第八話 査問会の結果とジェーニャの訪問

※長いです。



 査問会での尋問官の質問は、どれもこれもムカッとくるものばかりでイデアの堪忍袋の緒が何度も切れかかったが、ギルドに提出された物証の精査は完了しており、無実はほぼ確定だと前もってギルドマスターに説明を受けていたので、これに堪えられた。

 ただ、この質疑の意図は審議に於いて公平を期する必要があり、本当に被害者なのか狂言や誘い犯罪の可能性を零にするのが目的であるが故の陰湿さを含んでいる。

その判断材料の一つである「被害者の為人ひととなりを確認するために敢て嫌な言い方をする」やり方があり、精神負荷ストレスに耐えるのも、事前に聞いていた事なので、早く終わらないかと意識半分現実逃避をして、質疑応答に終始淡々とした態度で最後まで感情を表に出さず、事務手続きをする役所の事務員の如く終止無表情で通せた。

 そして査問会の閉会が告げられ、やっと終わったと溜息を吐いて退出する時に、担当者の尋問官から謝罪を受ける。


 「仕事とは云え、見目麗しく未来ある若手の冒険者に対して不愉快な思いをさせてしまい、本当に申し訳ない」


 先ほどまでの高慢的な言い方が別人格じゃないの? と変わり身の早い尋問官の態度に驚きを隠せなかったが翔太郎の記憶のお陰で「大人と云うのは大変で、時に、こうゆう事も審議に於いてはある事だ」と心内こころうちで納得し、笑顔で審問官の謝罪に応える。


 「お仕事上、仕方の無い事ってありますから、どうぞお気になさらずに」


 ペコリと頭を下げて大丈夫だと言うイデアの返しに、尋問官の驚嘆した表情が面白くて笑いを堪えながらニヤケそうな顔を見せまいと、彼に背を向け表玄関に続く通路を早歩きでその場を後にする。



 (さ、家に帰ってひと眠りしたい。流石に飲みすぎたとは云え、アレ・・はないわぁぁ。赤っ恥もいいとこ『黒歴史』だわ)


 今朝の出来事を思い出した途端に羞恥心が顔を出し、熱が上がってくる感覚にひねりたくなる身体をかかえながら、昨夜の全裸での乱闘騒ぎは恥ずかしい人生経験が記憶に書き記されてしまったと後悔の念に再び身悶えてしまいそうな衝動を抑える。


 ギルドの受付に査問会の尋問終了を告げ、出入口のスイングドアに手を掛けた時に、背後からギルドマスターのダグラスが声を掛けてきた。


 「イデア、奴等の持ち物の買取り金の受け渡しは明日以降なら、何時でも取りに来い。魔法使いが使っていたワンドの魔石が意外にも良質だったからな。聞いて驚け? 全て売っ払って二千ダーマになった。

 それと今回の未遂事件に対して被害者への援助金がギルド体裁法に則って許可されたぞ……これも聞いて驚け! 援助金額は千五百ダーマで、合計で三千五百ダーマになる。

 未遂で済んだとはいえ、あんな事件に遭ったんだ、気休めにしかならないと思うが、その金額で妥協してくれと云うのがギルドの言い訳だ。

 俺からも謝罪する、ギルドの監督不行き届きで辛い目に遭わせてしまった、本当に済まない。


 後日発表になると思うが、スターダストからシックススターまでの冒険者全員に通達と、必要であれば法令遵守コンプライアンス研修をする予定だ。

 冒険者は自由ではあるが、責任を全うするからの自由だと再認識させる魂胆だ。まぁ、何だ、勘違いしている連中には良い薬になるくらいの内容でもあるから、楽しみにしていろ。

 あ、それと、イデアは今回被害者でもあるが、加害者にならない様にお前も出席義務があるぞ」


 最初は、賠償金と謝罪で始まったダグラスの話しであったのだが、最後は何だかんだでギルド全体の緩んで来た風潮を鍛え直すと、何やら怖い研修会が待っていると云う彼の眼光は少し怖かった。


