第115話 ディーハルト 2/3

 学園の卒業式は、同級生との別れはこんな感じなのかと思うほどあっさりとしたものだった。

 もっと学園に通えていたら違っていたのかもしれないが、感動することも涙することもなかった。

 隣にカリーナがいればまた違っていたのだろうが、カリーナはここにはいない。でも、これからは。


 王籍を除籍となってすぐ、用意していたカリーナとの結婚届を提出した。今日は城からの旅立ちの日。

 除籍なので仕方がないが、誰も見送りに来なかった。いるのは馬車の護衛と御者だけだ。


 敢えてこちらから聞くこともなかったが、誰もついて来なかった。兄上には側近に専属侍女、近衛、料理人までもが付いて行ったと聞いている。

 状況が違うので仕方が無いのだろうけれど、少し寂しくも感じた。


 それでも男爵としてカリーナを迎えに行くことが出来る。それだけで今の私には充分だった。

 走り出した馬車はそのままフォード侯爵家の王都にある屋敷に向かう。会うのはおよそ五年ぶりか。胸の高鳴りが止まらない。


 カリーナは屋敷の前で、私の到着を待ってくれていた。


「ディーハルト殿下……」

 嬉しそうに笑ってくれるカリーナ。


「遅くなってごめんね。男爵になってしまったけれど、迎えに来たよ」


「いえ、お待ちしておりました」


 数年ぶりに会えたカリーナは、ますます美しくなっていた。丁寧にエスコートして馬車に乗せる。

 カリーナの見送りも誰もいなかったが、屋敷の窓に人影がちらりと見えた。フォード侯爵家の人々は、私の事を恨んでいるのかも知れない。


 私たちは既に夫婦で、カリーナと合流してからは幸せで一杯だった。


 今まで会えなかった分を埋め合わせるように、たくさん話をした。昔に戻った様に話は尽きなかった。しかも今回は時間に制限は無い。

 馬車での旅はいつも退屈だったが、カリーナと一緒にいれば時間が過ぎるのが早く感じる。


「残念ながら私は病気療養中だと発表されてしまっていたので、庭の散策までしか許されなかったのです」


「すまなかった。私がもっと慎重に行動していれば。だけど、これからは自由だ。二人で色々な所へ出かけよう」


「はい。楽しそうです。領地での生活に慣れてからになるとは思いますが、楽しみにしています」


 馬車での長距離移動に慣れないカリーナの為に、休憩を多く取った。外での昼食でさえ、カリーナは楽しいととても喜んでくれた。

 宿泊先で少し町の散策も楽しみたかったのだが、護衛から許可をもらえなかったのが残念だ。

 到着が大幅に遅れてしまったが、気にならない。途中の宿泊先で我慢出来ずに、カリーナと同じ部屋に泊まったせいもあると思う。


 到着した男爵領は寂れた雰囲気だった。屋敷も小さく、あまり修繕もされていないようだ。庭にも手を付けていないようで荒れている。

 室内もくたびれた雰囲気はあるものの綺麗に使われていたので、護衛と御者に荷物の運び入れを頼んだ。


 その間に今までこの領地を管理していた、内政部門の文官と挨拶をした。けれど荷物の運び入れが終わると、馬車と共に出て行った。

 まさかまともな引き継ぎもないのかと驚いたが、渡された資料は丁寧に纏められていた。文官は定期的に入れ替わるので、こういうものか。


 残された資料を見て、領地収入を上げるのは非常に困難だと確信した。先行投資したくともその余裕が無い。

 男爵領としての国への納税、両親に返済する金額を差し引くと、生活費さえ賄えそうにない。


 文官は一人だったし、今までは税金で生活していたのだろう。しばらくは王子生活中に蓄えた私財で生活費を補填する日々になりそうだ。

 長旅で疲れているカリーナを屋敷に残し、挨拶に来た領民の代表者と共に領内を見た。早急な対応が必要だ。


 早速近隣の領主に手紙で協力を要請したが、快い返事はもらえなかった。改善する策が他に見つからず、日々が過ぎ去る。

 いよいよ私財の残りも怪しくなり、近隣領主に直談判に行った。そこで私たちの噂を知った。


 私たちの結婚に際し、私とカリーナの件は公表されている。だが兄上が内々での処理を許可し、スージーからの謝罪も受け入れられている。

 まして子どもの初恋だ。それを貫いたことに賞賛はあれど、ここまで悪く取られるとは思っていなかった。


 根も葉も無いただの誹謗中傷の様なものもあったが、私たちの評判は最悪だった。

 噂のせいか、どんな話を持ち込んでも全く相手にされなかった。


「すまない、カリーナ。思っていた以上に男爵領の状況は思わしくなかった。しばらくの間、私物を売って生活費を捻出するしかなさそうだ」


「まぁ……。私も実家から幾らか宝飾品を持ち出せていますので、それも売って下さい」


「いや、さすがにそれは……」


「子どもの頃に買ってもらったものばかりで、今の私には子どもっぽいものばかりです。幾つか持って来ます」


「すまない、助かるよ。収入が改善したら、今のカリーナに似合うものを贈らせてくれ」


「楽しみにしています。ですが、今までここを経営していたという文官は何をしていたのでしょうか」


「それが、現状維持をしていただけみたいなんだ。この領地の状況を考えれば、税金を投入してでも早くに何か始めておくべきだったと思う」


 にこにこと思い出の品まで惜しげもなく提供してくれるなんて、やはりカリーナは最高の女性だ。

 出来る事を出来る範囲でする事しか出来ず、ギリギリの生活が続く。換金出来る物が無くなる前に自力で何とかしなければならない。


 私が領地と向き合う中、カリーナはこちらで雇った使用人の教育に力を入れてくれている。

 残念ながら彼らは素人ばかりで、以前ここにいた人が雇っていたであろう人を領民の代表に探してもらったが見つからなかった。

 基礎の基礎、使用人が何をしなければならないかから教えなくてはいけないので、カリーナも大変だ。私も頑張らなければ。

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