佐城沙知は夏を満喫したい

第41話 『夏休み楽しみだね』

 七月。夏が本格的に始まり、暑さは日に日増していく。連日、今年の最高気温が更新と、天気予報で耳にするほどだ。


 暑いことは何も悪いことではないけど、こうも暑い日が続くと少しだけ気が滅入る。


 しかし、学生たちにとってはテストも終わり、あとは残りの登校日をだらだらと過ごして、夏休みを待つだけの期間とも言える。


 そんな夏休み前のある日のこと。


 今日も今日とて下校後、沙知の部屋にて、僕たちはいつものように特に何をするわけでもなく過ごしていた。


「あぁ~、冷房最高~文明の利器~最高~」


 沙知は冷房の風を浴びながらベッドの上で座ってだらけている。


 ただ、パジャマの上のボタンを二つほど外して、その大きな胸をさらけ出しているせいで目のやり場に困る。


 元々存在感のある大きな胸と下着がチラチラと見える。それにさっきまでシャワーを浴びてたため、彼女の白い肌が火照ってほんのり赤くなっていて、どこか色っぽい。


「沙知、その格好はさすがに無防備過ぎない?」


「えっ? なんで? だって暑いじゃん?」


 僕の指摘に沙知はキョトンとした様子で首を傾げる。


 いや、それは分かるよ。けど僕が言いたいのは、もう少し露出控えるなりしてほしいってことなんだけど……まあ、きっと言っても聞かないんだろうなあ。


「頼那くんもシャワー浴びてくる? 汗かいたでしょう」


「えっ、いや、僕はいいよ……」


 沙知のそんな申し出に僕は思わずたじろいでしまう。汗はかいてるけど、流石に彼女の家のシャワーを借りるのは、まだ僕にはハードルが高い。


「なんで? 浴びてくればいいじゃん」


「いや、僕は大丈夫だから……それに家に帰るときにまた汗かくだろうから自分の家で入るよ」


「それもそっか」


 そんな僕の答えに沙知は納得すると、ベッドの上でごろごろとだらける。


 彼女が動くたびに、彼女の大きな胸も揺れるのが気になってしょうがない。正直、目のやり場に困るから本当に自重してほしい。


 意識しないように目線を逸らして、あちこち見回して気を紛らわそうとする。ふと、彼女の髪に着いているヘアピンに目がいく。


 僕がプレゼントしたキリンのヘアピン。


 初デート以降、沙知はそのヘアピンをずっと着けてくれている。そのことが嬉しくて、僕は思わず笑みがこぼれてしまう。


「ん? どうしたの?」


「いや……なんでもないよ……」


 正直に言うのが気恥ずかしくて誤魔化すようにそう答える。


 散々恥ずかしいことを沙知には言っていた気がするけど、それはそれ。これはこれだ。


「そ、そう言えば、もうすぐ夏休みだけど、沙知は何か予定とかあるの?」


 下手なことを言うと、ボロが出そうなので、一旦話題を変えるようと、僕はそう切り出した。


「う~ん、せっかく時間があるから新しい実験をいくつか検証してみたいなぁ~って考えてる」


「そうなんだ……沙知らしいね」


 流石は好奇心が服を歩いてるような存在の沙知だ。きっと僕には考えつかないような実験をするんだろうなあ。


「そういう頼那くんは何か予定とかあるの?」


「実は特にこれといった予定がないんだよね」


 例年夏休みはだらだらと過ごしていたから、これといったことはしたことがない。


 夏休みが始まる前はこれをやるぞと目標を立ててはいる。けど時間がありすぎて、明日でいいか、明後日でいいかと先延ばしにして結局何もしないことがほとんどだ。


 けど、今年は違う。なぜなら……。


「だから、沙知と恋人同士になって初めての夏休みだから、沙知と色んなことをしたいなあって思ってる」


 今年は沙知という僕の彼女がいる。ならば、彼女との一夏の思い出を作りたいと思うのは、彼氏としては当然の思考だろう。


 というか沙知と一緒に色んなことがしたい。切実に。


「そういうものなの?」


 まあ、僕の気持ちとは裏腹に、彼女は案の定というか、予想通りというか、不思議そうに首を傾げていた。


「そういうものなの」


 僕はそう断言する。お互いに恋愛経験ゼロの初めて同士。だが、沙知はそれを拍車にかけて疎く、色々とズレていることがよくある。


