾を得る“風習”が慣例化されている中でのジェーニャが持ってきた『紹介状』は、格段の効果を
◇
しかし、彼女としては宿願成就の為には、いまいちパンチが足りないと思い至り、思い切った行動に出る。
そして“褒賞品は、それだけでは無い”と、更なる報酬の上乗せを告げる。
「手付金の用意も御座いますし、必要経費の前渡しはおろか、特別な魔法の伝授も
この最後に提示された“
『魔法伝授』それは迷い人独自で開発された魔法と云う事であり、その魔法は常軌を逸してるモノや現存魔法の単略化、威力増大は「常識」であった。
しかし、魔法が出来ない(今は出来ないフリ)イデアは“私には関係のない話し”とばかりにノホホンとして笑みを浮かべていたが、魔法の事は何よりも知っておきたい知識。なので皆の代表を装った風に、何の魔法なのかジェーニャへ問いかける。
「ジェーニャ、どんな特殊魔法なの?」
「よくぞ聞いてくれましたわ。それは………」
「それは?」
「「「…………」」」
イデア以外のカルラ、マリア、メリッサの三人は固唾を飲んで耳を
「亜空間魔法ですの」
「「「亜空間魔法だって(ですか)!」」」
「しかもテグマークのマルチバース理論からヒントを得た複数の空間を構築するものでありますわ。中には時間停止空間や違う時間軸空間、現存のアイテムバッグ同様の生物収容空間を持つものですから、そうですわね・・・・・・特殊多元空間魔法とても呼ぶべきかしら? ただ、個人差が出ますから、容量は千差万別になりますが、
デグマークと聞いて、一瞬息を呑むイデアを他所に、カルラ達には“テグマークのマルチバース理論云々”は解らないが、空間と云う単語が突拍子もない物なのは理解している。
イデア=翔太朗は『こりゃ驚いた、テグマークは俺が一番尊敬する数学者。数式云々で・・・・・・・・・あぁそうか、そうすればイデアでも使えると云う訳か、成程、成程。直ぐに試したいけど、それは不味い事になるだろうし、取り敢えずは様子見か』と彼が一番尊敬する人物の名が出た事で、興味なさ気にしていようと思っていたが方向転換を決め、ジェーニャの言葉を一言一句聞き逃すまいと気合を入れて彼女へ視線を送る。
但し、本心がバレない様にだが・・・・・・なんて、イデアの考えは注目されている当人からしてみれば、バレバレも良いところ。
自分に興味を持ってくれた事に内心でほくそ笑むジェーニャは意気揚々と報酬について一同に語り始める。
「私が教えて差し上げる特殊多元空間魔法は・・・・・・・・・」
◇
空間魔法、別名“迷い人魔法”
この世界では“
中には神に
ジェーニャが使う魔法は、先程彼女が名付けた“特殊多元空間魔法”
他の“迷い人魔法”を凌駕しているのは、その説明により明白でネスタリア王国初になる“迷い人魔法”の台頭・・・・・・いいや、この世界初であろう。
故に“特殊”を冠するに足る魔法と云える。
そう、魔導具と云うアイテムではなく、人による“魔導に近い魔法”になるのであれば、それは未知の領域。
魔導具である“アイテムバッグ”も迷い人魔法から、魔導師がアイテムに付与する形で成し得たモノで人間の魔法能力の一部として発現させるには膨大な魔力が必要とネスタリア王国指定禁書の一つ『アテナイの魔導書』の中に記されているが、この情報は現国王のみぞ知る極秘中の極秘情報なので、他に知る人物は皆無なのである。
故に、他国を含む全ての人類種にとって空間魔法は特別な魔法と認識されており「迷い人しか使えない魔法」と言われているのは定説であり常識である。
「因みに、紹介状を書いて下さった公爵様とフューチャーログ商会グループの会頭さんは会得に挑戦中で御座いますの」
「本当か?」
思わず立ち上がってしまい、大声で聞き返したカルラの態度も“迷い人魔法を得られるかもしれない”と考えると仕方の無い事なのかもしれない。
「ええ。ただ容量は小さく、固定化に失敗されてしまって未だに不安定でありますから拾得と云うには程遠いですが“拡張と固定化”の鍛錬をなさっておられるでしょうし遠くない内に拾得されると思いますわ」
“私が後数回、公爵様方に指導しなければなりませんが”と付け加え、ふふふと笑うジェーニャ。
それは、今でも彼等が必死の形相で「ふん! ふん!」「これか! これでもか!」と『空間魔法』をモノにする為にジェーニャが課した題を修練する様を想像して零れた笑みだったのは亜神達以外、知る者は無い。
「私が聴いた限りですが、今まで迷い人達は“イメージ”に重点を置き過ぎていた様で、根本的な術式を軽んじています。そんな安易な説明で法則を得られると考えるのは些か無理がありますわ。詳細な術式を説明出来ないと云えるでしょうね。
迷い人は基本的に“加護”があるのは知っておいでですから詳しい説明は省きますが、私達迷い人はこの加護によって魔法が使えるのです。ですから、深く考えずとも使えてしまうのですから、当人達からすれば“イメージ”なのでしょうね」
はぁ、お莫迦さんだことと小さく呟いてから、続きを話し出すジェーニャ。
「イメージなどで使える程、簡単なものではないのは皆さんが知っている通りで、魔法無いし魔術、広く云えば、魔導にも同じ事が云えるので御座いますわ。
何事にも発現させる“媒介”が必要。それは、魔力を乗せた呪文であったり、道具であったり、陣なども御座います。
ですから、そのアプローチが分かれば、誰でも使えますわよ? と申しましても、使用する魔力量と長時間集中する事にこの魔法は依存致しますので、中々に難しい修得なのでございます」
「でも、頑張れば誰でも会得可能なの?」
興奮気味に聞いてくるマリアの言葉に、優しく頷く迷い人ジェーニャ。
「後は、今回の依頼の件もある事ですから、少しだけ
「「「
「はい、亜空間構築の際に私が手助けを致します。これは公爵様や会頭さんには内緒ですよ?」
そう言うと、ジェーニャは幼い少女の様に悪戯をする事に期待した笑顔をして、そっと右手人差し指を唇の前に持ってくる、左手を腰に添えて。
「これで依頼を断るだなんて出来ないさね。改めて言おう、ジェーニャ嬢の依頼受けさせてもらうよ」
サッと右手を出して再び握手を求めてくるカルラの所作に『これで我が宿願、叶え得足り』と力強く握り返すジェーニャは、揺れる乳房を約束されたも同然ど云える状況に少しだけ“たゆんたゆん”の未来へ満面の笑みを浮かべてしまったのは無理もないであろう。
◇
そして次回、迷い人ジェーニャによる特殊多元空間魔法の伝授が始まる。
真っ裸バロン ふかしぎ 那由他 @shigi_yaenokotoshiro
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