 しかし、しかしである。バッと乙女に有るまじき勢いで振り向いてしまったイデアには、三千五百ダーマと聞いて研修云々なんぞ耳には残っていない。フォースター冒険者からしてみたら、三千五百ダーマは大金である。


 正に“現金”な態度をしてしまうには、提示された金額は冒険者人生で一番の“稼ぎ”なのだ。

 例え、強姦未遂事件の被害者であるイデアが直ぐさま、ニマッとした笑みとサムズアップで“了解、妥協するよ”と返応したのは翔太朗の影響か、将又、元来の性格か。ただ昨晩のやらかしで未だに羞恥心の残る彼女は、返応もそこそこに、そそくさとその場を後にしたのだった。



 ◇



 「ヨ~ロレイ、レイッヒア、レイッヒア、レイッヒィ~♪ ヨ~ロレイ、レイッヒア、レイッヒアッホ~♪」


 アルプスの麓で歌いたくなるような歌を口ずさみながら、頭の中で欲しくて堪らなかった武器や防具を吟味しながら心此処に非ずな被害者のI女史は、報告がてらにウサギの尻尾亭へ服を取りに向かう夕闇迫る空の下、踊る心と弾みまくる胸はたゆんたゆん。

 通りを行く男共の色欲の視線を向けられるも全く気にせず、イヴォンヌの店に向かっている。


 「うっう~うっう~う~いぇ~♪ うっう~うっう~う~いぇ~♪ うっう~うっう~う~いぇ~♪ びぃみぃうぃじゅ~♪ うっう~うっう~う~いぇ~♪ うっう~うっう~う~いぇ~♪ うっう~うっう~う~いぇ~♪ びぃみぃうぃじゅ~う~う♪」


 ちょっとびっツなテーマソングも翔太郎の記憶から引き出している。


 ここ二日間、イデアの無意識下で歌っている歌はプラントンの街はおろか、ネスタリア王国は勿論、この世界には知られる筈もないメロディーだ。


 迷い人、特に日本から来た者が聞けば懐かしむと共にイデアに興味を持ち、彼女を面倒事に巻き込む恐れがあるが、幸いにもプラントンの街に来訪しているのは今のところジェーニャ只一人。


 但し、ジェーニャはイデアを稀人まれびとだと薄々感じており。ロシアっ娘の胸下三寸で、どう転ぶか分らない不安要素がイデアを虎視眈々と狙い定めている可能性はある。が、昨晩の女子会で仲良くなっただけに、今は懸念するだけ無駄なのかもしれない。


 「こっんっばっんっはぁぁぁ」


 ドーンと元気よくウサギの尻尾亭の扉を開けたイデアに“こっちこっち”と昨日と同じテーブルで手を振るマリアと…今は軍服姿のジェーニャが居た。


 「お疲れ様ぁ~、どうだった?」


 「迎え酒を頂こうとしてましてよ。ささ、こちらへお座り遊ばせ」


 「いやいやいや、迎え酒って。今朝の…昼過ぎか、記憶がないって怖すぎだよ。私はパスね」


 迎え酒を飲み始めた二人に、査問会の結果と“コヨーテの牙”の買取り額を自慢してから、明日はどうする? とか、あれやこれやと三人で行動する予定を詰めてく事は既に決定事項になっている様だ。


 「暫くは三人で行動だね」とマリアはジェーニャを見ながら言う。


 (『むむむ! マリアとジェーニャの親密度が上がってるぞ……あれから何があったと云うのだ? 何かあったのか? …ナニかあった? ナニか…ナニィィィィ!? ぬぉぉぉぉぉぉぉぉ。こんてぃきしょぉぉぉぉぉ』はっ! ち、違う…私は女の子、花も恥じらう乙女。断じて『コミケ』でしか買えない様なユリユリ本を想像した訳ぢゃぁないのよ…そう、仲が良くなったって素晴らしいじゃない! 『ユリユリばんざーい』ぢゃぁないって~の! 酒の所為よ、これはそれの所為。あぁんもう、無かったことに出来ないのかなぁ…はぁ)


