第39話 『あたしはデートをしてみたい』

 あたしは頼那くんの手を握って、真っ直ぐ目的地に向かう。


「沙知? どこ行くの?」


 そんなあたしの行動に頼那くんは尋ねてきた。彼は行き先も聞かぬまま素直にあたしに付いてきてくれている。


 そんな彼の問いかけに答える前に目的地に着いた。


 そこはさっきまで頼那くんと一緒に来ていた映画館。その映画館の前であたしは立ち止まる。


「ああ、ポップコーンをテイクアウトしに?」


 頼那くんはあたしがポップコーンを食べたいのかと思ったのか、そう聞いてくる。


「それもあるけど……他にも用ができたから……」


「それって……?」


「ちょっと待ってて……すぐに戻るから」


 あたしの言葉に彼は首を傾げる。そんな反応にあたしは小さく笑みを浮かべると、彼の手を離した。


 そして、あたしは映画館の中へと足を踏み入れると、頼那くんはその場で待っててくれた。


 あたしが映画館の中に入ってから数分後、あたしは彼のもとに戻ってきた。


「お待たせ、頼那くん」


 あたしが戻ると、彼は小さく笑みを浮かべてくれる。


「おかえり……あれ? ポップコーンは?」


 あたしがテイクアウトをしてきたと思ってたらしく、頼那くんは不思議そうに首を傾げる。


「うん、それはまた後で」


 そんな彼の言葉に手を横に振って否定すると、あたしは身体の後ろで隠していたものを見せる。


「はい、これ」


 そう言ってあたしは映画館のロゴが入った袋を見せて、彼にそれを手渡した。


「えっ? なに?」


 突然渡された袋に頼那くんは困惑した表情を浮かべる。


「いいから開けてみて」


 そんな彼にあたしは袋を開けるように促す。彼は小さく頷いてから、袋を開封した。


「これは……ボールペンとパンフレット?」


 袋の中から出てきたのは、今日観た映画のパンフレットと映画に出てきたキャラのロゴが入ったボールペン。


「それあげる」


「えっ……でも、どうして……」


 困惑しながら、渡されたものとあたしを交互に見る頼那くん。


 突然、ボールペンとパンフレットを渡されたのだから、当然の反応。誰だって困惑する。


「このヘアピンのお返しと今日のお礼」


 自分の髪に着いているヘアピンに触れながらあたしはそう答える。すると、頼那くんは目をぱちくりとさせた。


「なに……その反応……あたしがプレゼント渡すの……そんなに意外?」


「えっ……あぁ……うん、すごく意外……」


 あたしの言葉に頼那くんは少し驚いたように答える。どうやら、彼はあたしがプレゼントを渡すことにびっくりしたらしい。


「ちょっと心外なんだけど……あたしってそんなに薄情な人間に見えるの?」


 そう少し非難するような口調であたしが言うと、頼那くんは慌てて首を横に振り出した。


「いや!! そんなつもりじゃないよ!!」


 そんな彼の必死な否定にあたしは思わず小さく吹き出す。


「アハハ、そんな必死にならなくていいのに」


「いや、そうじゃなくて……沙知が僕に何かプレゼントしてくれるとは思ってなかったから……つい」


 そんなあたしの反応に頼那くんは少し恥ずかしそうに頬を掻く。どうやら彼は、あたしがプレゼントを贈るなんて露程も思ってなかったらしい。


 ホント、ひどいな。けど、彼にそう思われても仕方ないのかも。


 あたしは今までの彼を振り回してきたことを思い返して苦笑する。


「頼那くんはあたしからプレゼントされたら迷惑だった?」


 だからこそ、あたしは改めて彼に尋ねる。どんな答えが返ってくるのかなんて分かってるのにね。


「ううん、すごく嬉しいよ」


 予想通り彼はそう答えて笑った。その笑顔にあたしもつられて笑う。


 彼の笑顔を見ていると、なぜかあたしは自然と笑みが溢れてしまう。


 理由は分からない。でも、彼があたしが渡したプレゼントを喜んでくれたのがすごく嬉しかった。


 多分、このヘアピンをくれたときの頼那くんも同じ気持ちだったのかな。


 あたしは頼那くんの笑顔を見て、そう思った。


「そう、なら良かった」


「けど、なんで急に?」


「何が?」


「プレゼント、沙知がこういうことするの意外だったから……」


 ホント、ストレートに聞いてくるなあ……頼那くんは。まあ、それが彼の良いところなんだけどね。


