第六話 その名はジェーニャ、酒と乙女と迷い人の飲み勝負開始

 先に頼んだ料理を食べつくし、今はデミコカトリスの軟骨揚げを口にしながらビェールを飲み干す三人。


 「あらあら、もう十杯目よ~。二人とも大丈夫なの?」


 十六歳の少女二人が飲んだ量を心配してか、一緒に飲み始めたイヴォンヌは口を開く。


 「大丈夫、大丈夫。なんてったって今日はただ酒。ギルマスの奢りなんだから、とことん飲みますよ」


 「明日の夕方に起きれれば問題ないから、閉店まで飲むよ~~!」


 テンションの高い二人だが、酔った感じがしない。


 「あらあら、ダグラスさんから少しは事情を聴いたのだけれど。イデアちゃん、本当に大丈夫なの? 辛くないの? 我慢をしていては駄目よ?」


 “強姦未遂事件”を知っているかの様に気を遣うイヴォンヌに対して、あっけらかんとイデアは答える。


 「未遂だったんで…まぁ、怖いって云う感情よりも“こん畜生”って思うほうが大きくてメソメソする事はないですよ。稼ぎが無かったほうが結構辛いって云うのが本音です」


 カラカラと笑うイデアを見つめるマリアも、イデアですからぁと似たようにカラカラと笑う。


 「話は変わりますけど、このデミコカトリスの軟骨揚げって、すごくビェールに合いますね」


 一口パクっと食べたイデアは“新しいつまみ”に次回も注文しようと決めたみたいだ。


 「あぁ、これね~。四日前だったかしらぁ。ふらっと来たお客さんに教えて貰って作ってみたのよ。あの日は店全体がどんちゃん騒ぎでね~」と騒ぎを思い出した様に苦笑いのイヴォンヌが続けた言葉にイデアが一瞬、固まる。


 「そのお客さん…女の子だったんだけれど。多分、迷い人だと思うのよね~。奇抜な服装だったし…貴族の服とは云えなくもないけど、きっちりとした感じの軍人ぽい服だったわぁ。

 プラチナブロンドのロングヘアー、碧色の瞳と顔立ちは可愛らしさの残った美少女だったわ。それに言葉使いもぎこちなかったし…纏う魔力も…本人は抑え切れているつもりなんだと思うのだけれど、あれは相当の使い手とわたくしの直感がそう云ってた。

 そして極めつけは耳の形が“丸”かったのよ。この世界って云うのかしら、わたくしたちは皆、耳の上部が尖った形でしょ?」


 “普通の耳ってこんな感じでしょ?”と自分の耳を見せるイヴォンヌ。


 今のイデア翔太郎なら分かる、地球人的に云うとこの世界の住人は皆“エルフ耳”で、地球の人類の様に“楕円形の丸い耳”の形ではないのである。



 民族によって尖った部分の長さには多少の差がある。しかし、滑らかで丸みを帯びた形の人間はいないのだ。


 それが迷い人と、この世界の人間の身体的な違いであるから、見分け方として充分過ぎる特徴を持つ人物がプラントンの街に来ているのである。


 「確か、名前は“ジェーニャ”って言ってたわねぇ、とても素敵で可愛い子だったわよ」


 (迷い人がプラントンに? 何かありそうな予感がする)イデア翔太郎の直感がそう告げていた。


 「何々ぃ。イデア、迷い人に興味あるの?」


 イデアの雰囲気が若干変わった事を察知したマリアがジョッキを口から放し、問いかける。


 「ほらぁ、昨日も言ったけれど。迷い人達が使う魔法って特別で、もしかしたら私も魔力が発現するんじゃないかと思って色々調べた事があるって」


 その問いかけに、イデアは串でデミコカトリスの軟骨揚げを刺しながら答える。


 迷い人~地球人達は誰もが膨大な魔力と英知を有しており、現れる度に良くも悪くも何かしらの痕跡を残し、場合によってはその世界の常識を根本から引っ繰り返す能力を見せる。


