第117話 オルグレン伯爵家 1/2

 フィリと婚約中はリーリアの厳しい監視の元に節度あるイチャコラを楽しみ、結婚後は新婚旅行気分で数回に分けて各所を訪ねた。

 投資先の主要人物やアリシアにも会いに行った。皆にフィリを妻と紹介出来るだけでによによしてしまう。


 フィリにアリシアを俺の母親だと紹介したら、アリシアが泣いて夫のライアンに怒られた。

 息子のルークを兄だと紹介したら、ルークが照れた。ルークも泣いてもいいんですよ?


 滞在先は何処もお祝いムード。フィリと二人で、各領地のデートスポットへ案内された。大自然だったね!

 毎回帰りの馬車は皆へのお土産とお祝いの品で一杯になった。その後は伯爵領で勉強に励んだ。


 フィリも俺も補佐を借りて代行くらいは出来る様になった頃、フィリの妊娠がわかった。

 嬉しいったらなかったけれど、母子共に健康でいてくれとドキドキする日々を過ごした。


 フィリは無事に娘を出産してくれたのだけれど、喜び過ぎたお父さんが駆け出して階段から足を踏み外した。

 屋敷は喜びの最中に悲鳴が上がって大騒ぎになった。更に焦った皆が、まだフィリを診ていたお医者さんを大声で呼ぶからますます大騒ぎに。


 そんでびっくりしたお医者さんに、煩いと全員が怒られた。だってね、喜び最高潮の事故で動揺がね。

 お父さんが階段下でぴくりとも動かなかったし、全員が物凄く焦ってしまったのだから仕方がない。


 診察の結果、お父さんの怪我が鎖骨と足の骨のヒビだけで、大人しくしていれば治ると知って喜んだ。

 なのに鎖骨のヒビで初孫を抱っこ出来ないと知ったお父さんが拗ね、体調不良が酷くて急遽診察を受けたアンナの妊娠がわかり。


 本当に一日中大騒ぎな日だった。


 アンナは今回悪阻がキツく、ケビンが長男の世話をしつつでオロオロし過ぎてポンコツ化する事態も発生。

 俺も初めての自分の子どもに浮かれていたし、産後のフィリも、調子が悪いアンナの事も心配でいつも以上にかなりソワソワしていた。


「男共よ、落ち着けぃ!」


 お母さんとベテラン女性使用人から喝が入った。女性使用人を従え、どこの武将かと思う迫力でした。

 的確な指示を出され、俺も他の男性陣も取り敢えず落ち着いた。やっぱり女性って凄いよね。


 フィリは産後からの回復と娘の育児に専念。それをベテラン使用人とお母さんがサポート。

 俺はヒビ入りのお父さんをサポートしつつ、伯爵家と投資関連のお仕事。領の視察が必要な時は、補佐が代わりに行くことになった。


 二人でせっせと仕事をこなして、俺は妻と子ども、お父さんは娘と孫に会う時間を確保する形に落ち着いた。

 ケビンもお母さんやベテラン使用人の手伝いで落ち着いたが、ケビンの仕事量そのものを減らした。


 そして今、色々な事が重なってすんごい忙しい! 猫の手も借りたいとはこの事かと思った。


 まずそもそもが婿入りで三爺が抜けた穴が巨大だった。

 皆で分担したが、優秀だからなんだかんだでケビンとリーリアに任せてしまっていることが多くなっていた。


 相談役を引退して城を辞したルヒトじいは、オルグレン領に来るつもりだったがロシーニ侯爵家に拉致られた。

 こき使われると早々にオルグレン領へ逃げて来たが、自分で部屋を借りて悠々自適の生活を楽しんでいた。

 逃げて来て直ぐに手伝ってと言ったら、ケビンとアンナの息子を日々可愛がるのに忙しいと断られていたのだ。


 ナタリーとハノアはこちらに来てすぐに結婚。今は隠れ家風レストランの開業に向けての山場。

 生活も落ち着いて来たし、そろそろ開業してもいいんじゃないと結婚祝いとして俺がお金を出していたのだ。


 ハノアが一人で出来るように完全予約制のレストランだが、ナタリーは長期休暇を取って手伝いにいっている。

 ハノアの夢だからナタリーはそちらのお手伝いに集中して欲しいし、呼び戻す訳にはいかない。

 むしろアンナやリーリアをお手伝いに貸し出せなくなって、申し訳ないくらいだ。


 アンナは今休養中で、体調が悪過ぎて息子を見ることもままならない。

 ケビンに完全に抜けられると困るし、かなり伯爵家の使用人の手を借りているという申し訳ない状態。


 俺はフィリが抜けた分も含めてヒビお父さんの補佐にも入り、リーリアには既にパンク寸前まで俺個人の仕事を任せてしまっている。

 今、血走った目のリーリアが、ルヒトじいの確保に向かっているけどね!


