第40話 『次の助言をしてやろう』

 デートが終えた夜のことだった。


 僕は沙知から貰ったボールペンを眺めながらニヤニヤと笑っていた。


 今日のデートをするだけでも満足だったのに、まさかあの沙知が僕にプレゼントをくれるとは思わなかった。


 嬉しさのあまりニヤニヤが止まらず端から見れば、気持ち悪い笑みを浮かべているだろうけど、これが抑えられるわけがない。


「今日は最高の日だなあ」


 そう呟いた。こんな幸せな気持ち、今まで生きてきたなかで味わったことがないから。


 そんな至福を味わっている僕のスマホが鳴る。


「誰だろう? こんな時間に」


 画面を見ると『佐城沙々』と表示されていた。僕は少し不思議に思いながらも電話に出る。


「もしもし、沙々さん?」


『もしもし、島田? いま大丈夫か?』


「うん、別に大丈夫だよ」


『そうか、なら良かった』


 沙々さんの言葉に僕は首を傾げた。こんな時間に電話を掛けてくるなんて何か用があるのだろうか。


「沙々さん、何か用があるの?」


『いや、なに島田に礼を言いたくてな』


「えっ、お礼?」


 沙々さんからの思わぬ言葉に僕は思わずそう聞き返してしまった。彼女に対してお礼を言われるようなことなんてした覚えがないけど、どういうことだろう。


 そんな僕の疑問に沙々さんは答えるように話を続ける。


『今日沙知をデートに行ってきたのだろう、あいつ帰ってきてからずっとオレに今日のことを話してたよ』


「そう……なんだ……」


『ああ、すごく楽しそうにな』


 そんな沙々さんの言葉に僕は嬉しくなると同時に少し照れ臭く感じた。


 沙知がそこまで嬉しそうにしてくれたのは素直に嬉しい。けど、ちょっと恥ずかしい。


『まあ、正直……お前たちの話を聞いていると、むず痒くてな……一旦逃げる名目で島田に連絡したというのもあるが……』


 少し疲れたようにそう話す沙々さん。何かちょっと申し訳なく思う。


 沙知は沙々さんに対しては何というかおしゃべりというか……。あれやこれやと包み隠さずに喋っているのは、何となく察している。


 そのせいで僕たちの状況が沙々さんには筒抜けなんだろうけど、どうにも申し訳ない。


『っと、そんな話はどうでもいいか……島田、礼を言うよ……』


 一旦間をおいて沙々さんは僕にお礼の言葉を口にする。


『ありがとう、あいつを外に連れ出してくれて』


 沙々さんはそう僕にお礼を言った。


「別にそんなお礼を言われることじゃないと思うけど……僕はただ沙知と一緒にデートがしたかっただけだから……」


 僕は沙々さんの言葉にそう答えた。ただ自分が彼女と一緒に居たかったから、やったことだと僕は伝えた。


『それでもだ、ありがとう』


 沙々さんはそう再度お礼を言った。僕はそんな彼女に少し気恥ずかしくなる。


「あっ、そうだ……そういえば沙々さんに言わなきゃと思ってたことがあるんだけど……」


『んっ、なんだ?』


 気恥ずかしさを紛らわすように僕がそう話を切り出すと、沙々さんは聞き返す。


「今日沙知が着てた服……あれ前に沙々さんが買ってたやつだったんだけど……」


 今日の沙知の服装は、以前沙々さんの買い物に付き合ったときに彼女が買っていた服だった。


『ああ……あのときの買い物は大半があいつのデートのためのものだったからな』


「それ聞いてないけど?」


『まあ、言ってなかったからな』


 沙々さんは悪びれる様子もなくそう答える。


「つまり、僕に買い物を手伝わせたのって……」


『なに、島田の好みであいつをコーデしてやろうという粋な計らいだ、感謝しろ』


「いや……まあ、それはそうなんだけど……」


 確かにあのときの沙々さんは僕の好みを聞いてきた。けどまさか、それが全部今日のためだとは思わなかった。


『なんだ? もしかして不満か?』


「いや……別にそういうわけじゃないんだけど……」


『ならいいだろう、どうせ、あいつはこういうときの服装も全く意識しないんだ、なら島田好みにコーデしてもバチは当たらないだろう』


 確かに沙々さんの言う通り、沙知は服装に頓着するタイプだとは思わない。


 多分、沙々さんに服を頼んだのも手っ取り早く外行き用のオシャレな服を用意できるからだと思う。


『それにどうだった? あいつの髪は? 島田の好きそうな髪型を予想してやってみたんだが』


「すごく……似合ってた……というか可愛かったよ……」


 沙々さんの言葉に僕は素直に感想を口にしながら、今日の沙知の髪型を思い出す。


 綺麗で長い黒髪がフワッと全体的に広がっていたのが、彼女の元々の可愛さを引き立てていて、とても綺麗だった。


 今日の沙知は控えめに言って……滅茶苦茶可愛かった。


『そうか、なら良かった、手間かけて準備した甲斐があったな』


