第四話 ただいま。

 ギルドからの帰り道、顔見知り達と挨拶を交わし。翔太郎の記憶と知識について考えに没頭しそうになるが、査問会までは、ゆったりとした個人の時間が取れないスケジュールになってしまったので、時間が出来た時に自分の身に起こった翔太郎の記憶や生まれて来てから思い出せる今までの事に対してじっくりと丹念に思慮を重ねようと決める。


 「ただいまぁぁ、カルラさ~ん。帰ったよぉ」


 「あぁ、おかえりぃ。お湯は張ってあるから、先にお風呂に入っちまいな」


 「は~い」


 イデアの叔母、カルラ・メストはプラントンで薬師を営む元シックススターランクの冒険者で、今は商業ギルド傘下の薬売ギルドに籍を置く。


  彼女が調合する各ポーションは品質が良く、冒険者を始め行商人から貴族迄あらゆる方面での需要は尽きない。


 薬売ギルドのランクはエイトスター。ネスタリア王国でも薬師評価『特星』は国王自ら下知されたもので、ギルドでは一番の傑物と云える。


 三十六歳とは見えない容姿に、人々の噂は絶えない。


 『若返りのポーションンでも作って飲んでいるんじゃないか』とか『老化を抑える薬を開発した』『実はエルフじゃないのか?』等と巷ではまことしやかに飛び交っている。


 身長は百六十八チメイトで、イデアと同じ金髪は膝まで届く長さだ。伸ばしているのではなくて、ただ単に無精なだけで伸ばしてしまっている等とはイデアと旦那以外は知らない。


 血筋なのか、バロン家の女性は皆が皆、街を歩けば男性達が二度見する程の身体をしていて『才色兼備のバロン』と云う女性として喜ぶべき称賛の言葉なのだけれど、当人達はいやらしい目つきの視線に辟易し、嫌悪している為に素直に喜べないのが実情だ。


 薬師やくしエプロン姿のカルラの家は三階建てで、使用人三名に弟子が七名。執事もどきの老人が一名住み込みで働いている。

 三年前からポーション製造の効率が上がり、今では品薄になりはするものの欠品と云う事はなくなった。


 カルラの店の企業秘密というのだろうか、製造工程で使用されている道具は隠匿されている。

 弟子を含めた使用人達は“盟約”で縛られており、口外しようものなら盟約の効果でカルラに関するすべての記憶が消去される。


 そんな使用人の一人、見習いメイドのメリッサが風呂場の前で掃除をしていた。


 「おかえりなさいませ、イデア様。お風呂のご用意は整っております」


  ペコリと頭を下げる使用人は若干九歳の女の子だ。


  二か月前に、イデアが依頼途中に野党に襲われている馬車を見つけ救い出した一家の一人娘である。


 両親共に怪我をしていたが命に別状はなく、カルラのポーションの御蔭で全快した彼等は、現在、行商へ出ており娘はイデアに恩を感じている事もあり、名目上は使用人として給金を与えているが、実は保護と云うのが本当の理由である。


 亜麻色の髪は左右に編み込まれていて、清楚且つ清潔感を漂わせている九歳の美幼女メリッサに『有難う』と声を掛け脱衣所へ足を入れるイデアだった。


 文化レベルが地球の十五世紀と同等な国に“風呂”が存在するのは、三十年前に王国に現れた“迷い人”アキオ・ヤマシナによって広められた。


 彼、アキオは稀代の魔法使いであると共に発明家としても才を発揮していた。


 『この世界ってさぁ、衛生面でマジやばレベルだよね~。んで、俺がそれを解決。あ~あ、お金なんていらない、いらない、不必要さ。俺がお風呂に入りたいからするだけで、ネスタリア王国はその被害者ってていでヨロシク~~』


 そして、彼が行ったのは魔術具・・・の開発。


 魔物であるトレントを材料にした湯船は魔力を流し込む事で水が貯水される。


 初期第一階位魔法水属性のレタウ二回程度の魔力量で湯船一杯に水が満たり、初期第一階位魔法火属性のエリフ一回分の魔力量で微温ぬるま湯になり、三回も使えば四十℃前後になる。