 この間、僅かコンマ五秒の葛藤を繰り広げていたイデアは「うん」と返事をして、何食わぬ顔で話を続けている。



 ◇



 それから暫くの後、会食を終え、妄想爆裂暴走乙女おやぢ…もとい、フォースターランク冒険者イデアが今日と明日は家に帰ってゆっくりする旨を二人に伝え“バイバイ”と手を振りながら席を立つ。


 「じゃぁ、明後日、朝の六デジにギルド前に集合ね」


 すると、ジェーニャが“お待ちになって”とイデアを引き留める。


 「実は、ミセス・メスト。貴女の叔母のカルラさんにお願いがあって。ご自宅まで、ご一緒してもよろしくて?」


 仲良くなったジェーニャの言葉遣いは柔らかくなっているが、瞳の奥の輝きは『逃がさなくてよ』と言っている様で少し警戒を抱いてしまう。


 「え? 別に良いけど。二十デジか…多分、起きてる筈。まぁ研究室に行けば会えると思う」


 「ご心配はいりませんよ。昨日、アポを取りましたの。『十七時から二十二時までならいつでもいらっしゃい』とのご返答を頂いておりますので、これからお伺い致したいと思いまして」


 ニコリとするロシアっ娘だが、やはりその目は笑っていない。


 (昨日は交友関係を築くために、散々飲んで莫迦騒ぎした翌日にコレかぁ。アポを取ってあるって……カルラさんは滅多な事じゃ人に会うなんてしないんだけど。何か裏があるのかな…自室でじっくり考えたい事が沢山あるのに……カルラさんだけに用事があるとは思えないし………う~ん、ここはメリッサちゃんに手を貸して貰おうかな)


 断る理由が見つからず、素直に「行こう」とジェーニャへ自分に随行する様に促す。


 「あたしも~あたしも~。途中まで一緒に行くよ」


 はいは~いと手を挙げて二人に付いて行くと言うマリア。


 「お会計、お会計っと」


 イヴォンヌがいそいそと給仕をしているカウンターへ向かう。


 「あぁ、ダグラスから貰うからお代はいいぞ」


 デイビットがカウンター越しにヒョイと顔を出し“今日もタダ飯が食えたな”とニンマリと微笑、三人にプラプラと手を振った。


 「今度、ギルマスにチューしてあげちゃおうかなぁ、まぁしないけどね。あはっ」


 そんなマリアの軽口に“感謝はするけど、ちゅーはしないよねぇ”とイデアは賛同のセリフを言い、デイビッドとイヴォンヌに御馳走様と礼を述べて、ウサギの尻尾亭を後にする。



 すっかり暗くなった街路をテクテクとイデアの家方面に向かう途中、イデアは横を歩くマリアとジェーニャをチラッと見た。

 手を繋いでいるのが少しだけ気になったが(まぁ『恋人繋ぎ』じゃないからいっか)と深く考えるのは止め真っ直ぐ前を見て家路を急ぐ人並みをぼんやりと眺めつつ、晩御飯は何だろうなぁと考えている。

