第116話 ディーハルト 3/3

 私財の底が見え、焦っていた時に調査部門の人が現れた。

 一年毎に変わる監視役だと挨拶され、ここに来た当初から自分たちには監視が付いていた事を始めて知った。


 彼に指摘されて、私たちはかなり贅沢な暮らしをしていると知った。

 色々と出費は控えていたつもりだったし、自分の身の回りの事は必要最低限自分で出来る様にと事前に訓練も受けていた。


 それでも今の収入で考えれば、何もかもの質を落とすべきだと言われた。


 こちらでは黒パンをスープで食べるのが一般的で、余裕があればそこにもう一品が付く程度。

 昼も同じで、午前や午後のお茶は茶菓子は無しで本当にお茶のみ。お茶もこちらでは高級な茶葉を使用していると言われた。


 かなりランクを落としたつもりだった。紅茶は他国からの輸入品で、そもそもが高いことを教えられた。

 こちらではハーブティーか水を飲むのが一般的で、ハーブも買うのではなく自ら近隣で摘むと聞いた。


 カリーナの化粧品なども今後は購入しない様に言われた。それくらいはと思っていたが、全て最高級品。

 こちらでのはその額で半年分くらいの食費が余裕で賄える、そもそも王都から商品を取り寄せるのをやめるように言われた。


 使用人の仕事も基本全て自分たちで行い、余裕が出来れば通いを一人か二人雇うのがせいぜいだと聞いた。

 私とカリーナにしてみれば生活の質をかなり落としているつもりだった。だが元は王家と侯爵家の人間。現実との乖離を知った。


 監視役に一般的な男爵家の一ヶ月の生活費を聞いた。出費を抑えているつもりだったが桁が全く違っていた。

 カリーナと相談して、今いる使用人から掃除や洗濯、料理を学び、手元にお金を残す方法を考えた。


 何度も相談を持ち掛けた関係で少し親しくなれた監視役から、兄上の話を聞いては一喜一憂する様になった。

 聞かなければ彼は話さない。だから聞かなければいいのに、つい気になって聞いてしまう。

 兄上は王子時代に行った投資でかなり稼いでいるし、婿入り先でも順風満帆な生活を送っているようだった。


 カリーナは慣れない土地と環境で努力してくれていたが、沈んだ顔をしている事が多くなった。

 私も同じだが、髪に艶が無くなり全体的に肌もカサついている。服もくたびれていくばかりだ。


「私、ディーとの子どもが欲しい」


 食事中に急に言われた。気持ちは嬉しいが、そう簡単な話では無い。まず養育費がない。それに……。


「爵位は一代限りだ。子どもは将来領地を継げない」


「でも除籍されたとはいえ、血筋は私たちですよ? 教育を頑張れば、婿入りや嫁入りも可能ではないかと思うのです。王位継承権は剥奪されていますし、子どもを作るのを禁止されてはいませんよね?」


 確かにそうだが。交通費の節約で、カリーナは一度もこの領地から出たことはない。家のことに手一杯で領民と関わることもしていない。

 私たちの評判が最悪だと、敢えて知らせる事はしていなかった。


 今の収入では自分たちの生活だけでもギリギリだと気が付いていないのか。いや、私が改善は順調だと言って知らせなかっただけか。

 何度も言われるのが辛くなり、子を養うだけの余裕がない事、私たちの評判がとても悪い事を正直に話した。カリーナは絶句していた。


 私たちは恩情を与えられただけで許された訳ではない。罪を償っている最中だと忘れてはならなかった。

 カリーナはその後口数が少なくなり、夫婦の会話が減った。


 日々を過ごすうち、ふと、本当にふとだが、思ってしまった。何故私は、ここまでカリーナに執着していたのだろうかと。

 父上と母上、特に母上は明らかに私を優遇してくれていた。側近や侍女を見れば分かる事だし、周囲にもそう言われていた。


 兄上の婚約者に執着さえしていなければ、私は普通に城に残るか何処かの家に婿入りしていただろう。

 カリーナも王太子妃か、そうでなくても良家の子息と結婚していたのは間違いない。カリーナも私と同じ事を考えてしまったのだろうか。


 私はそんな思いを心の奥底へ閉じ込めた。反省して後戻り出来る時期は、とっくに過ぎている事くらいは分かっていた。

 私はずっと兄上より上にいるつもりだったが、実際はどうだろう。かつての側近も侍女も、友人だと思っていた人からさえ一度も連絡がない。


 今の状況が全てを物語っている。今になって、かつての筆頭侍女スージーの言葉ばかりが頭に甦る。

 私の事を真剣に考え、何とか軌道修正しようとしてくれていたのだと、今更になって気が付いた。


 スージーが私のそばを離れると聞いた時、私は何を思っただろうか。詳しく思い出せない。

 それだけ些細な出来事として捉えていた。むしろ私は煩い人間がいなくなって、せいせいするとまで思っていなかったか。


 全ては自分が選んだこと。自分の行動の結果がどうなるか考えるように、よく言われていたことを思い出す。

 私は兄上に酷いことをした。そこまでして望んだものを手に入れたのだから、投げ出すわけにはいかない。


 私は、カリーナを幸せにしなければならない。


 けれど、カリーナの私に対する依存が日々増して、絡み憑かれているような気分になる……。

 私も余裕がある訳ではない。自分の事は自分で考えて欲しいと願うのは、傲慢な考えなのだろうか。


 その後、クールベ陛下から手紙が届いた。中にはクールベ陛下からの手紙だけでなく、父上やスージーからの手紙も同封されていた。

 男爵としての立場、すべき事、叱咤激励や優しい言葉に涙が出た。


 貴族でも下位の、しかも新参者の男爵が周辺に挨拶もしないでいきなり融資を頼む異常さに気が付きもしていなかった。何が天才だ。

 陛下が紹介してくれた領主に教えを乞おう。私は領主として、領民の為に尽くさねばならない。私は変わる。


 カリーナも……変わってくれるといいな……。

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