 (イデアの事だから、査問会が終わるまで待ったほうがいいかなぁ。余り問い詰めて嫌がられたくはないし)


 親友を心配するが故に、少々しつこい言い方をしてしまった事にマリアは反省する。


 (まぁ、イデアが迷い人に関する書物を沢山集めているのは知ってたし、今は見守るが吉か)


 気持ちを切り替える為に、ジョッキの残りを飲み干した彼女は、お酒のお代りを頼んだ。


 「マリアちゃんも飲むわね~、これで十五杯目よ?」


 売り上げに貢献してくれているからいいのかなぁと言いながら、マリアを心配する看板娘イヴォンヌ。


 「イヴォンヌさんだって、結構飲んだんじゃないの?」


 “奢りただ酒は旨し”と言い切るマリアにイデアは“その通り!”とジョッキを空にする。


 ふふふ、と同類でしょうと目を細めてけん制するマリアの言い分も分かるとイデアが横でウンウンと頷く。


 イデア、マリア、イヴォンヌの三人は俗に言う“ザル”で『ほろ酔いをするなら樽ごと持ってこないとね~』と、キャッキャキャッキャと騒ぐ姦し三人娘なのだ。

毎度の事なので彼女らの宴は“ウサギの尻尾亭での風物詩”と誰かが言ったとか言わなかったとか。


 彼女達の稼ぎでは、酔っぱらうまで飲めない。そんな悲しい体質を持つ三人は幸か不幸か、酔い潰してエヘヘヘと酒を奢る野郎冒険者達の財布を空にするのは日常茶飯事だったりする。


 「あたしを酔わす事が出来れば…………うふふ」


 下心丸出しの野郎共は毎回懲りずにマリアの挑発に挑んでは撃沈し、その醜態を晒した屍は星数多ほしあまた


 “いいかもしれない”と食事に誘われた事に喜んだのは良いが、自分より先に潰れるイケメン冒険者に“またか”と不合格を突き付けるイデアの武勇伝もプラントンの街では有名な方である。


 そんな彼女達が一目置くイヴォンヌは“今まで酔ったことが一度もない”とため息交じりの告白を“『Some いつのday日か』”その時がくるよと、ジョッキを掲げながら慰める、イヴォンヌの妹分と自称するイデアとマリアも、今日だけは胃袋開放ストマックリミットオープンだ。


 「たっだざっけ! たっだざっけ! たっだざっけ! たっだざっけ!」


 酔っているのではないか? と思うテンションだが、素面しらふのマリア。


 「たっだざっけ! たっだざっけ! たっだざっけ! たっだざっけ!」


 マリアに中てられて、イデアも追唱ついしょうする。


 そんな二人に“わたくしも~”と、お代りのジョッキを運ぶイヴォンヌが声高らかに追随する。


 「たっだざけっ! たっだざけっ! たっだざけっ! たっだざけっ!」


 シャウトするイデア。その胸は“たゆんたゆん”と揺れている。


 「たっだざけっ! たっだざけっ! たっだざけっ! たっだざけっ!」


 脇を締めて、シェイクするイヴォンヌの胸も“ぼよんぼよん”と激しく揺れる。


 「たっだざけっ! たっだざけっ! たっだざけっ! たっだざけっ!」


 椅子の上でピョンピョンと跳ねるマリア。……慎ましく、………とても慎ましく。


 さっきまで、礼儀がどうのこうのとのたまっていたフォースターランク冒険者は何処へ行った? と疑ってしまう位の“はっちゃけ”振りだが、自分の“慎ましさ”に消沈するマリアは店内がやけに静かな事に気付き、キョロキョロと周りを見回す。