 別に隠す必要もないからあたしは素直に答えることにした。


「お返しとお礼ってのもあるけど……もう一つあるんだよね」


「もう一つ?」


「うん、頼那くんがこのヘアピンをプレゼントしてくれたときに言ったよね、このヘアピンは誓いの証だって……」


「うん……確かに言ったけど……面と言われて、そういうと少し恥ずかしいな」


 あたしの言葉に頼那くんは恥ずかしそうに頬を掻く。そんな彼にあたしは小さく笑みを向ける。


「あたし、このヘアピンを貰ったとき、すごく嬉しかったんだ……」


 自分の体質で彼を振り回してしまったとき、あたしはナーバスになっていた。


 正直、いつ見捨てられても仕方がないって思っていた。というか見捨てたほうが彼のためだと、そう思っていた。


 だってあたしみたいな人間と居たって、彼に何のメリットもないから。


 けど、そんなあたしを見捨てずに彼はあたしに真っ直ぐに向き合っていってくれた。


 誓ってくれた。


 あたしの傍に居るって、ずっとあたしの傍にいるって。


 こんなに真剣にあたしと向き合ってくれると言ったのに、あたしは彼のことをまだよく知らないで、知ろうとしていなかった。


 きっとこのまま先に進めば、どこかであたしはまた前みたいに彼に対して興味を無くし、自分の記憶から彼の存在を無くしていたと思う。


 あたしはそういう人間だから。人との繋がりが薄いから平然とそんなことをしてしまう。


 薄情で人でなしだから。


 だから……。


「だから、あたしも誓うことにしたの……君の……頼那くんの想いにちゃんと向き合うって」


「沙知……」


 あたしは真っ直ぐ彼を見つめる。


 誰かの想いに向き合う、それは簡単なようですごく難しいこと。


 あたしには人を好きになる気持ち、愛おしいと思える気持ちがまだよく分からない。


 そもそも他人を知ろうという気持ちがなかった。だから、分かるはずもなかった。


 けど、あたしは決めたんだ。


 頼那くんの想いを真剣に受け止めて向き合おうと。


 彼がこのヘアピンに誓ってくれたように、あたしの想いに誓うことにした。


「頼那くんは真剣にあたしのこと想っているのに、あたしがそうしないのは不公平だと思ったから……釣り合ってないって……」


 そう、あたしは彼に釣り合ってない。だから、あたしは彼に対して何もしてこなかった。


 けど、それじゃいけないんだと気付いた。


 彼はあたしのことを想って行動してくれたのに、あたしは彼の想いに対して何もしていない。


 それはあまりにも失礼だと感じた。


「正直に言うとね、今日映画に行けることが楽しみすぎて、あんまり頼那くんのこと考えてなかったんだ」


「それは分かってたよ」


「アハハ……ごめん……」


 あたしの言葉に彼は気にしている様子もなく、小さく笑みを浮かべる。そんな彼の反応にあたしは思わず乾いた笑みを溢す。


 ホント、どうしようもないくらいあたしは彼に対して失礼極まりない人間だ。


 彼は今日という日のために時間も労力も使ってくれたのに、あたしはそんなこと一切気にしてなかった。


 ただ自分が映画を観たいから、そんな理由で彼を利用した。


 自分のダメな所ばかり気付いて、段々自己嫌悪に陥っているけど、今はそんなことしてる場合じゃないと、あたしはすぐに気を取り直す。


「だから……その……これはあたしの決意表明みたいな……」


 そう言って、あたしは彼が握っているボールペンを持つ手に、自分の左手を重ねた。


「あたしも本気で君のことを好きになりたい、恋を知るんだったら君とがいいって」


 そう、これはあたしの覚悟の証。


 彼の想いに応えるために、あたしは彼を知ることから始める。


「沙知……ありがとう」


 彼は嬉しそうに笑顔を浮かべて、お礼の言葉を述べる。そんな彼の笑顔にあたしは少し照れ臭く感じる。


「うん……どういたしまして……」


 そんな気持ちを隠すようにあたしも笑ってそう答えると、彼に触れていた手をそっと離した。


 手を離した左手には彼の温もりがまだ微かに残っているそんな気がした。


 そんな温もりを感じながら、あたしと彼は映画館を後にして帰路に着いた。


「沙知……今日はありがとう」


 家まであと少しというところで頼那くんが突然そうお礼を言ってきた。


「えっ? 急にどうしたの?」


