第43話『何だかんだあたしに甘いよね?』

「……」


 ついに始まった夏休み。学校という縛りから解放されて、一時の自由を謳歌する最高の長期休暇。


 あるものは部活に精を出し、またあるものは受験に向けて勉強を頑張り、またあるものは友達と遊び呆ける。


 そしてまたあるものは恋人との甘いひと時を楽しむ。


 その過ごし方は人それぞれであり、夏休みの過ごし方も千差万別である。


 そんな夏休み初日。僕は朝から沙知の家で夏休みの課題をしていた。


「飽きたぁ~!!」


 課題のノートを閉じ、そのままベッドにダイブする沙知。バタバタと脚をばたつかせ、ひたすらに不平不満をぶちまける。


「こんなの授業でやったことと変わんないじゃん!! つまんない、つまんない!!」


「そりゃそうでしょ、復習みたいなものだし」


「そんなの分かっているよ!! けど、もう完全に覚えた内容をやるなんてつまんないの!! 飽きた!!」


 ベッドの上でゴロゴロと暴れ回る沙知。知識を得ることに対して貪欲の沙知には、今の時間は退屈極まりない。


 そもそも日頃の課題も雑に提出するような沙知が、こんな課題を真面目にやるはずがない。


 沙知のこの反応も予想の範囲内。ただこれじゃあ僕の課題も進まない。できればさっさと夏休み序盤で課題を終わらせて、心置きなく沙知と遊びたい。


「はぁ……じゃあ、気分転換に何かする?」


「何かするって言われても……」


「なんでもいいよ、したいこと言って」


 沙知はベッドの上で座りなおすと、そのまま天井を見上げて悩み込む。そして数十秒の後、答えが出たのかニヤニヤとこちらを見ながら口を開いた。


「じゃあ、あたしの新発明の……」


「却下で」


 沙知の答えを聞く前に即答する僕。沙知は頬を膨らませて不満をアピールしてくる。


「えぇ~なんでぇ? いいじゃん!! しようよ!!」


「絶対に嫌だ」


 沙知の発明品はどれもこれもがろくでもない物ばかりだ。しかもその発明品は決まってエロアイテムになってしまう。


 つい先日も何かの映画を見て感化されたとかで、透明になる服を作ろうとした。


 完成はしたし、ちゃんと透明にもなった。けど、透明になったのは服だけで着ていた下着が丸見えになっていた。


 沙知の超絶スタイルを内包した下着姿。そんなものを目の前にした思春期の男子が我慢するのは困難。


 そのときは何とか理性で耐えたけど、正直帰ったあとは大変だった。


「えぇ~、今度こそはうまく出来たんだけどなぁ~」


 口をとがらせて不満そうにする沙知。そんな沙知の顔は可愛いけど、そのお願いは聞けない。


 別に僕が苦労する分には全然構わない。ただ我慢できず沙知に襲い掛かりでもしたら、それこそ取り返しのつかないことになる。


 それだけはなんとしても避けたい。身体の弱い沙知に何かあったら大変だ。


「兎に角、実験系は却下、他のことなら全然構わないけど」


「う~ん……じゃあ、また一緒に映画見ようよ」


「それならいくらでも付き合うよ」


 初デートで映画館に行ってから沙知は映画にハマったらしく、色々と見るようになった。


 映画といっても映画館の大きなスクリーンで観るわけじゃない。サブスクをテレビで流して観るのが、今の彼女が無理なくできるスタイルだ。


 映画を観る沙知は、いつも楽しそうにしているから僕も一緒にいて楽しいし、何より映画に熱中する沙知は可愛い。


「やった!! じゃあ、ポップコーンも用意するね!!」


 勢いよくベッドから飛び降りると、台所の方にパタパタと駆けていく沙知。


 ホント、慌ただしい子。まぁ、そこが可愛いんだけど。


「さて……今度は何を観るのかな……」


 待っている間にスマホで映画を物色する僕。沙知が楽しめそうなSFかミステリー辺りがいいかな。


「これとか沙知が気に入りそうだし……おっ、これは前に見たやつの続編か」


 映画を物色しながら沙知が戻るのを待っていると、彼女はちょっと不機嫌そうな顔をして戻ってきた。


「お姉ちゃんにおやつ食べるのは、お昼食べてからって言われた……」


「あぁ……なるほど……」


 スマホで時間を確認すれば、もう十二時を回っている。


 もうそんな時間だったのか……。


 何だかんだ二時間くらいは課題をしていたみたい。


「じゃあ、お昼食べてから映画を観ようか」


「うん、そうする……」


 渋々と頷く沙知。よっぽどポップコーンが食べたかったんだろうな。沙知の大好物だし。


「それで頼那くんはお昼どうするつもり?」


「まあコンビニで何か適当に買ってくるよ」


 確か沙知の家の近くにはコンビニがあったのを覚えている。そこで適当に何か買ってくればいいかな。


「それでは金がかかるだろ」


 僕たちの会話に割り込んできたのは、沙々さんだった。赤のジャージの上にエプロンをつけた姿で、沙知の部屋に入ってきた。


「オレがお昼ご飯を作ってやろう」


「えっ? でも……」


 沙々さんの手料理か……とてもありがたい話だ。


 彼女の料理の腕前は知っている。毎日沙知のお弁当を作っているからか、とても美味しい。


 前に沙知のお弁当のおかずを分けてもらったことがあるけど、そのときはとても美味しかった。


「なに、遠慮することはない、一人分増えたところで大した手間ではない」


「そうそう、お姉ちゃんが作るって言ってるんだから、お言葉に甘えなよ」


「お前は少しでもいいから、自分で料理をしてみろ」


 沙々さんは呆れ顔で沙知に言う。そんな沙々さんの言葉に、沙知はそっぽを向いて口笛を吹く。


 まあ、沙知は料理できないからなぁ。


「じゃあ、お願いしてもいい?」


 断るのも無粋だし、ここは素直に彼女の提案を受けることにした。


