1-14. ドラゴンは拳闘士

「ねぇ、私、冒険者になろうと思うの」

 ユリアはスープを飲みながら言った。

「冒険者? 危ないぞ」

 ジェイドは顔を曇らせる。

「でも、ずっと山にこもっていても将来がない気がして……」

「いつまでもこうやって二人で暮らせばいい」

「ありがとう……。でもお金も稼ぎたいし、何か挑戦したいのよ」

 ユリアは上目づかいにジェイドを見た。

「そうか……」

 ジェイドは腕組みをして考え込む。

「ダンジョンで魔物を倒して魔石を売るの。そこそこ稼げるって聞いたわ」

「うーん……。では二人パーティでやってみるか……」

 ジェイドは気乗りしなさそうに言う。

「やったー!」

 ユリアはうれしそうに笑った。


         ◇


 翌朝、ドラゴンの背に乗ってスウワの街へ飛んだ。ユリアは金髪碧眼に変身して、パッと見大聖女とは気づかれないようにしている。

 山をいくつか越え、遠くに大きな湖が見えてくる。スウワの街はその湖のほとりにあるのだ。


 ジェイドは街の近くで速度を落とし、

「そろそろ人に戻るぞ」

 と、重低音の声を響かせる。


 ユリアはピョンと空中に跳びあがると、ふわふわと浮いた。

 ボン! と煙を上げて、中から人化したジェイドが出てくると、ユリアをお姫様抱っこする。

「えっ!?」

 驚くユリア。

「舌を噛まないようにしてて」

 ジェイドはそう言うと一気に速度を上げ、隠ぺい魔法を展開して街の中心部へと降下して行く。

 高い城壁に囲まれたスウワの街は、湖の水を生かし、水路が整備されている水の街である。

「うわー、綺麗……」

 金髪をなびかせながらユリアは、小舟が行きかう美しく整備された街を眺めた。

 ジェイドは人気のない裏通りにスーッと着地して、ユリアを下ろす。

「ありがとう!」

 ユリアにとっては久しぶりの街である。目をつぶってしばらく人々の生活の匂い、響いてくる生活音を感じながらうれしそうに笑った。


        ◇


「ギルドは……これかな?」

 剣と盾の木製の看板を見上げながらジェイドが言う。

「まずは冒険者登録……、しないとね」

 ユリアも看板を見上げ、少し緊張してゴクッとツバを飲んだ。


 ギギギー……。

 年季の入った木製のドアを開けると臭いタバコの煙が漂ってくる。手前は冒険者たちがくつろぐロビースペースとなっていて、奥にカウンターが見えた。

 二人はカウンターを目指すが、長身のイケメンと金髪碧眼の若い娘のペアはどうしても目立ってしまう。冒険者たちの値踏みをするような視線が刺さる。


「いらっしゃいませ。どういったご用件ですか?」

 えんじ色のジャケットをピシッと決めた若い受付嬢が、にこやかに声をかけてきた。

「冒険者登録をお願いしたい」

 ジェイドはカウンターの周りを慎重に見回しながら答える。

「分かりました。お二人とも……、ですよね? 職業ジョブは何ですか?」

職業ジョブ?」

 ジェイドは困惑する。ドラゴンに職業ジョブなどあるわけがない。

「あ、私は魔術師です。彼は……、何だろう?」

 二人は顔を見合わせて考え込む。

「教会で宣託せんたくを受けてると思いますが……?」

 受付嬢は困惑する。

「魔物をこう、ボコボコと殴る職業ジョブはなんて言うんだ?」

拳闘士グラディエーター……ですかね?」

 受付嬢は首をかしげる。

「なんだよ! 自分の職業ジョブも分かんねーのかよ!」

 ロビーの禿げた中年の冒険者がヤジを飛ばし、ゲラゲラと笑う。

 それにつられて他の冒険者もからかうような笑い声を立てた。


 ズズズズ……。

 ジェイドの身体の周りから黒いオーラが漏れ出てくる。

「えっ……?」「うぉ……」

 その異様な雰囲気に、笑っていた者たちの顔から血の気が引いていく。

 ジェイドは静かに振り向くと、無表情のまま指を鳴らした。


 ガーン!

 禿げた男が派手に吹き飛ばされて床に転がる。

 周りの冒険者たちは何が起こったのか理解できず、凍り付く。

 静まり返るロビー。


 ジェイドはニヤッと笑うと、前を向いて言った。

「それではその拳闘士グラディエーターとやらで登録してくれ」

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