 名目上は恋人同士だが、実際のところ彼女が僕のことをどう思っているのかは不明。


 この前のデートで少しは意識をしてくれたと思うのは、僕の高望みが過ぎるのだろうか。


 まあ、それでもいい。僕は沙知と恋人らしいことがしたい。ただそれだけ。


「そっか、なら、頼那くんがやりたいこと、やろうよ」


 軽い返事に僕は思わず沙知の方に目を向けてしまう。そこには仰向けになったまま、こちらを見つめる彼女の姿。


 彼女の透き通るような青い綺麗な瞳に僕の視線は吸い込まれそうになる。


「あたしには恋人同士が何やるのか、いまいち分からないから頼那くんが教えてくれると嬉しいかな」


「う、うん……」


 沙知のそんな言葉に僕はドキリとする。こういうことを天然で言ってしまうから、彼女はずるい。


「でもさっき……実験もしたいって言ってたけど、いいの?」


「いいよ、こっちもあたしにとっては大事な実験の一つだからね、予定に狂いはないよ」


 僕を見つめながらムクッと起き上がると、彼女はそう断言する。


 確かにそれもそうだ。沙知にとっては僕との関係は恋を知るための実験だ。


 夏休みに実験をするという予定の沙知にとっては、予定通りでしかない。


 まあ、なんというか釈然とはしないけど、彼女とは夏休みの間も何かしら一緒に過ごせるというだけで、僕は十分嬉しい。


「分かった……じゃあ、また色々と考えてくるよ」


 王道のプールや夏祭りに行くなどの夏休みイベントは盛り沢山だ。


 楽しいことや面白いことはたくさんある。きっと充実した夏休みがおくれると思う。


 ただ絶対に念頭に置いておかなければならないことがある。


 それは沙知の体調面。


 特にプールや夏祭りは人混みもすごいし、沙知の体力の消耗も激しくなる。


 そうなれば十中八九沙知の体調は崩れて、いい思い出を作れなくなるだろう。


 それはダメだ。せっかく彼女と楽しむんだから最後までいい思い出にしたい。


 だからこそ、今回は屋内で楽しめるスポットとかあまり沙知がしてこなかったことを中心に色々と考えていこうかな。


 そんなことを考える僕の横に急に沙知は身体を前のめりにして近づいてきた。


「ねえ、頼那くん」


「な……なに?」


 急に近くに接近してきた沙知に僕は思わずドキリとしてしまう。


 ただでさえ可愛い沙知の顔が近くにあるだけでもドキドキするのに、はだけたパジャマから見える彼女の大きな胸も僕の目の前にあって、その破壊力が凄まじい。


「色々と頼那くんに任せるけど、ただ……」


「ただ?」


「あたしって興味持ったことにはずっと集中して、周りの声とか耳に入らないところあるから、もしかしたら頼那くんとの予定忘れるかもしれないから予め言っておくね」


「そ、そうなんだ……」


 沙知のその言葉に僕は思わず苦笑いを浮かべてしまう。


 まあ確かに彼女はそういうタイプだ。興味を持ったことに一直線なところとかは彼女の長所であり短所でもある。


「うん……あと……体調も崩れたりするから……それで予定が狂うかもしれないから……」


 さっきよりもちょっと申し訳なさそうにモジモジさせながら、沙知はそう呟く。


 その姿がちょっと可愛いと僕は思ってしまった。


「うん、そのときはまたちゃんと予定を練り直すから安心して」


 沙知が自分の体調面で負い目を感じているのはよく知っている。


 前のデートのときも一度は体調崩したし、これからもそうなるかもしれないと心配なんだろう。


 けど、それは仕方がないこと。だから僕は沙知を責めるつもりはないし、そのことで彼女に負い目を感じさせたくない。


「そう……ならよかった……」


 沙知はホッとした表情を浮かべると、いつもの無邪気な笑みを浮かべる。


 その笑みを見ていると安心する。沙知が無理をするのは避けたいけど、それでも今みたいに笑っていてくれると嬉しい。


「また頼那くんとのデート楽しみにしてるからね」


「!?」


 不意に沙知から出てきたその一言に、僕はドキリとした。


