第五話 幼女メリッサの起こし方とウサギの尻尾亭にて
「…アさま……さい。デア様、きてください。………イデア様っ! 起きて下さい、十五
ユサユサと肩を揺さぶられる感覚に。
「あと…十
むにゃむにゃと口元から可愛い声が聞こえるが、メリッサはイデアの起こし方を心得た一人である。
「もう、毎回毎回、そればっかですよ…はぁ」
毎度のセリフを吐きながら腕まくりをしたメリッサはイデアが幸せそうに
「ていやぁ」
九歳の幼女だが、身体強化魔法を少し使える所為もあり、中々起きない十六歳の少女と『布団』がメリッサの掛け声と共に宙を舞う。
ポポンっとベッドの上に無事放り出されたイデアだったが、未だに夢うつつの表情をしている為、イデアの起こし方第二フェーズへ移行する。
「もう、冒険者ってこんなに寝起きが悪くて務まるのですか?」
がおぉと効果音が付く様なポーズで、両手をワキワキさせながら寝坊助に飛び掛かる幼女九歳メリッサ。
「とりゃぁ」
気合の掛け声と共にイデアの背後にしがみ付き、逃げられない様に両足を回してガッチリとカニバサミで挟む。
直ぐさま、脇の下に両腕を潜り込ませ、一気にイデアの胸を鷲掴む。
モミモミ…
眠れるベッドの美少女に反応はない。
モミモミモミ…
まだない。
モミモミモミモミ
これでも、反応せず。すぴー…すぴーと寝息を立てている。
ならば! とばかりに揉む速度のギアを上げる。
モミモミモミモミx2
第二フェーズ…それはイデアの胸の揉み下し作戦だった。
モミモミモミモミx4
流石に揉みしだかれて、無視を決め込めなかったのだろう。
「ひゃっぃん、あ、あ~ん。や、やめ。やめてぇ~。起きるから、今すぐ起きるから。ね、ね」
イデアが発する声を野郎共が聞けば、鼻息が荒くなる様な場面だが。メリッサは経験上、ここで止めると寝坊助イデアは三度寝に入る。
相変わらず、大きいですねと羨望の思いが込み上げるが。完全に起きるまで“I Can’t Stop!” 揉み下しは止まらない“Do it”である。
モミモミモミモミx8
「これでも起きないのですか!」
モミモミモミモミx16
「起きてください」
イデアの耳元で怒気を含ませ囁くように言いながら、揉みしだく幼女見習いメイド、メリッサ九歳。
モミモミモミモミx∞
「あっ、あっ、あっ、は、はい! はい! 起きたぁぁ。起きたよぉぉぉ、起きましたってばぁぁぁぁぁ。だからモミモミするのは変な気分になっちゃうから勘弁してぇぇぇ」
フゥーフゥーと興奮し威嚇する猫の如く荒い鼻息の幼女は、やっと目が覚めた少女の胸から手を放す。
今回“第三フェーズ”に移行することはなかった様だ。
「やっと起きてくれましたか…ふぅ~、わたしも結構疲れるんですからね。もしも、まだ起きなかったら“ミミカジカジ”が炸裂しちゃうところでしたよっ!」
フンスと鼻を鳴らし、腰に手を当て仁王立ちのメリッサを見たイデアからすると、どこか役得感に浸っている顔をしている。しかし、起こしてくれと頼んだ手前、高揚したメリッサに起こしてくれて有難うと伝えるだけにした。
「先ほど、マリア様がいらっしゃいました。ご用件は“どうせウサギの尻尾亭で待ち合わせしても寝坊するだろうから迎えに来たわよ。だからとっと起きなさい”と伺っておりますので、身支度を整えましょうイデア様」
五秒前の高揚した顔は鳴りを潜め、使用人の顔になっている出来る幼女メリッサに不満を漏らすイデアだった。
「メリッサちゃん、もう十五