 あたしは思わず首を傾げた。いきなりお礼の言葉を言われる覚えがなかったから。そんなあたしに頼那くんは照れ臭そうに答える。


「沙知とデートできて楽しかったから」


「そうなの……? あたし別に頼那くんに何かしてあげれたわけじゃないのに……」


「そんなことないよ、僕は沙知と一緒に映画を観れて楽しかったから、好きな人と一緒の思い出が作れて、僕は楽しかったよ」


「そう……なんだ……」


 彼の真っ直ぐな言葉にあたしは思わず視線を逸らしてしまう。


 彼はどうしてこうも恥ずかしい言葉を簡単に口にできるんだろう。


 そんなことを思いながら、あたしは自分の髪に着けていたヘアピンに手に触れる。


「それに沙知からもらったボールペンとパンフレットは大事にするから」


「うん……そうしてくれると嬉しい」


「もちろん、沙知に貰ったものだからね」


 彼は笑顔でそう答えると、あたしの手を取った。そしてそのまま、その手を引いて歩き出す。


「ねえ……頼那くん……」


 あたしは彼に手を引かれながらポツリと呟くように声をかける。すると彼はあたしに視線を向ける。


「なに?」


「また……頼那くんと一緒に……どこか出掛けたいな……」


 いつもより小さな声であたしはそう伝えると、彼は歩みをピタリと止める。


「えっと……なんか変な事言った……?」


 急に立ち止まった彼にあたしは少し不安になりそう聞くと、彼は首を横に振った。


「ううん、違う、沙知……それって……」


 彼は何か言いたそうにしているけど、言葉が出てこないのか、そのまま黙り込んでしまう。そんな頼那くんにあたしはさっきよりもはっきりと伝える。


「うん、また頼那くんと一緒に出掛けたい」


 あたしの言葉に彼は少し驚いた表情を浮かべる。そしてすぐに嬉しそうだけど、どこか気恥ずかしそうな何という感情が混ざったのか分からない笑みを浮かべた。


「なに? その顔……」


「いや、沙知がそんなこと言ってくれたのが嬉しくて……何か自分でもよく分かんない」


 そう言って頼那くんは顔を隠すように自分の口元を右手で覆う。そんな彼にあたしは思わず小さく笑ってしまう。


「アハハ、何その反応」


 彼の反応を見ながらあたしは思った。


 きっと好きな相手にもう一度デートに行きたいって言われることは、すごく嬉しいことなんだろう。


 初めてのデートが楽しかったから、また一緒に行きたいと。


 好きな人との思い出を自分の中に刻みたい。もっと増やしていきたいと、そう思うから。


 だから、彼は嬉しそうに幸せそうに感動するように笑ったんだと思う。


 あたしにはまだ分からない感情。


 けど、いつかそんな彼の気持ちを分かろうとしたい。彼ともっと感情を共有できるようになりたい。


 好きな人との思い出を自分の中に刻みたい。もっと増やしていきたい。


 もしかしたら、いつの日か幼い頃に夢に見た景色を彼と一緒に見るかもしれない。


 もし、そうなったらあたしはどんな感情を抱くのだろう。こんなあたしにそんなことが訪れるのだろうか。


 それは分からないけど、今言えることはただ一つ。


 あたしも今日頼那くんが感じた感情を知りたい。好きな人と一緒に思い出を刻んでいく、その感覚をあたしも知りたい。


 だから……。


 あたしはデートをしてみたい。


 そう強く思った。


「沙知……また、どこか行こう」


 彼はそう言ってくれる。そんな彼の優しさに甘えているだけなんじゃないかと思うときもあるけど、今は彼のその言葉に甘えていたい。


 きっといつかあたしも分かるときがくると思うから。


「うん……また……デートしたいね」


 あたしがそう答えると、彼は嬉しそうに微笑んでくれる。そんな笑顔にあたしは小さく笑みを溢した。


 そんなあたしを見て、彼もまた笑う。そしてそのまま再び歩みを進める。


 今日のデートを忘れないために、帰ったら記録を残そう。


 彼には言ってないけど、彼に渡したボールペン。実はちゃっかりと自分の分も買ってあるから、帰ったらすぐにそれを使って書こう。


 そして今日のデートの思い出をこの胸に記録に刻もう。


 そう心に決めながらあたしは彼と手を繋ぎながら帰路に着いた。

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