 沙知が僕とのデートを楽しみにしてくれる。


 それは恋人同士という関係を考えれば至極当然なのかもしれないけど、彼女からその言葉が出ることが意外だった。


 単にどこかへ遊びに行くことができるから、そう言っているだけだと思う。


 彼女はまだ僕に対して恋愛感情を抱いているわけではないから、そのことが分かっていても、それでも僕は嬉しい。


「う、うん……僕も楽しみにしてるよ……」


 沙知のその言葉に僕は思わず照れながらそう答えると、彼女は思い出したかのように口を開いた。


「あっ、そういえばさ、夏休みなんだけど」


「うん?」


 沙知の言葉に僕は首を傾げる。一体どうしたんだろうか。


「頼那くんって夏休みの間、基本的にずっと暇?」


「えっ? まあ……特に予定は入れてないけど……」


 沙知のそんな質問の意図が読めず僕は思わず首を傾げてしまう。


 そんな僕の答えに沙知はどこか安心したように胸を撫で下ろすと口を開く。


「じゃあ、できれば夏休みの間、あたしとほぼ会いに来て欲しいんだけど……」


「えっ? それって……」


 沙知は僕と毎日会いたいと言ってるようなもの。もしそうなら正直嬉しいことこの上ない。


 けど、それにしてはどこか歯切れが悪い感じもするし、一体どういう意味なんだろうか? 


「あたしは夏休みの間、ほぼ毎日実験をするつもりなんだけど……」


「う、うん」


「あたしって人でなしだからさ、他の実験に夢中になったら、前みたいに頼那くんのことを忘れちゃうことがあるかもしれないから」


「ああ……なるほど」


 沙知の説明に僕は彼女の言いたいことを理解した。


 つまり沙知に忘れられたくないなら毎日会いに来てと、そう言っているんだろう。


 沙知が別のことに夢中になると、どうでもいいことを忘れると悪いクセがある。


 それに実際に前に一度僕のことを完全に忘れられたことがある。


 そのときはこの世の終わりかってくらい落ち込んだし、沙知との関係が壊れそうになった。


 それでもちゃんと沙知との関係をやり直して、今に至るわけだが、あのときの苦しみをもう二度と味わいたくはない。


「うん……分かったよ」


「ありがとね、頼那くん」


 彼女に忘れられたくないので、僕は沙知の提案に素直に頷くしかない。


 完全に沙知の言うとおりになるしかないけど、裏を返せば、沙知は僕を忘れたくないからわざわざこんな提案をしてくれたんだ。ということは……。


(頼那くんと毎日会いたいなぁ~)


 なんて沙知が言いそうにないことを妄想して、僕はついドキッとしてしまう。


 こんなこと沙知が言うわけないけど、いや、実際は言っているようなもんだけど、それはそれで可愛い。


「どうかした?」


「いや、なんでもないよ……」


 そんな妄想に耽っていた僕に沙知は首を傾げていたが、僕は平静を装ったフリをして誤魔化す。


 そんな僕を不思議そうに見ていた沙知だったが、すぐに話題を切り替えるように口を開く。


「あぁ~夏休み楽しみだね……なんか今からワクワクするね」


「そうだね……うん、楽しみだ」


 そんな沙知の言葉に僕は首を縦に振ると、楽しみな気持ちが広がっていく。


 沙知と何をしようかな。


 夏休みが始まったらすぐに沙知の誕生日だってあるし、それに上手く噛み合えばプールや夏祭りに行きたい。


 水着姿や浴衣姿の沙知を見てみたい。きっと可愛いだろうなあ。


「ねえ……頼那くん」


「うん? どうしたの?」


「夏休み、いっぱい楽しもうね」


 そんな僕の妄想は沙知のその一言で現実へと引き戻される。


 別に水着や浴衣が見れなくても沙知と夏休みを楽しめればいいか。


 また映画に行っても良いし、沙知と一緒に夏休みの宿題をしに家に遊びにいっても良い。


「うん……沙知、夏休み、いっぱい楽しもうね」


 僕は改めてそう言って微笑むと、彼女も嬉しそうな笑みを浮かべた。


 そんな僕と彼女が恋人となって初めての夏休みが近づいてきたのだった。

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