第三話 冒険者ギルドへ報告

 昼過ぎに出発した二人がプラントンに到着したのは、とっくに陽は沈み二十デジを回った頃だった。

 プラントンは、比較的に治安が高くて夜半まで開いている店も多い所為か、門戸は二十四時間デジオ通行可になっている。ただ、二十一デジ降は貴族と商人は日付指定の許可書が必要で、フォースターランク以上の冒険者だけがギルドカード提示で通ることが出来る。それ以下のランク冒険者は緊急事態発令時でない限り基本、通行が許されていない。

 とは言っても、ギルドカードもエンチャントがかかっており罪欄に記載があると如何なる時刻でも通行が許されない決まりになっている。


 冒険者ギルドだけではなく、商業ギルド等、他のギルドも共通のランクがあり。半人前の『スターダスト』に始まり、一つ星ニュースターから見習い初級とされ、順次星が増えて行くシステムになっている。

 冒険者ギルドの場合、ニュースターランクからダブルスターランク迄は依頼数をこなした数でランクアップするが。スリースターランクとフォースターランクは、実技試験を受けて技量がなければランクアップ出来ない仕組みになっている。

 ファイヴスターランク以上は、筆記試験と実技試験の他に礼儀試験と面接があり。それに過去に法を犯していると合格は出来ない。但し、刑に服して罪を許された場合は刑期を終えた二年後からランクアップ試験資格を得て、受験出来る様になる制度だ。

 現在、冒険者ギルドで最上級冒険者トップスターはイレヴンスターで、登録では七名いるのだが、実際に活動しているのは四名である。

 トップスターともなると高額の依頼料が必要になるので、先に述べた四名以外のイレヴンスター達は冒険者ギルドの依頼は受けず、単独で高額で取引される素材になる魔物狩りや魔窟迷宮深部でアイテムを手に入れ、それを売却し生活していると云う。


 そして各ギルド登録者が罪を犯した場合はギルド法によって裁かれ。そこには王族や貴族、教会すら口を出すことは許されない。

 過去に、他国で冒険者登録をしていた第三王子が殺人を犯し、ギルド法により斬首刑にされたのは今でも語られるギルド法の厳しさは身分を問わずとささやかれているし。これも他国なのだが、商業ギルドに登録をしている貴族の子弟が法を犯した時も十年間の奴隷落ちと云う厳罰に処された事例がある。




 二十年前までは傭兵ギルドも存在していたのだが、殆どの国が「半世紀和敬条約」を結んだ為に、傭兵を必要としていた戦いはなくなってしまった。そして職あぶれた傭兵達は素行が悪く、罪を犯す者が増え、各国で問題を起こす者が後を絶たない為に賠償請求等で運営が立ち行かなくなってしまい、冒険者ギルドに吸収され傭兵ギルドは潰えたのである。勿論、傭兵となった者達の犯した罪はギルド法によって厳罰に処された。


 その他にも多くのギルドがあったが、冒険者ギルド、商業ギルド、薬師やくしギルド等に吸収され、傘下に置かれれば御の字だが、大半のギルド自体が消滅していった。


 今では王族や貴族、大店の商人等から身を守るために、平民の殆どが冒険者ギルドへの登録が当たり前になっている。


 例えば、女癖の悪い王族が、ギルド登録をしている庶民の婦女子を強引に連れ去る事は不可能であり。冒険者ギルドが全力をもって、それを阻止する。

 スターダストランクの冒険者・商人は、各ギルドの雑用依頼があり、安価ではあるが安全で安定した収入を得られる為、貧民街の住民や孤児達の細やかな収入になっている。


 孤児院の運営は冒険者ギルドか商業ギルドのどちらかが運営しており、未来のトップスターを目指す孤児たちに夢と希望を与えていると言っても過言ではなかった。



 ここネスタリア王国の国軍兵の数は二十万人だが、冒険者ギルド九十七万人。商業ギルド六十万人合わせて約百八十七万人。実際に戦える戦力は七十万人弱ではあるが、ギルドを相手にして国軍が無事な訳がない。例え戦火を交え勝利を得たとしても、戦後の疲弊した国に他国が攻め入れば、簡単に陥落するのは火を見るよりも明らかな為に、国として権力を笠に強引な手段は取れないのである。


 そんな力の偏りがあるが、ギルドの方も冒険者には厳しく教えをしており。王族、貴族への挑発的な態度が発覚した場合、ランクダウンは勿論、強制労働三年の刑罰を謳っているので、早々莫迦な者は現れない。

 多少の喧嘩や揉め事に対して当事者の責任と、顛末を見守るのがギルドの方針だが。強盗・強姦、殺人等、国の法にも触れる行為は厳罰になる犯罪行為は未遂であれば、ギルド内で治める事が出来るのだが、事は簡単ではない。


 国に多大な貢献をしている身内がいるイデアは、多方面から色々と注目されている。

 そんな中での『イデア強姦未遂事件』は冒険者ギルドにとって、忌々しき事態と云えるかもしれないのだ。


 未遂とは云え、領主の介入を許してしまうかもしれない『ギルドの失態』なのである。


 「ギルド内で犯罪者が跋扈しているのではないのか?」等、付け込まれる口上は沢山あるのだから、満面の笑みで領主率いる領兵達が乗り込んでくる姿を予想するに容易い。


 