「あぁ、なら今から作るから、少し待っててくれ」


「何か手伝えることない?」


 せっかく作ってもらうのだから、せめて何か手伝えることがあれば手伝いたい。


「いや、大丈夫だ、ゆっくりしててくれ」


「そう? なら、お言葉に甘えて……」


 沙々さんは台所へと向かい、そのまま料理の準備に取りかかる。


 僕は手持ち無沙汰になり、とりあえず待っている間に、沙知とあとで観る映画を物色する。


「沙知、どれがいい?」


「う~ん……これ!!」


 沙知が選んだのは、SF系の映画だった。僕もこれ、気になってたんだよね。


 宇宙船が、謎の惑星に不時着。その惑星には地球とは全く違う進化を遂げた生物が生息していた。


 そして主人公たちは、その惑星でのサバイバルを強いられる……みたいな内容だ。


「じゃあこれにしようか」


 観る映画を決めると、あとはお昼ができるまで適当に沙知と雑談をして時間を過ごす。


「そういえば、沙知って料理はしないの?」


「頼那くんはあたしに料理ができると思っているの?」


「いや、全然」


 沙知の料理の腕は絶望的。というかそもそも不器用が極まりすぎて、調理器具や食材が触れることも許されない。


 家庭科の授業で調理実習をやったときは、沙知の調理実習だけは先生たちが付きっ切りで見てないといけなかった。


「でしょ? あたしに料理なんて無理なんだよ」


 そんな自慢気に言われても……。


 でもまあ、そんな不器用なところも可愛いんだけど。


「それにお姉ちゃんがいるし、あたしが作る必要ないよ」


「それもそうか……」


 沙々さんは家事全般をそつなくこなす人だし、そもそも沙知が料理をする必要なんてないか。


「頼那くんはあたしの手料理が食べてみたいの?」


「そうだね、沙知の手料理も食べてみたいな」


 彼女の手料理。男なら一度は憧れるシチュエーション。


 好きな子の手作り料理を食べたいと思うのは、ごく自然なことだと思う。


 まあ、僕の彼女が沙知である以上、その夢は叶わないかもしれないけど。


「あぁ~、何か諦めた顔してる~」


 僕の顔を見て、ジト目になる沙知。そんな彼女の態度に苦笑いを返す。


「だってさ……」


「む~……でも仕方ないか、できないものはできないし」


 一瞬ぷくって頬を膨らませたが、すぐに納得した沙知。この辺の割り切りは早いんだよね。


 元から出来ないことが多いから、出来なくても仕方ないって諦めている節が沙知にはある。


「なら逆に頼那くんがあたしに料理を作ってよ」


「えっ!? 僕が?」


「そう、彼女の手料理を食べたいって心理があるのなら、逆に彼女の方が彼氏に料理を食べたいってのもあるんじゃない?」


 沙知の言いたいことは分からないでもないけど、そもそも僕に料理なんて……。


 いや、せっかく沙知が提案してくれたんだし、ここは男らしくやるべきなのでは。


「わ、分かったよ……頑張ってみる」


「……頼那くんって、何だかんだあたしに甘いよね?」


「そうかな?」


「うん、実験は嫌がるけど、それ以外は何かとあたしのお願いを聞いてくれるし」


「う~ん、言われてみれば……」


 沙知の言っていることは分かるけど、僕は別に彼女に甘いわけではないと思う。


 ただ単に惚れた弱みというか、沙知の喜ぶ顔が見たいから色々としてしまうだけで。


 いや、結局甘いのか。僕が彼女に惚れたのは、沙知の笑顔に一目惚れしたからなわけだし。


「まあ、そのおかげであたしはそれなりに楽しい生活が送れてるから、いいけど」


「それならよかったよ」


 沙知の笑顔に、僕も自然と笑みがこぼれる。


 沙知が楽しんでくれるのなら、僕も嬉しい。


 また沙知に喜んでもらえることを……。


「あっ……」


「うん? どうしたの?」


 突然、僕が声を上げたことに疑問を持つ沙知。僕はそんな沙知に「何でもないよ」と言って誤魔化す。


 しまった……すっかり忘れていたけど、あと数日で沙知の誕生日だった。


 せっかく沙々さんが前もって誕生日の日付を教えてくれたのに、今の今まで完全に忘れていた。


 沙知に喜んでもらえるプレゼント……今からじゃ、用意するにしても沙知はなんだったら喜ぶんだ。


「う~ん……」


「ねぇねぇ、頼那くんってば」


「うわ!?」


「うわっ、て……あたしそんなビックリすることした?」


 考え込む僕の顔を沙知が覗き込んでくる。突然目の前に現れた沙知の顔に思わず声を上げてしまった。


 そんな僕に沙知は不満げに頬を膨らます。


「いや、ごめん……ちょっと考え事をしてて……」


「もう、それならいいけど」


 ぷくって頬を膨らませる沙知。その仕草は可愛いけど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。


 さて……どうしようかなぁ。


 再び悩み始めると、部屋の外から美味しそうな匂いが漂ってきた。


「ほら、できたぞ」


 沙々さんが大きな皿を持って、沙知の部屋に入ってくる。


 皿の上には、大量の素麺が盛り付けられていた。


「ご飯が来た!! ほら、頼那くんも食べよ!!」


「あぁ、うん」


 まあいいか、今はとりあえずお昼を食べることに集中しよう。


 僕はそう割り切って、沙々さんの作ってくれた昼食を食べ始めたのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

佐城沙知はまだ恋を知らない タトバリンクス @tatobalinks

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

参加中のコンテスト・自主企画