ぷく~と膨れっ面のイデアの素振りに、破顔したメリッサが答える。揉み下された事に頬を膨らませているのか、お姉ちゃんと呼ばれないからなのかはイデアしか知らない。
(『幼女に起こされるって…ヤバイなこりゃ』)これは、翔太郎の思考が思わせた感想だった。
「そうでし…だった。じゃぁ、イデアお姉ちゃん! お出かけの準備お手伝いするね」
ニコッっと笑うメリッサは“妹モード”に早変わりする。
こちらが本来のメリッサなのだが、両親から「仕事中の公私混同はダメだぞ」と
しかし、元来の世話焼き癖は抜けず。お手伝いと称して、イデアの身の回りの世話をするしっかり者のメリッサ。
「イデアお姉ちゃん、今日は、お化粧していくの?」
ドレッサーの引き出しを開けてゴソゴソとしながら聞いてくる。
「どうしようかぁ、したほうがよい?」
「あたりまえだよぉ、イデアお姉ちゃん美人だから化粧したらカレシが出来ちゃうよ~」
まぁ、わたしのメガネに適わない男なら潰すけどねと囁いた言葉は、幸いにもイデアの耳には届かなかった。
「えへへ、私モテちゃうかなぁぁぁ?」
莫迦姉、
「今日こそはっ!」
握りこぶしを作る乙女。
「はいはい、大丈夫ですよ~。出来ますってぇ~」
あまり感情の籠っていないメリッサの声に気付かないイデアは、お姉ちゃんこっちに座ってとドレッサーの前に、スタタタと向かいながら、翔太郎の知識で得た言葉を心の中で反芻し自分自身を勇気付ける。
『Dreams Come True』と。
そして鏡を見ながらフンス! と鼻の穴を膨らませ小さく握り拳を作り、椅子にちょこんと座るのだった。
余談だが、イデアを起こす行為の賜物なのか、メリッサはリンゴを素手で握りつぶす事が出来る。
九歳児で国内最強の握力を身に着けているメリッサ。
「わたし…九歳なのに」
何気なく、厨房でリンゴを素手で握りつぶしたところを執事のマイローに見られてしまい。国内最強の握力と彼に言われた時、彼女がポツリと零した言葉だった。
◇
四十
『ランランラァ~♪ ランランラァ~♪ フッフフフッフフンフンフンフン。ランランラァ~♪ ランランラァ~♪ フッフフフフラ~ラ♪』
有名な少年と犬の物語のアニメ主題歌を歌っているようだが、肝心な所が歌えないのは日本人に共通している。とても残念ではあるのだけれど、浮かれ気分のイデアは気付いていない。
赤色をベースにした『ゴスロリ』服に身を包んだ少女は親友の待つ「ウサギの尻尾亭」のドアを開く。
店内の客はマリアしかおらず、イデアに気付いた彼女が手を挙げてヒョイヒョイと手招きをする。
「お待たせ~」
「いいよー、あたしが早く来ちゃっただけだし。どうする? 食べてから飲む、それとも飲みながら食べる?」
ピンク色の薄い生地のジャケットは女の子らしく襟や袖口にフリルが誂えてあり、ゆったりとした水色のロング丈のワンピースのマリア。頭には可愛い“さくら”の花を模したカチューシャをしていた。
今日の飲み食いは、ギルドマスターの奢りなので遠慮せずに掻っ込むとテンションが高いマリア。
「いつも、食後に飲むんだけど……マリアの顔に“早く飲みたい”ってあるから。飲みながら食べようぉ」
“おー”とばかりに右腕を突き上げるイデアに対して。
「ちょっ! ばっ! …そんな事な……うそです、はい、今日は凄く飲みたい気分なんだ。ジャンジャン飲むよー」
イデアの言い分に、開き直ったマリアもおーと拳を突き上げ応える。
「イヴォンヌさ~ん、注文お願ぁぁぁぁぁい」
マリアは突き上げた拳をブンブンと振り、ウエイトレスのイヴォンヌに声を掛ける。