 それを僅か三日で作り、図面は王国内に配布され、今では誰でもお風呂に入れる住宅状況を構築してしまった。


 水張と温めに必要な魔力量は、ネスタリア王国国民の魔力量平均値の半分で賄えるようにアキオが作っていた事も、お風呂の普及に拍車を掛ける大きな要因だった。


 この国の文化を根底からひっくり返す大発明を安価で提供する事で商業ギルドが販売を請け負う権利を勝ち取った。


 湯船の値段は大きさにもよるが、九十チメイト×百八十チメイトの大きさなら購入価格は四百九十八ダーマ。

 アキオが作ったお風呂魔術具には“しゃわー”(一つ六十ダーマ)と“さうな”(一箱七百ダーマ~)もあった。


 今では“公衆風呂”や“水洗家庭用トイレ”“公衆水洗トイレ”等もあり“迷い人アキオ”の実績はネスタリア王国国内の衛生管理を各段と上げ、不衛生による乳児の死亡率が激減。人口の増加と共に現在の王国は、繁栄の兆しを見せ始めていた。


 風呂の排水から、公衆トイレの排水処理は“商業ギルド”が一切を請け負っており、主要都市を結ぶ“運河”に再利用されているのである。


 これは、迷い人の一人“ジェームス”と云う人物が百年前に当時の国王に技術提供をした事から国家事業として建設され、今も尚ネスタリア王国は勿論のこと各国に“運河”が存在した。


 当時は、湖や河川から水を引いて運用に充てていたのだが水棲の魔物の被害も多く、管理する兵士や冒険者達が対応をしていたのだけれど退治しても直ぐにやってくる魔物とのいたちごっこに疲れ果てていた。


 しかし、三十年前に現れた迷い人アキオによって、その問題が解決する事になる。


 アキオがお風呂の魔道具開発後に、排水問題の相談を受けた際の出来事である。


 『だったらさぁ、汚水処理システムを作るから。そのリサイクルした水を運河に流せばいいじゃん』


 無報酬で受ける代わりに、建設に掛かる費用に関して国庫が全額負担する事を条件にした。


 そして、以上の条件で世界の全ての国々に広められる。


 王都の地下に下水道を、近郊に排水処理場を建設し、そのまま運河に供給するシステムを作り上げてしまった。

 流石に風呂の魔道具の様に短期間で完成させる事は出来なかったが、たったの五年でネスタリア王国の全ての運河に排水リサイクル施設の建設を終わらしてしまったのである。

 建設時の人工にんくの雇用で職にあぶれていた人達の多くが雇われ、経済が活性化したのは語るまでもないだろう。


 迷い人アキオが作り上げた排水処理リサイクルで湖や河川からの水棲の魔物が激減し、運河を頻繁に利用する“商業ギルド”が老朽化による修復から、定期便の渡し船。運河の水質調査も含めて全の権利を与えられた。


 年に二回“商業ギルド”から王国・領主達には税金だけが納められ、余ほどの不手際がない限り一切の口出しも出来なかったが維持費と人件費を考えれば商業ギルドに丸投げ状態の運河運用に不満を漏らす王侯貴族達は殆どいなかった。

 たまに、莫迦な貴族の子弟が権利を主張するが、海千山千の商業ギルドの猛者達に敵う筈もなく、愚かさを周知されるだけに終わる。


 現在、ネスタリア王国の運河は家畜であれば飲用しても問題のない水質が常に保たれていて、副産物として第一次産業へ多大なる貢献していた。


 そんな迷い人アキオが開発したお風呂と水洗トイレはカルラの家にも設置されている。


 カルラの家の風呂の湯船の大きさは、縦幅百二十チメイト横幅二百チメイトで“しゃわー”三つに“さうな”が設置されている。高さ二メイト奥行三メイト、幅四メイトの大きな箱だ。


 “さうな”を使用する場合は初級第二階位魔法の火槍エクナル・エリフ並みの魔力が必要になるが、一般の庶民でも問題のない魔力量なので、少し大きめの家に住む人達は所有していて、プラントンの四割の家庭には“さうな”がある。