 スマホ越しからでも分かるくらいに満足げに沙々さんはそう答える。


「というか、沙々さん、僕たちに協力的過ぎじゃない?」


『なに、あの鈍感な愚妹を相手だ、オレが協力したほうが島田もやりやすいだろ』


「確かにそうだけど……」


 実際、沙々さんがフォローしてくれたおかげで、沙知と進展したこともある。


 それには感謝しかないけど、やっぱりどうしてそこまでしてくれるのか不思議で仕方がない。


『まあ、なに……オレが島田を気に入っているから協力しているというのはあるな』


「えっ?」


 沙々さんの予想だにしない言葉に僕は思わずそう反応してしまう。そんな僕の反応を見て、沙々さんは少し可笑しそうに笑う。


『ハハ……そんなに驚くことか?』


「いや、だって……」


『まあ、島田の言いたいことも分かるが、あいつをもらってくれるというのなら、島田みたいな男がいいとオレは思う』


「そ……そうなんだ……」


 沙々さんの言葉に僕は何だか恥ずかしくなってしまう。けど、嫌ではない、むしろ嬉しいと感じる。


『そういうことだ、だから、島田には頑張ってもらわないとな』


「うん……頑張るよ……」


 沙々さんの言葉に僕はそう答えた。沙々さんが僕のことを好印象に感じてくれているのは素直に嬉しい。


 それと同時に彼女の期待に応えるためにも沙知をもっと大切にしなくちゃいけない。


『というわけで、島田には次の助言をしてやろう』


「次の助言?」


『ああ、まあ別に大したものじゃないがな』


 沙々さんはそう言うと一旦間をおいて、僕にその助言を伝える。


『今月──七月二十五日はあいつの誕生日ということになっているから何か用意することを勧める』


「えっ、そうなの!? えっ、今月!?」


 沙々さんの言葉に僕は思わず驚きの声を上げる。そんな僕の様子に沙々さんは可笑しそうに笑う。


『やはり、島田は知らなかったのか?』


「う……うん……初めて聞いたよ……」


 そんな沙々さんに僕は素直に答える。すると彼女は少し呆れたようにため息を漏らす。


『まったく……あいつはまあ……頓着することでもないのは……分かるが……』


 沙知に対しての不満が漏れるようにそう呟く。


 確かに沙知は基本自分のことには頓着しないタイプだと思う。


 それに自分からそういうことを話題にするようなこともないから、僕は彼女の誕生日のことを知らなかった。


『まあ、そういうわけだ、何か準備しておくなり、あいつに話して恋人らしいことでもしてやれ』


「う……うん、分かったよ」


 沙々さんの言葉に僕は素直に頷く。


 七月二十五日か……。時期的にはもう夏休みか……。


 沙知の誕生日を祝うのも大事だけど、他にも夏らしいこと、たくさんしたいな……。


「あれ……」


 僕はあることを気付くと思わず声を漏らす。それに沙々さんは反応するように聞いてくる。


『んっ? どうした?』


「いや……沙知が誕生日ってことは……沙々さんも誕生日ってことだよね?」


 沙知と沙々さんは双子の姉妹だ。


 沙知が誕生日なら当然沙々さんも誕生日ということになる。


『ああ、そう言えばそうだな』


 そんな僕の言葉に沙々さんは興味なさそうにそう答えた。まるで一切意識してなかったみたいに。


「そう言えばって……」


 沙々さんの反応に僕は思わずそう口にする。


 それにさっき沙知の誕生日を口にしたとき妙な言い回しだった気がする。


 その違和感を口にしようと僕がする前に沙々さんはそれを遮るように話し出す。


『まあ、島田が気にする必要はない、お前は沙知の誕生日をしっかりと祝ってやれ』


「う、うん……」


 沙々さんの言葉に僕はそう返事をした。けど何か引っ掛かるものがあるのは間違いなかった。


『それでは島田……オレはそろそろ風呂にでも入るから切るぞ』


「うん……分かったよ」


『あっ、オレのお風呂姿を想像してもいいが、ほどほどにしとけよ』


「し、しないよ!!」


 そんな僕の反応に沙々さんは楽しそうに笑う。それに僕は思わず恥ずかしさが込み上げてくる。


『ハハハ……冗談だ、それじゃまたな』


「うん……」


 僕がそう返事すると、沙々さんのスマホは通話の切れる音を立てた。それを聞いた僕は少し落ち着きを取り戻す。


「沙知の誕生日か……ちゃんと祝ってあげなくちゃ」


 僕は小さくそう呟くと、スマホのカレンダーにしっかりと予定を記入してベッドへと横になる。


 少し気になることはあるけど、今は気にしてもしょうがない。とりあえず今は次のことを考えよう。


 それにしても今日は楽しかったなあ。


 今日のことを思い出しながら僕はゆっくりと微睡みの中に落ちていったのだった。

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