「はいなぁ~、今行くよ」
ウサギの尻尾亭の看板娘イヴォンヌ十九歳。ショートの金髪はしなやかなウェーブがかかっていて、垂れ目と左の頬にはチャームポイントのホクロが一つ。
彼女目当ての常連客の男共は“サキュバスのイヴォンヌ”と密かに呼び、イヴォンヌの魅力にメロメロになっていて、週八で通う莫迦も多い。
イヴォンヌは別にサキュバスではないのだが、はち切れんばかりの胸元と。モンローウォークの様に歩く仕草は、女のイデアとマリアから見ても“スゲーエロい”美女であり、騒ぐ男共の気持ちも分からないでもない。
当のイヴォンヌも、それを利用して
冒険者ギルドも復帰の打診をしているのだけれど、本人曰く「実家が忙しいからパスゥゥ~」と取り合ってくれない。
忙しいのはお前の企みだろと口が裂けても言えないギルドマスターはジョッキの酒をグイっと煽り、また来ると言って帰っていく後ろ姿を数えるのも莫迦らしい回数に上る。
そんな実家の家業に精を出すイヴォンヌに、翔太郎の記憶を得た今のイデアは『まんまマリリンじゃん』とイヴォンヌを称した。
いらっしゃ~いと注文と取りに来たイヴォンヌに『ププッピドゥ~』と言ってと口から出そうになるのを堪える
「ビェール二つに、
マリアが一瞬躊躇してイデア何にする? とアイコンタクトを送ってくる。
「えっと、
「まだ、食べたいのが沢山あるけど…あ! ピュアラビットのタタキを二人前でいいかな」
「ピュアラビット忘れてたぁぁ」
あちゃ~と額に手を当て、失念を体現するイデアに対して。
「ウチの看板メニューを忘れちゃぁ、ダ・メ・ヨ?」
イヴォンヌが人差し指で、イデアの鼻をツンと
突く指の向こうに見えるバインと揺れる胸に、視線が行ってしまう
左手で乳房を持ち上げたイヴォンヌが“揉んでみる?”と
たっはぁ~一本取られたわね、と笑った後に、注文の確認をしたイヴォンヌは
後ろ姿も、色っぺ~と思っている
「ね~、イデアさぁ。やっぱ
行き成りの問いに
「へ?」と呆けた返事をしてしまうイデアに次の言葉が飛んでくる。
「それそれ! なんかさぁ、イデアっぽくないんだよねソレ。う~ん雰囲気? って云うか、上手く言えないけど。イデアが変わった感じがするんだよ」
図星を刺され、ドキっとするイデアだったが、
「ん~、変わったかなぁ? 自覚はないんだけれど…」
取り敢えず今は
「そ~かぁ~~、大人の雰囲気が漂うって言うか…オッサン臭さがある? って感じがする」
「えええええ! オ、オッサンって…」
頭の中で『ビンゴォォォォォ』と翔太郎が叫ぶが、目の前のマリアの耳に届くはずもない。
「まぁ、あんな事があったからね………」
そう言うと、親友の身に降りかかった
「………うん」
ある程度落ち着いた今、思い返したイデアも“女として襲われる恐怖を始めて味わった”と言ってもおかしくない出来事だったと身震いする。
少し気持ちが沈み掛けた時、イヴォンヌが「お~ま~ちぃど~」とビェールを二つ持ってきて、テーブルに優しく置く。
一
優しく仕草に《俺に惚れたのか?》と勘違いをするのが彼等の生態であるが、元ファイヴスターランク冒険者と知っているので、下手な言動や行動に移せないヘタレ集団とも言えるが、お店に来てくれる客に対して無下に
それでも、中には勇気を出してデートに誘う猛者もいるのだが「わたくしより強い人じゃないとね」と言われれば、何も言えなくなってしまう。