 先程、食べたばかりだと云うのに家に帰ってもまだ食べるのだろうか? と気が付き、気になる事を誤魔化すのは自分らしくないと苦笑いを浮かべるしかなかった。



 ◇



 「イデア、只今帰りましたぁぁ」


 査問会を終えて、明日の夕方には懐具合が向上するイデアは元気よくドアを開けて帰ってきた。


 「おかえりぃ~、イデアお姉ちゃん」


 タタタタ、シュバッとイデアに抱き着くメリッサが出迎える。


 「メリッサ、ただいまぁ」


 よしよしと抱きしめた幼女の頭を撫で、帰宅した安堵感を得るイデア。


 「えへへぇ」「えへへぇ」


 だらしなく目元が下がるイデアの笑顔とだらしなく緩んだ笑顔のメリッサの何時ものスキンシップだ。


 ギュッギュっと抱きしめ合っているそんな二人の後ろから、訪問者の一人マリアが声を掛ける。


 「今晩は、メリッサお久しぶり」


 「ひゃう、こ、こんばんはマリアお姉ちゃん。い、いらっしゃいませ」


 突然の声に驚いた妹モードのメリッサに、行き成り来てごめね~と言いながらマリアは彼女の頭をナデナデする。

 “帰る”と言っていなかったっけ? とイデアは思ったが、マリアの方向転換は毎度の事で“家に帰っても暇なのね”と中りを付けていた。



 メリッサは続いてジェーニャからも声が掛けられ、イデアに紹介される。


 「こちら、ジェーニャ。昨日お友達になったばかりの人なんだけれど、カルラさんに御用があって訪ねてきたの」


 そう説明するイデアの声を上の空で聞いている幼女……の様子は少し妙だった。


 (うっ、この方は…)


 出来る幼女メリッサは、彼女ら“同志”の暴れっ振りを見てしまっていたのである。



 ▽



 昨日の夕刻、カルラの研究室の助手達の夜食用の食材が足りなかった為に、ウサギの尻尾亭でお弁当を作って貰おうと店に顔を出したのだが、幸か不幸か、出来上がった状態の彼女等が全裸で暴れまくっているカオスな状態を目にしてしまったのだ。


 そう。


 『家政婦メイドは見た』


 あられもない生まれたままの姿で縦横無尽に跳ね回るイデアとジェーニャ。そしてイヴォンヌに覆いかぶさりユリっているマリアの壊れっ振りを目撃していたのだ。


 メリッサ9歳、もう少しで第二成長期と思春期に突入する歳である。興味がないと言えばウソになるが、オブラートに包まれていない行為は、彼女の脳裏に絶大な影響を与えてしまったと云えよう。


 (あんな、ちゅーちゅーしてるなんて! きゃー、凄いです凄すぎるのです)


 後日、この事実をしったカルラに朝まで叱られたイデア達だったが今はまだ知られていなかったのでジェーニャにとっては幸運と呼べるタイミングで訪問した事になる。



 しかし、メリッサの網膜には昨日のユリ咲き乱れる光景が残っていて、強烈な乱闘をしていた人物達が突然来訪したのだ。だからか、マリアとジェーニャをまともに見る事が出来ずに余所余所しくしてしまっている。


 マリアのちゅーちゅーがイヴォンヌにではなくイデアにされていたら九歳児最強の握力を遺憾なく発揮していたかもしれないが、嫌がる言葉とは裏腹に恍惚な表情のイヴォンヌに何か思う所があるメリッサは、あの衝撃的なユリ光景が一晩明けた今でも小さな胸の奥で複雑な感情が荒波の如く渦巻いていた。



 △



 若干、覚束ない足取りの幼女に客間迄案内された二人はイデアと共にソファーに腰かける。


 「少々お待ちになって下さい」


 妙に余所余所しいメリッサの態度に首を傾げるマリアだが“そろそろ思春期かぁ”と的外れも良い斜め上の納得を勝手にして案内されるままにジェーニャの横に腰を下ろす。


 感の鋭いジェーニャはジェーニャで“まさかアレを見られてた?”と的確に幼女のモジモジした態度の理由を思い当てていた。


 「カ、カルラさんを呼んできます」


 半分逃げるように動いた為に、ドア頭をぶつけ、患部を擦り擦りしている可愛い仕草のメリッサに“慌てないでいいからね、ここで待ってるよー”と手を振るイデア。


 「ね、ね、イデア」


 「うん、何?」


 「今、ゴチンって凄い音だったけど、メリッサ大丈夫かな?」


 「そうだね、凄い音だったね。でも、メリッサは大丈夫だよ。ここだけの話し、あの子は結構な割合でおでこぶつけてるから。まぁ、本人に言ったら嫌がれるから言わないけど、あれはあれで、私の癒しになってたりするんだよ。ふふふ」