 以上の理由もあってイデアとマリアはギルドの建屋に入るや否や、受付で眠そうにしている夜間職員に事情を報告し、ギルドマスターとの面談を申し込んだのだった。



 三十セジもしない内に駆け付けたギルドマスターとイデアと付き添いのマリア。ギルド法の責任者達を迎えた後に証拠品を提出してから、一段落したのは日の出前だった。


 「イデア、心配はないと思うぞ。ここまで証拠があるし、査問会も一時間デジオと掛からないだろう」


 冒険者ギルド、プラントン支部長のダグラス・マーカーがイデアの肩をポンと叩く。


 「だが、査問会が終わるまで街から出る事は禁止させてもらう。まぁ一応、体裁は整えないとな…我慢してくれ」


 「はい、こればかりは決まり事ですから…」


 今回の事件で、イデアは無報酬なうえに、査問会が開かれるのは明日。それまでは稼ぐことが制限される。順調に事が進めば、一日我慢するだけなのだが、状況が状況なので査問会の審査が難航して後日に延長ともなれば一日どころではなく、下手をすれば一週間後に再審問なんて事もあり得るのだから落ち着かないのは仕方のない事だろう。


 「今更、雑務をしてもなぁ。一日十ダーマだしなぁぁ」


 しょんぼりとしているイデアにダグラスが『気休めにしかならないが』と付け加えながら言う。


 「今回の“コヨーテの牙”の遺品だが、査問会終了時にイデアの物となる。売っ払って金に換えれば、ある程度には成る筈だ。魔法使いの杖は四百ダーマにはなるだろうし、他の奴らの武器もそれなりだ。俺の目算だが…………千二百ダーマってところだな。ギルドで買い取っても良いぞ?」


 「千二百ダーマ!!!」


 意外に“コヨーテの牙”の装備は高価だった。冒険者の一日の平均収入が二百ダーマであるから、千二百ダーマは六日分の稼ぎと云える。


 ダンジョンアタックが成功していれば、その三倍は得たかもしれないが。無事に帰れた事を喜ぶべきと、隣に座るマリアがたしなめる。


 「査問会は明日の十七デジからだ、今日は帰って充分に休んで明日の査問後は『ウサギの尻尾亭』でメシだろ? 俺にツケておけ」


 「えっと、ギルド長。今夜にでもウサギの尻尾亭に繰り出そうって思ってるんですが」


 「今日か?」


 「はい」


 「まぁ、いいだろう。今日と明日は俺のツケで思いっきり飲み食いしてこい」


 好きなもん食って飲んで気分転換しろと言うダグラスにマリアが問いかける。


 「アタシもご相伴に…」


 「ああ、いいぞ。マリアは獣魔でイデアを連れて来てくれたからな」


 「やっっっっっっった!」


 ぐぐっと握りこぶしを作り、ガッツポーズをするYLNTマリア


 「十六歳のお前らなら酒を飲んでも文句は言わないが程々にしておけよ」


 「は~い」

 「は~い」


 二人してペロっと下を出し、悪戯っぽく笑って返事をした。


 (少しはイデアの気分も晴れるかな)

 内心、親友の娘であるイデアが心配で仕方ないダグラスであったが。もうコイツも子供じゃないんだしなぁと、何となく『娘の成長に寂しさを感じる父親の様な心境はこんな感じなのか』と思うギルドマスターはガシッと頭を一掻きしたのだった。





 冒険者ギルドを出た二人は今夜の予定を話している。


 「イデア、ウサギの尻尾亭には何時に集合する?」


 おとがいに人差し指を当てて、考えるイデア。


 「ん~、家に帰って…お風呂には入って…そうすると八デジ過ぎかぁ。そうなると寝不足だし最低でも六時間は寝たいから……」


 睡眠時間を計算し、ソワソワしているマリアに視線を移す。


 「ところでマリア。明日って何属日ヨディマだっけ?」


 「明日は風ヨディだよ」


 ネスタリア王国の暦は、九日間で一週間。地日、水日、火日、風日、雷日、氷日、空日、光日、闇日と属性が曜日になっていて、四週間で一ヵ月。一年は十ヵ月の三百六十日で、一日の長さは約二十四時間と地球と同じだ。

 闇日に休む人が多く、プラントンの街では闇日=週末と言う認識で通っている。


 太陽ティラは一つだが、月が三つある。それぞれ大きい順から男月おづきのニクス、女月めづきはイレーヌ、子月こづきはマリアと呼ばれている。

 男月は単体で、この惑星を周回しているのに対して。女月と子月は、女月に子月が追いかける様に、この星を周回している。

 男月は灰色に見え、女月は乳白色。子月は桃色に見える。御伽噺では、男月は父親であり、女月は母親。そして子月は娘であり、太陽は祖父の星として語られていた。


 余談だが、イデアの親友マリアの名前の由来は、子月のマリアからきている。それに天動説が否定され、地動説が正しい事だと広めたのは迷い人達であるが、それは別の話し。


 「風日かぁ」


 朝焼け空に浮かぶ子月マリアを見つめながら“酒場が混む前に行こう”と親友マリアに言うと。


 「何で属日を聞いたの? まぁ、いっか。分かったぁ、じゃぁ十六デジ位がいいかな?」


 「そ、そうだね、その時間でいいよ」


 そんな会話を終え、イデアは真っ直ぐに下宿先の叔母の家に足を向けたのだった。



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