第109話 国王 2/2

「けれど、ライハルト様は自力で能力を示した。これにまた彼らは自分たちの気持ちを重ねました。能力があっても親が認めなければただのスペア。自分たちの様であると」


 ディーハルトの優遇よりも多くの心を動かしてしまったのか。


「その考えを加速させ、悪化させたのが私の今までの行動ということか……」


 ディーハルトが天才だからと何よりも優遇し、能力を示すライハルトをきちんと確かめもせずに放置していた。

 彼らの実家での立場を考えれば、さぞ感情移入しやすかったことだろう。


「そうです。彼らは子ども時代には出来なかった鬱憤晴らしをするように、我が物顔で今後の話をしています。あの件は内々に処理しています。相談は必要でしたが、彼らに他家の罰を考える権利はありません」


 フリッツはその時の様子を思い出したのか、不愉快そうに顔を歪めた。


「ある程度は趣旨に沿っていたので流しましたが、ここまで王家が下に見られるようになったのは完全に私の落ち度です」


 今は公平でいるべき立場も忘れ、鬱憤晴らしに王家に対しても暴走しそうになっていると言われた。

 この国の制度に対する不満、産まれに対する不満を、ライハルトの為にという大義名分を得て私やディーハルトに向けていると言う。


「いや、私も完全に見落としていた。今もフリッツにはっきり言われるまで気が付いていなかった」


「私の伝え方がよくなかったのでしょう」


 フリッツの諦めた様な表情を見て、自分が今までいかにフリッツの話を聞き入れなかったのかを思い知る。


「いや、これ以上子どもたちの事に介入してくれるなと、心を閉ざしていたのは私だ」


 そう、私だ。今の状況がよくないと何度もフリッツは言ってくれていた。

 それをライハルトやディーハルトの事だけだと思い込み、きちんと話を聞くことをしなかった。


「私もスペアでしたが、早くから陛下の側近となっていたこともあり、彼らの奥底にある気持ちに気が付くのが遅れました。私の責任です」


 王家や当主に対する嫉妬。機会があればこき下ろしたかったのだろう。


「いや。彼らには自分が国のほとんどを動かしているという自負もあるだろう。今は早急かつ盛大に、飾りを変えたいといったところか」


「ええ。陛下の評判は地に落ちています。ここで時間をかければ、彼らが結束して何かを仕掛けて来るかもしれません。ディーハルト様にも苛烈な事をする可能性が捨て切れません」


 私がその憂さ晴らしの大半を引き受けるべきだと思った。

 フリッツは王家に対する尊敬を取り戻すため、クールベの傍にいてくれるつもりなのだろう。


 フリッツはバランス感覚がいい。決定的な言葉を言わずとも、彼らに自分は味方だと誤認させているはずだ。

 最後まで私の不始末を押し付ける形になってしまった。


 クールベの事を敢えて私に言わなかったのも、私がフリッツの話を真剣に聞き自ら聞いて欲しいが為。

 長い付き合いだ。お互いの考えや気持ちが今ならわかる。


「今まで、すまなかった。彼らの鬱憤は可能な限り私に」


「……はい。私の能力不足が招いた結果です」


「いや、それは違う。すまないが、クールベを、王家を頼む。息子たちも。こんな私でも他にまだ出来ることがあるのなら、何でも言ってくれ」


 今の私に出来る事など無いだろうが、どうしても言いたかった。


「かしこまりました。ご自愛ください」


 フリッツがいつも向けてくれていたはずの笑顔を、久し振りに見た気がする。 


 もう言える事は無かった。長年共に支え合って来たはずの側近が、部屋を出て行った。

 その後は粛々と公務をこなし、可能な限り早く引退した。私たちの評判を落としたのは、私たちの子どもに対する扱いだった。


 フリッツの話をちゃんと聞いておけば良かった。子どもたちの話をもっと聞いておけば良かった。

 後悔してももう遅い。私たちの子どもは、どちらも城に残らなかった。私は王家を傾けた。


 あの両親でさえ、引退後も来客は多かった。招待を受けて出かけたり、それなりに公務の依頼を受けていた事も知っている。

 私たちには公務の依頼も来ず、ただ離れで静かに過ごす日々。現実が受け入れられないのか、ローゼマリーは泣いてばかりいる。


 女として妻として愛していたが、王妃の器では無かった。それを王妃の器にしなければならなかったのは生まれつき王族であった私だった。

 一侯爵夫人に過ぎないアガーテを目の敵にせずとも、ローゼマリーが一番だと言葉や行動で安心させられれば良かった。


 二人で間違った道を突き進んでしまったが、今でも妻としてローゼマリーを愛している。お互いに苦難の時を支え合って生きて来た。

 ローゼマリーを立派な王妃に出来なかった私は、王の器では無かったのだろうとしみじみ思う。


 フリッツが時々私の元を訪れてくれる。それだけで満足してしまう。

 王家への尊敬は回復しつつあると聞いた。表向きには私が余計な事をしていないか探っているなどと言っているのだろうが、いつか堂々と友人としてお茶をしたいと思う。


 私は国王としても父親としても中途半端だった。子どもたちの望みを叶え、この愚かな父親から解放できたのは良かった。

 時間はいくらでもある。今までの自分を見つめ直し、いつか彼らに手紙を送りたいと思う。

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