 

 「確かに、あれは可愛い」


 「だけど、本人は気にしていない素振りをしているけど、指摘したら拗ねちゃうから言わないでおいてね」


 「分かってるって。言わない、言わない」


 「メリッサさんでしたっけ? とても愛くるしい幼女ですわね。お家に持って帰りたくなってしまいましたわ」


 本人がこの場に居ない事を良いことに、やんややんやと話し出した三人だが、メリッサはかなり耳が良く、彼女達の声もちゃんと聞こえているので、顔を真っ赤にしながら“いつかお仕置きしちゃうんだから”とつぶやきながらカルラの研究室に向かう。


 ただそれよりも気になっているのは、出かけた時とは違う服で帰宅したイデアの格好で、カルラ叔母夫婦や他の家人かじん達に「問題」とされても当たり前な状況である。


 そして心配している九歳児メリッサのその脳は、今回の出来事の情報量の多さに軽く眩暈を起こしかけていた。



 ◇



 コンコン


 客間のドアがノックされ、ガチャリと開いた扉からメリッサが入室し、続いて家主の一人カルラが入って来る。


 「お待たせいたしました」


 ぺこりと一礼するメリッサ。


 「メリッサ、時間外なのにありがとう」


 カルラはメリッサの頭を優しく撫でて、その手を取ると一緒にソファーへ座ろうとイデアの横にやって来る。


 マリアとジェーニャは立ち上がり、うやうやしくお辞儀をして訪問受け入れの礼を述べた後、カルラはジェーニャから紹介状を受け取り、座る様に促した。


 「ほう」と一言だけ発するカルラ。


 ジェーニャが渡した紹介状は二枚あった。一人は、領主のドゥブルフ・ヴァン・ネスタリア=オルネーオ公爵。


 もう一人は、画商フューチャーログ商会会頭のレンディー・ヴィレッジフィールド。公爵の紹介状は勿論の事、フューチャーログ商会の会頭の紹介状も公爵に劣らない財力と王政に対して貴族でもないのに多大な影響力を持っている人物である。

 オルネーオ公爵とフューチャーログ商会会頭の両名にConnectionコネクションを持つ人物が一般人で在る筈がなく“私は、王侯貴族。或いは、迷い人です”と言っている様なものだった。


 ジェーニャの服装からして王侯貴族ではないと一目瞭然なので、必然と迷い人と受け取れてしまう平民ですら判る“身分証明書IDカード”と云う事だ。


 カルナのこぼした言葉は、それを表していて。大っぴらに“私は迷い人”と身分の情報開示すると云う事は、重要案件の依頼をしに来たと判断されるモノだった。



 カルラは無言でジェーニャを見てから、マリアとイデアに視線を送る。


 (イデアとマリアが同席していても大丈夫な話なのか? と目で言っているのだ)


 その意図を充分理解している迷い人ジェーニャも、二人が同席していても何ら問題はないと無言で頷き返す。


 そして彼女の宿願でもある依頼内容がカルラへ語られる。


 「この度カルラさんへ頼みたい依頼は、貴女が以前商業ギルドへ提出した“研究報告ナンバー081”のレシピ開示又はサンプル製造です。出来うる事ならば量産体制の構築に助力頂けると助かります。報酬はこちらに記載させてありますわ」


 空間魔法のフェイク用である『ウエストポーチ』から別紙を取り出しカルラへ手渡す。


 「研究報告ナンバー081か…………あぁ、アレね」



  ◇



 以前、カルラの思い付きで乳房を大きくする(乳房内の脂肪の肥大化を促す作用)ポーションを開発した事があった。

 元々は、ダイエットポーションを開発中に正反対の増加・肥大をさせてしまった事が切っ掛けになり、これはこれで面白そうねとカルラの鶴の一声で研究され、一応の成果をたしたのだ。