 「あれ? お客さん誰も居ないね……週中だけどイヴォンヌさん目当ての男共が一人もいないっておかしくない?」


 「私も同感だよ、十八デジは回っているのに客が私達だけって……おかしいよね」


 そんなマリアの指摘に、はしゃぎ過ぎたと思いながらもイデアも同様に店内を見渡す。


 “あらあら”と言いながらイヴォンヌがカウンターに目を向けると、料理人であるイヴォンヌの父親デイビットがお代りのジョッキを運んで来て、訳を話す。


 「おう、いつもありがとうなっ、お二人さん。さっきなんだが……お前さん等を含めて店は貸し切りになっちまったよ」


 「はい?」

 「はい?」


 すると、デイビットの後ろからススと影が二人の前に出てきた。


 「Добрый вечерこんばんはPад знакомствуはじめましてМеня私の зовут名前は ДженяジェーニャПожалуйста仲良くし ладите хорошоて下さいね



 聞いたこともない言葉に“はて?”と首を傾げるマリア、イヴォンヌ、イヴォンヌ父親パピーの三人。


 だが、翔太郎の記憶を持つイデアは反応してしまった………と云っても瞳が一瞬だけ反応をしただけなのだが、彼女“ジェーニャ”には分かってしまった。



 「Могу я сесть座ってもよろしくて?」


 その指はイデアの隣の席を指していた。


 「え~っと、何を言っているのか分からないんだけど?」


 マリアの言葉にニコリとしながら、イデアを見つめるジェーニャと名乗った美少女。


 「Я говорю貴女に話し с тобойいますの


 イデアを見つめるジェーニャは笑みを浮かべ、少し首を傾げながらしゃべっている。と三人には見えるが、何語を話しているのがさっぱり分からない。


 (『うわぁ、ロシア語だって事は分かるんだけれど…コイツ目が笑ってね~よ。こえ~』)


 黙っていても埒が明かないと思い、ジェーニャの目をみて口を開く。


 「あの~? 何でしょうか?」


 しらばっくれるイデアに業を煮や……さなかった美少女ジェーニャは、空気の読める子だった…最近になってだが。


 「コホン、ごイっしょしてもよロしくて?」


 「ああぁ」そうゆー事かとイデアを筆頭に“座ってもいい?”と彼女は聞いていたのだと理解する。


 本音を言えば関わりたくなかったのだが、貴族然とした雰囲気に気圧けおされて。少し横にズレてスペースを空ける。


 「どうぞ、どうぞ」


 顔が引きつっているのは仕方がないでしょと周囲を見ると、皆も引きつった表情をしていた。


 「では、あラためまして。わタしのなまえはジェーニャです。よロしくおネがいしマすわ」


   “挨拶をするカーテシー”をし“ごメんあそばせ”と言いながら、スペースの空いた席、イデアの横へ優雅に座る。



 イヴォンヌパピーが“貸し切りにしたのはこのお嬢ちゃんだ”とほうするが……何故なのか、パピーはかなり緊張した面持ちで、そそくさとキッチンへ戻っていった。


 さっきイヴォンヌに聞いた服装では無かった為に最初は誰かと思っていたのだが、やはり迷い人で間違いはなく、その恰好にイデア翔太郎は『〇ーテルゥゥゥゥゥゥ』との少年の真似をして叫びたくなる思いに駆られるが、必死に凄く必死に耐え忍ぶ。


 イヴォンヌの証言から、うとしたら軍服を着ているのだろうと想像していたイデア翔太郎だったが、横に座るジェーニャの姿は、膝下丈の長袖ワンピース。首周りと袖口、裾に毛皮のファーをしつらえてあるケープ付きコート。ロングブーツ&アストラハン帽子………黒一色は、まさに“永遠の美女”がTV画面から出てきたのではと錯覚する程だった。


 しかし、見とれることも出来ず、それすら気付かれてはならないとイデアは警戒心を高める。


 (『些細な反応に敏感みたいだから、細心の注意と忍耐が必要か……拷問かよ』)