 俺個人の仕事では北部への利益還元のつもりで始めた細かい道路整備関係が、今非常にバタバタしている。

 近隣領主皆が整備して欲しい訳で、調整に予定より時間がかかった。雪が積もると全ての作業が中断するので、当初の計画を練り直し中。


 それから虫の家に抑圧されていたナタリーの実家周辺領地が、俺の追加投資で仲良く売上が爆増。

 既にニコールの領地だけでは輸送が賄えなくなりつつあり、負担を強いてしまっている状態。こちらも早急な解決が必要。


 さらにロシーニ侯爵家に任せていたシース織りは、オークションが過熱し過ぎて揉め事の真っ最中。

 調査部門が乗り出す大騒ぎになってしまい、今後の生産や販売についての調整が必要になっている。


「当てが外れた!」


 山積みの書類を捌きながら、ルヒトじいが愚痴を言っている。今は滞っている俺の投資関連のお仕事中。


「流石です」


 涼しい顔のリーリア。何が流石なの? 今一番負担をかけているので、ちょっとおかしくなってない?


「しばらくのんびり出来たのだから、見逃してよ。うわー、また内政部門から手紙。外交部門からも!」


 彼らは投資先の商品を融通してとか増産してとかの要望を、いちいち俺に言って来るのだ。

 基本各領主にお任せしていると断っているのに、ちょっとこの人たちマジでしつこい。


「ライハルト様が王子じゃ無くて伯爵家の婿になったからな! 侯爵や辺境伯に言うより容易いと思われてんだろ。お人好しのイメージも持たれてそうだしな!」


 ちょっと投げやりに言うルヒトじい。辺境伯には北部全般への横槍に目を光らせてもらっているからね。

 各部門を牽制してもらう為に、ルヒトじいが中心となって以前から辺境伯とは頻繁にやり取りをしていた。


 結婚後すぐの北部視察で辺境伯領にも立ち寄り、シェリーのこともあり関係性はかなり深めている。

 それでもルヒトじいは気にしてくれていて、それでわざわざ近くに住んでくれていたのだと思う。現在進行形でご心配をおかけしております。


「投資にしたって完全に成功してからしか手伝っていないのに、内政部門の一部がさも当初から手伝っていた様に吹聴しているらしいですよ」


 舌打ちが聞こえそうなリーリア。これはナタリー情報だと思われる。

 

 父上と母上が愚鈍で表に出せなかったと前置きして、自分たちの手柄でもある雰囲気にされているらしい。

 正直それはどうでもいいのだが、実際は違うから投資先の領主にあれこれ言えない。だから俺にっていう。


 Web小説の内容にはもう囚われる気はないけれど、国の中枢に関わるはずの傲慢王子が堂々と放置されていた理由が今ならよくわかる。

 城には権力闘争的なのに明け暮れ、日和見主義の人が多いって事。


 どれだけ傲慢な王子が跡継ぎになろうとそれを抑えるのは側近の仕事で、彼らには関係ないと思っていそう。

 純粋に優秀な上司に仕事の評価をして欲しい気持ちもあるだろうけれど、本音はそこにはないっていう。

 関係ないと放置されていたのに、美味しくなってから構われたってこちらが心を砕くはずがないよね。


「嫌味だらけの返事を私が書いてやろう」

 相変わらずのルヒトじい。


「気持ちは一緒だけれど、程ほどにね」


「そうですよ。いざという時に嫌がらせされるのはごめんですよ」

 リーリア。


「大丈夫だ、ルイスが何とかする」

 それは無茶ぶりでは。


 ルイスは予算部門長。ルヒトじいが後継に指名しただけあって、公平で権力や名声には興味が無い。

 他の人たちとはちょっと種類が違っている。周囲に程よく合わせて、同類のフリして溶け込んでいる人。


 ルイスは各部門の情報を早い段階でこちらに流してくれていた。部門長でないと入手出来ない情報もあって、今も定期的に情報をくれる。

 ルヒトじいの次の相談役は内政部門長に決まっていたが、就任を先延ばしにしているらしい。


 その理由が功績を立てて名声を得たいからだっていうから、微妙な気分。相談役になるともう無理だから、時間が無くて相当焦っているとか。

 それで狙われているのが俺。内政部門の悲願だった地方の収益改善をしちゃったので、便乗狙いでかなりしつこく付き纏われている。


 外交部門長は内政部門長の次の相談役を狙っていて、ああはなりたくないと今から考えて動いているらしい。

 シース織りを使って外交で功績を上げたいらしいが、肝心のシース織りが手に入らない。そこでまた俺。


 それで二人とも何かと俺に絡んで来る。こちらはいい迷惑。マジで彼らの名声とかどうでもいい。

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