 薬師達は“開発費”が経費と認められていて、結果を記した書類とサンプルを商業ギルドへ提出する事で“貢献度ランク”と薬師信用度も同時に上がるシステムになっている。


 カルラの研究室は薬師達の中でも群を抜いており、芳香剤からメガポーションまで作り上げる製薬室としても名を馳せていた。


 そして、気まぐれで出来上がった薬、報告書に記載されていた名称は“NBノーブレストYBイエスバスト-Pポーション=胸板じゃない、これはおっぱいだ”と書類を確認したギルド職員が椅子からずり落ちるネーミングセンスだったが、効果は一応に出ていた。


 AカップからCカップ、CカップからEカップ、それ以上は薬効が強い為服用は禁止と作成時に必要な材料一覧と被験者の変化、薬剤ポーションとして販売した場合の価格等、詳細に記されていて、サンプルも提出されていた。



 ◇



∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


カルラ薬局・研究室ファイル


研究報告書:ナンバー81


概要:胸部脂肪を肥大させるポーション開発

下記の材料と、製造方法により。女性及び一部の男性の胸部の肥大化に成功。

LPロスト・パーソン(迷い人)バストサイズを計測の値として効果の程を報告。


被験者百四十八名:女性百四十名、男性八名に完成した液体薬(ポーション)の検飲を実施。


・女性被験者百四十名、AAサイズからEサイズ各二十名。身体の影響を考え一週間に一本のインターバルで検飲した。

効果詳細:AA→B-からB、A→C-からD、B→D-からE、C→E-からF、D→F-からG、E→G+からJ+。


・男性被験者八名、身体の影響を考え一週間に一本のインターバルで検飲した。


効果詳細:AAA→A+からB 、B→C−からC、C→D−からD。

筋力はそのままに、女性の様なバストへと変成が確認できた為、引き続きポーション検飲を継続。


考察

・Eサイズの女性の飲用は極端なサイズアップになる結果から、飲用はDまでが理想的なサイズアップと考えられる。

・男性の場合、女性になりたい男性ジェンダチェンジへの使用に適していると思われる。しかし、Dまでのサイズアップをした男性はEが発症し身体に影響が出た為それ以上の続行を中止した。




評価:S

バストアップ成功100%


薬品名

このポーションをNBノーブレストYBイエスバスト-Pポーションと名付ける。

※以下【NBYB-P】と記載する。


備考

【NBYB-P】が市場に販売された場合、多大な需要が期待されるが材料確保が困難な上、供給が追い付かず転売による商業犯罪が横行すると思われる。


後記

研究報告書ナンバー81と一緒に【NBYB-P】十本を添付し、【NBYB-P】特許の申請とする。


パゲ 一

∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞

下記の材料は、一本の【NBYB-P】製造に必要な材料名と量の一覧である。



必要材料

レア・デミコカトリス♀の心臓→(8.75リグラン)2リグラン

ハイ・フロッグスネーク♀の涙腺→(4リグラン)0.5リグラン

レア・ピュアラビット♀の乳腺→(3リグラン)1リグラン

薬草=セーテ、ロジ、マル、パッセ、リリム、ブオン→各0.5リグラン

ランケシカ♀の卵巣→1リグラン

ピッグパール♀の脂身のコラゲ成分→20グラン・・・

ユタン竜の卵の殻の粉末→0.1リグラン

サキュバスの実モドキの搾り汁→30ミリト

メガポーション→0.5ミリト

蒸溜水→5ミリト

ボンボンビーン豆→0.1リグラン

( )内は材料の総重量


特定の治癒魔法の付与エンチャント

※温度、調合順番、付与魔法の種類等の方法に関しては報告義務がない為に記載しない



ネスタリア歴四百六十一年八の月二の火属日


申請者

バロン薬局

   局長:カルラ・バロン特級薬師


パゲ 二

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 流石に製造工程は秘匿されていたが、材料があれば誰でも作れると云う事はなかった。