 「飲み物は?」


 どうしたものかと思っていたところに、ナイスフォローのイヴォンヌ。心の中でサムズアップし、ジェーニャの注文にびっくりする。


 「そウですね…いチばんつヨいお酒を…そレと…チーズにハム………ボアの燻製肉ジャーキーはあリまして?」


 あるわよと答えたイヴォンヌに、それをお願いと微笑み付きで注文を終える。


 イヴォンヌは“ちょっと待っててね~”と言い残し、カウンターへ向かって行った。


 「一番強い酒か…バッカしゅなんだけどよぉ。その…大丈夫なのかいお嬢ちゃん?」


 注文を受けたデイビットがカウンターから顔を出し、ジェーニャに聞いてくる。


 「даはいбез проблем丈大夫です.あ、だイじょうぶでスわ。そレを、おネがいしマす」


 「バッ…あたしも飲んだことはあるけど…ジェーニャさんだっけ?」


 「ジェーニャでいィわ」


 「分かった、ジェーニャ。バッカしゅってオーガも酔うお酒だよ? わたしも進んで飲むお酒じゃないし、二日酔いが激しいわよ?」


 「Моя кровьの血は - этоウォ водкаッカですよНе気に волнуしないйтесьで下さい。あ、馴レていますノで、お気になサらずに」


 つい、母国ロシア語が出てしまい。居た堪れなさが見え隠れしているジェーニャだが、やはり酒は強そうだ。


 マリアの懸念を余所に、チラチラとイデアを見るジェーニャは何か言いたそうにしている様だが上手く言葉が出せず、躊躇している風にも見える。


 気まずい空気が流れる…こと五分後セジオ、無言のテーブルに救世主イヴォンヌがジェーニャの注文の品を持って降臨する。


 「お~ま~ちぃ~」


 テーブルの上に置かれたのは、バッカしゅの入った一ギャロン(四.五ℓ)の樽だ。


 小皿に盛られた、ボアの燻肉にチーズが乗ったつまみをイヴォンヌママンが持ってきた。


 「はいよ、お待たせ。それと、これをお嬢に貸してあげよう」


 すっと出されたのはペンダント、翻訳魔道具“トランサー”だった。



 プラントンの街には各国の商人や冒険者も来るために、ウサギの尻尾亭には“トランサー”と云う幾つもの魔術具が常備されていて、ジェーニャの為に持ってきたのは“女性用”の一つである。

 ペンダントダイプをチョイスして持って来てくれた前看板娘イヴォンヌのママンのミーシャは、イヴォンヌが熟女になったらこうなるんだろうなぁと云う熟れたエロさの漂う女性で、今でも“ダンナに愛想が尽きたらウチに来てくれ”と云う阿呆共常連客は多いと聞く。


 出されたトランサーに見覚えがあったようで、ジェーニャはお礼を言って、その首にペンダントを付ける。


 「有難う御座います。これで、難なく会話する事が出来ますわ」


 ペコリと頭を下げるロシアっ娘は、空中からグラスを出す。


 「あらあら、空間魔法ですかぁ。ジェーニャ凄いですわ」


 元ファイヴスターランク冒険者のイヴォンヌの瞳が輝く。

 マイグラスをテーブルに置いたジェーニャが次々と同じグラスを出し、イデア、マリア、イヴォンヌの前に差し出す。


 「ご一緒に頂きませんこと?」


 それを“挑戦”と理解した三人は“受けて立つ”と言を込めて「有難う」と言いながら、渡されたグラスを手に、樽からバッカ酒が注がれ四人のグラスが満たされて、乾杯をしようとした三人にジェーニャが提案をする。


 「私の国の言葉で乾杯の音頭をしたいのですけれど、よろしくて?」


 「りょーかーい」と快諾し、ジェーニャの母国語を習う。


 「За встрéчуフストリェーチュ。出会いを祝して、と言う意味です」


 バッカ酒が並々とがれた透明なグラスを四人が掲げ、声高らかに言う。


 「「「「За встрéчуフストリェーチュ」」」」


 チ~ンと澄んだ音が店内に響き、四人は綺麗なグラスに注がれたバッカ酒を静かに嚥下した。

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