 服を脱ぎ捨てスッポンポンになったイデアは洗い場へ入り、メリッサが魔力補充をしてくれていた“しゃわー”のレバーを捻り暖かなお湯を出す。


 「ふぅ~~~、気持ちいい~~~」


 “しゃわー”で簡単に体全体を流し切ったイデアは、カルラ特製の“しゃんぷー”で頭を洗い始める。


 “迷い人”アキオが伝えた『正しいお風呂の入り方』に則った入浴作法は次の通り。


 一、頭を先に洗う。

 二、頭が洗い終わったら、今度は体を上から下に向かう様に洗う。

 三、洗った体を満遍なくお湯で流し終えたら、最後に掛け湯をして、湯船に浸かる。

 四、決して湯船の中にタオルを入れてはならない。

 五、これは絶対不変のお風呂道なり。


 以上が『アキオのお風呂五か条』と云われていて、入浴に於ける作法としてネスタリア王国国内では定着している。


 「シャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャカ」


 頭を洗う音が風呂場の湯気に当たり、乱反射して音が籠る。


 だが、それが心地よいと思ってしまうのは翔太郎の記憶があるからなのだとイデアは理解する。


 「………う~ん『俺のおっぱいが揺れる、見事なまでに、けしからん程に揺れている』…当たり前なんだけど…なんだろな」


 自分の身体をアレコレと確かめたくなる衝動を抑え、翔太郎の思いを鎮める。


 (『は賢者だ、賢者になるのだ。そこに素敵なお山が見えるとも、今は登頂してみたいと思う場合ばやいではない。ないったら、ない!』)


 「…………」


 フルフルと頭を振って気持ちを切り替えたイデアは、湯船のお湯を『洗面器』で救い上げ、洗い立ての頭へ豪快にザッパァ~っと浴びて、プフ~と息を吐く。


 「ちょっと試してみるかな…『操作ノイタレップ』」


 野営地での検証を元に、別の術式を実行してみるイデア。


 目線の先にあるのはボディーブラシ、それを手を使わずに洗体しようと試みている。


 ブラシは『ぼでぃーそーぷ』の容器の前までヨロヨロと空を漂いながらやって来て、容器の注ぎ口から“トロ”っと乳白色の液体がブラシに垂らされると。

 これまたヨロヨロと空を漂いながら、イデアの背中で垂直になり。シャッシャッシャと軽く彼女の背中を洗って行く。


 「…う~ん、コントロールの術式がイマイチだけど………馴れるしかないか『うっし!ガンバルンバ』………自分でも分かってるさ、日本でも死語だって…分かってる…の莫迦」


 胸を洗う時にになって、翔太郎の感覚が強くなったのか。ボッ! と赤面し羞恥心が込み上げる。


 「大丈夫よ、これはの身体なんだから…なかったモノは十歳くらいから大きくなって当たり前のモノだしぃぃ…あったはずのモノは元々ないしぃぃぃ…」


 何とか思考を脱線させながら、気になる部分を洗い終える。


 そして真っ赤な顔のままに掛け湯をして湯船に入ったのだが、改めて“お湯の中では浮くんだな”と思いつつも頭の中で自分自分で戦っている変な感覚に“なれろ~なれろ~”と自己暗示を掛ける十六歳の乙女のイデアは耐えきれず湯の中に頭まで沈んだのだった。


 「ブクブクブクブク」



 ◇



 風呂から上がってみれば時刻は九デジを回っていて、睡眠時間を確保する為に、ご飯はいらないから十五デジに起こしてと頭髪を乾かしてくれているメリッサに伝えた後、自室に入りガウンを脱いでラフな“ぱじゃま”に着替えた彼女は、早々にベッドに潜り込みやっと落ち着けたことに安堵した。


 「ふ~…翔太郎の記憶に目覚めてから、何だか色々考える事が増えて目が回りそうだなぁ」


 羽毛布団に包まる彼女の火照った身体は、長湯をし過ぎた所為なのか。それとも翔太郎の羞恥心の所為なのか、どっちなのよ! と考えている内に静かな寝息を立てて夢の中へ入っていくイデアだった。


 「すぴー…すぴー…すぴー…すぴー…」








次回、とんでもない起こし方をする幼女の話しです。

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