 それに持ち込まれたサンプルは全部で【NBYB-P】 十本のポーション。


 当然、ギルド側としてもサンプルがある以上“効果”と同時に申請された特許の確認をするために、女性職員の中から“公開抽選”で選出したAAサイズ~Aサイズの五名。

 彼女等の協力の下“個人差はあるものの、報告と差異の少ないサイズアップの結果が確認された”のだった。

 しかし、混乱必死の【NBYB-P】は、カルラ研究室の方から材料及び機材の情報開示は厳禁と申し出があった為に一部の職員と領主のみが詳細を知るだけに留まった。


 尚、被験者となった女性ギルド職員達からサイズダウンの報告は一件も受けておらず、偶然なのか被験者全員が行き遅れと言われても仕方の無い年齢であったが、【NBYB-P】の効果の影響で求婚者が殺到し、全員が諦めていた見事婚姻相手を獲得したと云う。


 やっかむ連中は「胸しか見てない男なんて最低」と非難の声を上げていたが、婚期を逃がしていた彼女らは“だから何?”と相手にしていなかった。

 しかも、五人全員が大商人の正妻か子爵の正妻の座を手に入れていたのだ。おっぱいで手に入れた夫ではあるが、皆か皆、良き旦那様であったので一部からの誹謗中傷は“心地良い音楽”と鼻であしらい、幸福な結婚生活とギルドの為に身を持って貢献した職員として、大半の職員達から賞賛の声を掛けられていた。



 そして色んな騒動の中、カルラの研究室に届けられた特許証が以下である。



∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞


特許


【NBYB-P】に於ける製造・販売の全権認証書


所有者 カルラ・バロン


特許番号:OL-08104649


【NBYB-P】の製造・販売はカルラ・バロン特級薬師以外厳禁とし、これに反した者、或いは商会・団体は商業ギルド法:第七条十一項により厳罰に処す。



ネスタリア歴四百六十二年一の月三の光属日


商業ギルド統括理事長:ヴォーロス・メリクリウス

      

 理事代:フンスィ・グンウ

      

特許室長:ウカトゥ・ソーラー


∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞∞




N

B

Y

B

P



 迷い人のジェーニャの依頼は、その【NBYB-P】の製造だった。


 彼女がこの情報を得た時、歓喜に震えながら血涙を流したと云う。


 そして善は急げとカルラ特級薬師との接見・依頼を受けてもらう為に、自分の持ちうるコネを使い、プラントンの街にやって来たのである。


 イデアとマリア、イヴォンヌ達との邂逅は言わばオマケみたいなものだったが、それはそれでカルラの身内であるイデアと交友関係を構築出来たのは、ジェーニャの為人ひととなりが招き入れた幸運と云え様。


 【NBYB-P】を作ったカルラは、先ほどまで【NBYB-P】の誕生を後悔していたが、嘆願の眼差しを向けるジェーニャを見てから後悔の念は消え去り、希望にすがる少女の助けとなる【NBYB-P】に誇りを持ち始めていた。

ただ、そのカルラの心境の変化がジェーニャの加護が“影響”してるとは、ジェーニャ本人を含め知る由もないのだが、これは後日明らかとなるので、今はその説明は伏せておく。


 「では、詳しいお話をお聞かせ戴いても宜しいでございましょうか?」


 まさかの好感触に最初は絶対に断られると覚悟をしていた慎ましいオムネのロシアっ娘はイデアより存在感のある特級薬師オムネ様の前向きな態度に肩透かしを喰らってしまったが、気を取り直し、プラントンに到着すまでに練っていた計画を取りまとめた紙を再び『ウエストポーチ』から出した。


 「Да,はい пожалуйста, こちらを взглянитеご覧下 на этоさい


 出された紙をそっと受け取り、目を通したカルラの瞳が怪しく光る。


 「へぇ、これは、これは・・・・・・とんでもない報酬を用意したものだね」


  客前では感情を表に出さないカルラが珍しく、怪しい笑みを浮かべ、同室しているイデア達は固唾を飲んで、特級薬師の次の言葉を持つしか出来なかった。


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