元ファイヴスターランクとは云え、剣技だけならセヴンスターランクにも足りうる実力を持ち、魔法もシックススターランクに届く程の使い手であるが、弓と槍術がからっきしダメで昆虫が大の苦手と云うウィークポイントを持っている為、昆虫型の魔物を一切狩れない為にファイヴスターランクで止まってしまった経緯がある。
何せ魔物の三割は昆虫型であり、街の近くを跋扈している魔物の大半が昆虫型と云う、イヴォンヌに取って克服できない弱点なのである。
ウサギの尻尾亭の掃除は鬼気迫るものがあり、両親ですら店の清掃に関してはイヴォンヌの怒気にも似たオーラにドン引きだったりする。
一度だけギルドマスターのダグラスが「そんだけ気力があれば、昆虫型の魔物なんて簡単だろ」と云った事があったが。
「あなたが、ゴブリンを生きたまま百匹食えるなら、あたくしも昆虫型の魔物と戦えます」と珍しく怒鳴ったイヴォンヌだった。
ゴブリンの肉を食べるなら、真夏の炎天下に発酵した生ゴミの方を喰って、死んだほうがマシと言われる程に不味いのだ。
ゴブリン同士で共食いすらしない不味さを例えに挙げられたダグラスは閉口するしかなかった。以後、誰もイヴォンヌの虫嫌いに対して“触らぬ神に祟りなし”とギルド内で…いや、プラントンの住民全員の心の中で議決されたのだった。
只、その虫嫌いさえなければプラントン一の美女なのだが。結婚申し込みの義とされている決闘を申し込んだ貴族の子弟がボロボロの姿になって街の訓練場で発見された回数は三桁になると云う。
未だに、イヴォンヌに勝てた男は誰も居ないのである。
ビェールを置く所作からは想像出来ない程の優雅さに、
「あらぁ、イデアちゃんの視線が熱いわぁ。うふふ」
さっきまでの心痛な雰囲気は何処へやら。イヴォンヌの甘い言葉にドキドキした心臓の鼓動を誤魔化す様にジョッキを掴み、親友のマリアと杯をぶつけ合う。
「レ、
「
ガシャンと酒飲みにとって心地よい音と共に、勢いが余ったジョッキからビェールの飛沫が舞い散る。
「あははは」
「あははは」
声に出して笑った二人は、一気にビェールを煽る。
「あらあら、二人とも上品な飲み方ね~。ビェールは飲む時に喉が鳴りやすくて下品な音がでるのだけれど。やっぱり女の子は違うわね~」
ゴキュゴキュと下品な音を立てて飲む男共と比べてしまうイヴォンヌは、感心した様に二人を褒める。
「ほらアタシ等ってフォースターランクでしょ? ファイヴスターランクからは礼儀作法とか身につけないと駄目だよってギルドの受付のミッディーさんにフォースターランク昇級試験の時、教えてもらってからは気を付けて飲むようにしてるんだぁ」
ファイヴスターランクからは貴族護衛の依頼が受けられる様になり、依頼料もフォースターランクの仕事に比べて段違いに良いのだ。
貴族護衛の依頼の必須条件がファイヴスターランク以上の礼儀作法を心得ている者に限るとあり。令嬢の護衛は女性冒険者達の一番稼ぎの良い依頼になっているのは言うまでもない。
なので、女性冒険者達はフォースターランク、気の早い者でスリースターランクから礼儀作法を身に染み込ませる努力を怠らない。
「もし今手が空いてるなら、イヴォンヌちゃんも一緒に飲もうよ」
旨い! もう一杯! 御代わり! と言いながら、マリアが看板娘にお誘いを掛ける。
カウンターの方を見るイヴォンヌに無言で頷く父親は、すでに“三つの”ビェールを出していた。
「ふふふ、じゃぁご相伴にあがろうかしらぁ」
満面の笑みで答える美女に、やった~と諸手を挙げる二人だった。
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